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アンドロイドねえちゃん  作者: 秋山 楓
アンドロイドねえちゃんとの出会い
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第4章 ユリアの欠点 その2

 とまあ、ここまではよしとしよう。瞳を不気味に光らせて充電していたのは、ただ僕が勝手に怖がっただけだし、風呂にいたってはユリアの緊急措置が取られただけだ。いくら人間を目標としたアンドロイドでも、完璧にできるはずもない。そこはまあ、許容範囲と言えるだろう。

 しかし通常の人間生活に溶け込めるアンドロイド製造を目指しているからこそ、余計な機能は付けないでいただきたいものだ。


***


 アンドロイドの欠点、その三。

 それは休日、姉と一緒に買い物へ行ったときだった。手を繋いで帰ろうという姉の申し出を断り切れず、気恥ずかしさを感じながら彼女の手を握る帰り道、僕らはひったくりを目撃したのだ。


 乗用車がギリギリ二台すれ違えるくらいの、道幅の狭い一方通行の道路。帰路を歩く僕らの後ろから、弾けるエンジン音とともにバイクが近づいてくるのに気づいた。脇に寄った僕らの横を、法定速度を余裕で超えたスピードで追い抜いたのはまだいい。しかしそのバイクはなんと、前方を歩いていたおばあさんに向けて手を上げたのだ。


 猛スピードで走りながら、おばあさんへ手を伸ばすバイクの男。

 すれ違いざまに奪われる、彼女のバック。

 その衝撃に負け、おばあさんはコンクリートの地面へと無様に転んだ。


 一瞬で起こった、日常ではあってはならないその光景を目にし、僕は数秒の間放心せざるをえなかった。呆然としながら、倒れこむおばあさんと、走り去るバイクの背中をただ見つめるばかり。


 ふと、言い知れない感情が、僕の心に宿った。


 それは正義感だったのか、理不尽に対する怒りだったのか、それともおばあさんに同情していたのか。

 わからない。その感情が何だったのかは、今になっては明確に知ることもできない。

 それは何故か。

 おばあさんに駆け寄ろうと、一歩踏み出した僕の耳に、ユリアの声が聞こえたからだ。


「ロックオン」


 突然呟いたユリアの言葉を理解できず、僕は彼女を振り返った。

 同時に、ドンッ! と間近で爆発でも起きたような凄まじい音が轟き、即座に身を竦ませる。

 目を向けた先に、ユリアの姿はなかった。


「……え?」


 驚き以外の感情が浮かばない。

 手を繋いでいたはずのユリアは、なんと百メートル前方にいたから。しかもたった今ひったくりを犯したバイクは地面に横倒しになり、ユリアは犯人の男を確保しているのだ。


 一体、何秒だったのだろう。


 僕がユリアの呟きを聞いてから、目を閉じ、彼女の姿が消えていることを確認し、百メートル先に視線を移した時点では、彼女はすでにひったくり犯の胸倉を掴み上げていた。それくらいの短い時間。


 ユリアはアンドロイドだし、まさか瞬間移動でもしたのか! と、スーパーヒーローに憧れる小学生らしい発想を抱いたけれど、ふと目に入ったそれにより、僕は幼いながらもすべてを理解した。


 それは足跡だった。コンクリートの地面が、ユリアの靴の形で陥没している跡。


 漫画などの強い主人公に憧れる僕であっても、さすがにこのときばかりは、額に青白い縦線が引いたね。一体、どんな脚力してるんだよ……。


***


 また横に疾走するのと同じくして、ユリアは縦の跳躍も優れた機能を持っていた。

 ある日、家族で遊園地に行ったときのことである。

 よくある光景ではあるが、近くを歩いていた子供が、持っていた風船を手放してしまったのだ。遮る物が何もない青い大空へ、一点のピンク色が混じる。その風船は自由を手に入れて旅立ったかのように、持ち主の元へと戻る素振りすら見せなかった。


 まあ、その後の出来事は、大方予測できるかと思う。


 このときもまた、ドンッ! と轟音がして、まるでヘリコプターが飛び立ったかのような爆風が生まれた。砂埃が目に入り、反射的に顔を背ける。


 開かない目を無理やり細め、僕はその姿を確認した。

 地上二十メートル辺りで風船を掴む、ユリアの姿を。

 そのまま重力に逆らわず地面まで落ちてきたユリアは、大したことを成し遂げたわけではないような澄ました笑みで、風船を子供に返したのだった。

 当然ながら、相手の家族は全員が大口を開けたまま、呆然とするばかりである。

 ちなみにユリアの行動がある程度予想できていた僕は、彼らの態度ではなく、違うものを見て恐れていた。

 ひったくりのときと同じく、ユリアの靴の形で陥没した、コンクリートに残る足跡。

 それから僕は、足跡恐怖症という世にも珍しいトラウマを抱えてしまったことを、記しておこう。あんな足跡が残る脚で蹴られたら、とても痛いだろうなという、子供らしい発想から得た結果だった。


