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侵略者の視点

「イスタンブール拠点で緊急事態が発生しました。医官は至急現地へ向かって下さい」

この報を受けて、細菌学者の俺、免疫学者のトパス、そして医者のアンディの3人が防護服に身を包んで転送機をくぐったのは昨日のことだった。

「おかしいな、俺達は地球の有害微生物の調査を完璧に仕上げたはずだ」

「ああ、しかもこんな劇症性のものが放置されているはずがない。新種か?」


「10人がほぼ同時に倒れて即死しました。原因は全く分かりません」

10名全員完全に死亡している。外傷は無い。被害者にはイスタンブール拠点の工作員という以外に共通点は見出せない。

とりあえず遺体と食品その他原因に関連がありそうな物をサンプルとして収納し、現地で可能な簡易な検査を実施してみる。


俺が簡易検査した限りでは、特に変わった微生物は発見出来なかった。

トパスの簡易調査でも免疫系に異常は無いとのこと。ただし1名には毒物の反応が出ている。

アンディは、異常は脳に発生したとの結論を出し、今は周囲の消毒を実施しながら消毒方法を伝授している。


「キャー!」「うわぁぁぁ」悲鳴が上がる。なんだ!?どうした?


新たに10人が倒れた。うち2名には明らかな外傷がある。1名は頭部が爆散。1名は頭部が鋭利な刃物で切断されている。

「どうした?この2人は攻撃を受けたのか?」

「分かりません。突然こういう状態になりました」


「明らかに攻撃を受けているぞ。敵はどこだ?」

「分かりません。敵の気配はありません」

緊急警戒体制が取られたが、敵はどこにも発見されない。その後動きは無い。

新たに倒れた8名を入れた無傷の18名と、頭部損傷死の2名に共通点はあるのか?

現時点では不明というしかない。


襲撃者の捜索が成果のないまま一段落した途端、拠点内のパニックが酷くなった。

敵に向けられる緊張が解けて、恐怖感により強く支配されたのだ。

無理もない。同僚の3分の2が次々に倒れ、原因も全く分からない。

俺だって、見えない敵に今も狙われている気がする。


俺自身も恐怖で我を失いそうになるが、謎を解明したいという学究心が、辛うじて理性を保たせてくれる。

「落ち着け!まずはここを脱出する。俺は受け入れ先を打診する。転送室に入る前にしっかり消毒してくれよ。君らはサンプル集めを手伝ってくれ」

指示を与えると、パニックは少し沈静化した。ガタガタ震えながらも、やるべきことをこなし始めた。


受け入れ先探しも骨だった。医療施設と研究者がいるところとして、リオ、シカゴ、Q国に決まった。

転移前に処置はするが、受け入れ先でも消毒と隔離の準備を進めてもらう。隔離された研究室内で原因究明作業を行うことになるだろう。


リオには俺達3人の他に、イスタンブールの工作員3人と、死体10体で転移した。死体は大事なサンプルだ。

リオでは俺達は疫病神扱いだが、仕方ない。イスタンブールの3人は先に来ていた1人と合わせて、生体サンプルとしてひとまず隔離病棟入りしてもらう。


え、何だって、生体サンプルの4人が死亡、2名は頭部爆散だと!?

その死体もこっちに運んで来てもらおう。

イスタンブール拠点では一体何が起こったんだ?


俺達3人は、防護服を着たまま、研究室で新規の4体も含めて、全死体サンプルの解剖を行う。

やはり全員脳に異常があった。しかし、その異常の内容に共通性が無い!なんだこれは?

焼けたもの、ドロドロのもの、凍り付いたもの、毒に汚染されたもの、症状はバラバラだ。


綺麗な死体の共通点は、頭蓋内での脳の異常ということ。

まてよ、爆散と切断は頭蓋外にまで及んだ異常ということで、脳に発生した異常ということでは共通するのではないだろうか?



