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5代目人神

「シスターマギー、早く沐浴を済ませて、それから総本山行きの馬車に乗りなさい」

「はい、ジュピター枢機卿。急いで準備します」


今回は特別に湯を使っての沐浴が許されている。例の特殊洗礼を受けるためだ。

「マギーったら、特殊洗礼だなんてうらやましいわー」

「これでマギーも司祭補になって、あっというまに司祭に昇進ね!」


ううん、ちっとも嬉しくない。司祭補って言ったって実は暗部との連絡役だし、先に司祭補になったユーリ様やリリスの変わりようを見るにつけ、心配でたまらない。

あんなにはつらつとしていた人たちが、教義関係にだけはギラギラするほど熱心で、その他のことには無関心というかむしろ抜け殻のような感じになってしまった。もはや別人だ。

しかも暗部がやっていることと言ったら……。


「準備はできたようだな。今日は5卿会議があるので私も馬車に同乗させてもらうよ」

「ジュピター枢機卿と同乗とは光栄です!」

第3位の枢機卿であられるジュピター様は本当に尊敬すべきお方。

ああ、このお方の下でお勤めができて私は幸せだった。それももう今日限りなのだわ。


「マギー、どうした?浮かない顔をして」

「ジュピター様、今度の司祭補の件が重荷なのです。正直に言うと辞退させていただきたいです」

「うーん、その気持ちは分らないでもない。しかしだ、今日の5卿会議は久々に人神様に拝顔するのだ。暗部のことも含めて、人神様が全て良い方向に導いてくれるさ」

「そうだと良いのですが」

でもでも、暗部を設置したのも、不気味な第6の枢機卿を選定したのも、その人神様なんですよね。

こんな風に考えてしまう私が司祭になるなんて、そんなの許されないわ。


「ジュピター様、司祭の職位は経験と功徳を積んで、誰からも尊敬される方が付くべきもので、私のような経験不足の若輩者には務まらないのではないでしょうか」

「うーん、暗部の利用は急速に功徳を積むある種の苦行だとか、星は闇夜にこそ輝くのだ、などと言われているがな」

良かった!ジュピター様は、暗部の利用にはあまり賛成されておられないのだわ。


「人神様は、なぜ暗部利用を提唱されたのでしょうか?」

「毒をもって毒を制す、内部の毒である凶悪犯罪者集団で外部の毒にあたらせて消滅浄化させ、併せて内部毒をも教化する一挙両得の妙手とのお話しであった」

「そういうものでしょうか」

私には毒を浄化するというよりも、むしろ毒を生成しているようにも見えるのですが…。


「確かに最近の暗部の行動は、やや行き過ぎとの評価もあるようだ。それというのも、ここのところ人神様がご不在で例の第6の枢機卿への抑えが効かない状況だったからなのだ。それも今日限り。おっと、言い過ぎたかな。他ならぬマギーだからこそ話したが、他言無用だぞ」

ジュピター様は茶目っ気たっぷりにそう言ってウインクした。

「ありがとうございます。なんだか少し元気が出てきました!」

「うん、それでこそマギーだ。ははははは」


そうこうするうち、無情にも馬車は総本山に到着した。

ジュピター様との幸せなひと時が終わってしまい、私は地下の第6の枢機卿アクアヒューム様の洗礼室へ向かう。

洗礼室にはアクアヒューム様配下の司祭や司祭補がずらりと揃っていた。

ユーリ様やリリスもいる。微笑みかけて見たけれども、二人とも無表情で無反応。悲しい…。


「シスターは、こちらの舞台上へ」

進行役の司教に促されて、舞台に降ろされた幕をくぐると、そこには巨大な水槽があった。

「え、そんな、これが!?」

水槽の中には裸体の若い男、青い肌にヒレのような耳。これって水棲の野人である水人みずとじゃない!


「枢機卿は潜水の荒行中であられる。たまに呼吸に浮上する以外は水の中。素晴らしい成果です」

司教がうっとりと誇らしげに語っているけど、それはちょっと違うんじゃないかしら。

「娘ヨ、早く服ヲ脱イデ、水ニ入ッテ来クルガヨイ」

「特殊洗礼は、水中で行われます。生まれたままの姿で枢機卿の水槽へお入りなさい。私は舞台下で待ってますから」

え、なんかやだ。

嫌なのに体が勝手に服を脱ごうとしている!どうして!?

