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第三章~遡及~ 第二節:慈悲

「裂け目」を塞ぐための古代の戦士の「技」を求め、三人娘の探索が続く。二番目の技「慈悲」を得るために、三人娘を待っていたのは、激しい痛みを伴う大きな試練だった・・・

第二節:慈悲


 「ここが?」雄一郎が言った。「美香の次の犠牲者の家?」

 「そうだよ」萌が言った。「この家で、ご兄弟2人がさらわれた」

 雄一郎と萌は、持ってきた地図を広げた。平坂市全域の地図。ところどころに赤い文字で、日付が書き込まれている。8月6日、8月7日。

 「美香がさらわれたのが、8月6日」雄一郎が言った。

 「ご兄弟2人がさらわれたのが、8月7日」萌が言った。「もう出てきても不思議じゃないよね」

 「美香がやられたことが共有されているとしたら、用心しているのかもしれない」雄一郎が、赤い屋根の家を見上げた。屋根と、リビングの窓が、青いビニールシートで覆われている。

 「でも、『元美香さん』と同じ行動パターンを取るなら、ここに来る可能性は高いよね」言うなり、萌は隣の家の玄関に向かった。

 「何?」雄一郎が慌てて追いかける。

 「ご近所を回るの」萌が言う。「気を付けて下さいっていうのと、なるべく犬を飼いましょうって」躊躇なく、インターホンを押している。「ごめんください!」


 「萌ちゃんはすごいな」一通り、ご近所に声をかけ、萌が満足して、帰ろう、と言った時、雄一郎は心底感心した声で言った。

 「何が?」萌が言った。

 「だって、普通、ああやってインターホン押して、話聞いてくれる人なんかいないよ」雄一郎は言った。「たちの悪い訪問販売セールスかと思われるのがオチなのに。」

 全部で6軒ほど、ご近所を回った。全員が、真剣に萌の言うことに耳を傾け、2軒が、すぐにでも犬を飼う、と言った。そのうちの1軒のおばさまなどは、その場で車に乗って、近くのペットショップに出かけていった。

 「ちゃんと話せば、みんな聞いてくれるよ」萌は言った。

 「ちゃんと話しても誰も聞いてくれないって、悩んでいる人はいっぱいいるんだがな」雄一郎は呟いた。


 萌の携帯電話が鳴って、萌が立ち止った。少しひそひそと話をしていたと思ったら、雄一郎の方を見て、「ちょっと寄り道してもいいですか?」と言った。「猿久保稲荷で、友達と待ち合わせしたいんで。」

 「友達って、この間の2人?」雄一郎が言った。

 「はい」萌がにっこり頷いた。雄一郎は思わず微笑んだ。「猿久保稲荷なら、大した寄り道じゃない。お参りしていこう。」

 「お参りお参り」萌が歌うように言った。


 「萌ちゃんは、なんでそんなに、『鬼』探しに熱心なの?」歩きながら、雄一郎が言った。

 「言ったでしょう?あいつの恐ろしさを一番分かってるのは、私たちだって」萌が言った。

 「それだけの理由?」雄一郎が言った。

 「十分だと思うけど」萌が、しらっと答えた。「ひょっとしたら、私も、美香さんみたいになってたかもしれないんだし。」

 「分からないことが多すぎる」雄一郎が言った。「あの化け物はそもそもどこから来たのか。あの時、あいつを叩き斬ったのは、何なのか。」

 「正義のヒーローがいるんだよ」萌が言った。

 「そんな馬鹿な」と、雄一郎は笑おうとした。その瞬間、萌が雄一郎を突き飛ばした。雄一郎は道の脇の植え込みまで跳ね飛ばされた。目の前を、赤黒い2つの塊が、疾風のように通りすぎるのが見えた。

 「オニさんこちら!」萌の甲高い声が、天から降ってくる。見上げると、萌が、電信柱のてっぺんに立っているのが見えた。

 ぐるるるる、と低いうなり声が重なって聞こえて、見ると、萌の立っている電信柱の下に、二頭の「鬼」の幼体がいた。男の顔をしている。例の兄弟か。鳥居町に行った俺たちを、つけてきたのか。

 なぜ俺たち二人を?

