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第三章~遡及~ 第三節:増強

古代の戦士の「技」も、残るは3番目、「鏡」に込められた「智慧」。傷ついた菫と萌を残し、「智慧」を探し求める優の前に、厳しい現実が突き付けられる・・・


第三節:増強


 「鳥居町には、鳥居ヶ池、という地名がある」雄一郎が言った。「昔、鳥の姿が彫られた鏡を抱いて、お姫様が池に身を投げた。それ以来、時々、池の中から、鳥が時を告げる声がする。そんな伝説が残っている。」

 「間違いないね」優が言った。「『力』を剣に。『慈悲』を、玉に。『智恵』を、鏡に」

 「萌ちゃんは?」雄一郎が言った。

 「萌はまだ家で休んでます」優が言った。「あんなことのあった後だから。」

 「菫ちゃんは?」雄一郎が言った。

 「菫も家にこもってます」優が言った。「ショックが強すぎた。」

 「ショック?」雄一郎が言った。

 「菫は、昔、大好きだったお姉ちゃんを病気で亡くしているんです」優が言った。「萌があんなことになって、大事な人を亡くす悲しみとか、恐怖が、よみがえったんだと思います。」

 ルームミラーの中の優が、雄一郎を見つめた。「菫はもう、戦えないかもしれない。」

 「そんなこと」雄一郎が言った。「あんなにすごい『力』があるのに。」

 「戦う『力』があっても、恐怖が勝ってしまったら、その人は戦えない」優は言った。「今は、菫も、萌も戦えない。私が強くならないと。」

 「じゃ、それは優ちゃんの戦闘服なんだ」雄一郎が言った。

 優は、ちょっと頬を染めて、赤いスカートの裾を直した。


 「菫は、自分を責めていると思うんです」優は言った。「菫は、『鬼』の目をつぶした。その恨みをかっている。だから、自分の身を守るために、戦わなければならない。でも、萌も、優も、関係ないと思っている。戦う理由なんかないのに、巻き込んでしまったと。命がけの戦いに。」

 「優ちゃんは、巻き込まれた、と思っているの?」雄一郎が言った。

 「私は、菫と萌を守れるくらい強くなりたい」優が言った。「二人のために、戦いたい。それは、私自身の意志です。」

 「命を賭けても?」雄一郎が言った。

 「命を賭けても」優が言った。「雄一郎さんは、なぜ戦うの?」

 「俺は、美香の仇を取りたい」雄一郎は言った。「俺のような辛い思いを、他の人にさせたくない。だから、君たち『狐憑き』と一緒に戦う。」

 「雄一郎さんは、適応力が強いんですね」優が言った。

 「適応力というか」雄一郎が苦笑いした。「非日常的なことが起こりすぎてるからね。何があっても驚かなくなってる。」

 「猿久保稲荷でのこと」優が言った。「警察には、どう説明したんですか?」

 「『鬼』同士の同士討ちだった、と説明したよ」雄一郎は笑って言った。「相手が相手だからね。何があっても、そうだったんですか、って言われる。」

 「でも、侮らない方がいい」優はつぶやいた。「警察の力を甘く見ない方がいい。世間は怖いから。」

 「また世間?」トンビがつぶやいたが、雄一郎には聞こえなかった。

 「ここが鳥居ヶ池のはずなんだが」信号を曲がって、雄一郎が言った。

 「ここが?」優が、窓の外を見て、唖然とした声で言った。

 車の窓の外に、巨大なショッピングセンターがそびえていた。


 「何も感じない?」雄一郎が、ショッピングセンターのフードコートで、コーヒーを飲みながら言った。

 「何も」優が消え入るような声で言った。

 「もともとあった鳥居ヶ池は、ずっと昔に埋め立てられてしまったらしい」雄一郎がスマホで確認しながら言った。「埋め立て地に、どこかの会社の工場が建って、それがつい最近、ショッピングセンターになったそうだ。ここには、もう何も残っていない。」

 「『智恵』は。鏡は」トンビが呟いた。

 「池を埋め立てる時に、底まで浚って、遺物などがないか調査したりすると思うけど、特にそういう記録も残っていない」雄一郎が言った。「でも、もし鏡がまだこの下に埋まっているとしたら、何か感じられるんじゃないのかな?猿久保稲荷の時だって、実際の勾玉が出てきたわけじゃないんだし。」

