祠、遺跡、それとも
「何だか、開けゴマという感じだな」
「ゴマ?」
「探索は慎重にだジョ」
穴を覗いて見たけれど、何も見えない。収納からパンを出して穴に入れてみた。
濃緑色の光のカーテンが降ろされているかのように、入れた先の部分のパンが見え
なくなる。手を引くとパンは無事に出て来る。
「取って食われることはないみたいだ」
次に手を出し入れしてみる。大丈夫だ。
「ハナが見てみる」
「あっ、ハナこら」
穴に入れるように人化して小さくなっていたハナが、ぴょんと飛び込む。
と、次の瞬間、ハナがこちらへ顔をのぞかせた。
「大丈夫だよ。空っぽの小さい部屋があるだけだよ」
「もー、次は式神でゴーレム作って様子見と思ってたのにさ」
「結果オーライだジョ」
穴をくぐり抜けてみると、確かに何もない殺風景な小さな部屋。
室内にはふわっと吹き付ける気流と微かな光の明滅が感じられる。消毒処置?
「開けてくれ」
試しに言ってみたら、小部屋の奥の壁の一部がすっとスライドして通路へ出れ
るようになった。
「いやあ言ってみるもんだね」
通路は、天井全体が柔らかな照明となっており、丸っこいチューブ状で、両方
向とも先がカーブして見えなくなる。清浄で微かによい香りが漂い、空気感は
洗練されたホテルの管理の行き届いた廊下の雰囲気に通じるものがあった。
去年行ったディズニーワールドの近くのホテルがこんな感じだったっけかな、
などと思いを馳せていると、
『認識コードをどうぞ』声が頭の中に響いた。え?なんすか。
『認識コードを仰って下さい』声が繰り返される。照明が暗くなった。
「嫌だと言ったら?」
『残念ですが、侵入者と判断します。退去していただきます』
残念なのか。事実、その声は凄く残念そうな響きを帯びていた。
『止むをえません。排除します』
通路は激しく明滅し始めた。
あ、危機感知だ。首の後ろがぞわりとする。
続いて危機対応。加速モードに入ったようだ。うん?いつもの加速モードと違って
周囲の粘度が上がったような感じはしないな。周囲の世界が停止しているような感
じだ。
俺の前方の天井に危機の発生源があった、レーダーゾーンで発見した。触手状のも
のが生えてきている。金属製のミミズのような外観。
そのミミズの一対の目のような部分から赤い線と青い線が発せられ、徐々に俺に向
かって伸びている。
早い攻撃を選択しなければということで、眼球だけ動かして金属ミミズに視線を合
わせて石化を発動、金属ミミズは一瞬で石化した。レジストとかは無い様だ。赤線
青線の発射の供給は途切れた。
しかし既に出ている線は俺に近づきつつある。この2本の線が交わるとやばいと直
感が教える。
地操作で土盾を、2本線が焦点を結ぶ手前の空間に形成する。間に合った。防げた。
ハナを攻撃している金属ミミズも同様に石化と土盾で凌ぐ。
ここで加速モードが解除。当面の危機は脱したようだ。
どうやら今回は、危機対応と時間操作が併発したようだ。活力とともに気量が結構
減っている。
更に通路内の天井、壁、床から金属ミミズの触手がもぞもぞと生え出しそうな気配
がある。
その気配に向かって、石化、炎のブレス、風の矢、理力弾を浴びせる。基本的にど
の魔法でも効果があった。ハナは巨狼化して、通路を引っ掻き回して、金属ミミズ
の芽を刈り取っている。
通路前後を土盾の厚い壁で塞ぎ、外側では高速の気流でかき回して金属ミミズの触
手が存在できない状態とし、内側では、俺とハナの担当領域を分担して、新たな触
手の気配があれば即座に対応できるようにした。これで状況は余裕をもって安定す
ることとなった。
次の変化は、壁に突如開く直径15センチくらいの穴だ。ここから何かが送り込ま
れてくる気配がある。
その到着までのタイムラグを利用して、穴が開いたらすぐに、理力弾やら火球やら
を叩き込んだ。何かが出てきてしまってからでは手遅れな予感がする。
この先制攻撃が効果的で、穴は開いては閉じてを繰り返すだけで、俺たちに何らの
被害は無かった。
さて、こんなことを繰り返していてもらちが開かない。
「あの声は、残念だとか、やむを得ないとか言ってたな」
「闘いたくはないけれど、認識コードがないので、施設防衛上しかたなくという感
じがしたジョ」
「ミミズも穴も、怒ってるんじゃなくて悲しそうにしてるの」
交渉してみよう。
「そちらが何をやっても無駄だ。俺達は楽々処置できる」
「そこで提案があるジョ」
「俺達に害意は無い。俺達を排除しようとするなら相手をするが、ここの施設は壊
したくはない。話をしてくれないか?」
「ミミズも穴も可愛そうなの」
突如、攻撃が止んだ。
しばしの静寂の後、
『その提案を受諾しましょう。害意がないことを認めます。私はライザ。侵入者の
要求はいかに?』
「俺はハジメ、この施設を見学したいだけだ」
「ハナよ。ハジメのお姉ちゃんよ」
違うだろ。
『もうお一方、ジョのお方は?』
「私はジョー。ハジメの思考補助をする補助脳だジョ。要求はハジメの言に尽きるジョ」
『まあ、あなたとハジメの関係は、私とご主人様の関係に似ているわね。
私はこの船の主電子脳。貴方達を客人としてコントロールル
ームへ案内します』
おお、物分かりがいい、話が早い。
そしてジョー、初めて認められたな、っていうか、初めて存在に気付いて貰えたな。
「ハナも知ってたよ」
まあ、ハナは置いといて。
俺達を載せた床が円盤状に浮上し、通路を滑るように前進する。通路の曲がり具合
が優雅だ。そして、前後左右の通路の分岐を進んでいき、ぽっかりと広い部屋に出
た。この施設の中心部、コントロールルームなのだろう。
壁には各種計器のメーター類や操作盤、モニターらしき平板があるが、モニターは
オフになっているようで何も映っていない。
部屋の真ん中あたりにカプセルが二つある。なんていうか、日焼けマシンみたいな
感じの奴だ。
ブンと、家電製品が通電する時のような微かな気配があり、女性が現れた。
年齢18歳くらい、オレンジ色のストレートの長髪で、見たことがないゆったりし
た服を着ている。
「私がライザ」
「立体映像だジョ」
そういえば、ライザの背景が透けて見える。
「貴方達にはまずこれを見ていてだきたいのです」
ライザに促されて、カプセルに近づき覗き込んでみた。
そこには、、、、何も無かった。
「この方達がわたしのご主人様です」
「と、言われても何もない。ここには生命反応がないよ」
「。。。。。やはりそうですか。貴方達を見て、生命の在り方を思い出し、主人様
との差異に危惧感を抱きましたが、貴方達から見ても生命反応が感じられませんか」
カプセルは透明で細長い。人が横たわるべきと思われるその床面には、よく
見ればうっすらと影のようなシミがあった。
「その、、、マスター達は、ここにどれくらいの期間、横たわっていたわけ?」
「これは長期睡眠カプセル。適正期間は100年、限界期間は1万年という設定で
すが、その限界期間を数万回延長して参りました」
てことは数億年。
「よかったらあなたとマスターがここに来た経緯を話してくれないかな」
そして俺たちが聞かされた話は。




