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科学と魔法の超融合(フィズオーン)  作者: 村上隼人
プロローグ
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プロローグ

魔暦523年 5/11(木) T-Factory内部CEO専用研究室


 整理整頓のできていない汚部屋の中に一か所だけ綺麗に整理されている机がある。その机の上には、紺色と銀色が配色された鉄の腕が置かれてあった。

 その腕の横に、手袋をはめた手で熱心に薄いパソコンのキーボードを叩く男がいる。その男は時折、パソコンから目線を逸らしては鉄の腕を眺め様々な配線をつないでいく。見ているだけで疲れそうな作業にもかかわらず、男は嬉々としてその作業を進めていく。

 作業が一段落したのだろう。男は大きく伸びをすると、壁に表示されている3Dディスプレイの時計を見る。壁のデジタル時計は22:37となっていた。

「ふぃー、今日の作業も無事終了」

 男は独り言をつぶやくと、座っていた椅子から腰を上げる。それとほとんど同時のタイミングだった。部屋の自動ドアが開き、一人の女が入ってきた。

「美空か。どうしたの、こんな時間に」

 男は、女の名前を呼び用件を尋ねた。

「いえ、どうせこの時間まで作業に没頭して晩ご飯も食べていないだろうと思ったので、買ってきました」

 そう言って、椎名美空(しいなみそら)はコンビニエンスストアの袋から弁当を取り出した。

「社長、研究熱心なのは構いませんが、もう少しお体を大事にされてはどうですか?高校時代とは違い、その身体はあなただけのものではないんですよ?」

 社長と呼ばれた男は手袋を外し、弁当を受け取りながら話し出す。

「わかってるよ。でも僕は無理はしてないつもりだ。今までの人生の中でもっと厳しいことはいくらでもあった」

「そうですか。お体壊されても看病はしませんからね」

「え、冷たくない?ていうか、二人のときは敬語使わなくていいから。あと、社長って呼ぶのもやめて」

「はいはい、黎乃(くろの)くんはそんなに私に名前で呼ばれたいんですね」

 美空はいたずらっぽい笑みを浮かべて、先ほどまで社長と呼んでいた男を名前で呼んだ。

「違うよ。名前で呼ばれたいんじゃなくて、社長って呼ばれるのが嫌なんだ。特に君は高校時代の後輩で僕がこの会社の社長になる前からの付き合いなんだから。いや、先輩に対して名前呼びもどうかと思うけどね?」

「いいのいいの、黎乃くんは特別なんだよ」

「百歩譲って名前呼びはいいとして、タメ口はどうなのよ」

「でもさっき、敬語はやめろって言ったじゃない」

「あぁ、クソ、そうだった」

 こんなくだらない会話でも、一日中忙しくしている黎乃にとってはいいリラックスになる。

「それで、例のものは完成したの?」

 美空が首を傾けて訊いてくる。

「ああ、両腕は完成したよ。あとは試着してみて問題なく動かせるかどうかを確認する。もちろん、ほかの部分も鋭意制作中だ」

「そう。ねぇ、それが完成するまで何度でも訊くけど、本当にやめる気はないの?」

「完成するまで何度でも答えるけど、本当にやめる気はないよ」

「黎乃くんが全部背負う必要ないんだよ?私たちは、非魔術師のために黎乃くんがどれだけ頑張ってるか知ってる。いつでも頼っていいんだからね?」

「どうした、美空。いつになく優しいね」

 黎乃は笑いながら、弁当のおかずを頬張る。

「茶化さないでよ。本当に心配なの。私は今のままでいいと思ってるのに」

「ちょっと説得に差し掛かってないか?もう決めたことだから。美空は何も心配しなくていいんだよ」

「そう言われて、心配しなくなるほど薄情じゃないよ」

「長い付き合いだからね、それは知ってる。でも心配してほしくないんだよ」

 その言葉に美空は口を動かさず俯いた。

「ねぇ、美空。僕が高校の時に君に語った夢の話、覚えてる?」

 唐突な質問に驚きつつも、美空は顔を上げ口を開いた。

「世界に非魔術師のすごさを見せつける、みたいなこと言ってたよね」

「あはは、あんまり覚えてないじゃん」

 美空は少し頬を赤くして、口を尖らせる。

「だって、もう2,3年前の話だよね?事細かに覚えてるはずないじゃん」

「まあ、確かにその通りだね。うん、あの時僕はこういったんだ」

 その言葉の後、黎乃は少し間を開けた。そして、ゆっくりと口を開く。

「この世界にいるのは、魔術師だけじゃない。魔法が使えない人間だって魔術師と同じようなすごい力を持ってるって、世界に証明するんだってね」

 その時の黎乃の顔は誇らしげで、どこか自信に満ち溢れていた。

「あはは、私の言ったことほとんど正解じゃん」

 美空は笑いながらそう言った。

「いや、正解じゃないでしょ。最初の部分とか一文字も入ってなかったじゃん」

「黎乃くんの夢長いから私が要約したげたんだよ」

「あっ、人の夢を省略したなっ」

「要約と省略は違うよぉ、あはは」

「うぬぅ、もういいよっ」

 黎乃はそう言うと、弁当を一気にかきこんだ。

「怒った?ねぇ、黎乃くん。ごめんてば~」

「いや、別に怒ってはないよ。ちょっと不機嫌になっただけ」

「それ怒ってんじゃん。でもさ、私はさ」

 美空はさっきの黎乃と同じように、一呼吸間を置いた。そして口を開く。

「黎乃くんが何か話すときに目をキラキラさせるの、好きだよ」

 美空はそう言うと、少し照れたような顔を見せた。

 黎乃もどう反応していいか分からず固まってしまった。

「じゃ、私帰るから。また明日ね」

 そう言って、美空は立ち上がり出口に向かい歩いて行った。

 黎乃は結局何も言えないまま、美空を見送ることになった。

「何なんだよ、今のは...」

 美空が出て行ってようやく黎乃はそう口に出した。しかしその言葉を口にした後も、しばらくはその場所から移動することができなかった。

 黎乃は、はぁ、とため息をひとつつくと立ち上がり、パソコンに向かって歩いて行く。そしてパソコンの前に座ると、先ほどと同様に手袋をはめパソコンを操作し始めた。

 機械を前にしたその眼はさっきとは打って変わって、何者も寄せ付けない冷たく鋭い光を放っていた。

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