第1章 エロ本争奪戦 その1
アンドロイド・ユリアが僕のお姉ちゃんになってから約一年が経ち、僕は五年生に進級した。けど肩書きの数字が一つ増えただけで、周りの風景はあまり変わり映えがなかったりする。
僕の小学校は(当然ながら)六学年ある。そして各学年は四十人三クラスと、異様に人口密度の高い教室編成になっているのだ。よって学年が上がり、クラス編成があろうとも、単純計算で三分の一は前学年のクラスメイトと同じになれるのである。児童がどうやってクラスに割り当てられるのか、神の采配は知る由もないが、今回の進級は特に顔見知りが多かった。四年生時の僕との仲良し組は、ほとんど同じクラスだ。
だから変更点を挙げるとすれば、担任が変わったことと、進級とともに階も上がったことかな。高い場所から臨める外の風景は、非常に爽快である。
そして何より、一番嬉しかったのは……。
「……」
算数の授業中、僕が眺めていたのは先生が教科書の解説をする黒板ではなく、二つ前、そして一つ右の席だった。その位置に座っているのは、女子出席番号一番の天野愛さん、通称アイちゃんである。
では、どうして僕が小学生の仕事である算数の授業を投げうってまで天野さんを眺めているのか。……その理由は察してほしい。むしろ誰にでもわかると思う。けどもしかしたら察することのできない愚鈍な人のために、恥を捨てて明言しよう。
何を隠そう、僕は天野さんが好きなのだ。
理由? そんなものはない。いつの間にか好きになっていたのが事実。
ただ異性を気にし始める思春期特有の趣旨で言うのなれば、天野さんが可愛かったからである。もしくは、自分の趣味・趣向・性癖に関して、もっとも的確に当てはまったのが天野さんだったからかもしれないが、しかしそれ以上の理由はないと思う。
もちろん、天野さんと同じクラスになれたことは嬉しかった。ただ『一番』嬉しかったことを詳しく表記するとすれば、四年生から五年生へと進級するにあたって、両方とも天野さんと同じクラスになれたことだろう。
そうやって事を複雑に表現しなければならない原因は、僕の視線の先にあった。
小学四年生の天野さんは、まだまだ子供というか無垢というか、とにかく幼さの残った愛らしさが僕の心を魅了していた。あどけない笑顔、友達との無邪気なやりとり。彼女が見せるすべての振る舞いに、僕は徐々に惹かれていき、そのまま四年生は終わりを遂げる。
そして五年生になり、また天野さんと同じクラスになったことで歓喜の涙を流した僕は、彼女の思わぬ変貌ぶりに目を見張った。その理由が、視線の先である。
梅雨が明け、皆が皆、薄着になったこの時期、僕はそれを発見した。
薄手の白いシャツだからこそしっかりと確認できる、ブラジャーの形。
そして脇からチラリと見える、その白い片鱗。
僕は授業中、天野さんの背中をずっと凝視していた。まあぶっちゃけて言うなら、エロい妄想をしていたのである。
四年生三学期の修了間際には、彼女はまだブラジャーをしていなかったと思う。それはただ私服が厚くて露見していなかっただけかもしれないが、しかし自分の好きな子がブラジャー着用という大人の階段を一歩上ったという事実。そしてそこから意識せざるを得なくなった、膨らみを帯び始めた彼女の胸元。四年生から五年生へと進級するにあたって天野さんが見せた変化のギャップに、僕の興奮はゴム風船の如く膨らんでいった。
「きりーつ、礼ッ!」
「「先生、さよーなら!」」
ふと気がつけば、いつの間にか帰りの会が終わっていた。日直の号令とともに帰りの挨拶をしたクラスメイトが、各々の帰路につく。僕らの学校は、朝は地域ごとに班を作って登校する決まりになっているが、帰りはみんな別々だ。学校に残って友達と遊ぶ子もいれば、一人で帰る子もいる。
いつもなら僕は、仲の良い友達とこのあと遊びに行くか、それとも帰宅するかの相談をするために、一目散に帰り支度をするのだが、この日ばかりは天野さんの観察に集中しすぎていて出遅れた。
「おーい、レーザービーム小宮山ぁ」
背後からいっちゃんの声が聞こえた。その呼びかけに対し、不満を抱いた僕は険しい表情をして振り返る。
「そのあだ名、やめろよ」
「うっへっへ。だって面白いじゃんよ」
ユリアのレーザービーム参観日から一年近く経っているが、未だたまに僕のことをそうやって呼ぶのは、このいっちゃんだけである。他のみんなは、最初こそ面白がって僕のことをそう呼んでいたが、それも一週間程度で鎮火していった。小学校高学年ともなると、露骨にバカっぽいネーミングは忌避する対象となるのである。
「お前さ、授業中も五分放課も、ずーっとボーっとしてたよな」
いっちゃんの突然の指摘に、僕はあからさまに肩を震わせてしまった。
「べ、別に暑かったからボーっとしてただけだよ」
「ってかさ、ずっと天野のこと見てたよな」
ギクッ!
