これが迷宮という不思議空間か
西門前には、冒険者向けの店舗が数多く出店していた。
冒険者が個人でやっているような手作り感あふれる露天もそこかしこにある。
何を買って置けばいいのかイマイチはっきりしなかったので、とりあえず食べ物だ
け調達しておく。腐るもんじゃないしね、俺の場合は。
所持金が少なくなってきたので、手元の魔石や獣石を売ってみる。石高価買取と看
板のある石屋数件に声を掛けてみて、相場だったので素材も少々合わせて金貨1枚
で買い取ってもらった。他方で、パン、肉、野菜、出来合い料理を全部で金貨1枚
分仕入れた。これだけで半月は行けるかな。現地調達可能ならもっと長期間も。
今日の夕方には戻るつもりだけど、念のために準備だけはしておこう。
迷宮案内所という看板の建物があった。チケット売り場みたいな感じ。鑑定お断り
と張り紙があったので、鑑定や他者確認は遠慮したけど、この人魔族っぽい感じ?
「ウルマの迷宮は初めてですか」
「迷宮そのものが初めて」
「西門を出るとすぐに迷宮入り口が見えます。出入りは自由ですが、ギルドの依頼
や付保険者は冒険者カードのチェックを受けて下さい」
「保険ってなに?」
「緊急時に保険証から避難信号を発信すると、救助隊が助けに向かいます。救助隊
はリーダーBランク、メンバーはD・Eランクで、水魔法使い1名が含まれる屈強
なパーティーです。保険料は金貨1枚ぽっきり」
「ええと、お金あんまりないのでやめておく」
「ご入用な時はいつでもお声掛けして下さいね。迷宮の地図はお持ちですか?
ワンフロア分で銀貨1枚です。迷宮は徐々に内壁の位置が変化しますが、1階から
5階までの分は最新のものが揃ってますよ」
「じゃあ1階のを1枚」
「迷宮入り口の階段を下りると各階行きの部屋があります。ドアを開けて部屋に入
れば目的階に進めます。いったん地下2階に下りれば次回からは地下2階直行の部
屋を利用できます」
エレベーターみたいなものかな。
「部屋の利用にはいくらかかる?」
「残念ながら無料です」
残念なのか。。。
こんな感じで色々売りつけられながら案内を受けた。
パーティー編成の話は役に立った。6名まででパーティー編成ができ、僕獣は1人
に数えられること、西門前の酒場や茶店でたむろする人達とパーティーを組むこと
ができるが多くは固定パーティーとなっていて飛び入り編成は難しく、特にG10
で荷物運搬にもできないようなら絶望的。ただしお金を払って流しの冒険者をメン
バーに雇うことは可能で、需要の多い罠職人なら半日で金貨1枚ぽっきり、強者を
そろえたツアーガイドパーティを雇って安全にレベルアップをするのが絶対お勧め
で、今ならちょうど屈強で信頼のおける5級以上の4人が半日でたったの金貨10
枚とのこと。パーティ編成は全員のカードを重ねてリーダー資格者が手続きをする
のだそうだ。
1枚の地図だけを手にして、西門へ向かう。
酒場も茶店ものぞいて見たが、特別に強そうな冒険者は見当たらなかった。お金も
余ってるわけじゃないしね。
とりあえず、ハナと二人だけで行ってみよう。
罠については、迷宮活動をしばらく続ければ罠対応ギフトを付けられるはずだとの
ジョー助言もあったし、迷宮1階でそんな厳しい罠や強力な魔物が出るとは思えな
いので、まあ大丈夫だろう。
西門は、冒険者カードを衛兵に提示したら、ちらっと目を合わせただけで、無言で
通してくれた。
門の外には冒険者がたむろしているが店はない。
なんだかじろじろ見られてるけど、特に声を掛けてくる者はない。
30メートル程先に大きな木があり、その木陰のテントには机と椅子がセットされ
ていて、男が二人いた。一人が騎士団の衛兵で一人は冒険者ギルドの職員だった。
テント横には大きめの小屋くらいの土のドームがあり、その中に下り階段が見える。
ここが迷宮の入り口だろう。
俺は依頼は受けて無いのでそのまま入っていいんだよな、と思いながら迷宮入り口
へ入って行こうとした。
「坊や、一人かい?」
職員が俺に声を掛けた。
「ん、俺は冒険者。ハナもいるから二人だ」
職員が悲し気な顔つきで俺をじっとみつめ、首を振りながらまあ自己責任だからね
と小声でつぶやいた。衛兵は無言だ。
俺は構わずにドームに入り、階段を下りていった。
土を硬く踏みしめたような階段で幅2メートルくらいだ。両脇にたいまつの明かり
がある。下は暗いが見えないことはない。
地下1階まで下りると通路は水平になっており、突き当たると右奥に斜めに通路が
広がっていて、ずらりと扉が並んでいる。1階と表示された扉の前に立つとカシャ
とロックが外れる音がしてノブが青い光に包まれた。入れということかな。
青く光るノブを回して扉を開け、中へ入ると、4メートル四方程の部屋で、全体が
ぼんやり青く光っていて薄明るい。ドアを閉めると、床に濃い青色の文字が浮き上
