第1章 ユリアとの出会い
その日は、いつも通りの平日だった。
午前七時ごろ起き、日中は小学校で過ごし、午後三時前後には帰宅する。その後は友達と遊びに行くことも多々あるけれど、その日はたまたま友達と遊ぶ約束はしていなかった。
「ただいま……」
ランドセルから玄関の鍵を取り出し、控えめな声で帰宅の挨拶を促す。
しかし家の中からは、僕の声に反応する返事はなかった。
いつものことだと諦め、後ろ手で玄関扉を閉める。
奥まで長く伸びる薄暗い廊下。一日中、窓すら開けてないかと思われる籠った空気。あまり生活感を漂わせない、シンと静まり返る室内。誰もいない、自分の孤独を再認識させられてしまうこの家が、僕は嫌いだった。
僕の両親は共働きだ。二人とも同じ会社に勤め、現在とあるプロジェクトの佳境に入っているらしいのだが、小学四年生の僕には大人の事情はてんでわからない。そうでなくとも、午後三時に両親が家にいることなど、普通は有り得ないのだ。できるだけ早く帰って来てくれる努力はしてくれているみたいだが、それでも帰宅は午後六時以降になると思う。
「はぁ……」
自然と溜め息が漏れるも、今さら寂しがっていても仕方がない。僕が小学校に通い始めてから、ずっとこういう生活をしてきたのだ。最近は放課後、毎日友達と遊んでいたため、その約束がない今日に限って普段の反動が押し寄せてきたのだろう。一人で家にいるという、どうしようもない孤独感を。
階段を上って、二階の自室でランドセルを置いてから、再び一階へと戻る。どうせやることもないのだから、早めに宿題をやろうと思うも、すぐにその気にはなれない。ヤケ酒よろしく不貞腐れてオレンジジュースでも一気飲みしようと、僕はキッチンの電気のスイッチを入れた。
そのとき、心臓がまるでウサギの模倣でもしたかのように跳びはねた。
そこに人がいたからだ。あまりの意外な出来事に、思わず自らの時を止めてしまう。
その人は普段僕が食事をしている定位置で、椅子に座っていた。深く腰掛け背筋はピンと伸ばしているものの、しかし肩や首に違和感があった。床に向かってダラリと垂れた腕は一寸も動かすことはなく、また頭部は重力に従うままその重さに頼って傾いでいる。全身脱力した人間が……いや、ともすれば生命の持たない人形が、ただそこへ座らせられているようにも見えるはずだ。
しかしそのときの僕は、まだ小学四年生。いるはずもない人間を目の当たりにして、ありきたりな行動を起こすこともなく、ただただ混乱していた。
電気のスイッチに手を掛けたまま唖然とする僕を尻目に、壁掛け時計の秒針は冷静に時を刻んでいく。一秒一秒、寸分も違うことのないそれらを数えていたわけではないが、長針が目に見えて角度を変えるくらいには、僕は放心していた。
そして口内に溜まった生唾を嚥下すると同時に、ようやく思考を再開させる。
――まさか、泥棒?