*****


「おいおい、暗部の親玉の枢機卿って水人みずとじゃないか。さっそく悪そうな精神操作を行使してるし、これは捨て置けないぞ」

「水人、やっつける?」

俺の脳内監視映像を念話チャンネルで視聴していたハナが精神防御リングをいじりながら聞いてくる。

「いや、今度の奴は、ずば抜けた精神操作能力を持ってる。ハナはここで待っててくれ」

「うん、分かった。何だか凄く悪そうな奴だもんね。近付くだけでも気分悪い」

「こいつは不味そうな奴だねー、食当りするかも。気を付けてね」

いや、食べないから。


総本山地下の洗礼室舞台上に転移する。

水人が一瞬ギョッとして俺を見るが、その表情が見る見るうちに憎々し気なものに変化して行く。

「何ダ、オ前。邪魔ナ奴」

「邪悪な水人よ、ここで何をしようとしている?」

「吾輩ハ種付ケスルトコロダ。ココニ吾輩ノ王国ヲ作ル。オ前ハ不要。死ンデロ」


だめだ、こいつはどうしようもなく黒い奴だ。心の中が真っ黒だ。

そして、俺に「死ネ、死ネ」と精神操作の気を送って来る。

「あーうっとおしい。やかましいわ!!」

奴の精神操作の気を吹き飛ばすように、俺の気の奔流をズバッと送り返してやる。


ボムッというくぐもった音がして、水槽の水面がごぼごぼっと持ち上がった。

見ると、水人の頭部が破裂していた。気の奔流に耐えられないとこうなるのか。

水槽が血で真っ赤に染まり、脳片や肉片骨片が混じって濁り、とても汚らしい。

見苦しいので水槽ごと虚空に送って消滅させた。

これでキレイさっぱり。


「あれ、あたしどうしたのかしら?あなたはどなた?」

「あー、シスターマギー、とりあえず服装を直してね」

「キャッ、私ったら」

水人の精神操作は解けたようだ。マギーが脱ぎかけた服を着直している。


舞台との仕切りの幕を上げる。

洗礼室はざわついていた。

集まっている司祭達は、みな憑き物が落ちたような表情をしている。

「皆さんも水人に洗脳されていたようですね。第6の枢機卿を名乗っていた水人は天に召されました。皆さんは正気に戻ったはずです」


「ユーリ様!リリス!」

「マギー!どうしてここに?」

「マギー、私なんだか悪い夢を見ていたみたい」

「ユーリ様、リリス、もとに戻ったのね!うゎーん」

マギーは涙でくしゃくしゃだ。


「あなた様は一体?」

さっきの司教が訪ねてくる。

「俺は…通りすがりの者かな?えっと、それではまた」

我ながら苦しい言い様。でもここにいてもしょうがないので、そそくさと逃げ出す。

5卿会議とやらに顔を出してみよう。暗部対策はそれからだな。

*****


総本山は5階建ての建物だが、5階の調度の豪華な部屋に5人の煌びやかな服装の枢機卿が集まり、大きなテーブルを囲んでいる。

ここが5卿会議の場に違いない。

おっと、テーブルの真ん中にもう一つ席があるのでそこに座ってやれ。


ぱあぁぁぁ!俺が着席するや否や、部屋中が眩い光に満ちた。

光が治まると、テーブル上に虹色の五芒星が浮き上がり、各頂点に5人の枢機卿が平伏していた。

ん?なんなんだこの流れは?

