信頼を獲得する、それもまた善きかな
奥の別室に入室した。ちょっと立派な部屋だ。
大き目のテーブルの正面に、初老の紳士、右側に迷宮入り口テントの衛兵さんと、
なぜか迷宮案内人の魔族氏が座っていた。
鑑定 エルガー 人族 64歳 レベル23
職業 冒険者ギルド長
鑑定 トベリ 人族 30歳 レベル16
職業 騎士 救護班部長
鑑定 スファム 魔族 29歳 レベル20
職業 迷宮案内人
「私は冒険者ギルドの長の任にあるエルガーだ。君がハジメ君だね。噂は聞いている。
強力な火魔法を使う魔法使いでありながら、近接戦闘にも優れていると。実は君にお
願いがあるのだよ」
「迷宮の地下3階に誤配が発生して、いるはずのない獣がいるらしいのです。本来は
もっと下層に生息しているはずの妖虎という獣です」
あれ?あの妖虎さんですか、さきほどお世話になったばかりですが、とは言わなかっ
た。もしや俺のせいではという気がしないでもなく、下手な発言は控えるべきだ。
続けて騎士のトベリ部長が発言する。
「中堅どころの冒険者の6人パーティーが遭難した。リーダーがランクB、C2名、
D1名、F2名で初級者2名のためのガイドパーティーだった。救難信号が発せられ
て救護隊が駆け付けたが、既に全滅していた。『虎だ』『消えるぞ』という叫びを聞
いたという証言があり、現場の足跡と冷気から、妖虎のしわざと判明している」
魔族の案内人は獣にも詳しいようだ。
「妖虎は、透明化の特殊能力を持っています。また冷気を操る氷魔法の能力もありま
す。これらの特殊能力を駆使して、虎本来の高い物理戦闘力を発揮する厄介な敵です」
「通常の救助隊では対応が難しい。ランクB主体の戦士4名で前後を固め、中衛に魔
法使い2名の構成の救護隊を編成するべく、手配中だ」
「そういうわけなのだが、ハジメくん、火魔法使いとして参加してはいただけまいか」
ふうむ、あの妖虎と同じ程度の奴だとしたら、俺にとってはさほど問題ではないんだ
けどな。
でも迷宮関係者やギルドが困っているのなら、手を貸すのはやぶさかでないよ。
「わかった。ただ条件がある。救護隊ではなく、俺ひとりで、僕獣だけ連れて討伐
したい」
だって、他に人がいたらかえって戦いにくいもん。
場に微妙な空気が流れる。魔族氏は無表情で無言。ギルド長と騎士部長は目配せし
あっていたが、ふた呼吸ほどおいて、部長が頷き、ギルド長が言った。
「分かった、お任せしよう。ただし、明日の午後には救護隊の手配ができるから、
午前中に迷宮入りしてお昼までには戻って来て欲しい。くれぐれも無茶はしないよう
に。」
「ぼうず、いや、ハジメくんの近接戦闘力があれば簡単にやられることはないと思う
が、十分な備えをしていってもらいたい。期待の超新星をこんなことで失いたくない
からな」
部長の勧めで、ギルドから爆玉と煙玉を各10個受け取った。
花火と煙幕のようだ。花火で怯ませて、煙幕張って撤退しろとのことだ。
また、好きな装備を持って行けと強引に勧められたので、鋼の槍、剣、短剣を数本ず
つと、サイズの合う硬革製の鎧一式を受け取り、それらを携帯するために亜空間収納
能力付きのリングをギルド長から貸与された。
「収納リングのことは知っているね。これは小さな納戸程度の収納力がある。充分な
備えをして行ってくれたまえ。妖虎の討伐が出来たときは、可能なら獣石と討伐部位
としての右耳を持ち帰ってもらいたい。むろん他の部位もあった方が良いが、ぜいた
くは言わない。無理をしないことの方が千倍も大事だ」
あ、収納リングだ。ちょっと嬉しい。武器を出し入れしてみる。問題ない。
自前のよりは操作がちょい面倒だけれど。容量はだいぶ小さいけれど。
「収納リングは貸与品だ。討伐終了まで貸与する。お、惜しくはないが、貴重な品な
ので破損したり紛失したりしないようくれぐれも注意していただきたい。もちろん、
討伐が成功したら、相応の報酬をさせてもらう。」
あ、ちょっと惜しいのね。まあ俺にとっては簡単なお仕事だから心配ご無用ですよ。
とは言えないけど。
その後迷宮案内人の魔族氏から、地下3階のホブゴブリンなど本来の魔物達と妖虎の
出現が重なることがあるので注意することと、妖虎の冷気は戦闘が長引くと地味に効
いて来て逃走すらできなくなるので足元が冷えて来たら戦闘を切り上げること、万が
一プリーストゴブリンなど治癒魔法持ちが出現して妖虎と共闘するようなら単独戦闘
は厳しいので最初から逃走に専念すべきこと等の助言をもらった。
「誤配は1匹限りだと思います。過去複数体の同時誤配は確認されていません。プリ
ーストゴブリンは地下4階の魔物ですが、階段を通り抜けて1階層上まで出現するこ
とは、あり得ます」
うん、さすがに色々詳しいんだね。良い助言です。ありがとう。
「なら、今から行って来る」
「え!明日の午前中にしてはどうかね?」
「いや、問題ない」
唖然とするギルド長らを残して、俺は迷宮を目指して立ち去った。
迷宮地下3階に来た。緑色にぼんやり光る石壁がなんか懐かしい。
索敵マップを階層全体に広げてみる。