最初に至った回答は、それだった。家にこんな大きな人形があったなんて知らないし、当然ながらその人物は両親のどちらでもない。
そして好奇心と恐怖心がせめぎ合う中、どうやら前者が僅かに勝ったのだろう。それにその人物が、こんな長時間も動かなかったことの安心感が、僕の恐怖心を中和したに違いない。
僕は壁伝いに、その人物の正面に回り込むことを試みた。
冷蔵庫、食器棚を経て、流しの前へ。テーブルの反対側から、その人物の顔を窺う。
長い髪だった。赤ん坊のように首が座っていないため、腰の辺りまで届きそうな黒髪は無造作に散らされているものの、しかし一本一本が一寸の澱みもないくらいの直線を描いている。その色感も麗しく、本来の髪質が持つ絶対的な漆黒と、天井から煌々と輝く電灯の白光が不思議と相容れ、矛盾という謎めいた幻惑を放っていた。
それゆえその人物が女性であることは、正面に回り込む前からわかっていた。
無地のTシャツを着た、凹凸のあるふくよかなライン。短パンから伸びる、陶器のような繊細さを放つ二本の白い脚。それに加えて、どうしようもなく魅力的な頭髪。こんな美しい体躯をした男はいない……もとい、小学生の僕からしてみれば、まるでテレビの中から出てきたばかりのアイドルとそう大差はなかった。
つまり良くも悪くも、現実として捉えてはいなかったのである。
そのため、即座に抱いた泥棒説はすぐに破棄された。こんな泥棒はいない。いるはずがない。黒ひげを生やし、緑色の巾着袋を背負い、手ぬぐいを頭に巻いた小汚いおっさんという、泥棒に対してそんなイメージを抱いていた小学生の僕にとって、彼女の身なりはまさに正反対に位置する人間だった。
泥棒ではない。では彼女は一体、何者なのだろう。
正面に回り込んでみて、彼女が少しも動かない理由がようやくわかった。彼女は目を閉じて、完全に眠っているらしいのだ。眠りが深い人ならば、僕の接近に気づかなくてもおかしくはない。
音を立てないように慎重に、僕はゆっくりと彼女に近づいた。
テーブルを隔てた反対側から、上目遣いで彼女の顔を覗きこむ。そしてこのとき、緊張と驚きから、唾と息を同時に飲み込んだ。
綺麗だ、と正直にそう思った。
ありきたりな形容詞で表現すれば、「天女のような」とか「目の醒めるような」などが挙げられるかもしれない。しかし語彙の少ない小学生の僕には、ただ単に「美人な」としか言い表すことができなかった。いや、強制的にそう思わされてしまったのだろう。彼女の造形は他の考え事を奪ってしまうほど、美しかった。
黄金比の神が作りだしたような、偶像的美を持つ顔のパーツを敢て特筆するなら、それは睫毛と唇だろう。天に向かうように上反った睫毛は皆一様に長く、そして整っている。そして肌と比べて僅かに赤みを帯びた唇は、取れ立ての白桃のような瑞々しさがあった。
「あ、……あれ?」
そのときの自分の行動について、僕は自分自身に心の底から驚いていた。
間近で顔を観察していただけなのに、無意識のうちに片手が彼女に向かって伸びていたからだ。指先が彼女の頬に触れる寸前に、僕は自分がしていた異様な行動に気が付いたのである。しかし、
――触ってみたい。
嘘偽りなく、欲望のあるままにそう思っていた。僕は、彼女の顔に触ってみたい、と。
ただそれと同時に、妙な違和感にも気づいてしまう。
意を決して、彼女の唇を指先でなぞったそのときだった。
「…………?」
あまりに静かすぎるのだ。触れた感触は弾力のある人間の肌ではあったが、しかしそこに体温が感じられない。それに口と鼻、両方に手をかざしてみても、呼吸すらしていないんじゃないか? 印象的な色白の肌とも合わさり、僕がこのとき抱いたイメージ。
――まさか……死んでる?
と思ったその瞬間だった。
なんの前触れもなく、予備動作もなく彼女の瞼が開いた。
「うわああああぁぁぁ!」
大声とともに飛び退いた。テーブルに乗り出す形からバランスを崩し、そのまま後方へ倒れ込む。咄嗟のことで受け身など取れず、テーブルから落ちた僕は、勢いよく背中を床へぶつけてしまった。
「痛った……」
反射的に目を閉じてしまい、苦痛に呻く。
でも、そりゃビックリするだろう。一瞬前まで死んでいたと思っていた人間が、突然目を醒ましたのだ。しかもほとんど零距離で彼女の顔を観察していたため、気恥ずかしさも大きい。今ので驚かないのは、人間じゃないと思う。
近くで見ていたことや、触ったことを怒られるかなとか、小学生らしい浅はかな考えを抱きながら、恐る恐る目を開ける。しかしその女性は、怒ることも驚くこともせず、ただ無表情のまま椅子に座り、床に尻もちをつく僕を眺めているだけだった。
「こんにちは」