「まさかお前、天野のことが好きなのか?」
問うてはいるが、いっちゃんの表情は、すでに気づいているような笑みだった。それはもう、顔の横にニタニタと文字が浮かんでそうなくらい。
これはマズイ。小学生にとって、好きな人がバレることは、致命傷になりかねない。
僕はいっちゃんから眼を逸らし、慣れない嘘を吐いた。
「ち、違うよ……」
「おーい、みんなぁ! 小宮山の好きな……」
「うわああぁぁぁ!」
身を翻して仲間内の方へ歩み出すいっちゃんを、僕は必死に制止した。後ろから抱きついて、両手をいっちゃんの口へ押し込む。
「ほがほが」と意味不明な言語で抵抗を試みるいっちゃん。
「うわっ、汚い!」と手に絡みついた粘液を嫌悪する僕。
奇妙な取っ組み合いになった結果、僕らは絡み縺れ合い、周囲の机を巻き込みながら盛大にズッコケた。
「痛った……。うわっ、ごめん」
いっちゃんの行動が悪いとはいえ、さすがにやり過ぎたと思う。
しかし机の瓦礫から起き上ったいっちゃんに「何すんだ、この野郎!」とか罵られるかと思いきや、彼は鼻の下を人差指で擦りながら「へへっ、これが青春って奴か」と恥ずかしそうに俯くだけだった。手で口を押さえなくても、意味不明な言葉を吐く友達だ。
「わかったって。誰にも言わねーよ」
いっちゃんが倒れた机を元に戻しながら言う。
「ほ、ほんと?」
僕も手伝いながら、確認の意で問い返した。
「おうよ。男に二言はねーってやつだ。けどさ、ちょっと条件がある」
「条件?」
「うん。ちょっと今日、付き合えよ。ミッチーとボンザも一緒だ」
ミッチーとボンザ。その二人もいっちゃんと同じように、四年生から同じクラスに上がってきた僕の友達だ。ちなみにミッチーとは、僕らの世代でも知っている某バスケ漫画の登場人物と同じ名字だから。ボンザは、妙にボリュームのある癖っ毛の持ち主で、しかもちょっと小太りだからという理由で、いつの間にか定着していた。まあ、小学生が友達に付けるニックネームなんてのは、その場その場のインスピレーションだ。深い理由など、あるわけがない。
ようやく机を直したいっちゃんは、すぐさまランドセルを背負った。
「じゃあ、早く行こうぜ。善は急げだ」
善なのだろうか?