最年長とおぼしき枢機卿が顔を上げてこう言った。

「お初にお目にかかります。お待ち申し上げておりました。5代目人神様」


「……、えーっと。何か勘違いをなさっているようですが」

「いいえ。今日この時、我らは先代様が受けたご神託により、5代目様のご降臨をお待ち申し上げておりました」

「そのお席にお着きになることができるのは、人神様だけです」

「先程の奇跡の光と、今も残る卓上のこの五芒星。5代目様は完全神であられるとの予言どおりです」


「何がなにやら、さっぱり」

「神の代替わりとは斯様なものなのでしょうな」

「5代目様は、この春の1日にこの世にご降臨なさいましたでしょう」

そう言えば、俺がザースに召喚されたのは春1日のことだった。


「先代様が、数年前からご降臨の準備を進めて参りましたが、ご降臨当日、手違いにお気付きになられて、慌ててお迎えに上がったのです」

「予言でも、ご降臨が春1日、総本山に顕現なされるのが春23日のこの時となっておりますので、一見種々の手違いがあったようでも、全ては予定調和なのでしょう」

*****


「代替わりだと!そんなことは断じてあってはならん。いつものように肉体のみを更新し、4代目の私がそのまま伝説の5代目になれば良いのだ」

召喚した肉体に我が魂を宿らせ、召喚者の魂を吸収して魂容量を一気にアップさせる。

ついでに新取得ギフトもできるだけ多数獲得しよう。

新しい肉体、強化された魂、新ギフト。ふふふ、心躍るではないか。


しかし、用心は必要だ。なんせ5代目は不滅の完全神となるべき伝説の存在。

そして、異世界に探し当てたその候補者は、肉体はともかく魂的には他に比べるべくもない逸材だ。

下手すると、逆に我が魂が吸収されるなどという悲劇ともなりかねん。

少しでも危うい徴候が見えた時には、召喚者の魂を別の肉体に受肉させて危機回避せねばならん。

万が一の事態へも抜かりなく備えたい。


緊急受肉用候補となる完璧な潜在力を有する肉体と幼い魂、この条件を満たす人族は残念ながら今の世に適切な候補がいなかった。

ザース全土を探ると、ちょうどよい生後1月の幼体がいたが、狼人族とはな。

まあよいか。どうせ受肉時には肉体は元素還元されてから再構成されるわけだし、魂は吸収されてしまうのだから、人でも狼人でも構わんだろう。


それに、そもそもそれは万が一。万に9999は私が召喚者に受肉してその魂を吸収するのだ。

余った狼人の幼体は、ペットにするなり、食料にするなり、捨て置くなりすればよかろう。

保護者が聞き分けが無いのでちと強引に引き離すことになったが、幼体の確保はできた。


そしてとうとう冬の最終日となった。もう間もなく日が替わる。

探し当てた異世界の候補に対し、召喚術の詠唱を始めるとするか。

「うん!?まずいな、二重召喚状態になっている。邪魔をしているのは誰だ!候補者は既に転生管理局に確保されている。奴らの処置が完了する前に手を打たねば!ええい、準備未了だが、ギフト受容をマックスにして、強引に召喚を終了させる!む、候補はどこへ飛んだ?すぐに拾いに行かねば」

*****


「というわけで、創は二つの召喚の力が引き合って、結局人大陸の未開の草原地帯に落ちて、それを拾いにいった4代目人神の魂は、見事に創の魂に吸収され、4代目の肉体は純化再合成されてハジメの5歳児の体になったという顛末なのよ。これが転生執行官の調査チームの結論なの」

「ご苦労様エリン。ハジメと4代目人神の、魂の戦いは熾烈なものだったのかしら?」

「なんらの形跡も感知されていないので、おそらく戦いにすらならずに、一瞬のうちに吸収しちゃったんでしょうね」

「ふふふ、ハジメらしいといえばらしいわね」


「エレーヌ、今のハジメはどんな感じなの?」

「凄い成長っぷりよ。でもいい方向に向いているので安心なの。ザースと地球との間を時間的間隙無しに往復二重生活してるのも前代未聞よね」

「それは良かった。2重召喚の影響で、創の肉体は地球へ戻り、魂だけがザースに飛んで、4代目人神の魂を瞬時に吸収し、その肉体を純化再合成させて受肉したのよね。そしてその状態をベストに利用する2重生活、そんなことが可能になること自体、あり得ない程の潜在能力よ。自分で調査しておいて何だけど、ちょっと信じられないわ」


「うふふふふ。ハジメはね、その存在自体が想像の枠を超えてるから。信じるとか信じないとか、もはやそういう問題じゃないわね」

「まあね、超越者の肝いりの特別召喚で、あのダーク対策の切札なんだから、それくらいで丁度いいのかも」







初期の頃、粘性体や角うさぎにも苦戦していたハジメですが、魂自体の力は4代目人神を圧倒するほど強力だったのですね。さすがです。

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