後日譚 五輪3
8月11日木曜日。
今日は朝から柔道だ。俺が出場するのは無差別級。
本大会前までは100キロ超級と呼ばれ、その昔にはやっぱり無差別級と呼ばれていた。
熊田さん始め、柔よく剛を制すを理想とする柔道マニアにとって、因縁の階級だ。
会場入りすると、一種異様な雰囲気に包まれていた。
どうも原因は俺らしい。
俺の日本の全国大会や地方大会の映像や、この前のボクシングスーパーヘビー級1回戦の映像が流されて、秒殺の怪物とか閃光の悪魔とかって…。
あのさ、何で悪者風なのかな?
*****
「さあ注目の藤堂選手、柔道男子無差別級第1回戦が間もなく始まります」
「藤堂君の場合はですね、すぐ終わりそうですから目を離せませんね」
「はい。15歳にしてこの驚異の強さ。山上さんもそのころ怪童なんて呼ばれてたんじゃないですか」
「ごほっ。いやいや私のことはいいですから」
「1回戦の相手はナイジェリアの長身の選手。2mを超えています。藤堂の頭が胸のあたり。どうなんですか、この身長差は」
「問題ないでしょう。藤堂君にとってはむしろやりやすい相手じゃないですか」
「お互いに礼をして、さあ試合開始です。おっと、藤堂無造作に歩み寄る、ナイジェリア警戒して回り込むが、藤堂方向を変えてそのまま歩み寄り、捕まえたか?あっ!イッポーン!!ナイジェリア代表が仰向けに倒れている。審判の手は高々と上がり、副審3人もいっせいに赤い旗を上げる。藤堂一瞬の一本勝ちー!!」
「背負い投げですね。素晴らしい」
「何が起こったのでしょうか。あまりの速さに目がついて行きません。さあスロー映像が出ます」
「ナイジェリア選手が場外を警戒したその瞬間に、藤堂君が懐に飛び込みます。そして袖をとり襟を掴み、やや屈んで回り込み、相手の体を後ろ腰に乗せて脚のばねを効かせて跳ね上げ、袖を下に引いて体を回して、背中から畳に叩き付ける。お手本のような美しい背負い投げです」
「それにしても速い!スローで見てもぶれています。特に技に入るこの一瞬」
「ええ、凄い瞬発力です。ここが藤堂君の天与の才能でしょう。誰にも真似は出来ません」
ふう、無事に終わった。
相手選手が長身過ぎて遠心力が乗り、畳にうち付けた時に踵を痛めてしまった。
なので、とっさに治癒しておいた。
まあね、これは試合に魔法を使ったわけじゃないよな、うん、大丈夫なはず。
会場の雰囲気に影響されて、ちょっと力加減を間違えたよ。
うーんまだまだ未熟だ、反省反省。
「凄かったですね、まさに秒殺。柔道も行けそうですか」
「いやー、色々と反省しています」
「え、何か気になるところが?」
「ちょっと力が入り過ぎました。気を付けたいです」
「そうなんですか?余人には及びもつかない境地の藤堂選手でしたー」
*****
今は午前10時過ぎだけれど、2回戦は午後2時ごろ。結構間が開くんだよなー。
熊田さん、小島さんとしばらくしゃべった後、
「すいません、しばらく寝ます」
式神を寝かせ付けて、クリエイト姿で会場を巡る。
「クリエさん。藤堂創、見ました?あの藤堂夫婦の息子さんなんですよっ!」
香港支部リーダーのリーさん、興奮している。
「なんか凄いですよ。勇者クラブに入れたいです。そしたら初の地球産の勇者です」
いやー、勇者クラブに入れるのは無しにしてー!
「それよりリーさん、あいつら怪しいですよ、テロリストっぽいです」
ISSのメンバーに間違いないと思う。テロの準備活動をしている。今は爆弾も武器も持っていないが。
「ええ、我々も日本警察もマークして泳がせているところなんですよ」
ふむ、さすがに抜かりはないようだ。
「じゃあお任せしますね。俺は他を回ってみます」
柔道会場に行ってみると、両親と白石がいた。客席で変装して観戦中だ。
「藤堂さん、白石、何やってるんですか」
「「クリエさん!」」「あっ、隊長」
「ふふふ、今日は非番ですか」
「えっと、観戦しながら一応警戒もしてるんですよ」
ああそれで変装。というか父さん母さんは顔出しが恥ずかしいだけなんじゃないの?