 「猿久保稲荷では、その土地にこもった信仰とか、人の思いが、『慈悲』の『技』をあの場所に留めたんだと思うんです」優が言った。「でも、鳥居ヶ池は、信仰の対象ではなかった。ここには、『智恵』を守ろうとする人の思いが残っていない。」

 「あと、可能性があるとしたら」雄一郎が言った。「昔に、池の底を浚った人が、鏡を見つけて、どこかの博物館に寄付したり、古物商に売ったりしている可能性だな。そうなると、日本のどこかの博物館に保管されているかもしれないけど。」

 「そんなの、探し切れるはずないですよね」優が頭を抱えた。

 「現代日本は、『智恵』を失ったか」雄一郎は言った。「でも、優ちゃんだって、『眼』の力で、色々見通せるようになったり、ものすごく高く跳べたりするんだよね。すごいじゃない。瞬間移動もできるようになったんだし。」

 「それじゃ足りない」優が叫ぶように言った。「それじゃ、菫や萌みたいになれない。」

 「・・・優ちゃんは負けず嫌いなんだな」しばらく黙って、雄一郎が言った。「菫ちゃんや、萌ちゃんみたいになりたいんだ。」

 「・・・そうみたい」しばらく下を向いて、優が小さな声で呟いた。「菫や萌が持っているおもちゃと、同じものが欲しいって、駄々こねてる子供みたい」言いながら、優の目から、ぽろぽろ涙がこぼれた。

 「・・・美香も、お兄ちゃんみたいになりたいって、しょっちゅう泣いた」しばらく優を泣かせておいて、雄一郎が呟いた。「俺が骨折して入院したことがあって、その時、美香は張り切って俺の世話をしてくれた。うるさいくらいに。それ以来、お兄ちゃんみたいになりたいって、言わなくなったな。」

 「自分の役割を見つけたんだ」優は言った。「自分は、雄一郎さんの役に立てるって、思えたんだね。」

 「優ちゃんだって、菫ちゃんや、萌ちゃんの役に立ってると思うけど」雄一郎が言った。

 優が何か言おうとした時だった。

 地響きがした。

 フードコートの窓が、びりびり振動した。

 窓の外の駐車場から、何か飛んできた。窓に激突した。窓にひびが入り、悲鳴があがった。

 窓に人の形をした血の痕が残った。

 優と雄一郎が立ち上がった。出口に向かって駆け出した。


 駐車場の真ん中に、二頭の「鬼」が立っていた。一頭が、手に人をつかんでいる。手足をばたつかせて逃れようとする、その頭を食いちぎった。血しぶきを浴びて、喜悦の表情を浮かべる。

 「成長している」優が言った。「もう幼体とは言えない。」

 「人を食っても、青くならないよ」トンビが言った。

 「まだそこまでは成長しきってないんだ」優が言った。「雄一郎さん、ナイフ持ってる?」

 「持ってる」雄一郎が鞄の中を探った。

 「私は菫や萌のような武器を持ってない」雄一郎から、サバイバルナイフを受け取って、優が言った。「雄一郎さんは逃げて。普通の人間が太刀打ちできる相手じゃない。」

 優が跳んだ。雄一郎は周りを見渡した。駐車場の車から飛び出して逃げる人に、一頭の「鬼」が襲いかかるのが見えた。その向こうのガソリンスタンドの店員が、転げるように逃げていくのが見える。

 「なんでここに、こんな昼間っから」雄一郎は呟いた。エンジンのかかったままの車が放置されているのに気が付いた。飛び込んで、ギアをドライブに入れる。


 優は跳躍して、「鬼」の正面に立った。優の攻撃力では、まともにぶつかっても無理だ、と分かっている。とすれば、自分がおとりになって、相手を罠に落とすしかない。どんな罠に?

