獣神
竜王のパーシさんに、案内してもらって獣大陸中央部の高山地帯の中にある竜人国に転移した。
峡谷に簡素な建物がぽつぽつ立っている。月の山の街にそっくりだ。
岩山の中腹に洞窟が口を開けており、そこをくぐり抜けると、竜人国だった。
広々とした空間で、上には空が広がっている。建物の数が多い。
「ここは結界の中なんですか?」
「ああそうだ。竜人は数が少ないのでな。むやみな奇襲は防がねばならん」
一際大きな建物。ここが宮殿なのだろう。竜人達がお辞儀をしたり跪いたりして迎えてくれる。
大きなテーブルのある部屋に案内される。食堂のようだ。
「まあ、腹も減ったことだろう。ちょっとつまんで寛いでくれ」
食べものが次々に運ばれてくる。
多少大きさや色はちがうけれど、全てが饅頭というか餅というか、丸っこい食べ物だ。
しかし、香りも味も食感もそれぞれ異なっており、長い歳月を経て磨かれて来たであろう食文化の粋を味わうことができた。見た目にあまりこだわらないのは竜族の気質なのだろう。
「うわあ、美味しいねー」
「はむはむ、ふはふは」
プルリンは無言でひたすら食べまくりだ。
「それで獣神様なのだがな」
「会うことはできますか?」
「会うことはできる。が、言うことを聞いてくれるかどうかは分からぬ。悪いお人ではないのだが、なんせ、頑固で偏屈で遊び好きな方でな。何を言い出すかわからんのだよ」
「だめですかね?」
「うーん、魔神殿には敵愾心を抱いておられるので、例の話を無視することはなかろうが、素直に賛同するとは思えんなぁ」
食事を済ませて一休みして、人心地ついてから、宮殿を通り抜けた更に奥にある山の頂上の祠に向った。
さっきの饅頭餅を重箱に詰めたものをお供えして、パーシさんがパンパンと柏手を打つと、どろどろんと、長髪長髭の老人が現れた。髪も髭も基本白いが少し黒味がかってシルバーグレイという感じ。
「お久しゅうございます」
「うむ、息災であったかの」
「銀竜のシウバー様だ。獣神であられる。シウバー様、こちらが…」
「おう、ハジメとハナとプルルンじゃろ。分かっておるぞ」
「おじいちゃん惜しい!僕はプルリンだよ」
「おお、おお、そうか、済まんのうプリリン」
獣神がプルリンをぽんぽんと軽く叩いて、プルリン体をプルルンと揺らしながらのたまう。
これは…遊んでいるな。
「魔神ジラル様がハジメ殿に、黒の団、凶獣組、聖星教の討伐のために、種族を問わずに殺害許可を出しております」
「シウバー様のご意見をお聞かせください」
「ふむ…そうじゃな…、儂からこれを取り上げるか儂を打ち倒せたなら、返事をせんでもないぞ」
獣神は、掌に虹色の玉をコロンと乗せて見せて、にこにこしながらそう言った。
「ひとり10分、おぬしらひとりずつ来るがよい。そら、プリルンから来なさい」
「もー、プルリンだってば!」
プルリンは既に結構素早く動ける。敏捷性の数値はそれなりだが、重力操作、空間操作、そして闘気による瞬動。加えて、体を変形させて壁のように包み込むこともできる。
しかし獣神は、そのはるか上を行く速度と巧みな動きでかすらせもしない。
「ほい、10分じゃ」
「あーもう、全然ダメだー」
次はハナ。
「ふふん、本気で行くからね」
「ほほ、もう始まっておるぞ」
ハナが∞表示の敏捷性、時間操作による加速、狼闘気、天翔を使うが、それでも及ばない。
獣神は、ふらふらひらひらと不規則に、ハナの勢いに押される綿埃のように身をかわし続け、ハナは掌の上に乗せられただけの虹玉をどうしても取れない。
ハナが視固を使っても、獣神は僅かに引っ掛かるような動きになるだけで、やはり届かない。
一瞬手が掛かったかに思われた瞬間もあったが、惜しくもスルリと空振りした。
ハナが式神を使い、30体くらいのハナで一斉に飛び掛かると、獣神も同様に30体くらいに分身して逃げ回り、もう何が何だか訳が分からない。そうこうするうちに、10分が経過した。
「あーもー、悔しー!」
「ほっほっほ、もう一歩じゃったな」
次は俺だ。
「行きます!」
「来なさい!」
最初から時間停止で行く。
獣神はやはり時間停止下でも動ける。しかし俺の方が早い。
さあ、いただきだ!
