後日譚 五輪1
「藤堂君、色々言う奴らはいるが気にするな。大事なのは普段の力を出すこと、それだけだ」
熊田さんが心配そうに言う。
「はい、気にしてません。大丈夫ですよ、俺はいつでも平常運転です」
参加種目は結局、柔道無差別級、競泳100m、200mの各自由形、陸上の短距離100m、200m、400
m、100×4リレー、走り幅跳び、槍投げ、ボクシングスーパーヘビー級の10種目となった。
今日は8月5日金曜日。午後からは東京オリンピックの開会式だ。
会場は地元東京だから、俺は原則として自宅通いで、競技の都合によっては選手村に泊まることになる。
今は自宅から開会式会場に向かう車の中。JOCが手配した車に保護者役(笑)の熊田さんと同乗している。
白バイが先導しているというVIP対応っぷりだ。
何しろ世間の注目が凄い。
いやー、ホントにね、色々言われてます。
無謀だ、恥さらしだ、不正だ、ドーピングだ等々。
果ては、サイボーグだとか人造人間だとか宇宙人だとか…。
俺が見つけた唯一の好意的な意見は、「最大の被害者は藤堂少年自身だ」という奴かな…。
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「さあ、いよいよ日本選手団の入場です。来ました!深紅のブレザーに真っ白いパンツ。注目の藤堂選手がいます、あー手を振っていますねー余裕が感じられます」
「藤堂君はですね、どうなりますかね。心配でもあり、楽しみなようでもあり」
「ええ。会場の反応も拍手歓声にブーイングも混じっています。開会式でブーイングというのは珍しいですね」
「何しろオリンピック直前まで全く無名だった中学生です。それが選考会で見せた驚異的なパフォーマンス。そしてなんといっても前代未聞の異種10種目のエントリー!」
「各種目とも素晴らしい成績なんですよ。ええ、有り得ないほどに。しかしドーピング等各種検査は全て白。全種目がメダル候補です。いやぁ、どうなりますかねぇ」
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開会式は結構疲れる。
まずは物凄く待たされた。遅刻してはいかんということで2時間も前に会場に入って待機。
待機場がね、ごった返してます。空気が悪いです。
役員参加の熊田さん、柔道60キロ級の小島さん、100×4リレーのメンバーがいるので心細くはないけれど、初対面の日本選手を始め海外の選手からはなんか敵視されてるような気がするし。
式典が始まってからも入場までは待たされる待たされる。
入場してからも式が終わるまではだいぶ待たされた。やれやれだ。
でも顔だけは知っていた有名選手を大勢見れたのはちょっと興奮した。
そしてそんな彼彼女達が、みんな俺に興味津々だったことにびっくりした。
式が終わって会場から退場した後は、選手村に入った。
俺はスケジュールが過密だからということで個室だった。
食堂は24時間いつでも利用できて、食べ放題飲み放題。といってもアルコールは無いけどね。
食べて飲んで色々喋って楽しんだ。
俺は年少だし小柄だし態度も控えめなので、その点ではみんなに可愛がられた。
さすがにここで喧嘩をふっかけてくるような人はいない。
敵意を持ってる人は、そもそも寄ってこないという感じ。
それと外国選手の言葉が全て分かってしまうんだけれど、あんまり語学堪能なのは不自然なので、片言英語くらいしか喋らないことにする。
はぁ、こういうのが疲れるよ。
明日は予定がないので、いったん自宅に帰ってもよかったんだけど、選手村に慣れるためにそのまま宿泊する。
明日はゆっくり泳いだり、ボクシングや柔道やその他陸上の軽いトレーニングやルール確認をして過ごそう。
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8月7日日曜日
今日は競泳200m予選がある。午後からなんだけど、午前中は練習用プールで少し体をほぐした。
泳ぐのは久しぶり。選考会以来だな(笑)。
泳ぎながら左右を見て自分の位置を確認することができるか試してみる。うん気配で大体分かるし息継ぎを左右で行えば視認もできる。
レーダーゾーンは魔法使用に当たるので使わない。
軽く泳いだ後は軽くサンドイッチを食べて午後の予選開始を待つ。
時間が来た。
呼び出しのアナウンスがなされ、係の人の合図でプールサイドに出て行く。