「息子さん、活躍してますね」
「ほんとに。家族の私らが一番驚いてます」
「藤堂君、普段はわざと目立たないようにしてるから。学校中もびっくりなんでしゅ」
白石、興奮して噛んでるぞ。
「ここの会場は今のところ大丈夫みたいですね。他会場ではテロリストが潜んでました」
「さすがクリエさん、分かるんですねー」
「私達、柔道の試合が終わるまで、ここで警戒を続けます!」
うんうん、がんばってー。
*****
さて2回戦。
今度の相手はグルジアの選手。身長は180センチだが体重が120キロ、筋肉の塊のようながっしりした体。
「グルジア代表はレスリング出身の選手ですね。力技が持ち味です。背筋力が人間離れしてますよ」
「藤堂、今度はどんな戦いを見せてくれるのか?さあ、始まります」
グルジア選手がいきなり低い体勢で突っ込んでくる。
レスリング仕込みのタックル?それ反則になったんじゃあ。
いや、これはタックルと見せて担ぎあげるつもりだ、肩車狙いか。
それにしても低い。ここに潜り込んで背負いはちょっと難しいぞ。
よく練られた良い作戦だ。随分と研究したようだ。
俺は相手が突進して来るのに任せて、左手で袖を右手で奥襟を掴み、仰向けに倒れ込みながら相手の体の下に潜り込み、足の裏を腹に当てて跳ね上げる。袖と襟はむしろ引き付ける。
相手の体は宙に浮き、頭を軸に回転し、背中が畳を強く叩きバウンドする。
巴投げがバッチリ決まった。
バンッという畳の音、イッポーン!高らかに告げられる審判の声。
俺は反転し立ち上がって、両手を突き上げる。
ドゥワァァーとどよめく会場。
うん、今回はなかなか良かった。
グルジア選手はポカンとした後に立ち上がりにこやかに俺の背中をポンポンと叩く。
「お前は凄い奴だ。本物だ」
サンキュー、俺も笑って、ガッチリ握手を交わす。
よし次は準々決勝だ。
*****
準々決勝の対戦相手は韓国。身長185センチ、体重90キロ。100キロを下回る選手で、スピード系。
どうやら藤堂対策で出場が決まった人のようだ。
いやーでもね、俺はむしろスピードが身上なんだけど。
試合が始まると韓国選手は逃げる。逃げ回って隙を見出そうとしているらしい。
さすがに素早い動き。俺との距離を詰めさせないつもりだな。
場外との境界をステップを踏んで横移動する韓国選手。
そこっ、両足がそろうよ!
足を飛ばして揃った相手の両足を横に払う。あ、体が宙に浮いた。
素早く上体を掴んで背中から畳に落とす。ズバン!イッポン!!
あれ?決まってしまった。これからの積りで次の手をあれこれ考えてたのに。
相手も同様のようで、悔しさを隠し切れない。
お互いに礼!の後、握手しようと手を差し出すも、無言で踵を返して会場を去って行ってしまった。
まあね、あれはタイミング良すぎて、やられた気がしないだろうから、余計悔しいよね。
*****
準決勝はモンゴルの選手。これは、、、呆れるほどの巨体。
身長210センチ、体重公式発表200キロ。いやー体重もっとあるっしょ。
動きは鈍いが意外なほど業師だとのこと。
試合が始まったが相手は動かない。これまでとは異なる展開だ。
なるほど、下手に動くと俺に付け込まれるから、重心を安定させたまま捕まえようと。
捕まえてさえしまえばあとはどうにでもできる、と思っているな。
「藤堂攻めあぐんでますか?」
「そうですね、安定した自然体ですから、これを崩すには力が必要です。が、そこは藤堂君は不利。なんとか捕まえられないようにしながら、相手の体勢を崩したいところですが…」
ほんとはね、俺の筋力は∞だから力比べしてもいいんだよ。
でもさ、熊田さん始め柔道ファン達はそんなことは望んじゃあいない。
はいはい分かってますってば。
俺は動かない相手の周囲を素早くジグザグに動き周る。
そこだっ、フェイントを掛けて超速で相手の後方に回り込んだ。
慌てて振り向くモンゴル選手。その横回転の動き、いただきます!