スカッ。何!?
スカスカスカッ。
え、おかしい。
虹玉を載せてる右手の手首を捕まえようとしてもスカッ。
これは実体ではない!幻像だ。
では実体はどこに。
レーダーゾーンを精査すると、竜王の真後ろにいた。
気配を重ねていたから違和感を感じなかった。
この糞ジジイめ!
「そこにおられましたか」
獣神に接近する。
あ、獣神の奴、虹玉を飲み込んじゃったぞ!
にやにやしてやがる。
ほんと、糞ジジイだ!
{遠慮しないで打ち倒すといいケロン}
そうだ、倒してもいいんだった。
「では獣神様、遠慮なく行かせてもらいますよ!」
獣神は、にんまりしたまま、手をくいくいっとさせて、来なさいと言わんばかり。
数発殴りつけようとしてみたが、ふわふわほわほわと躱される。
これは、こちらの何かの勢いに反応して自動回避しているのだろう。力づくではダメだ。
合気の極意を思い出しつつ、獣神の動きを読んでというか呼び込んで、袖を掴んで柔道技で素早く投げつける。
空中で反転した獣神が足裏を地面にトンと付けたその瞬間に、発動妨害を掛けつつ、左ジャブと右フックのワンツー。ジャブを避けた顎に右フックがかすった。
獣神の両膝がカクンとなったところに、ボディ3連打。
獣神がグフッと唸り、その口から虹玉が飛び出したので、素早くそれをキャッチ!
地球でのオリンピック準備のあれこれが役に立ったぞ。
ここで時間停止を解く。
「虹玉、確かに奪いましたよ」
「「「え、いつの間に!?」」」
「痛たたた、全く敬老精神に欠ける無鉄砲な奴じゃ。だがよくぞ玉を取った!」
あのー、変な提案をする無鉄砲な奴はあなたの方では…、とは言えないけど。
「先の提案、しかと承知した。殺害許可の証を渡そう。じゃがひとつ頼みがある。竜族の性質からは凶獣組に協力するなど考えられん。万が一仲間になっておる者がおったとしたら、何らかの事情があるはずじゃ。そのことだけ念頭に置いてもらいたい」
「わかりました」
獣神様からも許可証のカードをもらった。これで2枚目のお墨付き。
「虹玉も持って行くがよい。犯罪者の判別に役立つはずじゃ。悪い獣人を懲らしめてやってくれ。それとな、人族と魔族については悪い悪くないに関わらず懲らしめてよいぞ」
獣神様にも竜王様にもお礼を言って、竜人国をあとにした。
そしてライザ遺跡へ向う。
いつものように歓迎してくれるライザさんに、最近のあれこれを話す。
「ダークマターとダークエネルギーについては、干渉不能の自然現象と聞いていました。ダーク人なるものが存在するとは驚きです」
そして殺害許可証については、
「悪人退治がみんなの願いであるなら、それを叶えるのは立派なことです。ただ、色々恨みを買いそうですから、人神の許可もちゃんと取り付けて置く必要がありますね」
ライザさんはホントに、しっかりしていて落ち着いていて良識的だ。
それでいて世間知らずで純粋で可愛いところもあって。
ライザさんって神様向きだと思うんだけどなぁ。
今夜はライザ遺跡に泊まって行こう。
異世界定期便第24便 ザース春22日 人大陸ライザ遺跡 → 地球8月/1日月曜 自室
都合により、しばらくは、2~3日に1話のペースでの更新になりそうです。




