第三章~遡及~ 第四節:智恵
優との戦闘で、「鬼」は思わぬ力の増強を見せる。しかし優の戦いは、別の試練をも優に与える結果に・・・
第四節:智恵
「スタンガンで、美香の『鬼』が感電して倒れたあと、もう一度立ち上がってきた時、身体が一回り膨れ上がったように見えた」雄一郎が言った。「目の錯覚だと思ってたけど、違ったんだ。感電すると、一瞬戦闘力は落ちるけど、図体はでかくなる。」
「倒すどころか、相手を強くしちゃった」優が手で顔を覆った。
「こっちの予想を超えている。優ちゃんが悪いわけじゃない」雄一郎は言った。「少なくとも、あそこでの被害拡大は食い止めたわけだし。」
「警察が来るね」優が言った。パトカーのサイレンのけたたましい音が遠くに鳴り響いている。
「今、事情聴取されちゃうと、さすがにごまかし切れない」雄一郎が言った。「まずは逃げるが勝ち。」
「雄一郎さんの車は無事だったんだね」優が言った。「他の人の車で攻撃したんだ。」
「だって自分の車はもったいないし」雄一郎が言って、ハンドルを切った。優がくすくす笑った。
優の家の玄関先で、車を停めた途端、家から、人影が飛び出してきた。
「ママだ」優が呟いた。「どうしたのかな。」
ドアを開けて、車の外に出た優を、抱え込むようにして、ママが家の中に押し込んだ。雄一郎が慌てて後を追うと、玄関先にママが立ちふさがった。
「あなた、昨日もいらっしゃったわね?」ママが雄一郎に向かって言った。「この子たちを何に巻き込んでいるの?」
「ママ!」優がママの後ろで叫んだが、ママは動じなかった。「お帰り下さい。この子を放っておいて。」
「ママ、どうしてあんなこと言うの!」雄一郎の目の前で、ドアをぴしゃり、としめたママに向かって、優が叫んだ。ママが振り返って、優を見た。その目を見て、優は凍りついた。
「あなた、誰?」ママが言った。「あなた、本当に、優なの?」
「これはまずいなぁ」マドカが言った。
萌の前のテレビに、鳥居ヶ池のショッピングセンターでの戦闘が映し出されている。その場に居合わせた人がスマホで撮影した、「視聴者提供」という映像だ。巨大な「鬼」の前で、赤いスカートの女の子が、超人的な跳躍を見せる姿が、はっきり見える。
「優、あの服似合ってるなぁ」萌が言った。「いいなぁ、TVに出るなんて。」
「顔がはっきり映ったわけじゃないけど、優の家族とかには絶対バレるよ」マドカが言った。
萌の携帯が鳴った。呼び出し音が二度鳴っただけで、切れた。見ると、優の番号だった。
「優からSOSだ」萌が言った。「マドカ、行こう。お休み時間は終わり。」
萌からの電話を受けて、菫が自分の部屋から、玄関に降りていくと、階段の下に、パパが立っていた。
「行くのか」と、パパは言った。
「ちょっと出かけてくるだけだよ」菫が言った。
「優ちゃんの所に行くんだろ」パパが言った。「TVに映ってたの、あれ、優ちゃんだよな。」
菫は振り返って、パパをまっすぐ見返した。パパも、菫をじっと正面から見つめて、ふっとため息をついた。
「光姉ちゃんがな」パパが言った。「十五過ぎたら、人は自分の行く道を自分で決めるんだって言った。」
「光姉ちゃんが?」菫は言った。
「人に決められた道を行くんじゃない、それがどんな道だろうが、自分で決めた道を進まないと、自分の人生、生きていることにならないって」パパは言った。「光姉ちゃんは、その通りに生きた。短かったけど、自分の人生をしっかり生きた。」
「パパ」菫は言った。
「菫が行きたい道を行けばいい」パパは言った。「でもな、ママを悲しませるようなことはするな。それだけは許さん。」
「行ってくる」菫は頷いて、ドアを開けた。
どうしてこうなるんだろう。
優は部屋の中に立ち尽くした。泣くまい、と思ったけど、涙がぼろぼろ出て止まらない。
たまらず、萌に電話を入れようとしたけど、呼び出し音の途中で切ってしまった。萌や、菫に頼ってばっかりの、弱虫。
ママが、私を見た目。
まるで、違う生き物を見るような。
そりゃそうだろう、自分の娘が、娘だと思っていたものが、あんな超人的な動きをして、「鬼」と戦っている姿を見て、そう思わない人はいないだろう。
禊川で溺れた時、そのまま死ねばよかった。私なんか、死んでしまえばよかった。
トンビは黙っている。なんて声をかけていいか、分からないんだろう。
トンビは悪くない。トンビは一生懸命、生きようとしただけだ。「狐」としての生き方を全うしようとしただけだ。戦うこと。「人」を救うために。「鬼」と戦うために。
私は、菫や、萌を守りたいと思って戦っているのに。
なのに、一生懸命やることが、全部裏目に出る。
鬼を倒そうとして、逆に相手に力を与えてしまう。
人目につかないように気を配っていたのに、あんなに派手にTVに報道されて。
ママにも疑われて。
そして、「智恵」も見つからない。
どうしたらいいの?
