鬼と火竜
8月4日木曜日。
今朝の訓練では手持ちギフト、スキル、登録魔法の総ざらいを行った。
そして気になる万象操作ガイド。
「俺の変化ギフトは制約が多い。たまもやプルリンの万能変化みたいな自由自在なものにならないかな」
そう呟いた瞬間、チーン!と一昔前の電子レンジのような音がした。
そして俺の脳裏には、文字が浮かんだ。
(変化+万物創造)*k→万能変化 変化のギフトを置き換えますか? Yes No
「イ、イエス」
再びチーン!
ふーむ、これが万象操作ガイドによるギフト創造か。
岩に成るように念じてみる。ボフン!成功。
ボフン!猫、ボフン!竜、ボフン!火球、よし、万能だ。
サイズは?シュゥゥゥーッ!グイィィーン!ふむ、蟻んこサイズから超巨人サイズまで無制約だ。
しかしこうしてみると、人間の形状と普通サイズの居心地のよさを再認識するな。
「たまもを驚かしてやろう。ふふふ」
フェレットに変化して、自室に戻った。
たまもは一瞬だけギョッとしたけれど、
「まあ、創だから。なんでもありか」
って、順応が早いなー、つまらん。
*****
朝食後は、タミル迷宮へ。
「クリエはん、鬼さんと火竜さんがお待ちかねでっせ」
だよね、昨日からお預け状態にだもんな。
地下48階。濃い霧が渦巻く深夜の幽山深谷。光はほとんどない。僅かな光苔の発光のみ。
気配操作で増幅されているのであろう圧倒的な気配、精神操作がなされていると思われる不安感と恐怖感。
「凄いな、普通の人間ならこれだけで勝負ありって感じだ」
「ふふふ、参ります!」
低くかすれた声とともに、前方にカッと直径2メートルほどの青い鬼火と濃厚な気配が出現する。
そして背後のなんらの気配も無いところから鋭く早い一撃が襲う。
びゅっ!
しかし俺のレーダーゾーンはちゃんと捉えていたよ。
太い腕と鋭利な鍵爪の攻撃だ。
ん?妙だな、胴体は無くて腕だけだぞ。
と思っていると、一本目の腕の位置からするとあり得ない場所から、2本目の腕がびゅっと振り下ろされる。
これはさすがに虚を突かれたので、咄嗟にウルティマ剣で攻撃してきた腕を切断してしまった。
しばらく様子見だけするつもりだったのに。
切断面からは瞬時に新しい腕が再生し、一方で切り離された腕も独立した別の生き物のように振舞っている。槍のように一直線に飛んできたり、回転しながら複雑な軌道で飛翔したりする。
斬るたびに腕は増えて、とうとう10本を超えて、防御が忙しくなってきた。
どうやらここはそういう結界のようだ。斬ってもダメージが無く、無限に分裂増殖し、意のままに操作できる分身体となる。
では斬るのをやめて虚空へ送って消滅させるのはどうかな。
うん、これは効果がある。消滅させた分だけどんどん腕が減って行く。
「ふふふ、小細工は通用しませんね」
実体が姿を現した。
身長2.5m、筋骨隆々、頭に2本の角、肘・膝・手足の甲には鋭い棘がびっしり。
意外に整った顔立ちに燃えるような真っ赤な目。
見た目がとても怖いです。まるで鬼のようです。あ、本家本元の鬼だった。
鬼が動いた。素早く力強い、それでいて流麗な動き。
最短距離で拳や足刀が繰り出されるかと思うと、力の方向を円運動に変え、くるりと身をひるがえしての裏拳に後ろ回し蹴り、多彩な追撃を次々に繋げる見事な連携。
満月の狼人を凌駕するスピードとパワー、加えてりーさん級の練達の技巧。
鬼の格闘術は、地球最高峰のものだった。
超闘気のレベルを相当引き上げて、なんとか回避を続ける。
おっと、天空から雷撃が来る。ピッシャーン!
その後も雷撃が、四方八方から格闘の死角をついて、絶妙のタイミングで発せられる。
雷撃発生の徴候を察知した瞬間に、拡地を発動して逃れるがギリギリだ。
うん、頃合いは良し。
時空超越を加味したウルティマ剣斬撃で、鬼を頭から縦に両断、更に水平に一閃して首と胴体を切り離し、返す刀で頭部を4分割。
さすがに死亡判定が下り、鬼の体は光の粒子となって消滅した。
「凄いな、完全に遊ばれてしまいました」
「いえいえ、鬼さんは素晴らしかった。地球上で最高峰の戦闘でした」
「ふふふふ。優しいね。でも実際この一戦は、私が地球に来て以来最高に力を発揮できた戦いだった」
*****
さて49階。
高山と洞窟と洞窟前の広場。あれ、なんか見たことあるような。
ピスの階層とか竜人国の王宮とか、みんなこんな感じだもんな。竜族の心の原風景なんだろうか。
あ、火竜さんがさっそくスタンバってる。鼻息が荒い!
「待ちかねタンホイザー!すっかり首が長くなってしもうたわ」
なっ、なんというオヤジギャグ。いかん力が抜ける…。
その瞬間、火竜さんの眼がきらりと光り、俺の周囲にブワッと不穏な気配が生じる。
咄嗟に拡地で移動すると、さっきまでの場所がぱしっと弾けて一瞬ゆらりと揺らめいた。
これは、超短時間の超高温だ。物質はおろか空間さえも存在を危うくするような高温、だが数兆分の1秒という短時間なので空間は事無きを得ている。そこに俺の体があったらあっという間に蒸発していただろう。
「ふはは、儂の瞬火を躱すとはさすがじゃな」
と笑いながら、ぱしぱしぱしっとその瞬火を連続で仕掛けて来る。
ブワッという予兆があるので逃れることは難しくないが、火竜さん、俺の退避先を予測してそこにも仕掛けて来るから厄介だ。
そうこうするうちに、火竜さんがグワァッとパワーを溜める。
あ、これ、まずい。
空間が崩壊するかも知れん。
仕方ない。零次元固定を掛けて安全にした上で、虚空へ消滅させる。
火竜さんが消えた場所に、光の粒子が舞う。
終わったようだ。
「なんでじゃ。なんで儂との勝負だけこんなに短いのじゃ!?」
「い、いや、火竜さん、危な過ぎます。迷宮だけじゃなくて地球そのものが危険でしたから」
「せっかく全力ブレスをかますところじゃったのに」
やっぱり…。
「以前に全力でブレスした時はどうなりました?」
「ふむ、全力ブレスなどこれまで一度もしたことが無いので分からんな」
この御仁には、一度深宇宙で全力ブレスさせて、影響を実感してもらう必要があるな。
とにもかくにも楽しかった。
この2戦のせいなのか、前からの経験値が溜まっていたのか、レベルも一つ上がって115になった。
おっと、太陽系への侵入者を探知。
しかも2方向同時で数も多い。
これはなんだか覚悟を感じる侵入だぞ。