がった。これは魔法陣だなと思った瞬間、違和感が生じて、気が付くと壁も天井も
薄緑に光る石壁だった。これは転移したのかも?ハナもキョロキョロしている。
部屋自体の大きさは4メートル四方で変わらないが、明らかに別の部屋だ。入って
きたドアと反対の方向に、ドアの形の青い光のカーテンのようなものが見える。
あの先が迷宮の地下1階だ。
光のカーテンをめくったりすることなくそのまま体を突き入れる。何の抵抗もなく
抜ける。緑の石壁の通路が奥に続いている。周りはぼんやりと確認できるのだが霧
のように視界が効かず、せいぜい視界5メートルというところだ。
振り返ると光のカーテンの色は白に変わっている。
さっき入手した迷宮マップで見てみると、二重丸印の小部屋があるが、これが魔法
陣エレベーター?による地下1階への出入り口なのだろう。
脳内の索敵マップを、地下一階限定表示にして、紙の地図と照らし合わせると、内
壁の状態はほぼ一致しているが、数か所異なる場所がある。ここが地図作成後に変
更になったところだろう。
索敵マップで迷宮内の魔物の配置や冒険者の位置がまるわかりだ。
地下1階は大体一辺が一キロの正方形の構造だ。表示される魔物の判別は白に近い青。
弱敵だ。短槍を亜空間武器庫から出して構えつつ、これはちょろいと若干舐めながら、
通路を先に進む。通路は幅2メートル高さ4メートルというところか。ところどころ
に広い部屋があるようだ。
基本的に狭いので、俺が前、2メートルくらい離れてハナが後ろという布陣で進む。
同士打ちしないよう注意しなければならない。その呼吸も弱敵を相手にしながら身に
付けて行こう。
通路を右に曲がったその瞬間、索敵マップに敵表示。青い点一つ。間近い。上だ。
短槍をいっせん、敵を薙ぎ払った。瞬殺。バットレベル1。雑魚的なので解体と
かしなくていいや。そのまま進む。ハナはすんすんと、しばし嗅いでいたが、し
ばらく経つとバットの死骸はすっと消えてしまった。
ふーむ、そういうものか。
ところで、あのバットはそれまで存在していなかったのに突如現れた。湧いて出
た。これは転送されて来たのだろうか。想定外だ。こうなると索敵マップで敵の
位置を予測するのはあまり意味がない。かえって油断があるとまずい。
いつ襲撃があっても対応できるようにと気を引き締めつつ、先へ進む。
マップはむしろ冒険者の位置を知るのに役立った。かち合わないように他の冒険
者のいる位置を迂回しながら進む。やっぱり6人編成が多いようだ。
敵は1体ずつしか現れない。よそ様は敵1に6人であたりつつも、結構長時間対
戦している。いい勝負しているのだろうか?
俺たちは、おっと、曲がり角に潜んでいたゴブリンを一突きで排除する、この程
度の敵なら一瞬だね。今度は後ろでハナがバットを始末している。
弱い、敵が弱すぎる。地下1階にはバットとゴブリンとスライムしか出ない。ス
ライムはのろいのでほとんど相手にせずに素通りすることにしている。
むしろ罠の方が厄介だ。罠対応ギフトは、なぜかまだ使えない。まだ条件を満た
していないようだ。
床のスイッチを踏むと発動する落とし穴、張られた糸に触れると飛び出す矢、宝
箱に仕掛けられている罠もある。宝箱の鍵穴、蓋に仕掛けてある。
宝箱はところどころにポンと置かれている。蓋があいて空なのもあるが、蓋が閉
まっているのは中にお宝があり、つい開けてしまう。中には錆びたナイフとか、
やくそうとか、この階層ではたいしたものは無いけど、練習練習。
罠は機械的機構の物のほか、赤外線連動、熱感知、振動感知など、古ぼけた外観
にそぐわずなかなかハイテクだ。センサーで刺激を感知してから発動する罠には、
穴、矢、毒矢、毒霧、爆薬、等様々な仕掛けが発動するが、なかでも魔法陣に繋
がっているものはちょっと怖い。どこかに転送したり魔物を召喚したりするのだ
ろうか。
土操作、水操作、光操作、熱操作及び理力を駆使しながら、罠を発見し、解除し、
他方で、失敗し発動した場合には急いで対処する。
今のところ、怖いペナルティのある罠ほど、発見あるいは解除が簡単になってお
り、大きな問題は生じていない。
一度だけ、戦闘に備えて壁際に足場を確保した際に、熱感知に引っかかったらし
く矢が飛来してひやりとしたが、余裕で矢を避けてゴブリンも叩き伏せ、無事切
り抜けた。ていうか、余裕じゃー。
地下一階は、スライム・ゴブリン・バットが1匹ずつしか出ないので全く面白く
ない。さあ、次いこ次。
銀貨1枚で買った地図にある▼印、これが地下2階への下り階段だ。
地図のとおりあった。下る。ここは地下2階だ。こんなことなら地図をもっと買
って置けばよかったかな?まあとにかく進もう。まだ1時間経ってない。
地下2階の魔物はどうかな。索敵マップでは戦闘個所では人6人と魔物2体だ。この
階は少なくとも同時に2体は出るようだ。少しは楽しませてくれるのだろうか。