いつも一緒に遊んでいるメンバーだし、今日は誰かの誕生日のような特別な日でもないはずだ。
頭の上に疑問符を浮かべながら、僕もランドセルを背負い、他の三人が集う場所へと向かったんだけど……いっちゃんだけならともかく、ミッチーとボンザも同様、全員がニタニタと不気味な笑顔を浮かべていた。
うわー、悪巧みだったら嫌だなぁと思いつつも、好きな子を暴露されたくない一心から、僕は渋々彼らに従うしかなかった。
***
友達三人に連れられて向かった先は、通学路から少し離れた公園だった。校庭の広さには遠く及ばないものの、広場はフットサルのコートを描いてもやや余裕がある程度、そして遊具場ではブランコや滑り台やジャングルジムといった、公園においての定番は一通りそろっている。最近はご無沙汰しているが、僕も低学年の頃、よく遊びに来ていた公園だ。
この公園で遊ぶのかなと思うも、さすがに小学五年生は遊具に乗って楽しめる年齢ではない。じゃあサッカーとか野球という選択肢もあるが、しかし道具もなければ四人じゃ面白くもないだろう。
移動中に何度か問いただしたものの、いっちゃんは「いいからいいから、ついてこい」と言うだけで、一向に説明しようとはしなかった。見知った公園に連れてこられたことにより、変な場所に案内されるんじゃないかとビクビクしていた僕は安堵の吐息を漏らしたが、彼らの目的には未だに疑問を抱いていた。
そして僕を連行する友達三人は、広場でも遊具場でもなく、公衆トイレの横の草むらへと移動する。
「なあ、これ見てみろよ」
いっちゃんが背の低い雑草の生え渡った地面を指で差した。
その先には、一冊の本。僕はその本の表紙を目にした瞬間、喉の筋肉が痙攣したかのように息を詰まらせた。
何故ならそこには、裸の女の人がいたからだ。
「え、え、これって……」
三人の背中から覗き込むようにしてそれを見た僕は、うろたえながら訊いた。
僕の戸惑いを聞いたいっちゃん、ミッチー、ボンザは、みんな同じような表情を浮かべて振り向いた。すなわち、皆一様に顔を真っ赤に染めているものの、しかし恥じらいでもなければ憤っているわけでもない、満面の笑み。
まったく似ていない三人の顔が、こうも同じような表情を見せたことに、僕は少しだけ恐ろしいと思ってしまった。
「エロ本だろ、これ」
三日月形に歪められたいっちゃんの口から、予想通りの解答が得られた。
それを聞いた僕は、「エロ本……」と呟いて、口内に溜まった唾液を呑み込んだ。視線はちゃっかりと、扇情的なポーズをしている裸の女性に釘付けだ。
一糸纏わぬ姿の女性を凝視し、不思議な感情が腹の底から湧き上がる。
当時の僕は、自らの体内を循環するその熱い感情が何なのか、理解できてはいなかった。
女性の全裸を見て欲情したというよりも、『エロ本』という禁忌に触れて、罪の意識に囚われていたのだと思う。だってエロ本とは本来大人しか読んではいけないものだし、子供が見ていては怒られるか白い眼で見られることは間違いない。つまり悪いことをしているという罪悪感が、僕の良心を蝕んでいるのだと。
それに女性の全裸を目にしたことが、込み上げる熱い衝動が発生した理由と誰かに諭されたとしても、それには一抹の疑問が残るのも事実だった。
実際問題、女性の裸など何度も見ている。恥ずかしながら数年前まで母親と一緒にお風呂に入っていたし、ユリアとだってお風呂はあの一回きりだったものの、裸姿など何度も目にしているのだ。
だから、芽生えた興奮は女性の裸を目にしたことが原因ではない。
幼き頃の僕は、安易にそう結論付けていた。
「うおっ、すげっ」
僕が息を呑み呆然としている間にも、いっちゃんはどんどんページをめくっていく。エロ本自体を忌避するように、指先でページの端を一枚一枚つまむような進め方だったが、いっちゃん他二名も同様、次々とポーズを変える全裸の女性から眼を離すことはなかった。
そして彼らから一歩引いたところに立つ、同じくブツを凝視したままの僕が一人。
エロ本を食い入るように眺める興味津々の友人たちと、五十歩百歩ということわざを知らずに消極的に夢中になる僕。いっちゃんが先へ先へ急ぐため、冊子の半分辺りを過ぎたところで、ようやくこの状況に気づいた。
「ま、まずいよ。こんなところ、誰かに見られたら……」
僕の逃げ腰の発言に、ミッチーが不機嫌な顔をして振り向いた。
「別に悪いことしてる訳じゃないから、大丈夫だって」
「っていうか、お前何でチンコ握ってんだよ」
