鉄の男編III 報復
魔暦523年 6/7(水) T-Factory内部CEO専用研究室
久地間真道から警備署長の話を聞いて手嶋黎乃はゆらゆらと頭を振った。
「悪い、有力な情報は何も得られなかった」
真道はそう言って悔しそうに顔を歪める。
「いや、真道が謝る事は何もない。今回の事を指示したのがその永塚って人なら、情報が得られないのは当然だ」
「そう言ってもらえると助かる。それと、その代わりと言ってはなんだが、永塚の話を色々聞いてきた」
黎乃は話してくれ、という風に首を小さく縦に振る。
「全部署員から聞いた話だから信憑性は高いと思う」
そう前置きして真道は続ける。
「まず永塚だが署内での評判はあまり良くない。違法捜査すれすれの指示を出すのも珍しくないし、被疑者への取り調べも暴力を振るうなんてのは当たり前みたいだ」
「...それは非魔術師に、という事か?」
黎乃の瞳がギラリと光る。
「まあ主にはそうだという話だ。だが魔術師相手でも割と容赦がないらしい」
「しかし、そんな有様でよく今まで摘発されなかったものだね。警備隊の統治システムはどうなってるんだ」
黎乃は吐き捨てるようにそう言う。
「忠告は何度かされているようだが...。さっきも言ったように、違法捜査すれすれなんだよ。違法捜査じゃないから簡単に摘発とか懲戒免職とか、そういうわけにいかない」
「彼が魔術師だからだよ。非魔術師だとそうはいかない」
黎乃は余計に不機嫌そうになる。
「まあ腹が立つのは分かる。話を聞いてるとどうも裏がありそうな奴だぜ」
真道もそう言って黎乃に同意する。実際に会って話した分余計にそう思えてしまう。
「他には?何かなかったのかい?」
黎乃は少し口調を穏やかにして真道に尋ねる。
「んー、ああ、そういえば出世欲が強いって話も聞いたな。だから今回の事も出世のために小山をスレイヤーズに仕立て上げたんじゃないかと思ってる。スレイヤーズの構成員を捕らえたとなれば、昇格は間違いないらしいしな」
「なるほどね...。ところで真道。君も小山輝はスレイヤーズではないと思うのか?」
「君も、ってことはお前も?」
「ああ、今回のやり方はスレイヤーズとは程遠い気がするし、何より精神魔法が使われたってのが本当なら、警備隊の言うことなんか一番信用できないしね」
黎乃の言葉に真道もコクリと頷く。
「んじゃ、俺はもうちょっと永塚について調べてみるよ」
「ああ、頼む」
黎乃はそう言った後、少し表情を曇らせる。
「本当にすまない、真道。君にだってやりたい事があるのに、僕の手伝いをずっとしてもらって。大学だって最近あまり行ってないんじゃないのか?」
真道は数秒間黙って徐ろに口を開く。
「いいんだよ。俺のやりたい事はお前の助けになる事なんだ。お前には返しても返しきれない恩がある」
真道は優しい表情で黎乃に微笑んだ。
「それになぁ、大学はちゃんと行ってるぜ?一年の時に大量に単位取れたから二年はサボってんだよ。それでも上手くいけば二年で卒業単位は取得できる」
真道は少し自慢げにそう言う。
黎乃はそんな様子の真道を見て、フフッと笑う。
「優秀な人間はいいねぇ。生きてるのが楽しそうだ」
「優秀なのはお前も同じだ。だから俺たちに違いはないよ」
その言葉に黎乃は救われた気がした。自然に顔が綻ぶ。
そのまま二人は言葉を交わさなかった。
真道は黎乃に背を向け研究室を出て行った。
そしてその後ろ姿を黎乃はずっと見守っていた。
魔暦523年 6/7(水) シブヤ区画警備署
「小山輝。移送の準備が完了した。来い」
刑執行のために小山は今日、シブヤ区画警備署からソロモン府にある警備署本部に移送される。
その移送の準備、つまりは移送車の準備ができたのだろう。
警備隊員は鉄柵の中に座り込む小山にそれだけ言うと、去って行った。
