獅子奮迅
俺は狼型になったハナの背に飛び乗った。
「ハナ、行っけー!」
ハナは即座に中空へ翔け上がる。
自陣がどよめく。
「あれは味方だ。ハジメ殿だ。撃つな!」
大声で伝達されている。飛竜の伝達兵も飛んだ。南北10キロの細長い布陣だか
ら伝達も一苦労だ。
俺は前方の敵空軍を睥睨する。高度は800m付近。地上からの矢と魔法の射程
外ということか?
さて、どうするか。地上の味方に被害が及ばないような魔法で、敵侵入を防ぎつ
つ迎撃したい。
ひとまず、直径10mの範囲内のみの激しい乱気流の球を作ってみる。
よし、風の影響は完全に球内に抑えた。
この風球を、南北10キロの前線上空500mの端から端まで、厚み100m、
奥行き100mの細長い直方体のエリアに隙間なく展開させた。
ふう、量が多くて一仕事だった。
風球エリアは、ギュルギュルともゴゴゴゴとも聞こえる唸りと僅かな空気の振動
を感じさせ、かなり不気味だ。
敵空軍は中空の不気味な領域を警戒して、滞空して様子見をしている。
あ、小鳥が一羽、風球領域に近づいて、ばちっと球表面で弾かれた。
「ヂュンッ!」
しかし、生きてそのまま飛び続けている。
むむ、風球の隙間を上手く抜けて脱出したぞ。
「チュチュチューン♪」嬉しそうだ。よかったね、小鳥さん。
いや、よくない!
がっくり。小鳥にすら破られるとは。
風の影響を球内に抑え過ぎた弊害か。
ザワザワザワ。自陣がざわついている。
「なんだこけおどしか」
「だと思ったよ」
味方からも失望の声が漏れ聞こえる。
敵からはさっそく、ハーピー100体が先遣隊として近づいて来る。
よし、それならこいつらを通して、敵本隊を引き付けてやる。
「そのまま通すので、弓と魔法で攻撃して下さい」
ハーピー隊は、中央部前線中空の俺をめがけて、高度を落とし、風球エリアの下
に潜り込んで接近を図る。
俺は奴らを攻撃せず、高度500mの風球も動かさず、俺自身は高度300mを保
ってゆっくりと後退する。
「敵第1陣が来るぞ。我らが撃ち落とさねばならん。攻撃用意!」
弓隊が上空に狙いを付け、魔法隊が詠唱を開始する。
しかしハーピー隊は、風球エリアの下に入るや否や反転し、離脱して空軍本隊へ。
風球エリア下の安全性を確かめただけのようだ。
反転寸前の先頭の奴の表情が見えた。歪んだ嘲り顔だった。
ムキー!むかつく!
ハーピー隊合流後、敵空軍本隊は進撃を再開した。高度を落としつつ接近する。
空に気を取られていたが、敵地上軍も一斉に進軍しつつある。
人族連合軍が緊張に包まれる。
「来るぞ。抑えられるか?」
俺は風球エリアを高度500mを保ったまま、前線西へ押し上げる。
よし、そろそろ敵空軍全体を捉える。
頃合いは良し、各風球に炎を纏わせる。
炎の影響は球内にとどめずに外へ放散させて、敵をこんがり焼き上げる作戦だ。
「点火!」
全球が炎に包まれる。
だけでなく、各球を中心に炎が四方八方に吹き出した。
あ、あれ?すべての球の炎が連結して一つになった。これはちょっと予想外だ。
荒れ狂う炎の巨大雲が出現した。熱量が予想以上だ。
高熱に敵が恐慌に陥る。
その威容とやけどしそうな熱波に味方も怯える。
そして俺も慌てた。このままでは枯草の多い草原に火が付く。
味方にも被害が出る。
咄嗟に俺は、炎を纏う風球内部の水蒸気を凍らせた。
温度を一時的に急冷させようとしたのだ。
風球内の乱気流と、炎、そして氷の結晶、これらを全て並存させた。
温度は下がったが、急攪拌される氷結晶が大量の静電気を発生させることとなった。
結果、赤黒い炎の塊となった巨大雲は過帯電して、雲内部を稲妻が縦横に走り回る。
見るも恐ろし気な異様な空が一面に広がっているという、この世の終わりを彷彿
とさせる何とも言えない状態になった。
敵も味方も凍り付いたようになって呆然と空を見上げている。
「いや、これこそチャンス到来だ」
俺は電磁操作で雷雲に更なる電力を供給しつつ、射程を西側空中に絞った。
巨大雲の過帯電が限界に達し、膨大なエネルギーで力感が跳ね上がり、巨大雲全
体が一瞬膨れ上がったように思えた。
「放電!」
眩い光に包まれる。
巨大雲から迸る無数の稲妻の帳。
雷光とそれに撃たれるハーピーや飛竜の影。
網膜にその映像を焼き付けて、しばし視力が失わた。
ドドーン、パリパリ、バチバチッという大音量が、朦朧とする意識の底に届く。
ハッと我に返ると、空中に浮いているものはなく、地上に黒焦げの敵の死骸が、
そこかしこで転々と黒煙を上げている。
一瞬で、空中の敵は全滅した。ただの1体も残すことなく。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
味方がどよめく。これは歓びの声でいいんだよな?