あれからもう丸一日経ったか。眠る暇もなく解剖と検査と検討を重ねた。

透明隔壁外の奴らに、マイクを通して、俺たちの結論を簡潔に伝える。

「これは自然現象では無い。敵の攻撃だ。頭蓋骨内部から攻撃の効果は発現する」

「どういう攻撃なのか?」

「熱、毒、物理力等、様々な効果をもたらす多彩な攻撃だ。俺達に分かるのはそこまでだ」

「なぜ頭蓋内から発現するのだ?」

「分からない。攻撃の転送とでもいうべき現象としか言いようがない」


ざわざわざわざ・・・・。

納得してないな。気持ちは分るさ、俺だって半信半疑だ。

「とにかくここから出してくれ。我々はやるべきことやった」

そうだ、トパスの言うとおりだ。


「済まんが君達には、引き続き調査を進めて、より詳しい原因の究明をお願いしたい」

ちっ、俺達をこのまま閉じ込めておく気だな。


「あ?、うわぁぁ!」なんだ?トパスの声だ。

見ると、トパスの体が宙に浮いている。見えないテーブルに乗せられているかのようだ。

「おい!トパスに何をする積りだ!」

「違う!こちらからは何もしていない」


そんな訳あるか。

「とにかくトパスを降ろそう。アンディ手伝ってくれ」

「ああ」

おかしい。びくともしない。手で探ってみても、トパスを宙で支えている物が何も無い。磁力的なものか?


「うわっ!足が、足がっ」

あっ!トパスの両足首から先が無くなっている。多数の鋭利な刃物で、不規則な角度を付けながら切断したような切り口だ。一体何が起こった?


俺達が見つめる先の空間に、一瞬黒いモノが見えた。この形、この動き、大型肉食獣の顎のようだ。

その顎がバクンと閉じて、同時にトパスの両腿から先が切断されて飲み込まれた。

「うわぁぁぁぁー。何だこれは!?喰われる!助けて、助けてくれー」

トパスの目も口も、恐怖で大きく開かれている。目玉が零れ落ちそうだ。

アンディも同じ顔だ。きっと俺も同じなのだろう。気が付くと俺も叫んでいた。


俺は、見えない獣がいると思われる場所に向けて、手当たり次第にモノを投げつけたが、虚しく通過するだけで手ごたえは無い。

アンディはトパスの腿の付け根を止血ベルトできつく締め上げている。さすが医者だ。既にかなり失血してしまっているな。


しかし次の瞬間、そんなアンディの努力も虚しく、トパスの腹部が切断されて、内臓が切断面から床にこぼれ落ちる。

「ぎゃああああー、俺の内臓が!拾ってくれ!保存してくれー!」

トパスが一際大きく叫ぶ。

俺は、恐怖に半ば麻痺しながらも、妙に冷静に、欠損部分から見るともはや救命は難しい等と考えてしまう。


暗黒の顎による切断は、次に胸郭に及ぶ。

胸郭内の残る内臓が大量の血液とともに新たに床にぶちまけられる。

トパスの叫びが途切れた。目を見開き、口も空けたままだが、もうそこから声は漏れない。


浸蝕は続いて首に、更に下顎まで進み、そこで止まった。

残された上顎から上の頭部が、床にゴトッと落ちて少し転がり、顔の正面が俺の方を向いて止まった。

大きく見開かれた目、片目の眼球はほとんど飛び出して、視神経でぶら下がるように繋がっている。

恐怖と無念をそのまま固めたような表情が、あまりに恐ろしい。見たくないのに視線を剥がせない。


「んぁ!?なんだ、うわぁー」

俺の全身ががっちりと固められ、横になったまま宙釣りにされた。首から下が動かせない。

まさか!まさか!!

今度は俺の番なのか!?


必死に首を起こして足先を見つめる。黒い顎が現れた。閉じられる。なんの衝撃も抵抗もない。ただ足首が熱い。凄い出血だ。大きな声が聞こえている。俺の声だ。俺が叫んでいるんだ。

次に腿、それから腹。痛みは感じない。ただ熱く、そしてじんと痺れた感覚があるだけだ。

ああやはり俺も、忠実にトパスと同じ運命を辿っているようだ。


あれ?子供の頃からの記憶が猛烈にフラッシュバックしている。そうかこれが走馬燈現象か。

俺の人生はずっと良いものだった。それがこんな辺境の惑星で闇の獣?に喰われて死ぬのか。

他種族の暮らす惑星を乗っ取るなんて、そんなだいそれた計画に参加したのが失敗だった。

もっと堅実に生きれば良かったな。おや、暗くなってきたぞ。光が消え。。。

*****


「司令!月基地への転送要請が引っ切り無しに来ています!」

「ダメだダメだ。転送機はオフにしておけ。通信機は受信するだけにしろ」

一体何が起こっている?リオ拠点のあの惨劇は何だ!?


基地内に吐瀉物の悪臭が満ちている。俺自身も嘔吐してしまったから他人を非難できないがな。

「シカゴ、Q国でも同様です。人員の半数が謎の空間切断死です」

「シンガポール、パリもです!」

いかん、また胸がムカムカしてきた。


「全拠点に異常発生。1~2名を残し、ばたばたと倒れているとのことです」

「リオ拠点通信員が死亡する状況が映像で届きました。それが最後の連絡です」

「連絡が断たれる拠点が続出しています」


そしてとうとう、全ての通信機が沈黙した。

「。。。地球上の全拠点が全滅か?」

これは一体なんだ?感染症?生物化学兵器?亜空間からの攻撃?