***


 アンドロイドの欠点、その四。

 その日、小学四年生の授業参観があった。けど僕の両親は共働きなので、代わりにユリアが来たわけだ。


「おい、あそこの姉ちゃん、無茶苦茶きれいじゃねえか?」


 授業が始まる前、僕の友達のいっちゃんこと小柳樹が、教室後方に集まり始めるお母様方を指差して言った。興味があった僕は彼の指先を見るも、すぐに顔を伏せることとなる。ユリアが僕に向かって、笑顔で手を振ってきたからだ。気恥ずかしい。


「おい、こっち見て手振ってるぞ! 知り合いか?」

「うん。……僕のお姉ちゃんなんだ」

「マジで! お前、お姉ちゃんなんていたのか!?」

「あー、親戚にね」


 事実、従姉にユリアくらいのお姉ちゃんがいるので嘘ではない。

 そして何故か、クラスメイトが僕の周りに集まってきた。


 羨ましいと言いながら、ユリアの素性を尋ねてくる男子は皆ニヤけ顔。

 綺麗だなと言いながら、感動した目つきでユリアを見る女子は憧れ顔。


 ユリアはこっちを見ながらニコニコ笑っているし、滅多に話したことのない女子からはいろいろと質問されるし、二重の恥ずかしさでてんやわんやしているうちに、ようやく授業が始まった。


 けど、どうやらユリアがアンドロイドと気づいている人は、誰もいないらしい。他お母様方もユリアの美しさに目を剥いてるのであって、まさか非人間が横に立っているという驚きの視線ではなかった。


 ただし、ユリアが人間を演じていられる時間は、十分にも満たなかった。


 それはそう、授業が開始されてから数分後のこと、突如窓から蜂が侵入してきたのだ。勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、天井付近を飛び回る大きなスズメバチ。瞬時にして教室内は騒然となった。


「みんな、大丈夫よ。こっちから何もしなければ、刺されることはないから!」


 大騒ぎする児童を宥めようと、大声で静止を促す担任のミキ先生。しかし蜂である。刺されたらとても痛い、スズメバチである! 外見と本の知識から得られた印象のみでイメージに奔ってしまう小学生にとっては、天敵も天敵。サンタクロースとは対照的に、痛いプレゼントしか届けない蜂なんて昆虫は、絶対的な悪なのだ。


 気の弱い女子は声を上げて泣きだすし、勇敢な男子は外へ追い出そうと教室を自由奔放に駆け回るし。

 普段の平常授業ならばまだいい。けど今日は、後ろでお母様方が観に来ている授業参観なのだ。ミキ先生の苦難を、心中お察しするよ。ただし当時の僕は、授業そっちのけで皆と同様、蜂に御熱心だったけど。


 しかし蜂が起こした大騒ぎは、一瞬にして鎮静化することとなる。


 ピーーーーー。ジーーーーー。


 耳がギリギリ拾えるような超音波。そして何かが焼き焦げる音。それはまるで、誘蛾灯にうつつを抜かした羽虫が、本能のまま青い光へ飛び込んだような音だった。いや、実際にそうだった。


 人の気も知れないで無邪気に飛び回っていた蜂が、突如墜落したのだ。しかも何故か黒い煙を上げて。

 そして僕は見ていた。正確には視界に入っていただけなのだが、ユリアがアンドロイドと知ってることもあり、目に入った光景と妄想を、容易に繋げることができた。


 すなわち、ユリアの双眸から突然青い光が飛び出し、それが蜂を焼いたのだ。

 レーザービーム。その単語が、僕の稚拙な脳内を駆け巡る。

 ただし、ユリアのレーザービームを目撃していたのは、何も僕だけではない。


 授業参観のため、五十人以上が集う教室。多くの人間が注意を蜂に奪われていたとはいえ、決して全員が全員というわけではない。特に冷静な大人たちは、蜂を見ていたといっても子供よりは視野が広いのだ。


 そして蜂を注視していた子供たちであっても、蜂を殺したレーザービームがどちらの方面から飛んできたのかは、察することができただろう。しかもユリア、片手で銃を作るように人差指を天井に向けているし。


 その後、落ち着きを取り戻した教室はすぐに授業を再開することができたが、クラスメイトの興味がユリアに向いていたことは、そのときの僕でも感づくことができていた。


 授業が終わった後、さっきよりも多くのクラスメイトが僕の周りに集まり、ユリアについてあれやこれや訊かれ、一躍有名人になったのは良い思い出なんだろうか。ユリアがアンドロイドだと白状してしまったし、僕が知らなかったレーザービームの機能も、逐一説明しなくちゃならなかった。