白に近い光点がうごめく中で、ひときわ青い点が一つ。これが妖虎だろう。
「通常武器だけで仕留める。魔法やウルティマは使わない。俺がやるからハナは妖
虎以外の敵の処置を頼む」
「わぉん」
打ち合わせ終了。簡潔だ。ハナは本来の大型サイズに戻っている。
まっすぐ妖虎を目指す。邪魔な敵が前方に出現しても相手にしないで横をするりと
すり抜け、後ろのハナに任せる。この角を曲がれば奴がいるはずだ。おれはギルド
からもらった(ん、これも貸与かな?)槍を取り出し構えてから、一歩踏み出した。
あ、お食事中でしたか。
妖虎は、なんとホブゴブリンを食べていた。協力関係は構築できてなかったのね。
俺とハナしかいないことを見て取った妖虎は、フンと舐めたような態度で立ち上がり、
すっと透明化した。
残念、レーダーゾーン内なので、『見えて』ますから。
見えてない自信のある妖虎は、抜き足差し足の無音歩行で俺を迂回してハナを攻めよ
うとする。ハナの方を強敵と認めて先に仕留めるつもりのようだ。
俺は妖虎の背後を取り、その後頭部の下あたりの首の付け根、いわゆるぼんのくぼに
槍を投げつける。槍は気持ち良い速度で飛翔し、狙い通りにぼんのくぼに命中して、
そのまま貫通し、奴を石畳の地面に縫い留める。
妖虎は激しく暴れて串刺しにされた槍から逃れようとする。この程度じゃ死なない。
俺は急所を攻撃するために、奴の前面に回る。収納リングから鋼槍をもう一本引き
出して手にする。
おっと、妖虎は槍を地面から抜き取ってしまった。力がある。首に槍を突き刺した
まま、牙をむき出して咆哮する妖虎。威嚇なのか怒りなのか。透明化は解けている。
俺は、大きく開けられたその口に槍を加減して突き入れた。
槍の先端は口蓋を突き抜け、更に頭蓋の底を突き破って頭蓋内に侵入し、内部から
頭骨上部に突き当たって止まる。丈夫な頭骨だ。
おっとまだ生きている。びっくりだ。生命力がまだ2~3割残っている。
俺は先端部を妖虎の脳内に留めたまま、槍をぐりんと捻って回転させた。
奴の生命反応が消えた。
ログが流れた
妖虎 レベル15を倒した
突き刺さった槍を抜き、消えないうちに、そのまま妖虎の全身をリングに収納する。
床面には舞台のスモークのように冷気が漂っている。
終わった。通常武器で戦うとこんなにもしぶといんだ。ウルティマの威力をあらた
めて思い知る。
「くぅん」
終わったね、というようにハナが顔をこすりつけてくる。
「うん、簡単なお仕事だったけど、結構緊張したね」
迷宮を出る。入ってから15分くらいだろうか?
「忘れ物ですか?」
テントのギルド職員が聞いてくる。
「終わった」
と答えたが、納得行かない表情。何が終わったのかなとでも思っているようだ。
相手をせずそのまま冒険者ギルドの建物に入って行く。
子犬バージョンになってもらっていたハナを、うさぎのリュックに入れて、背負う。
受付のエリーが俺をみて話しかける。
「あ、戻って来たのね」
「ん、終わった。討伐した」
「話聞いちゃったんだけど、やっぱり明日の午後に全員で行くのがいいと思うよ。
え、討伐終わった?ってどういうこと??まさか。。。」
「奥のギルド長の部屋へ行く」
頭からはてなマークを出しているエリーを残して、奥へ入って行く。説明がめんど
くさいんだもん。
収納リングから出した妖虎が長々と床に寝そべっている。
ように見えるが死んでいる。
体長3メートル、尻尾まで入れると4メートルを超えている。
重さも300キロはあると思われる。
ギルド長、騎士部長、迷宮案内人魔族氏が絶句している。
しばし間を置いたのち、三者三様の感想。
「いや、信じられない。信じられないが、目の前にこれがある以上、事実なのだな」
「こんな短時間に、どうやって?傷は首を貫通する上下の2か所のみか。
うん?口の中にも傷があるか」
「大きい。妖虎の中でも大きい方です。しかも美しい。ほとんど傷の無い完全体と
は素晴らしい」
「運良くすぐに出くわした。ホブゴブリンを食っていた。透明化もしていなかった。
こちらが少数だと侮って奴は油断していた」
とだけ説明した。
「しかし凄い。さすがは超新星だ。大手柄だ。後日改めてお礼をしよう。その収納
リングと装備はそのまま差し上げる。他にご要望があれば聞こう。確約はできかね
るが、できるだけ叶えるようにする」
ギルド長からありがたいお言葉。じゃあ、要望出しちゃおうかな。
「ありがたい。他には、ハナをギルドの施設に連れて入る許可をもらいたい」
「ハナ?君の連れている子犬かね。ふむ、構わんと思うが、踏まれて危ないので
はないかな?」
「こんな感じで」
俺の背中のうさぎリュックからハナがぴょこんと顔を出す。
「くぅん」
皆の顔がほっこりする。
「ははは。それなら私の一存で許可できるよ。礼金も含めて明日の朝には手配を済
ませるから受付カウンターに冒険者カードを提出してくれたまえ。いや今日はご苦
労だった。礼を言う」
感謝されちゃった。みんな嬉しそうだ。
むふふ、信頼された感じがする。よい気分だ。




