表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

死体は歩かない。

作者: 堂本一花

自己紹介代わりのウルトラショートミステリー。

「警察は嫌いだ」


 彼は唐突にそう言った。

「何で嫌いなんだ?」

 探偵を生業にしている片倉は、子供の頃、刑事になりたいと思っていたこともあり、なんとなくムッとして聞き返した。すると彼は口の端で笑う。

「警察なんて、全てが終わった後にやってくるだけだ、誰も救えない、犯人を捕まえてなんになる? それで殺された者が生き返るのか? 馬鹿げてる」

「しかし犯人を野放しにしてたら被害者だって浮かばれないだろ?」

「浮かばれない? おかしな事を……死んだらそこで終わりだ、犯人が捕まろうが逃げ続けようが死人には関係ない、死人がなにか感じると思うのは残された者の勝手な想像だ、なにも出来なかった自分が救われたいだけなのさ」

「……たしかに、な」

 だが、だからと言って野放しにしておいていいという理屈は成り立たない筈だ。それでは正義はなくなってしまう。いきなり嫌いだと言われては話にならない。片倉が肩を竦めると、彼はニコリと笑った。

「探偵も似たようなモノだが警察より少しはマシだろう、なにせ、金さえ払えばまだ事件にならない話でも動いてくれる」

「そうだな」

「だからあんたに依頼しようと思う」

「それはありがとう……で、なにを?」

「実は俺、人を殺したんだ」

「え……?」


 彼は人を殺したと言った。だが死体がない、だから死体を捜して欲しいと言う。しかし自分で殺したのなら死体をどこに隠したかわかる筈だ。そう聞き返すと彼は覚えてないと答えた。

「だけど必ずある筈だ、殺したんだから」

「もしかしたら殺してないんじゃないのか? 殺したと思い込んでるだけで、実は生きてた、だからそいつは自分の足で歩いて家に帰ったんだ」

「それはない、たしかに殺したんだ、捜してくれ」

「そりゃ、探すのはいいが、ヒントくらいくれよ、どこで誰を殺したんだ?」

「ありがたい、引き受けてくれるんだな、殺したのはこの家だ、死体もこの家の中にある」

「誰を殺したんだ? 男か女か?」

「男だ、中肉中背、どこにでもいる普通の男さ」

 この家の中と言われて片倉はあたりを見回した。六畳一間の安アパートだ、隠す場所などない。死体があってもなくても、依頼者の頭がイカれているということはわかる。

 とはいえ本当に殺人事件なら放ってもおけない。片倉は背広の胸ポケットから白い布手袋を取り出し、早速「死体」を探し始めた。

 一軒家なら床下とか天井裏まで探さねばならないが、安アパートに床下はないし、天井裏も無理。冷蔵庫や洗濯機なども大型なら人一人くらい隠せるだろうが単身者用の小さな物では細切れにでもしなければ入らない。念のためにバラバラにしたかと訊いたが、してないというので、まずそこもないだろう。となればあとは簡単、押入れか、せいぜい風呂場だ。

 とりあえず手近な押入れを開けてみた。上段、下段とも、布団以外はなにもない。次は風呂場だ。

 だが風呂場に向かう片倉の背中越しに、彼が急に話しかけてきた。


「実は俺、女も殺したんだ」

「は?」

「彼女は俺の恋人でね、別れたいって言うからついカッとして、殺しちゃった」

 彼の供述はその前に話した男を殺した話とは違い詳細だった。別れ話にカッとして衝動的に彼女の首を絞めて殺したのだそうだ。

「その娘の死体がどこにあるかは知ってるのか?」

「ああ、それは知ってる」

 今まで見た限り男だろうが女だろうが、死体はなかった。つまり死体は風呂場だ。彼もそれはわかってる筈だ。なぜそれを探せというのだろう?

「それならそいつを持って自首すればよかっただろ?」

「自首なんかするつもりはないよ、なんで俺があんな浮気女のために人生を棒に振らなけりゃならないんだ、馬鹿げてる」

「じゃあなんで死体を捜させる? 自首するためじゃないのか?」

 死体はここにある筈だ。片倉はそう信じ、風呂場の戸を開ける。洗い場にはない、だがバスタブの蓋が閉じてある、そこに違いない。

「違うね、むしろ逆だ」

 なぜ男の死体を捜せと言ったのか、彼の真意はわからないが、もしかしたらこの死体を見つけた時、自分も殺されるのかもしれない。そう思いながらも、探偵としての好奇心に負け、片倉は蓋を開ける。

 果たしてそこには見覚えのある男女の死体があった。


「だって、自分で見つけなきゃあんた納得しないだろ?」


 入っていた女はその両親に依頼され、片倉が行方を捜していた女性、そして男のほうは片倉本人だった。


「さすが名探偵、あっさり見つけたな、自分をさ」


 片倉は、彼女の恋人の部屋を割り出し、入り込んだ先で彼女の遺体を見つけた。そして見つけた瞬間、彼女の恋人に殺されたのだ。

 大きな草刈り用の鎌で、背後から脳天を一発だ。なにを思う間もなかった。だから、死んだことにさえ、気づかなかった。


「死んだらそこで終わり、死人がなにか考えるなんてありえないんだよ、全ては妄想さ、納得できたら早く消えてくれないか? 邪魔なんだよ」



 ‐了‐

まあ、こんな奴です。

どうぞよろしく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に良く出来たショートショートだと思います。腕がありますね。こういうの書ける人、憧れちゃいます。
[一言] 面白かったです。彼は正義を否定する、魂を否定する。そして、探し物を依頼することによって、探偵にとって、もっとも重要なものを否定する。 唐突な出だしから、納得のラストまでスッキリと心地よく読…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