 ああ、そうだ。クラスの人気者になれたのは悪い気はしなかったけど、ちょっとだけ嫌なこともあったかな。


 その日から数日間、僕のあだ名は『レーザービーム小宮山』になってしまった。

 ビーム撃ったの、おねえちゃんなのにぃ。


***


 これらの機能を付け加えた張本人、つまりハード面の父親に問いただしたこともあった。


「いいか、よく聴け太郎。レーザービームってのはな、男のロマンなんだよ! ロボット=レーザービームと言っても過言じゃないくらい、ビームは大切なんだ! お前も男だからわかるだろ!?」


 ぶっちゃけ、わかる! レーザービームの必要性は、小さい頃に戦隊ヒーローものを齧りつくように観ていた自分にとっては、十分なくらい理解しているつもりさ。けどそこが論点でないことは、小学生の僕でもわかっている。

 それはユリアが造られた理由だ。


「でもユリアって、いかに人間らしく振舞えるかを考えたアンドロイドなんだよね? ビームなんてできちゃっていいの?」

「はっはっはっは」


 何で笑うんだろう。

 ……まさか!


「もしかしてお母さん、そのことを知らないとか?」

「よし、太郎。今度好きな物を買ってやろう」


 知らないんだ。ユリアがレーザービーム撃てるって。

 後日聞いたことだが、レーザービームの機能は、なんでも父親の研究チームの中でも、ハード面に携わったごく一部しか知らないらしい。内緒で造ったもんだから、バレると責任問題になるんだとか。……いや、もうクラス中の児童が知っちゃったから、母親の耳に入るのも時間の問題だと思うけど。

 まあ父親に対して脅迫ネタができたなと、子供ながらにしては腹黒い考えを抱き、もうひとつ。


「ユリアの脚のことだけど……」

「それは大丈夫だ。研究チームの意向だからな。日常生活を送るのに加え、そういったアンドロイドの特性が、どこまで反映できるかのデータを取るのも目的だ。まあ、まさか百キロ近い重量のユリアが、二十メートルも跳躍できるとは思わなかったけどな」


 再び笑い声を上げる父親。

 ……ということは、ユリアにはまだ特殊な機能が宿っているんだろうか?


「いや、ユリアの場合は脚だけだぞ。アンドロイド一体にそんなたくさん詰め込んでも、制御できなくなるからな。それに……」


 と言って、父親の顔がエロ親父のそれへと変化する。


「最も良い女の条件ってのは、脚が良いってことだ。お前にはまだ早いかとは思うが、覚えておけ」


 そしてこのとき、自分の父親が脚フェチだということを知った。

 ……うん、そんなことは別に、どうでもいいんだけど。

 僕には一つ、懸念すべき点がる。不安で仕方ないところが。

 コンクリートに穴が空くユリアの脚力。

 蜂を一瞬にして消し炭に変えてしまうレーザービーム。

 どちらも人間としては逸脱した能力。……危険ではないのだろうか?


「太郎、ロボット三原則って知ってるか?」


 僕の疑問を受け取った父親は、そんな返答をした。


「ロボット三原則?」

「ああ。ロボットは人間に危害を与えちゃいけない。ロボットは人間の命令に従わなくちゃいけない。それと、ロボットは自分を守らなくちゃいけない。ってところかな。もうちょっと制限はあるけど、簡単に言えばそんなところだ」

「じゃあ、ユリアは人を傷つけたりしない?」

「一応、そうなってはいるはずだ。ただプログラミングをしたのはお母さんだからな、お父さんは大まかなことしか知らない」


 このときは漠然としたイメージしか抱くことができなかったが、父親の言わんとしていることは、大方把握できていた。すなわち、脚力の強さであれレーザービームであれ、それらが人間にとって害を為すことはない、と。


 しかしそこまで理解すると同時に、父親はこんなことも言う。


「ただな、太郎。勝手にレーザービームを備え付けたお父さんが言うのもアレだが……」


 濁した言葉は、どことなくドスが利いたように低かった。


「ユリアはロボットだ。そして同時に人間でもある。人間の命令を素直に聞くこともあるし、自分の意思で拒絶することもある。また一応人間に対しては害ある行動はできないようになっているものの、やはり何らかの行動過程において、過失によって人間を傷つけてしまう可能性もなくはないんだ。そのことについては人間らしいといえば人間らしいし、けど状況に応じて臨機応変に行動選択ができるほど、ユリアは完璧に造られているわけじゃない。そこはどこまで行っても、やはり人造人間の域からは出ることがないだろう」


 そして父親は、己の長い説明に対し「いかん、まとまらなくなってきたな」と自己反省のような呟きを残して、話の尻尾をこう括った。


「だからな、太郎。ユリアのことを、見誤るなよ」


 その言葉は、当時小学四年生の僕の耳には、とても印象的に残ったのだった。

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