彼女の小さな口が動き、小鳥の囀りのような声が漏れた。
瞬きすらせず、じっとこちらを見つめる彼女の視線に怯えながらも、僕はただ言われたことに対する返事しかできなかった。
「こ……こんにちは」
「あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
恐る恐る応える僕とは対照的に、彼女の口調はまるで機械のように平坦だった。声音自体は優しさを感じさせる女性特有の抱擁感があるものの、しかしその肉声には生命感がない。それはまさに、現実の人間の声を録音し、所々を継ぎはぎさせ、機械を通してそれを聞かされているように。
「こ、小宮山太郎です」
極度の緊張は、ある程度の思考能力を強制的に奪ってしまうもの。僕もまた、日常では存在しえない彼女を前にし、混乱をきたした脳が目の前に提示された質問を素直に受け入れてしまった。
しかしそれ以上、彼女からの問い掛けはない。
「検索中……」
「ヒッ!」
ガラス玉のような透き通った瞳を、虚ろに彷徨わせたまではまだいい。けど突然、彼女の体内から何故かジジジジジといった機械音が聞こえてきたのだ。訳のわからない現状……というより人物を目の当たりにし、恐怖と混乱と焦燥の極みに達していた僕は、これ以上ないほどに身を竦ませていた。
「検索完了いたしました。あなたは私の兄に当たる方ですね?」
「え……? ……兄?」
寸分も理解ができなかった。しかも何一つ把握できないまま、状況が一変する。
顔の筋肉が凍ってしまったと勘違いさせるほどの完璧な無表情を保っていた彼女が、僕を兄と認識したのを境に、突然満面の笑みを向けてきたのだ。曇り一つない、人間として至高となり得る完全な微笑み。もちろん錯覚ではあるが、僕はそのとき、彼女の背景に色とりどりの華が咲いたのを見た。
おもむろに椅子から立ち上がった彼女は、テーブルを迂回して僕の元へと小走りでやってくる。そしてなんと彼女は、腰が抜けて未だ床とお尻をご対面させている僕を、強く強く抱きしめた。
「よろしくね。お兄ちゃん!」
「え? え? お兄フヴァ……」
膝を折り、僕の頭をその胸で包み込むように抱く彼女。Tシャツの上からでもその質感がわかる、彼女の柔らかな双丘に顔を埋めてしまったため、僕の疑問は中断させられた。彼女はそのまま僕の頭頂部に顎を載せ、喉を鳴らすような声で「キュンキュン」とか言っている。
何が何だかわからず、数分の間、僕は彼女にされるがままの状態だった。
「フゴッ、フゴッ」
豊満な胸と、接触するTシャツの布に呼吸経路を奪われ、そろそろ窒息が危ぶまれてきたそのとき、僕と彼女とは無関係な場所からの音が耳に入った。それはフローリングの廊下を叩く、二つの足音。
僕は全身全霊を込めて彼女を引きはがし、僅かにできた隙間から、視線を廊下へと向けた。
「お。なんだ、もう起動しちまったのか」
「あらあら、初対面なのに仲の良いこと」
それは僕の両親だった。顔見知りが現れたことにより安心感を抱いてしまったためか、脱力した僕は再び彼女の胸に顔を埋めることとなった。
再度力を込めて彼女を退けると、ようやく察してくれたのか、彼女は僕の正面から横へと回り込んでくれた。ただし抱きつくことと、顎を頭に載せてウリウリすることは止めてくれなかったが。うーん、肩に当たる柔軟な厚みがまたこしょばゆい。
「あれ。今日、会社は?」
彼女が退けたことにより、新鮮な息も吸え、正面から両親に質問をすることができた。
「実は先日、大事なプロジェクトがようやく終了したところなんだ。まだ試運転したデータは取ってないけど、一区切りしたってことで休みをもらったわけだ。特にお父さんとお母さんはそのプロジェクトの第一人者でな、ずっと携わってたもんだから、真っ先に休ませてもらったんだよ」
「ごめんなさいね。今は実験データをどう取るかお父さんと議論してて、地下室にいたの。それで太郎が帰ってきたことにも気付かなかったわ」
僕の家には地下室があり、そこは科学者である両親の研究室になっている。僕は一度も入ったことはないが、聞いた話では防音は完璧だそうだ。だから彼女に抱きつかれてから、数分で駆けつけてくれたのは運が良かった。あのままだと、本気で窒息死しそうだったし。
しかし両親はニヤニヤ笑顔のまま遠巻きで僕を眺めているだけで、決して彼女を引きはがそうとはしてくれなかった。
「うふふ、やーねー、太郎ったら。可愛い妹に抱きつかれて喜んじゃって」
「突然現れた妹を、こうも早く受け入れられるとはな。我が息子ながら、現状把握能力の高さにお父さん、嬉しいよ」
いや、喜んでないし。現状把握なんてこれっぽっちもできてないし!
