鉄の男編IV 鉄の男
魔暦523年 6/7(水) シブヤ区画警備署前
「大丈夫。彼は気絶しているだけだ」
黎乃はそう言って、小山輝の後ろに立った。
小山はゆっくりと振り返ると驚きと困惑と、少しの期待を含んだ目をしていた。
「アンタ、あの時の...」
小山がポツリと呟くように言う。
小山の視線はアーマースーツの腕に注がれている。
恐らくは前に会った時の腕と同じかどうかを確かめようとしているのだろう。
しばらくそうした後、再び小山は視線を上げ黎乃の、正しくはアーマースーツの顔を見る。
「やっぱりか」
小山はそう言うと懐から拳銃を取り出す。もちろん銃口は黎乃に向いている。
「無意味だ。このスーツに普通の銃弾は効かない」
黎乃は静かにそう言う。
「もう投降してくれ。これ以上の戦いは無意味だ」
黎乃はいつかと同じように小山を説得しようとする。
「無意味無意味ってうるせえんだよ。お前がやってる事の方がよっぽど無意味だ」
「前に言ってた、認められることを望んでないってやつか?」
「そうだ、そうだよ。俺たちはもう戦うことしかできなくなってる。他の方法なんか思い付かねえんだよ!だってそうだろ!?ずっとそうしてきたんだからよぉ!」
小山はそう叫ぶと引き金を引いた。
しかし銃口から発射された弾はアーマースーツに当たるとカチンという音を立て、悲しげに地面に転がった。
「クソッ...なんで、なんでアンタは...」
小山がそう言ってうなだれた時、黎乃の背後から怒号が聞こえてきた。
そちらを振り返ると、小山と行動を共にしていた男がロケットランチャーを肩に担いでいる。
「これでも、くらえぇぇぇ!!」
男はそう叫びながらロケットランチャーを発射した。
それに反応できなかった黎乃は発射された弾頭を真正面から喰らって真後ろに吹き飛び、警備署の柱に叩きつけられた。
更にその振動で半壊していた署の上階から瓦礫が落下し、黎乃はその下敷きになった。
「へっ、へへっ。ざまあみやがれ...」
しかし男がそう言った直後、瓦礫が微かに動いた。
そして瓦礫から銀と紺の手が伸びしっかりと瓦礫を掴んだ。
流石にダメージがあるのか、瓦礫から這い出てくる黎乃の動作はゆっくりとしている。
アーマースーツは少し凹んでいた。
「なっ...まともに喰らってその程度の傷かよ...」
男は唖然とした様子でロケットランチャーを地面に落とした。
それを合図にしたかのようにアーマースーツの背中から光が溢れふわりと浮き上がると、黎乃は瞬く間に男の目の前に立ち塞がった。
「テ、テメェ...一体なんなんだよ」
男は震える声でそう言いながら懐から小型のナイフを出してきた。
「もうやめろ。それで僕に敵わないことは分かってるだろ」
黎乃は諭す口調でそう語りかける。
「クソッ、うるせえ!」
男はナイフをアーマースーツに突き立てようとするが、黎乃はそれを躱し相手のみぞおちに拳を入れた。
男は小さく呻き声をあげ、その場に倒れこんだ。
黎乃は再び小山の方を向く。
「頼む。投降してくれ」
黎乃は諦めず小山をそう説得する。
「やめろ...今更、後戻りはできない...」
そう言うと、小山は警備署に向かって走り始めた。
黎乃も後を追おうとするが、アーマースーツが警告音を発した。
アーマースーツを動かすためのエネルギーが少なくなってきたことを知らせるアラートだ。
「そんなに時間は経っていないはずなのに...現時点ではこれが限界か」
黎乃はアーマースーツのエネルギーを駆動の体の補助に全て回した。
アーマースーツは重量が相当なものなので、装着しただけでは戦うことはおろか動くことも困難だ。
そこで黎乃が身体を動かすことでそれにアーマースーツが準ずるシステムになっている。
そのためにアーマースーツを作動させるエネルギーが必要になるのだ。
そしてそのエネルギーは武装にも使われているから共用することができる。
しかしそれは同時に武装はもう使えないことを示していた。
「頼む、最後まで持ってくれよ」
黎乃はそう呟くと小山を追いかけて警備署に入っていった。
魔暦523年 6/7(水) シブヤ区画警備署内
警備署の中は黎乃が前に面会に来た時とは全く違う様相だった。
窓ガラスは割れ、コンクリートの壁からは鉄筋が剥き出しになっている。
クリーム色だった壁紙は煤けて黒くなっていた。
「こんな...こんな事は...」
黎乃は歯を食いしばりながら絞り出すように声を出す。
今までテロを間近に見た事はなかった。こんな事が各地で起きている。
黎乃はこの世界の異常さを改めて実感した。
小山を追って建物の中に入ったが見失ってしまった。
焦って探すよりも生存者を見つける事の方が重要だと判断した黎乃は各階を一通り歩いて探している。
アーマースーツのエネルギー残量は心配だが、武装を使わなければもうしばらくは動けるはずだ。
「さて、次で五階...ここって何階まであったかな」
黎乃は署内に案内板が無いか探してみるが、どこもかしこも壊れていて仮にあったとしても見つけるのは難しいだろう。
仕方ない、と黎乃は呟くと上階に進む階段を登り始めた。
四階から五階へ上る階段の途中に人が倒れていた。警備隊の制服を着ていることから警備隊員なのだろう。
黎乃は急いで駆け寄ろうとするが、その動きをすぐにやめることになる。
もう既に故人であることが明確だったのだ。
詳しく言うとその隊員には首から上がなかった。あたりにも見当たらない。スレイヤーズの構成員に殺され、首を切り落とされたのだろう。
その行為がスレイヤーズのやり方なのか、相手を殺した証拠を持ち帰るためか、それともただ恨みをぶつけただけなのか黎乃には分からなかった。
黎乃は隊員の横を通ると五階に辿り着いた。
あたりを見回してみるが人の気配はない。ざっと見たところ警備隊員が十数人倒れている。
黎乃は一人一人確認していくが、生きている者はいなかった。
「クソ...襲った場所の人間は全て殺す。噂に違わぬ手口じゃないか...!」
黎乃は悔しそうに歯をくいしばる。
その時だった。黎乃の後ろでガタッと音がした。
黎乃が振り向くと人影が階段の方へ向かう。
「待てっ」
黎乃は叫んで人影を追いかける。
六階を過ぎ七階まできた。階段はここで途切れている。
どうやらこの階が最上階らしい。
人影は一番奥の部屋に入っていく。
煤けてはいたが部屋のプレートには、署長室と書かれていた。内側から鍵をかける音がする。
ドアノブを回してみるが扉は開かない。
黎乃は思い切り扉を蹴り飛ばした。
扉はバキッと音を立てて部屋の内側に倒れ込んだ。
黎乃は部屋の中にある人物を凝視する。
その人物は間違えようもなく小山輝だった。