「え?」
ボンザに指摘され、自分の右手が股間を押さえていることに初めて自覚した。
「小便したいなら、すぐそこじゃん。漏らすなよ」
「ち、違うって!」
しかしいっちゃんの顔は、漏らしたら漏らしたで話のネタになるなと言いたそうに、顔をニヤつかせていた。
自分の挙動が三人の注目を集めさせていることを察し、僕は慌てて右手を後ろへ回した。
事実、尿意があるわけではない。けど、まるで実際にその意識があるように、局部が痒いのだ。全身から生まれ出た感情の激動が、一気に陰部へと収束し、弾けたい想いが内部の壁を圧迫しているためかもしれない。無意識に掻いていたときはそこまで自覚するほどの痒みでもなかったが、両手を後ろで組んだ途端、徐々にその存在を認識していった。
「ん?」「どうした?」「?」
ふと、いっちゃんがおもむろに公園の外へ首を伸ばしたため、僕ら三人は頭に疑問符を浮かべた。
「げっ、マズイ!」
小さく叫ぶという器用な声を上げたいっちゃんは、目にも止まらぬ速さでエロ本を閉じ、そしてなんと自らのシャツへと忍び込ませた。とは言っても、薄手で無地のシャツは本一冊を隠匿するには不適当だったようで、いっちゃんの腹が長方形に浮きあがり、また表紙の全裸女性が薄く透けて見えていた。
そんな滑稽な姿になった友達を妙に思いながらも、いっちゃんが奇怪な行動を取った理由はすぐにわかった。
僕らがエロ本を眺めているここは、公園と一般道の境、つまりフェンス脇の雑草地帯なのだ。いっちゃんは道路を歩く通行人にいち早く気づき、エロ本を避難させたのである。最初はエロ本を独り占めしたいがための行動だと勘違いしていたミッチーとボンザもその事実に気づき、彼を勇者と崇め始めた。
そして通行人である犬の散歩中の老人が行ってしまうと、僕らは皆一様に安堵の溜め息を漏らした。
「な、なんだか落ち着かねーな」
「これから人通りが多くなってくる時間帯だからね」
「じゃあさ、誰かん家で見ねえ?」
「誰ん家行く? 俺ん家は遊べるっちゃ遊べるけど……母ちゃんいるもんな」
「ああ、僕も僕も」
「うん、同じく」
「小宮山ん家って、確か共働きだったよな?」
なんか僕の知らないところで話が進んでってる。
しかし一応事実なので、首肯しておいた。
「じゃ、決定。さすがに母ちゃんいちゃ、エロ本なんて見れないもんな」
理屈はわかるが、しかしいっちゃんの強引な決定には、少々異議を挟まねばならない。
「でも、僕の家はお姉ちゃんがいるんだけど」
「ああ、あのレーザービーム姉ちゃんね」
やっぱり、みんなの認識ではレーザービームが特徴なのね、ユリアって。
「あの姉ちゃん、ロボットなんだろ?」
「う、うん。まあ……」
「じゃあ大丈夫だろ」
何が大丈夫なのか、一から十まで詳しく説明してもらいたいものだ。
ただいっちゃんのこじつけじみた意見に、ミッチーとボンザも黙って頷き同意を示しているので、民主主義国家で育ってきた少数派の僕は、残念ながら抗議する暇さえも与えてはもらえなかった。
そして腹の中にエロ本を抱えたいっちゃんを先頭に、一行は僕の家へと向かいだした。
***
「相変わらずデカいよな、小宮山ん家って」
家へ着くなり、ミッチーが代表として僕の家に対する感想をぼやいた。
複数人の友達を自分の家へ招待した際、毎回誰かしら今のような感想を述べるので、聞き飽きた僕は曖昧に笑うことしかしなかった。
ただいつも思うのだが、相変わらずという表現は変じゃなかろうか。訪れるたびに大きさが変化するビックリハウスでもなければ、度々引っ越しを繰り返して大きな家を選んでいるわけでもない。この家は僕が生まれたときからそこに建っており、十年以上、体積はおろか密度すらもさほど変わってはいないだろうに。
だから変化しないことが前提の『家』という物に対して、相変わらずという表現は無意味かつ無駄な修飾語だと思う。
と、徐々に日本語の知識を付けてきた小学五年生の時分、そんな考え方を抱いたこともあった。
「ただいまあ」
「「「おじゃましまーす」」」
家に居るはずのユリアに帰宅の合図を促し、その後ろで三者一様の声が響いた。しかしユリアが家の奥にいると予想していた僕は、玄関を開けた瞬間に目を剥く。ユリアが掃除機片手に、目の前の廊下に立っていたからだ。
「おかえ……あら、いらっしゃい」
後から入ってきた僕の友達を目にしたのだろう。ユリアは僕から視線を外し、僕の頭を跳びこして笑顔を向けた。
だが、これはマズイ。なんたる失態!
