日本のゴブリンと柔道教室
不良?は4人。レベル4筋力4敏捷性3の渡辺某こいつがリーダーだな。
レベル3筋力3敏捷性3が2人、レベル2筋力2敏捷性3が1人。19歳と18歳。
高校3年生か浪人生か。雰囲気からするとやさぐれた浪人だな。
不良と言っても不良カーストがあれば、図書館で自習してる時点で下位決定。
成績不振でストレスを溜めてるというところか。
渡辺某の攻撃力は3、他の奴らは2。基礎値の割には低い。実戦の経験不足だな。
おいおい、ゴブリンレベル1にも劣るって。
ゴブ、いや、渡辺某が低い声で脅しつけるようにしゃべる。
「お前、神聖な図書館を汚しやがって、どう詫びを入れてくれるんだ?ん?」
なんだ、こいつ。
「おやおや、ここはゴブリンの神殿だったのか?」
あ、やばい、声に出ちゃった。
「なん、、だと!!」
不良たちから怒気がぶわっと湧いた。最弱以下のクセに、なかなかの怒気だ。
しかし、少々やばい状況だ。こいつらは俺をぼこぼこにしないと気が済まないだろ
う。もしくは財布ごと渡して謝り倒すとか。
あー、どっちもいやだな。
こいつらを倒すのは簡単だけど、斉木と白石にメンが割れてるので、喧嘩はまずい。
俺の今の筋力と敏捷性は8、素でも負けないけれど、4人相手に怪我をさせずに、
余裕で始末するのはちと荷が重い。
気力が38兆なので、それを少~しだけ使うのはいいとして、敏捷性の8がなー。
上手く立ち回るには不足だ。
闘気の瞬動を使いたいところだけど、まだ精緻な扱いにそれほど自身が無い。
ちょっと加減を間違えると、こいつら、細切れ惨殺死体になっちまう。
それは絶対だめだ。
ううむ、悩ましい。
「奴らに殴らせるだけにするジョ。それでも拳を痛めかねないから、無抵抗を証人
にアピールしながらにするべきだジョ」
うん、さすがジョー。いい判断だ。
「おーい、白石、斉木、ちょっと来てくれ」
男子トイレ前から呼んでみた。白石は固まっているが、こっちを見ている。
あ、斉木逃げた?
俺は、両手を上げて頭の後ろに組んで、白石に視線を合わせて立ったまま。
不良どもは、俺をトイレに連れ込もうとするが、根が生えたようにぴくりとも動
かせない。
「てっめー!」
怒りで冷静さを失った不良どもが俺を殴り始めたぞ。
俺は、奴らが怪我をしないように、理力を加減してそっと未熟な拳を受け止める。
低反発の枕を殴っている感じになっているはずだ。あーあ、拳の握り方が悪い、
パンチを当てる角度が悪い。拳には結構ダメージ入ってるけど、怒りのアドレナリ
ンで我を忘れて痛みを感知できてないな。救い難い。。。
む、渡辺がポケットからカイザーナックルを取り出して右手に嵌めた。
俺がハナ用に作成したのとは比べるべくもない、ただのちんけな武器だ。
渡辺の攻撃力が3から5になった。が、ゴブリンが錆びた短剣を装備したのより劣る。
おいおい、ナックル嵌めてその殴り方はまずいぞ。
あーほら、指の骨に亀裂が入った。
あれ2撃め?自分の負傷に気が付いてない!これは捨て置けない。
俺は、頭の後ろに組んでいた手をほどいて、パンチを繰り出しつつある渡辺の右手
首を掴んで静止させ、握る手に少し力を込めて渡辺の手首の骨を粉砕した。
バキッと嫌な音がして、手が変な方向にぶらんと垂れる。
「つっ!」
渡辺の目が見開かれる。さすがに痛みを感じ、恐怖もしているようだ。
他の3人も恐怖で固まり声も出ない様子。
おれは瞬時に水操作で、渡辺の手首と指を完治させて、奴の拳からカイザーナック
ルを抜いた。
左手に理力を込めて軽く握りつぶして、カイザーナックルを金属塊に変える。
「あー、これは欠陥品みたいだから、使わない方がいいよ」
渡辺に金属塊を渡して、トイレ前から脱出する。
振り向きはしないけれど、奴らは、恐怖、驚愕、疑念、理解不能で真っ白になって