鉄柵には鍵がかけられていて、小山は当然出ることなどできない。
そのまま数分経って、先ほどの隊員が戻ってきた。
隊員は鉄柵の鍵を開けると、いきなり小山の顔面を蹴り飛ばした。
「来いっつったろうがよぉ!なんでさっさと来ないんだゴミクズがぁ!」
そう言いながら隊員は無抵抗の小山に暴力を繰り返す。
ただ殴られるだけの小山が見たのは、笑いながら拳を振るう隊員だった。
こんな理不尽にはもう慣れた。慣れとは怖いもので、今では痛みすらほとんど感じない。
日々の鬱憤を晴らし終えたのか、隊員は小山を引っ張って立たせると鉄柵の外に連れ出した。
隊員に連れられて警備署の裏口から出るとそこには、スモークガラスの移送車があった。
車のドアは開いている。
暗い車内は化け物が大口を開けて餌を待っているような不気味さだった。
隊員に押し込まれ車内に入る。
あとから隊員も乗り込み、車のドアが閉まった。
そのまま車は動き出す。
中から景色が見えるかと思ったが、中にはカーテンがかけられていて外が見えなかった。
カーテンをかけているのにスモークガラスにする意味はあるのかな、などとどうでもいいことを考える。
「なあ、今どんな気分だ?」
唐突に左横から声が聞こえた。小山を移送車まで連れてきた隊員だ。
「なあ、おい。言えよ。爆弾で人殺して、無様に捕まって処刑台に送られる気分をよぉ」
隊員はニヤニヤしながらそう言う。
小山はそれを無視して沈黙を続ける。その後どうなるかは容易に想像がついた。
「無視すんなコラァっ!」
隊員は座ったまま右手の甲で小山の鼻っ柱を殴った。
俯いた小山の鼻からは血が垂れる。その血がシートに垂れた瞬間また拳が振るわれる。
「シート汚してんじゃねえよ、おい!」
何度も何度も殴られた。
運転席にいる隊員はニヤニヤしながらその様子を見ている。
バックミラー越しに笑ったままのその口が動く。
「もうそろそろやめてやれよ。死ぬ時に顔が腫れてどんな顔か分かんないんじゃ、カッコつかねえだろうよ」
はいはい、と気のない返事をすると隊員は背もたれに身を委ねた。
その瞬間だった。
ドン、という音とともに小山が乗っている移送車の天井が凹んだ。
「な、何だぁ!?」
隣の隊員が驚きの声をあげる。
そして次の瞬間、強烈な爆発音とともに車の左側の扉、つまり小山を移送車まで連れてきた隊員がいる側の扉が吹き飛んだ。
「何だ!?何が起こって...」
隊員が言い終わらないうちに小山は隊員のシートベルトを外すと同時に、車の外に向かって思い切り隊員を蹴り飛ばした。
グチャッという音がするのとほぼ同時に、車がガタンと揺れた。
ヴッ、という鈍い声も確かに聞こえた。
「貴様っ、何をっ」
運転席の隊員がそう言った後、運転席と助手席のドアが同時に吹き飛んだ。
車外から手が伸びて、運転手を外に引きずり出そうとする。
「ナメるなぁぁぁ!」
運転手はそう叫ぶと外の手に向かって魔法を打ち始めた。
だが、急に魔法が出なくなる。
「は?何だ?なんなんだよ、何が起こってんだよぉ!?」
それを見た小山は運転手のシートベルトを外す。
「テメェ!」
運転手は凄むが魔法が使えないことを確認した小山はその鼻先に拳を振るった。
怯んだ隊員を小山はそのまま車外に突き落とす。またしても車は上下し、鈍い音と声がした。
小山はそのまま運転席に移り車にブレーキをかけた。
外に出ると周りの護送車はドアだけでなく車体全体が爆発していた。
小山は周りをキョロキョロ見回す。
そして彼らの姿を見つけた。仲間たちだ。
小山はニヤリと口角を上げる。
仲間の一人、親友の荒本康樹が誇らしい笑顔で近づいてくる。
そして言い放った。
「よぉ、助けに来たぜ。相棒」
小山はフッと笑って口を開く。
「遅えよ」