僕の訝しげな視線にも両親は気づかず、ただ感無量と言わんばかりにウンウンと頷くだけだった。
ただ彼らの言葉に、どうしても反応せざるを得ない単語が混じっている。僕はそれを拾い上げ、唖然とした口調で訊いた。
「い、妹?」
その言葉がスイッチだった。いや、僕を抱きしめる彼女のではなく、両親の。
二人は待っていましたと言わんばかりの笑みを見せながら、手を取り合った。
両親の良いところの一つとして、結婚からすでに十年以上は経つが、未だに恋人同然の仲の良さを保っているところがある。でも、今そんな仲睦まじい姿を見せられても、困るんだけれども。
「その娘はな、父さんと母さんが長年の研究を重ねてようやく完成した人型ロボット、つまりアンドロイドだ!」
「会社でのプロジェクトというのは、その娘を造ることだったのよ」
「ア、アンドロイド?」
単語の意味が理解できず、目を白黒させる僕。
「父さんがハード面、母さんが人工知能のソフト面を担当して造り上げた傑作、名前はユリアだ。そしてお前の妹になる娘だよ」
「よろしくね。お兄ちゃん」
抱きつく腕をさらにきつく締める彼女、ユリア。側頭部に当たる感触は柔らかくとも、腕の緊縛具合が半端ない。妹のヘッドロックで気絶する兄というのも情けないが、これはちょっと無理そうだ。
「ギブギブ」
首を絞めるユリアの腕を軽く叩くと、意外にも素直に緩めてくれた。最初からこうすればよかったのか。
ただし離れてくれるかと思えばそれはまた別の問題らしく、ユリアは僕の背中に回ると、また同じように僕の身体を抱きしめ、顎を頭頂部に載せてきた。僕と彼女の関係は、この体勢で安定したんだろうか。
「ロボット? 人間じゃないの?」
「さっきから言ってるじゃないか。ユリアは人型ロボット、つまりアンドロイドだって」
人型ロボットと聞いて、最初に脳裏に浮かんだのは、あの青い猫型ロボットだ。あれを猫から人に変えた物、と言ってしまえば早いのかもしれないが……僕はどうにも納得ができなかった。
僕の知るロボットというものは、つまりガンダムや戦隊ヒーローが乗るような巨大なものだ。大きくなくとも、例えば仮面ライダーや、最近観た昔の映画ではロボコップのような、金メッキが露出したゴツゴツしたものが、主なイメージを際立たせるだろう。
けど、このユリアはどうか。
首を限界まで回し、頭に顎を載せているユリアを盗み見る。
どう見ても人間だ。肌の質感、声質、仕草、頭髪、態度、言葉遣い、そして背中に当たる自己主張の強い膨らみ。どれを取っても、先述したロボットの特徴とは遥かにかけ離れてると思う。
しかし実際に接触してみることにより、気づいたこともある。最初の異変である呼吸をしていないことももちろん、体温が著しく低かったり、また背中に押し付けられた胸からは心臓の鼓動がまったく伝わってこない。それはやはり、一番初めに抱いた印象、死体を思わせるような――、
「………………ッ!?」
とそこで、僕の思考は真っ白になった。
斜め上に頭を傾けていた僕の視界に、頭部から離れたユリアの顔が入った。そして彼女はあの完璧な笑顔を見せた後、なんと僕の唇を塞いだのである!
何で塞いだかって、言わなくてもわかるだろ! 彼女自身の唇で、だよ!
つまりは接吻、キスって奴さ!
唇からユリアの顔が離れるまで何されたかまったくわからず、また離れて再び彼女の笑顔を見ても未だに状況が把握できず、無意識のうちに頬が熱を持って紅潮していくのは感じられたけど、目の前の両親は「わっはっは」とか「うっふっふ」とか意味不明に笑ってやがるし、どうしてユリアが僕にキスなんかしたのかと考える余地もなく、ようやく現状を理解できようも思い至った感想は一つだけ。
ファ、ファーストキスだったのにいいいぃぃぃ!!