まさか玄関開けてすぐそこにユリアはいないだろうと、たかを括っていた僕のミスだ。
僕は急いで背後を振り向き、皆に視線の合図を送る。
フォーメーションAだ!
さすが長い付き合いの親友たちと言うべきか。僕の視線と、前方に佇むユリアを確認しただけで、すぐに合図の意を汲み取ってくれた。
「?」
声無く疑問の表情を浮かべるユリア。
緊急事態だったとはいえ、ミッチーとボンザの動きは明らかに不自然だったのかもしれない。しかしこうでもしなければ、確実に見られていた。
僕らが事前の打ち合わせなしで形作った布陣、フォーメーションA。この陣形が役立つ状況と実行する目的は、今のところ一つしかない。
すなわち、ユリアにエロ本所持を悟られないこと。
まずこの作戦の肝である、エロ本を隠し持ついっちゃんが、身を屈めて僕の背中へと隠れる。いっちゃんの体格がもっと小さく、そして着る服が分厚ければ問題はないのだが、そんな仮定は今のところ無意味だ。腹に隠している物が冊子類とわかるだけでなく、表紙が透けて見える裸の女性は、その本が一体どんな類の物なのかを一目で露見させてしまうだろう。
そして重要なのが、僕の両サイドでやや身体を密着させてくる二人の存在だ。
僕一人の壁では、どうしても左右の脇がガラ空きになってしまう。ユリアが僅かにでも首を捻れば、背後のいっちゃんが何かを隠していることがバレるだろう。だからこそ、肩を組むような体勢で横に立つミッチーとボンザの存在は必要なのだ。とても暑いのだけれど。
はっきり言って、完璧な防壁だった。エロ本の存在がユリアにバレていないと自身があるし、何より僅か一瞬のうちに四人の意思が一つになったことに感動した。
この勝負、僕ら友情パワーの勝利だ!
……っていうか、何でずっと腹の中で隠してるんだよ。ランドセルに入れればよかったじゃん! と、内心でいっちゃんを罵倒していたことも付け加えておく。
「せっかく遊びに来てもらって悪いんだけど、今リビングお掃除の途中なのよ。ごめんね」
「いいよ。僕の部屋で遊ぶから」
「あら、そうなの?」
ユリアは意外そうな声を上げた。
何故リビングが掃除中で謝ったかというと、僕の部屋にはテレビがないからだ。よってゲームができるのは大型テレビがあるリビングだけ。ユリアが驚きの声を上げた理由は、ゲームして遊ばないなんて今時の子にしては珍しい、とでも言いたかったのだろう。
「うん、じゃあそういうことだから」
靴を脱ぎ、壁となる僕ら三人は、カニ歩きのまま家へと上がり込んだ。背中に隠れるいっちゃんをユリアの目に触れさせないためとはいえ、露骨な奇行だったのだろう。ユリアは不思議な物を見るような顔で、二階へ駆け上がる僕らを眼だけで追っていた。
「にしてもあのロボット姉ちゃん、本当に人間みたいだよな」
先に階段を上るいっちゃんが、改めて感心するような口調で言った。
ただしユリアがどんなに人間に見えようとも、初対面でのレーザービームの印象が強いいっちゃんたちにとっては、どう足掻いても中身がロボットとしてしか捉えられないに違いない。
しかし一年以上側にいる僕としては、ユリアはロボットと同時に人間としてでも認識してしまっているのが現状だった。
驚異的な脚力、レーザービームなど非人間的な機能はあれど、あの笑顔、話し方、仕草はまさに人間そのもの。限りなく人間に近いように作られたのだから当然といえば当然なのかもしれないが、けど僕にとって、ユリアはロボットであり人間でもあり、そしてそれ以上に大切な家族でもあった。
だからいっちゃんの言葉、ユリアが人間かロボットかを明確に区別してしまうような発言については、僕は「うん、まあ……」と言葉を濁して答えることしかできなかった。