るようだ。まあ信じられないよな。金属塊を凝視して思考停止状態だろう。
追っては来ない。さすがにねw。
白石は青い顔をして無表情で無言。やばい、アレを見られたかな。
斉木が図書館の職員を連れて走ってきた。こいつ結構気が利くんだけど、結局迷惑
なんだなー。
「藤堂!?。。。」
「いや、お兄さん達から、図書館利用上の注意を受けてただけだよ。
もう終わったし」
面倒なので、読みかけの本は戻して、図書館を出ることにした。
白石と斉木は、家の人に車で迎えに来てもらうようだ。
もう危険はないだろう。
駅までぶらぶら歩いて帰る途中で、警察署の掲示板に、『柔道教室 練習生募集
中』の張り紙を見つけた。お、こういうのはいいかも知れん。
警察署に入ると、受付と書かれたカウンターがある。冒険者ギルドより立派だなと
思いつつ、柔道教室のことを聞いてみると、地下2階の柔道場で今やってるから見
学できるし、中高生の部もあるとのこと。
警察署に柔道教室があるとは知らなかった。住民サービスの一環なんだろうか。
エレベータを出ると、ドタンバタンと音がする。道場と書かれた扉の中は、照明が
明るい、広い畳敷きの部屋だ。案内をしてくれた若い警察官が、腕組みをして歩き
回って助言している巨漢の30代後半くらいのおやじに、俺のことを話している。
「今は、署内柔道部の立技乱取り中なんだよ。夕方からは中高生の部や一般の部も
ある。まあよかったら見学して行きなさい。その隅に正座して」
このおやじは、師範代という風格だ。まあ警察官なんだろう。
署内の柔道部って、非番の警察官が昼間やってるのかな。まさか勤務中じゃないよ
なーと思いつつ見学する。
うーん、5分で嫌になってきた。正座は足が痺れる。道場全体が汗臭い。
それはまあいいとして、練習は馴れ合いで真剣さに欠ける。技をかける、かけられ
る一瞬だけ真剣で、あとはひたすらだらだらしている。練習だからこんなものかな。
それに技術が未熟過ぎて参考にならない。
柔道とは、どうやら、相手の体勢を崩して密着し、相手と自分の体で、力点支点作
用点を作り出して、てこの原理で相手を投げる技術のようだ。
必要な体勢を作り上げるためには、俊敏性がカギだが、そこに差がなければ力比べ
になる。
攻撃側の出方が分かると受側は体重や力を逆方向に掛けて牽制する。そうなると体
重と力にさほどの差がなければ受け有利で、技はかからない。
結果、見ていてつまらない。
ぽんぽんと好きに投げているのは、俊敏性又は力と体重に差がある相手との組み合
わせだけだ。
けれどその技は、一定の型にはまっていて、応用性に欠ける。
その体勢ならもっと合理的な投げ方があるはずと思っても、無理やり一定の型に嵌
めて、非効率な力の使い方で投げている。
これは、、、我慢して見る価値ないな。
俺は手を上げて師範代?のおやじを呼んだ。
「どうしたのかな?ああ、足か。慣れないうちは、足を崩してもいいよ」
割合と親切なおやじさんだ。
当たり障りのないことを言って抜け出すつもりだったけど、気が変わった。
「済みません、皆さんの技術が未熟で参考にならないんです」
この挑発で、真剣に取り組んでもらって、良い技や奥義なんかを見られたらもうけ
ものだ。隣町だし、恥はかき捨てってね。
師範代が不快感を押し殺した無表情で尋ねる。
「君は柔道経験は?」
「全くありません。喧嘩で人を投げ飛ばしたことがあるくらいです」
ええ、かつて冒険者ギルドで一度。。。
師範代の顔は、少し面白いものを見るような表情に変わり、
「ちょっと遊んでいきなさい。子供用の柔道着を貸してあげるから。
おーい、小島!」
こうして俺は、小島さんと対戦することになってしまった。
ん?俺の帯は白い。小島さんも周りの皆も帯は黒い。これは白帯と黒帯という奴か!