防御のため両手をクロスしているその上から袖と襟を掴んで、横回転を助長するように横スピンを掛けながら、踏み込んで体を反転させ、片足を相手の両足の間に入れて上方に跳ね上げる。
内股という技だ。
縦と横の力が複雑に作用して、見事に空中で体を回転させ、背中で畳を打つモンゴル選手。
巨体だけに、ブォンブォンと試合場の畳全体が激しく揺れる。
あ、息をしていない。おかしいな、そんなに衝撃は無かったはずだけど。えらく重いからかな。
慌てて治癒を掛けようとしたが、大丈夫だった。
すぐに彼は笑いながら起き上がった。どうやら驚きのあまり息を止めてしまっていたようだ。
「実に見事に投げられた。こんなの初めてだ。お前は凄い。金メダル取れよ」
にこにこして声を掛けてくれる。
会場もわーわー嬉しさが爆発している感じ。
どうやら柔道選手はあまりにも見事に負けると、逆に嬉しくなってしまうようだ。
そう言えば、柔道教室でもブロック大会でも全国大会でもそんな雰囲気はあったなぁ。
「サンキュー、うん勝つよ」と答えておいた。
*****
「いよいよ決勝だなぁ」
熊田さんたら、既に半泣き。
「藤堂君の、ナイジェリア戦の背負い、グルジア戦の巴、韓国戦の足払い、モンゴル戦の内股、全世界のニュース放送で繰り返し映像が流れてるよ。全部派手派手に投げて勝ってるから、胸のすくような映像なんだよなぁ」
「柔道に全く興味が無かった一般人が釘付けになっとるよ。うくくっ、これぞ柔よく剛を制すの極意…」
「熊田さんもJOCも慧眼でしたね。ここまで成功するとは」
「もう悔いは無い…。うくくっ!」
「まだ決勝がありますってば」
「相手はフランスの至宝リネーロだ。油断するなよ」
「横断幕が出とる。『フランスの至宝対人類の至宝』だとさ」
「あ、それずるい。どっちが勝ってもフランス人は万歳じゃないですか」
*****
「さあいよいよ決勝です。これまで素晴らしい秒殺の快進撃で勝ち上がった藤堂」
「リネーロも全て一本勝ちで来ていますよ」
「リネーロは身長195センチ、体重110キロ、多彩な技を持つオールラウンダーです」
「藤堂君は身長165センチ、体重65キロですが、こうなるともはや小さくは見えませんね」
「小さな巨人、閃光の超人、藤堂創と、フランスの至宝リネーロの一戦、いい試合になりそうです」
「試合開始です。藤堂、スタスタと無造作に歩み寄る。本来のスタイルです」
「リネーロ、逃げませんね。やはり重心を安定させる作戦のようです」
「藤堂足を掛けた。大外刈りか!リネーロ逆に大外返しで応戦する!」
うん、想像したとおりだ。
ここで足を外して、前のめりになった相手の懐に飛び込んで、背負いっ!!
だぁぁーん!
イッポォォーン!
わぁぁぁぁぁーーー!
「やった、決まった!見事な背負い。藤堂金!勝ち方が凄い。秒殺の王者ーー!」
「いやあ凄い。歴史的瞬間です。柔道の歴史を書き換えますね」
リネーロとにこやかに握手。
リネーロ、俺の片腕を上げて、こいつが勝者アピールをする。
会場は一層盛り上がる。
うわぁぁー、きゃぁぁー、ぴーっ、どんどん、パチパチ。足踏みと拍手?
「トードー」の声援に混じって、「リネーロ―」の声も聞こえる。
いやあ、リネーロさんも役者だねぇ。
両者誉め讃えられるの図です。
「藤堂さん、やりましたね!」
「ええ、やりました」
「この金メダル、誰に報告したいですか」
「まずは両親と、恩師の熊田さんに。そして応援して下さった日本の皆様に。更には柔道を愛して下さる全ての方に」
最後のちょっとこっぱずかしいセリフは、熊田さんに是非これをと脅されて、無理やり言わされたものです、はい。ちょっとアレですが恩師ですので逆らえません。
*****
ふう、柔道は無事に終わった。概ね思った通りにできた。上出来だ。
さて、夜11時頃から陸上400mの予選だ。移動しなくっちゃ。
400mかー。これ、一番厄介なんだよな。
何が厄介って、それはさー。
東京オリンピック、なかなか終わりませんww。
新作の「竜使いが異世界を自由奔放に生きる」も第3話まで進行しています。
こちらも宜しくお願い致します。
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