お!結構な歓声だ。やっぱりみんな応援はするんだ。若干のブーイングはあるけれど。
スタート台の上に立つ。
スタート時のフライングに注意だ。
俺の反応速度を全開にするとフライングを取られる危険がある。
なので周囲を見て遅れ気味にスタートする。いくらでも挽回はできるのだから。
こんな心構えなのでスタートして飛び込んだ時は最後尾。
速過ぎないように、遅過ぎないように。
少しずつ追いついていく。
そして距離を間違えないように。俺にとってこれが結構シャレにならない。
1回ターンして折り返して戻ってくる。これで100m。このあたりで上位に追い付く。
2回めのターンをして次は150m。トップの選手と並んで泳ぐ。
3回目のターン。次はゴールだ。うん数え間違いはない。
少し速度を上げて2位と身一つ程度の差が付くようにする。
そしてそのまま1位でゴール。
うん予選は1位を取っておきさえすれば、先に進める。
タイムは1分44秒33。世界記録には届かないが、日本記録ではあるとのこと。
直ぐにインタビューがある。
「素晴らしい泳ぎでしたね」
「ありがとうございます」
「日本記録ですよ、おめでとうございます」
「そうですか。よかった。でもまだ予選ですから」
そんな感じで適当に誤魔化す。
その後委員監視下での採尿があったりしてびっくり。ドーピング検査ご苦労様です。
夜、競泳200mの準決勝。
同様に無難にこなす。
記録は1分43秒02。
「無事決勝に進めてほっとしてます」
「疲れはありませんか」
「体は大丈夫ですが、ちょっと気疲れしました」
そうだよ、待ち時間とかインタビューとか検査とかで疲れるんだよ!
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8月8日月曜日
今日は夜10時から競泳200mの決勝だ。
よし、これで勝てば金メダル。それと世界新も狙いたい。
でも俺にとっては不自然じゃないタイムの世界新を狙って出すことはなかなか難しい。
全力出すと、とんでもないことになるし…。
2位と2メートル程度の差でゴールしよう、あとは運に任せようと決める。
呼び出しに応えてプールへ出て行くと、会場が割れるかと思う程の大歓声!
あれ?風向きが変わった。
予選、準決勝といい感じで来たから期待が高まったかな、ふふ。
「さあスタートです。藤堂少し遅れました」
「まあこれはね、いつものことですから、気にしなくていいです」
「藤堂、最後尾からじりじりと追い上げます。50のターン。藤堂は現在6位、トップとは1秒23差」
「さあここから追い上げますよ」
「予想通りの展開となりました。追い上げる藤堂、100のターンは3位。トップとの差は0秒37」
「いいですねー、世界記録が狙えるペースですよ」
「藤堂は、今2位を抜いて、トップのアメリカに並びました。150のターンは…ここでトップです。僅差0.08秒差のトップ!」
「ここからです。藤堂君、ここから速いです!」
「藤堂速い、藤堂速い、2位との差を離して行く。これは金間違いなしだ。あとは記録との戦いか。速い速い、このまま行けば世界新、あと10m、5m、藤堂1着でゴール!金メダルーー!そして記録は…1分41秒03世界新!!」
「金メダルおめでとうございます!」
「ありがとうございます。取れて良かったです」
「驚異的な世界新記録でしたね!」
「えっ、驚異的でしたか?」
「これまでの記録を0秒97も縮めましたよ」
「あー、まあそれくらいなら許容範囲ですよね」
「何を考えながら泳いでましたか?」
「距離を間違えないようにしないとって」
「は?距離といいますと?」
「いや、ゴールしたと思ったらまだ150mだったりしたら恥ずかしいじゃないですか」
どっと会場が沸く。
「ジョークを飛ばす、余裕の藤堂選手でした」
まずい、何か変なこと言ったかな?
でもさ、まだ200mだからいいけど、400とか800とかになったらまじでまずいよなー。
まあとにかく無事終わった。首尾は上々だ。
明日は朝早くからボクシングスーパーヘビー級の予選第1回戦がある。
まあこのオリンピックでは下限無しルールなので、スーパーヘビー級は実質無差別級だ。
このクラスに体重65キロ程度の藤堂少年が参加するので、世界的に凄く注目されている。
注目というか、非難轟轟という感じなんだけどね(笑)。




