第3章 ユリアの原型 その1
前にも少しだけ記述したが、僕には従姉に当たる姉が一人いる。父親の兄弟の娘で、僕とは少し歳が離れており、今年で二十歳になるはずだ。まだ幼い頃、兄弟のいない僕は彼女のことを本当の姉のように慕い、よく遊び相手になってくれたもの。しかし彼女が中学に上がるのと同時に、急に疎遠になってしまった。お互いの家が新幹線で軽く一時間は要するほどの距離があるのも理由だが、勉強やら部活動やら、彼女の個人的な時間が増えたからかもしれない。だから最近はまったく合うことがなかったんだけど……。
ゴールデンウィークを利用して、その従姉のお姉ちゃんが僕の家にやってきた。
どうして今になって僕の家を訪れたのかは、定かではない。大学の授業がなくて暇なのか、それとも近くに用事があってついでに寄っただけなのか。彼女が来てから帰るまで、その真意を訊いたわけではないから真実はわからない。けど僕は、ある程度の見当はついていた。
すなわち、両親が従姉を呼んだのではないか、と。
いなくなった、ユリアの代わりという意味で。
寂しがっているだろう僕を、元気づけさせるために。
正直、バカにしているのかと最初は憤った。ユリアが人間だろうがアンドロイドだろうが、ユリアはユリアだ。この世で一人しかいない、僕が好きになった女性。彼女の代わりなど、地球上のどこを探しても存在するはずはない。
と、本当に最初はそう思っていた。
従姉のお姉ちゃんの懐かしい顔を見るまでは。
***
「こんにちは。久しぶりだね、たっくん」
玄関から顔を覗かせた従姉を見て、僕は驚きのあまり目を剥いた。
「ユリ……」
とまで言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。
そこにいるのはユリアではないと呪詛のように自分に言い聞かせ、頭を振った。なんとか笑顔らしいものを作ることに成功する。
「久しぶり、おねーちゃん」
「うっわー、本当に久しぶりね。ていうか、本当にたっくん? 昔とは見違えるほど大きくなってるじゃない」
「そりゃ、あれから七年以上は経ってるんだもん。背くらい伸びるさ」
「ほー、いっちょ前に声変わりもしちゃって。キーキー金切り声上げて泣き喚いてた、あの小っさなたっくんはどこへやら」
「……過去に置いてきたよ」
昔の恥ずかしい自分を掘り起こされて、赤面する。
当然ながら、彼女はユリアよりも昔の僕を知っている。というかむしろ、生まれた瞬間から顔を合わせている可能性だってあるのだ。僕の黒歴史を掘り返すという意味では、ユリアよりも天敵かもしれない。
「どれどれ?」
と言いながら靴を脱ぎ、彼女はおもむろに僕の肩を掴んだ。唐突に顔を近づけられ、恥ずかしさのあまり硬直してしまう。すると今度は、強制的に全身を反転させられる。
「はい、背筋をピンと伸ばして」
言われるがまま、僕は兵隊顔負けの直立姿勢を維持することになった。
と、妙にくすぐったい感触が首筋を襲った。床屋などで、切り落とした髪の毛を払う刷毛を思い出したけれど、それとはまた一線を画した柔らかさがあった。
続いて両肩とお尻から得た手ごたえにより、自分の背中がどうなっているのかは、容易に想像できた。
「わ、少しだけど私より大きいじゃん」
僕とお姉ちゃんは今、背比べをしているのだ。背中と背中を合わせ、お互いの体温を交換しているよう。肩甲骨から感じ取れる相手の華奢な肩幅は、彼女がまごうことなき女性であることを示している。そして女性のお尻が自分のお尻と密着していることを実感してしまったことにより、股間の温度が無意識に上昇していることにも気づく。
僕は慌てて彼女から背中を離した。
「ちょ、ちょっと、いきなり何するの!」
「だってたっくんの身長測るのは、こうやったら早いかなって思って」
と、お姉ちゃんはいたずらにはにかんでみせる。
「あ、もしかしてたっくん、照れてるの?」
「照れてないって!」
もちろん、心音が耳に届くくらいに照れてるんだけど。
加えて今の僕は部屋着だ。上も下も薄着であるため、不用意にお姉ちゃんに正面を向けることはできなかった。
「と、とりあえず上がってよ」
「うん」