炎も風球も解除して消滅させ、自陣の様子を見に行くことにする。
ハナを迫りつつある敵地上軍迎撃に向わせて、俺は、重力操作と風操作で、
自陣中央に降り立つ。
「は、ハジメ殿。。。」
「凄い凄い、凄いですー!!」
ウギス領主は絶句。アリッサは素直に賞賛してくれている。
「味方に被害はありませんか?」
「炎の熱で軽い火傷を負った者はおるが、治癒魔法ですぐ治る程度じゃよ」
「稲妻で目が眩んで確認出来てないけど、こっちには落雷は来なかったみたい」
「よかった。それよりも、敵地上軍が迫って来ています。臨戦態勢を敷いて下さい」
「了解じゃ」
人族連合軍にも仕事をさせて上げないといけないだろう。
ハナに念話で指示を出す。
「ハナ、好きに暴れまわっていいぞ。ただし、敵の半分くらいはこっちへ通せ」
「はーい、わかったよー」
俺は自軍の要所に飛んで、被害の無いことを確認するとともに、地上戦への備え
を要請して回った。
どこへ行っても大歓声で迎えられ、くすぐったかったが。
味方の被害はゼロだった。よしよし。
ハナ狼型が最前線で暴れまわっている。
闘気を、瞬動4闘打3闘鎧3程度に配分して、高速で走り回りながら、敵を蹂躙中だ。
音速に近い速度が出てるんじゃないか?
小さな敵や同等の大きさの敵は跳ね飛ばして瞬殺し、巨大な敵は体に大穴を穿って、
やはり瞬殺している。
時折、カチューシャアンテナ型にした汎用銃から粒子砲を撃ち、射線上の敵を蒸発さ
せてもいる。
ハナの戦い振りを見る限り、敵にさほど強い個体はいない。
迷宮30階以下程度だろうか。
「ハナさん、ハナさん、応答して下さい」
「ウガガガガァー、ガゥガゥー」
だめだ、興奮してバーサク状態になっている。はぁ。
1対2万6000だもんなー、必死にもなるか。
いやいや、必死というより、歓び余ってという方が正しいだろう。
それでもキチンと、半数程度の敵は通してくれているからまあいいや。
「ハナ殿に続けー!」
「おぉぉぉー!」
ちょ、ちょっと、あんまり前に出ないで。
「もっと引き付けて!前線を維持して戦って下さいー!」
必死に説得したのも虚しく、乱戦模様になってきた。
ハナを抜けた約5000の敵が、味方の半数5万と戦う。
人族は疲労したら待機組と交代する作戦だ。
敵1体に10人で当たるため、前面に立つだけではスペースが足りず、敵後ろに
回り込もうとする。
だめだ。それをやると、その後方の敵から攻撃を受ける。
それを迎撃するため、味方の新手が更に奥に踏み込む。
こうして、白兵戦の乱戦が展開されることとなった。
俺は、瞬動と短距離移転を駆使して戦場を走り回って、マンティコアその他の巨
獣や大砂サソリなどの、強い敵、巨大な敵、固い敵を見つけ次第に殲滅した。
そして重症の味方がいれば治癒してまわった。
敵味方が入り乱れているので、瞬動での直線長距離移動はままならず、素早い短
距離転移が非常に有用だった。
北寄りの地点に、大蜘蛛と交戦中の10人がいた。
既に蜘蛛の足2本を切断し、味方の負傷は無し。
班長とおぼしき大柄な騎士が「手出し御無用!」と叫ぶ。
うん、ここは大丈夫そうだな。
「任せた」と言い置いて、隣で小山のようなゴリラに対峙している味方を見る。
ゴリラが掴んでいる味方の剣とゴリラの間に転移して、転移直前から振り下ろし
つつあったウルティマ長剣をそのまま斬り下して、ゴリラを一刀両断する。
倒れている味方3名を、走り去り際にヒールで完治させて、北端に向かう。
北端で50体程の敵を始末して折り返し、再びさっきの大蜘蛛交戦地に戻ると、
戦況は一変していた。
班長騎士は頭部を潰されて死亡、重症2名、糸拘束中3名、残り4名は腰が引け
つつもかろうじて戦意を維持。
何があった?
「見えない敵がいます!」
妖虎か!
レーダーゾーンで感知し、即座にウルティマ槍を伸ばして串刺しにして倒す。
直後に大蜘蛛の本体を、汎用銃の反物質爆縮で消し飛ばした。
残った数本の脚だけが、ばさりと地に倒れる。
糸を切り、負傷者は完治させたが、班長騎士はどうしようもない。
冒険者の討伐と違って、戦場では『獲物に手出し無用』というルールは無い。
手を貸せる限りは協力して、味方の被害を最小に抑え、素早く次の敵に向か
わせるのが正しい。
むう、判断を誤った。
でも、やらせてくれという気持ちは分かるんだよな。
悩ましい。しかし、悩んでる暇はない。次に行かなければ。