誰か、教えて。
私を、助けて。
自転車に乗って走っていた菫の身体を、突然強い力が引っ張った。え、と思った瞬間、身体が宙に浮いていた。眼下で、主を失った自転車が、赤信号にそのまま突っ込んで、交差点に入ってきた車に跳ね飛ばされるのが見えた。
「菫!」萌の声がして、横を見ると、萌も空を飛んでいる。「すごい、私たち飛んでるね!」
「どうなってるの?」菫は言ってから、はっとした。「優?」
「優の『技』がまた進化している」イブキが言った。「念じて、相手を飛ばしているんだ。」
「優が呼んでる」萌が言った。「私たち、ピーターパンみたいだね!」
「どうでもいいけど」菫が言った。「また自転車壊しちゃった。ママになんて言おう。」
ベッドに突っ伏して泣いていると、窓をコンコン叩く音がする。顔を上げて、自分の目を疑った。窓の外に、菫と萌がいる。宙に浮いている。窓を開けると、二人が飛び込んできた。何も言わずに、菫にしがみついて、ぎゃんぎゃん泣いた。菫が、しっかり抱きしめてくれた。萌が、背中をさすってくれた。赤ちゃんみたい、と言われてもいい。この二人と一緒にいるこの瞬間が、私の場所だ。私にとって唯一の、一番大事な場所だ。
萌が微笑む。昨日死にかけた萌。いつも微笑んでいる萌。
菫が笑っている。鬼に襲われても、正面から戦う菫。決してあきらめない菫。
この人たちを守りたい。
この二人との時間を、ずっとずっと、守りたい。
頭の中に、暗い部屋が見えた。
天井まで届くような棚がずらっと並んでいる。
小さい箱や、大きな箱、様々な形の箱が、所狭しと並んでいる。
どこかの倉庫のようだった。博物館の倉庫か?
奥へ、奥へと進んでいくと、棚の隅で、小さな箱が、カタカタと動いているのが見えた。
箱の隙間から、青い光が漏れだしてくる。
おいで。
声をかけて、手を差し伸べた。
箱の中のものが、答えた。
私が「智恵」。
時を越えて、お前に真実を示すもの。
聞こえたよ。お前の声が。
私を求める、強い声が。
泣きじゃくっていた優が、ふいに泣き止んで、立ち上がった。
宙に手を差し伸べた。
その手の中に、青い光が凝縮し始めた。
光は、20センチほどの大きさの円盤になって、ゆっくりと回り始めた。
「『智恵』の鏡」菫が呟いた。
「優の声に、応えたんだ」萌が言った。
「智恵」の鏡の光が、さらに輝きを増して、優の胸の中に吸い込まれていく。
光はそのまましばらく、優の胸の中で脈打ち、そしてそのまま、静かに消えていった。
「3つの古き『技』がそろった」イブキが言った。「『裂け目』を塞いで『釣り合い』を取り戻さねば」
雄一郎、という名前は、「THE ONE」から取っています。三人娘は孤独な戦士ではない、という思いを込めて登場させたキャラなんですが、前回の戦闘を経て、三人の中でも、優との間の絆が特に深まっている感じがしていて、今後の二人の関係が気になるところ。
次回から、第四章~均衡~に突入します。番外編も含めて、この物語もあと5回で完結予定。お楽しみに。