「費用は全面的に会社が出してくれてたんだけど、上の話し合いでどうやらユリアは家で引き取ることになったらしい。常に第一人者と一緒に居られることと、小規模だが家に研究室があることも鑑みての采配なんだろうな。それでユリアがどの程度人間生活を送れるのか、数年単位でデータを取得することになったから」
と、父親が何かを言っているが、動揺の限界をすでに突破していた僕に、彼の言葉は欠片ほども頭に入ってくることはなかった。当時小学四年生だった僕にとっては、ファーストキスというものは女子以上にデリケートな問題だったのだろう。
だから過去を語る中学二年生の僕が、そのときの事情を簡潔にまとめる。
両親が勤める会社で立ち上がったプロジェクト、「自律性アンドロイド製造計画」。その名の通り、自らの意思で動くアンドロイドを製造するプロジェクトなのだ。大学でロボット工学を専攻していた父親、そして人工知能論を専攻していた母親。どちらも優秀な成績を修めていたことにより、珍しくも夫婦揃って本計画の責任者に抜擢されたのである。
会社や研究者というものがどのような組織なのかは、まだまだ子供である僕にはよく理解できてはいないが、両親たちが熱心に頑張った結果、その計画は成功という形で順調に進んでいたらしい。
その成功を物理的に表したのが、僕に抱きつく彼女――アンドロイド・ユリアなのである。
ちなみに余談ではあるが、プロジェクトが立ち上がったのが約十年ほど前。つまり僕が生まれたのと同時期である。どちらが先かは知らないが、両親は共々、研究のために子供を蔑にすることを嫌った。そこで建てられたのが、この家。地下に相応の研究室を造ることにより、家に居ながらも研究を継続的に行うことができたのだ。まあ僕が小学校に上がってからは、他のプロジェクトメンバーの都合上、どうしても会社に行かなければならなかったが。
話を戻そう。自律行動型アンドロイド、ユリアを造り上げたまではいいが、それはまだ第一段階、ようやく計画の土台ができたにすぎない。計画の最終目標は、「ユリアが人間に混じって、如何に日常生活を送れるか」ということ。これが不完全ならば、ただの人形を造っただけど同じである。
そして大抜擢……というよりは必然と言えよう。ユリアはこの小宮山家で引き取り、日常生活のデータを採取することになったのだ。二人の責任者が同じ家に住み、そして問題があった際にすぐ対応できる環境であるため、会社側としても多大なる費用を投資して造り上げたユリアを任せることができたのだろう。
そういう経緯で、我が家のキッチンに休止状態のユリアが眠っていたのである。
……どーでもいいけど、人工知能のソフト面を母親が担当したのはいいとして、ハード担当の父親がここまでナイスバディの美人を設計したのは、息子としていかんともしがたい心境であるが。
「つまり……い、一緒に暮らすってこと?」
「理解が早くて助かるよ」
という父親の言葉は、どこか歯切れが悪かった。その態度は、今になってみれば何となくわかる気がする。
ペットを飼うわけでもなければ、数日の間だけというわけでもない。変な言い方だけど、ロボットであるユリアはある意味『人間』であるし、しかも年単位のデータを取らなくてはならない。
要は、突然家族が増えることに対し、僕に気を遣ってくれているのだ。
僕が嫌がらないか。日常生活を、崩されたりはしないか。
しかしまだまだ浅はかな考えしか抱けない当時の僕にとっては、ただ家族が一人増えるのか、くらいの認識しかしていなかった。
僕がユリアを家に迎え入れることを許容すると、両親は露骨にホッと胸を撫で降ろした。
ただ、そうなると僕にも譲れないことがある。
「僕がお兄ちゃんってことだけど……」
それはユリアが妹ということ。僕が知っている妹像というのは、泣き虫で自己主張が強くて我が儘で小さくて甘えん坊。まあ、これは友達の妹から得た印象なんだけど。
けどそれに比べ、ユリアはどうか。
背は僕より頭一個分大きいし、体つきも顔つきも小学生の領域では収まらないほどの発育を遂げている。赤の他人がぱっと見ても、高校生から大学生といった大人の造形美を演出していた。
甘えた口調で僕に縋りついてはいるが、ユリアを妹と呼ぶのはどうしても拒絶される。
「太郎より後に生まれたから、妹ってことにしたんだけど……」
「別に構わないんじゃないか? 妹の設定を、姉に変えるだけだろ?」
「そうね。設定変えるだけだものね」
そんなスイッチを変える要領で、妹から姉へと進化できるものなのか。
とまあそんなわけで、僕がまだ小学四年生だったその日、突然お姉ちゃんができたのである。
ただし、アンドロイドであるが。