混乱のあまり、すでに靴を脱いで廊下に立つお姉ちゃんに向かってそんなことを言ってしまった。まあ特にツッコミもなかったので、僕はそのままリビングへ案内する。
「……このゲーマーめ」
「男子中学生だったら普通だと思うけどな」
薄型テレビの周辺を目にしたお姉ちゃんは、呆れたようだった。そこには最新ハードから今はあまり使わなくなった一世代前のゲーム機が、整然と片付けられていた。確かに一般家庭よりもゲーム機の数は多いかもしれないが、しかしテレビゲームが好きなのは男の性というものだろう。
「そうだ。お姉ちゃん来て、お父さんとお母さんも入れれば丁度四人だし、後で皆でマリオパーティでもやろうよ」
「いいのかな、私にそんなこと言って」
「?」
「何を隠そう、友達の間で、私はマリパの女王と呼ばれているのだよ」
「……どっちがゲーマーだよ」
てな冗談はこの辺にしておいて、お姉ちゃんにソファへ座るよう促した。
「僕、何か飲み物でも持ってくる」
「いいよ、私が行く」
「でも……」
「いいのいいの。たっくんは座ってて。こういうときは、お姉ちゃんに任せなさい。久しぶりにこの家の台所も見たいしね」
と言い残し、僕が引き止める間もなく、お姉ちゃんはキッチンの方へと小走りで行ってしまった。追いかける理由もないし、ついて行ったら逆に怒られそうな気もしたので、仕方なく僕はソファへと腰を沈めた。
それにしても――、
「……似すぎだろ」
久しぶりに見た従姉の顔は、ユリアと瓜二つだった。声、話し方、一つ一つの仕草までもが、先日いなくなったユリアにそっくりだ。ただ違うところといえば、ユリアは着たことのなさそうな余所行きの服装と、きめ細やかに整えられた化粧。そしてユリアよりも僅かなばかり歳を重ねた、大人びた顔くらいだろう。
話には聞いていたけど、まさかここまで似ているとは思わなかった。
ユリアはアンドロイド。造られた人間であるため、その形は製作者に委ねられる。そして今回、ユリアのモデルとなったのが、僕の従姉だったのだ。しかもユリアは一応試作品という名目で実験データを取っているだけなので、外見や性格はそうそう凝ってはいなかったらしい。つまりユリアというアンドロイドは、三年前の従姉そのものなのだ。
「ふう……」
一息つく。突然の不意打ちで、一気に緊張してしまっていた。
でもあれはユリアじゃない。どんなに似てようが、あれは別人なんだ。だから無意味に慌てる必要なんかない。久しぶりに従姉と会った自分を演じていればいいんだ。特に困ることも、苦労することもないだろう。今も最初に顔を見たときは狼狽してしまったけれど、しっかりと対応できていたはずだ。
と、従姉が居ぬ間に決意を固めてはみたものの、
「おまたせ」
その決心が逆に意識させてしまい、僕は彼女を直視することができなかった。
運んで来てもらったオレンジジュースとスナック菓子をつまみながら、僕は横目で従姉を見る。髪、目元、鼻、口、顔の骨格まで、どこをどう見ても、彼女の姿は僕の愛した女性と違うところはなかった。
そして……。
覚悟を決め、僕はさらに視線を下に移す。そこには服の上からでも形がよくわかる豊満な胸が、激しく自己主張していた。たぶんそこも、ユリアと同じ柔らかさなのだろう。過去に触れたユリアのおっぱいの感触が想起され、さらに目の前に実物があることを認識してしまい、自然と生唾が落ちた。
「たっくん、どうしたの?」
「えっと……」
従姉の胸に釘付けになっていたことも、彼女が不思議そうにこちらを眺めていたことも気づいていたけれど、結局呼ばれるまで目を離すことができなかった。そんなエロい自分に対して嫌悪を抱き、赤面してしまう。
「ははーん。さては私のナイスバディに見惚れていたな? このスケベ野郎め」
「違うって!」
癇癪混じりに否定してみたものの、図星であることは間違いないので、それ以上何も言えなかった。背中を丸めて、不貞腐れたようにオレンジジュースを一気飲みする。
ストローの先端が気体を吸い込むようになったところで、僕は上目遣いで訊いてみた。
「いつまでここにいられるの?」
「一応、二泊三日かな。平日は普通に講義あるし」
ということは、明後日までの辛抱だ。
従姉が帰るまで、僕は彼女に対する肉欲に悶々と耐えなければならない。




