南の領都と地下52階
「歩こー、アルコ―」
ハナは元気だ。手の振りが凄く大きい。地面と平行いやそれ以上だ。
「あのさ、元気余ってるようだけど、もしかして思い切り走りたい?」
「走りたい!ハシル!」
まあ、種族的に無理もないかな。
犬というか、狼関連だもんなー。それも超大型の。
と、いうことで、本人希望で、地上を走ることになった。
通行人がいたら危ないし、驚かれて討伐隊とか来そうなので、街道を外れて原野や
森など道なき道を、街道と並行して進む。
「おお、すげー!」
貴人大狼になってからのハナ狼型に乗るのは初めてだ。
すでにサラブレッド以上の大きさなので、騎乗に躊躇はない。
ハナの頑健さもよく知ってるので、首筋の毛を遠慮なく掴める。
「気分はもののけ姫、空を行けばネバーエンディングストーリー。走れ、モロ!」
「わけの分からないこと言ってると振り落とすよー」
巡航速度が60~70キロ、少し飛ばすと軽く100キロオーバー。
それが起伏のある原野を行く。
普通ならとても乗っかっていられないが、そこはこの世界のハジメクオリティー。
全然余裕で、そのうち、乗っかったまま寝てしまった。
「ハジメったら。ねてしまうとはなさけない」
「ん?ああ、ごめん。気持ち良すぎて。もう着いた?」
「だいぶ南まで来てしまったようだジョ」
隣街をはるかにすっ飛ばしてしまったようだ。
「どうやらここは、領都セダイムのようだジョ」
領都へ入ろうとする人々は多く、かなり待ったが、問題なく入れた。冒険者は
移動自由なので、冒険者カードか職業表示のある身分証明書があればフリーパ
スだ。
俺とハナの場合、ランクがAと高過ぎるし、見た目とのギャップあり過ぎで問
題視されかねないので、身分証明書の方を提示して通過した。
式鳥を放って転移で侵入も出来たけど、一応領主殿と面識もあるので、不法侵
入は遠慮した。
領都はさすがに大きく、人は多く、建物も立派だった。
「人だらけで、何か気持ち悪くなってきたー」
ハナが人酔いのようだ。
見世物小屋やサーカス小屋もあったので、人酔いして集中力が低下しているハナ
が看板に気が付かないうちに、宿を取ってしまおう。
目についた手ごろそうな宿にとりあえず入って手続する。1泊素泊まりで銀貨5
枚。領都は物価も少し高いようだ。
「はぁー今日は、迷宮51階から、芝居やらキメラ退治やら大移動やらで、もう
へとへと」
「もーハジメは居眠りしてたくせにー」
部屋に入ったら途端に元気になるハナ。
へとへとでも忘れないうちに、セヌエフとの戦闘で得た収穫をしっかり復習する。
まず、回避。重力と空気操作に加えて理力で足場を作り、チューブ内螺旋運動と。
そして、戦闘中の転移。転移の動作速度を速め、かつ、攻防一体となる巧みな転
移の位置取りの探求。接近戦での瞬間的転移ができるようになりたいものだ。
それから、幽視。俺自身とハナの幽体を対象に、その色、形、大きさの変化につ
いて研究する。ふむ、もっと多種多様な相手の幽体とも比べてみないと何とも。
時間操作は、どうも意図してはできない。危機感知時に危機対応とセットなら発
動できるのだが。
あー、学ぶことは山積だなぁ。
とりあえずは日課の夜の訓練は一巡。
その後、ハナが行こう行こうと煩いので、ライザの船にさっそく遊びに行った。
昨日の今日なのに、ライザは凄く喜んでくれた。
昨日ライザと別れた後の俺達の冒険話しを、ライザは目を丸くして、顔を輝かせ
て、ある時は嬉し気に、ある時は手に汗を握って呼吸を荒くしながら聞いていた。
旅芸人の『世界を救う者たち』の話では、子犬が仲間を救うために石になったと
ころで、ライザも大泣きしてしまい、話をしていたハナまでもらい泣きで、もう
何がなんだか。
悠久の時を生きてきたライザのに、なんだかハナと精神年齢的に被るところがあ
るのが不思議だ。
興奮したライザが客室のひとつを俺達専用にすると言い出して譲らなかったので
、お言葉に甘えさせてもらった。
ザースに来てからはおろか、日本にいたときにすら経験したことのないほどの快
適空間だった。
「これを知っちゃったら、もう宿屋には泊まれないねー」
ううむ、ハナの教育上はちと問題があるかも知れぬ。贅沢はいかん。
翌朝、ライザに「また来るねー」と別れを告げて、亜空間で訓練した後、領都で食
事。ぶらぶらと付近を散歩がてら見物した後に、迷宮へ入った。
まず地下51階。
『歓迎 鍵持ちのハジメ様ご一行 下り階段はこちら』と明滅する光文字の看板風
のものがクルクル回っている。この裏面は『本日休業中 セヌエフ』。
「うむ、ふざけているようだが、こういうキャラなのか」
「え、すごく分かりやすくていいと思うけどー」
ということで地下52階へ。
扉を開けると、高い山の頂上付近だった。周囲は高山の峰々と、たゆたう雲海。
山肌を削った直径30m程の円形の平地に俺達は立っていた。
その平地の奥に胡坐を掻いて座っている、美丈夫。顔色は悪い。いや、肌の色が
そもそも青系統のだ。
ゆらりと立ち上がった。動作に武芸の達人の趣がある。身長約2m。20代後半
の見ため。そいつが、
「我が名はピス。覚悟はよいな、では参る!」
いきなり大剣を抜いて斬りかかってきた。
疾い!危機感知と危機対応が発動。
最短距離を詰めて来て、最短距離で大剣を振り下ろす。全く迷いがない。
俺は、加速モードに入り、粘性を増す世界の中で、上体を逸らしてピスの斬撃を
辛くも躱す。
ピスは俺を追撃することなく、斬り下した大剣を跳ね上げてハナを斜めに両断し
ようとする。
まずい!斬られる!
ハナも回避に入っているが、ハナの体の動きを遥かに凌駕するピスの大剣が間も
なくハナの体に到達してしまう。
カチリと何かが切り替わった。
世界の色が失せて、モノクロ―ムになっている。ピスの大剣の動きがほとんど停
止している程の速度に落ちた。
俺の体は、、、動かない!
「動けー!」
力任せではだめだ。
このモノクロームの世界は時間がほぼ停止している世界だろう。
その中で俺の思考は時間停止から解放されている。
ならば、体の方も解放させてやる!
これが正しい思考の方向だった。俺の体を包む時間帯を呪縛から解除して思考速
度に引き寄せることを念じると、少しずつ体が動き始めた。
よし、大剣より先にハナの体に触れることができた。
しかし、ここでまたも難題。ハナの体が重くて全く動かせない。
今度はハナの体を停止時間の呪縛から解放させるよう念じる。軽くなってきた。
動かせる。ハナが自分で動く気配はないので、なんとか俺が動かして、大剣の軌
道から外すことに成功する。
ここで正常時間の世界が戻る。
攻撃開始前の位置に戻っているピス。
「ほう、俺の瞬撃を外すとはな。ここまで来たのは伊達ではないということか。
よし、認めよう。貴様らと勝負してやろう。ルールは俺が決める」