 「鬼」が優を見た。目を細めた。獲物を見つけた狩人の目。

 優の全身に鳥肌が立った。「私が目的?」

 「狐狩り」だ。「狐」の気配をたどり、「狐」をおびき寄せるために、人を襲った。人が集まっている日中のショッピングセンターで。獲物は、優だ。

 「『鬼』の間で、私たちの情報が共有されている」トンビが言った。

 「テレパシー?」優が呟いた。「私が単独で動いていると分かって、襲ってきたのか。」

 「鬼」が跳躍した。その動きが、スローモーションのようにはっきり「見えた」。難なく躱す。躱しながら、サバイバルナイフを突き出した。腕に強烈な反動があって、撥ね飛ばされた。

 「石みたい」優が喚いた。腕がしびれている。「ナイフじゃ歯が立たないよ!」

 第二撃が襲ってくる。「眼」のおかげで、攻撃を見切ることはできる。躱すことはできる。しかし、攻撃できなければ相手は倒せない。こちらが消耗して、動きが鈍れば、やられる。

 「どうする?」トンビが叫んだ。

 「オニさんこちら!」優が叫んで、跳んだ。

 その視界の端で、もう一頭の「鬼」に向かって突進する車が見えた。

 「雄一郎さん!」優が叫んだ。


 「鬼」の直前で少しハンドルを左に切った。車の右ヘッドライトが「鬼」の足に激突して、車が激しく揺れる。アクセルを思い切り踏み込んで、ガソリンスタンドに向かって全速力で突っ走った。バックミラーに、食いちぎった人間の下半身を投げ捨てて、こちらに向かってくる「鬼」の姿が見えた。

 左手に持った発煙筒に着火した。来い、こっちに来い。


 優が着地すると同時に、「鬼」が拳を叩きつけてくる。間一髪でよけるが、衝撃で飛ばされる。すぐに体勢を立て直して、さらに跳んだ。「鬼」が身を起こして、手を伸ばしてくる。その手を踏み台にして、さらに跳んだ。目の前にあった黒いものを切断して、ショッピングセンターの屋上まで飛ぶ。駐車場で、「鬼」が跳躍姿勢に入るのが見えた。来い、こっちに来い。


 車の窓を開けて、ドアを開いた。左手でハンドルを固定して、足はアクセルを踏んだまま、ガソリンスタンドの給油タワーに向かう。「鬼」の熱い体温をすぐ後ろに感じる。目の前にガソリンスタンドが迫ってくる。ドアを開いて、外に転がり出した。「鬼」の目が一瞬、雄一郎を見たが、方向転換が遅れた。車が給油タワーに激突するのと同時に、発煙筒を投げた。その炎を、「鬼」の目が追った。

 給油タワーが爆発した。「鬼」の全身が炎に包まれた。雄一郎のズボンのすそに火が付いた。揉み消す間もなく、走って逃れる。炎に包まれた「鬼」の絶叫が、背後で響いた。


 駐車場から、「鬼」が屋上に向かって跳躍するのと同時に、ガソリンスタンドが爆発した。「鬼」が屋上に着地する、その足元に跳んだ。「鬼」の周囲を三回転ほどして、手にしたものを、「鬼」の身体に突き刺した。

 火花と共に、絶叫が上がった。肉が焦げるにおいがした。逃れようとする「鬼」の足が、優が作った電線の輪に絡まって、「鬼」は転倒した。その体に、高圧電流が再度流れ、「鬼」の全身が激しく痙攣した。


 優はガソリンスタンドの側まで跳んだ。火だるまになった「鬼」が、力尽きて、駐車場の真ん中に倒れるのが見えた。雄一郎が、ズボンの裾の火を消そうと奮闘していた。優も手伝った。

 「逃げろって言ったのに」優が言った。

 「一緒に戦うって言ったはずだ」雄一郎が言った。「人間の力は弱い。でも、戦える。優ちゃんだって、こんなに戦えるじゃないか。」

 屋上から、咆哮が鳴り響いて、二人は凍りついた。振り返ると、屋上に倒れていたはずの「鬼」が、よろよろと立ち上がるのが見えた。

 「なんで」優が茫然と言った。「感電死したはずなのに。」

 「大きくなってる」雄一郎が呟いた。


 二回り以上巨大化した「鬼」が、ふらり、とよろめいた。最後の力を振り絞るように体をたわませ、跳んだ。


 「禊川の方向だ」雄一郎が言った。「巣に戻って、出直す気だな。」

 「電力から、エネルギーをもらって、成長した」優が呟いた。「電気じゃ倒せない。逆にあいつらを強くするだけなんだ。」

優ちゃんには物語後半の、一番重い部分を背負わせてしまった感じがしています。でも、優ちゃんならきっと乗り越えられる・・・そんな思いで、書き進めました。

次回、第三章最終節、「智慧」。お楽しみに。

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