前司令からの連絡が途絶え、謎の殉職扱いとなったのが3日前。

俺が赴任して来た途端にこれだ。なんという不運。

いや、地球に降り立つ前だったのだから、幸運と言うべきか。


とにかくこんなものは対処不能だ。むざむざ死にに行くようなものだ。

地球上の全拠点が全滅なら、わずか数日で2000人以上の#人が殉職したということだぞ。

銀河団どうしの戦争の最前線でも、最近はこんな惨事は聞かない。

#の惑星開拓史上最悪の事故だ。


即時撤退だ!まずはできるだけ遠方に避難しなければ!

「ダメです。転送機の受け入れが拒否されています」

おいおい、月基地はまだ汚染されてないだろうが!?まさか捨て駒扱いか?

ゴブレム人評議員に直談判しよう。

*****


「諸君らは、地球での異常事態の究明にあったってくれ。原因がわかるまで転送機の使用は凍結する。いやこれは私の個人的意見ではなく、評議会の総意なのだ。ああ、検討は進めている。近いうちに何らかの援護が出来ると思う。健闘を祈る」

ちっ、役立たずどもが。評議会の最中だというのに泣き付きおって。緊急連絡が聞いてあきれるわ。


「シャプルの地球上の拠点が全滅したらしいな」

「ああ、しばらく様子は見るが、まず間違いないだろう」

「数日前にP国拠点が壊滅したが、あの繋がりか?あの時は地球人の仕業で、地下司令部にまで地球人の男が侵入したとのだったが?」


「状況は不明だ。しかし地球人は内燃機関に辿り着いてからわずか250年の種族だ。魔法的に不毛な惑星で魔法文化も皆無だ。地球人が引き起こした事態とは考えられないな」

「しかし、自然災害や単純事故ではなく、明らかに地球側からの攻撃だろう?」

「ああ。地球人に手を貸している謎の何かが存在する。それを究明して叩くべきだ」


「査察官としてP国に向って殉職したイクシュラだが、奴はなかなかの使い手だったのだろう?」

「うむ。しかもマイクロタイプ蜘蛛型ロボット13体が護衛に付いていたとのことだ。なのにあっさりと」

「敵は相当に強いと言うことだな」


「地球から手を引くという選択肢は無いのか?」

「帝国の決定事項だからな」

「済まないが、私はその事情に疎い。少し説明してくれないか?」


「帝国の調査の結果、地球人のT限界値、つまり魔法適性は潜在的に非常に高いと判明した。

他方で、地球自体が魔法的に不毛な惑星なので、魔法文化は育っていない。科学技術的にも未発達だ。

なので、潜在能力は高いが、現時点では脆弱な地球を、我々が支配下に置くのは容易だ。

そしてまず、特にT値の高い地球人を捕獲して、速成で魔法戦士にしたてる。

更には、人為的交配で高T値地球人を量産する養殖体制を整える。

そうやって良質の魔法戦士の安定供給を実現する。

これが、地球作戦であり、今後の銀河団戦争の切り札になるほどの戦略的価値を有する重要作戦との見立てなのだ」


「なるほどそういうことなら、地球作戦から手を引くという選択肢は無いな」

「#どころか、我々ゴブレム人の地位すら左右する正念場だ」

「帝国市民入りが目前なのだから、失敗はできない」

「#はもう無理だろう。星を上げて恐慌状態に陥っているようだし、能力的にも対抗できるとは思えない」

「ではどうする?我らがそのまま乗り込むのか?危険が大きいぞ」


「使い潰しても構わない死兵を使いたいところだ」

「戦闘力が高く、それでいて知性もある死兵。凶悪死刑囚とか、反抗的な奴隷兵あたりかな?」

「その線だな。帝国全体から探せばいくらでも候補は見つかるだろう」

「帝国が地球作戦に本腰を入れているというのなら、本気の候補探しが期待できそうだ」


「月基地、木星船団基地は、そのまま機能させて、交代要員が確保できるまで帰還禁止にするか。死兵を地球に送るための侵攻の足掛かりとしてまだ使える」

「交代要員が確保できれば良し、確保できなくても人員がベテラン化してそれもまた良しだ」

「うむ、良い考えだ。ゴブレム人の叡智というのは、自種族ながら素晴らしいな」

「「「ふはははは」」」





結構長くなって、まるまる一話かかってしまいました。

次話は主人公視点に戻ります。

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