鉄の男編III 詮索
魔暦523年 6/6(火) シブヤ区画警備署
「だーかーら、取り敢えず署長に会わせて下さいって」
受付の女性に向かってそう言っているのは、久地間真道だ。
「だから、先程から申し上げている通りアポイントメントなしで急に面会というのは...」
受付の女性は半ば呆れた様子で真道を諫める。
「...どうしてもですか?」
真道は窺うように女性の顔を覗き込んだ。真道の端整な顔つきで真剣に頼まれて、女性は少し目を逸らす。
しかし、すぐに仕事をする時の顔に戻りきっぱりと言い放った。
「はい、そういう規則ですので。申し訳ありません」
その言葉を聞いて真道はフーッと息を吐く。
そして逡巡する顔をみせた後、意を決したようにコクリと頷いてみせた。
「これでもダメですか?」
そう言って真道が見せたのは、デバイスのディスプレイ画面だ。
受付嬢はその画面をじっと見つめる。
その後ぎょっとしたように目を見開くと、その目線を真道に移した。
「しょ、少々お待ち下さい」
先程までの事務的な口調から打って変わって、受付嬢は明らかに動揺していた。
真道が見せたのはブエル州第一級魔術師を証明するデータだ。
それだけで受付嬢の対応が変わるほど、それは強い力を持っている。
少しずるい事をしたかな、と真道はバツの悪そうな顔をする。
しかし、受付嬢はそんな真道を気にする余裕はなさそうだ。
「署長が面会を了承されましたので、ご案内させていただきます」
そう言って受付嬢は受付から出てくると、こちらへどうぞ、と言い真道を案内し始めた。
署内のエレベータを使用し7階で止まる。
エレベータを出て左に真っ直ぐ行くと、署長室と書かれたプレートが貼り付けられている部屋の前まで来た。
受付嬢はその扉を丁寧に4回ノックすると、中から人の声がするのを待った。
数秒置いて、どうぞ、という声が聞こえた。
受付嬢が扉を開き、真道はそれに続く。
部屋の中にいたのは、立派な口ひげを蓄えた四、五十代と思われる肥えた男性だった。
「君は下がっていい」
目線を受付嬢に向け男はそう言った。
受付嬢はペコリと一礼し部屋をあとにした。
それを見届けたあと、男は真道に目を向ける。
「まあ座りたまえ」
来客用のソファを手で示し座るように促してくる。
失礼します、と静かに言い真道はソファに腰を下ろす。ソファは少し固かった。
署長だと思われる男は値踏みするように、真道をジロジロと見る。
一通りそうしたあと、ああ、と声を出して大きく頷いた。
「どこかで見た事があると思ったらそうだ。君は確か久地間真道くんだね?」
真道は名を当てられた事に少しも動揺しない。ある程度名が知れているのは承知している。
「私はシブヤ区画警備署長の永塚邦正だ」
そう言いながら永塚は真道に向かって手を差し出してきた。
真道は素直にその手を握り返す。
「いや、しかし君のような人が訪ねてくるとは...。今は大学生ではなかったかな?」
永塚は真道に問う。
「ええ、よくご存知で」
「優秀な人材は学生の頃から色々な企業に注目されている。警備隊は企業ではないが注目しているのは同じだな」
「それは光栄な事です。ところで今日伺ったのは...」
真道がそこまで言うと永塚は、みなまで言うな、という風に真道の前に手のひらを向けた。
「君が来たのは数日前のシブヤのテロの事だろう?」
「よくお分かりになりましたね」
真道は少し面喰らったが、努めて落ち着いた口調でそう返した。
「ハハハ、君が共生派だという事も知っているからね。ならば今回の件に不信感...いや、不満かな?それを抱いていると想像するのは容易だよ」
永塚はあごを撫でながら得意げにそう言う。
「それでは話が早くて助かります。単刀直入に伺いますがどうして小山輝にあのような判決が下されたのですか?」
「...スレイヤーズだからだ」
永塚の答えは単純明快だった。
真道は次の質問には移らずに永塚の目を覗き込む。
その後、真道のほうから目を逸らしもう一度口を開く。
「では、取り調べで精神魔法が使われたと噂されていますが...事実ですか?」
その質問をした途端に永塚は露骨に顔を顰めた。
「いくら久地間くんと言えど、その質問はいただけないなぁ。君も知っての通り、現在ブエル州ではヘイブであろうとノーヘイブに対してであろうと精神魔法の使用は禁止されている。ブエル州警備隊統括官の穂見椣さんが共生派ということもあってね」
真道も穂見椣の話は聞いた事があった。非魔術師の親友がいるらしく根っからの共生派らしい。
その点も含めて真道の尊敬する人間でもある。
「それでは、なぜ小山輝をスレイヤーズだと認定したのですか?何か証拠があったという事ですか?」
真道は質問を続ける。
「もちろん、証拠があってのことだ。過去にスレイヤーズが起こしたテロ事件の時に、爆発しなかった爆弾...つまり不発弾があってね?今回の事件の爆弾と構造が一緒だった。だから小山輝はスレイヤーズだという事になった」
「では、なぜ今回の事件で使われた爆弾の構造が分かったのですか?やはり、精神魔法を...」
真道がそこまで言ったところで永塚が口を挟む。
「今回の事件でも...」
その言葉で真道は黙る。
永塚は続けてこう言った。
「不発弾が発見されている。それを過去のものと照合したんだよ。すると...」
永塚は勿体ぶるようにそこで一旦言葉を切った。
「大方、構造が合致してね?完全に合致というわけにいかなかったのは、爆弾にある程度改良が加えられていたからだが...それを加味してもあれは同型の爆弾と言わざるを得ないだろう」
真道はそこまで聞いて、ふーっと息を吐く。
永塚の話は淀みがなく、まるで最初から用意されていたようだ。
真道はおそらく答えがすでに用意されているであろう質問を口にする。
「被害者は本当にあの数が出たのですか?」
「ハハハ、だからこそ小山にはあの判決が出たんだ。もちろんさっきも言ったように、彼がスレイヤーズだったという事もあるがね」
「僕の友人があの現場付近にいたのですが、爆発したのは廃墟の、それも人通りの多いとはいえない場所だそうで。それであの数の被害者が出ますかね?」
「それを私に訊かれてもね。実際その数の被害者が出ている」
「被害者の遺族や関係者に会うことは?」
「君も知っているだろうが、警備隊には守秘義務がある。そういったことは何一つ教えられない」
そのまま数秒間二人の視線は空中で絡まる。
先に折れたのはまたしても真道だった。
「分かりました。貴重なお時間をこんな話のために割いてくださって感謝します」
「君の不信や不満が少しでも解消されればよかったのだが...」
永塚は思ってもいないことを口にした。
「それでは失礼します」
真道はそう言って一礼すると部屋の扉に向かって歩き始める。
扉を開けもう一度永塚に向かって礼をする。
扉を閉めるとき微かにその口角が上がった気がした。