 それとも萌を?

 そもそも、この、萌の跳躍力はなんだ?

 「やーい、電線が怖くて登ってこられないってか?」萌は叫ぶと、さらに跳んだ。猿久保稲荷の方角だ。慌てて、肩から下げたカバンの中を探った。スタンガンを取り出しながら、猿久保稲荷に向かって走った。


 参道を、転げるように逃げ出してきた数人の人々と入れ替わるように、境内に駆け込むと、ちょうど幼体の一頭が、目を押さえて地面を転げまわっているところだった。指の間から血が噴き出している。びし、びし、という音がして、小さな礫が「鬼」の周りの地面に穴をあけた。

 萌が「鬼」を攻撃している?石つぶてで?

 接近戦は無理だ。スタンガンを、サバイバルナイフと発煙筒に持ち替えて、鞄を投げ捨てた。もう一頭はどこだ?

 地面の上にのた打ち回っていた「鬼」が跳躍した。木の上から、小さな影が跳んで、「鬼」の攻撃をかわした。逆に、「鬼」の腕に何かが突き立ち、「鬼」が悲鳴を上げる。木の枝だ。

 萌の「手」から放たれるものが、全て銃弾のような、いや、銃弾よりもはるかに強力な武器になって、「鬼」の身体を少しずつ傷つけている。「鬼」が次第に戦意を喪失していくのが分かる。しかし。

 もう一頭はどこに行った?

 境内を見渡して、ふと気づいた。本堂の扉が、少しだけ開いている。


 木から境内の真ん中に、血まみれの「鬼」が落ちてきた。口から血の泡を噴きながら、よろめく。白目をむいて、ぶっ倒れた。萌が勝どきを上げて、飛び降りてくるのが見えた。

 「萌ちゃん、罠だ!」雄一郎は叫んで、火をつけた発煙筒を、本堂の扉に向かって投げた。萌は着地するなり、そのまま本堂の屋根の上まで跳躍した。本堂の中から飛び出してきた赤黒い塊が、発煙筒に目をくらまされて、境内の誰もいない地面を殴りつける。地面に巨大な穴が開いた。

 やった、躱した、と思った時、本堂から飛び出してきた「鬼」と目があった。憤怒の炎でぎらぎらと血走った目が、雄一郎に向かって殺到した。手水場の水の中に、どぶ、と頭から突っ込んで、そこで止まった。その首筋から、血が噴き出していた。「鬼」の後ろに、萌が立っていた。

 「ご参拝する時は手を清めなさいって、教わらなかった?」萌が言った。ナイフほどに伸びた右手の爪が、すうっと元の長さに戻っていく。

 「萌ちゃん」雄一郎は、よろよろと境内に歩み出した。手水場の「鬼」の傷口から、白い糸が噴きだし始めた。鬼の身体がみるみるしぼんでいく。「君って、一体?」

 背後の空気が急に熱くなった気がした。目の前の萌の笑顔が、突然凍りついた。次の瞬間、視界が90度回転した。萌に突き飛ばされたのだ、と気がついた時には、「鬼」の尾が、雄一郎のいたところに伸びていた。そしてその切っ先が、萌の胸に深々と埋まっていた。

 「萌!」女の子の叫び声がした。萌の胸に突き立った「鬼」の尾が引き抜かれて、萌の胸から鮮血がほとばしった。境内で立ち上がった血まみれの「鬼」が振り返った瞬間、「鬼」の身体の内側から、炎が噴き出した。火の塊になって、「鬼」が悶絶した。断末魔の声を上げながら、境内の真ん中にぶっ倒れた。炎が、その体を、骨の髄まで焼き尽くす勢いで燃え盛っている。

 萌が、倒れた。その小さな身体を、二人の女の子が支えた。優と、菫。

 「萌!」優が叫んだ。「しっかり!」

 「血が」萌が言った。「私の血。こんなにいっぱい」

 「萌!」菫が叫んだ。「萌の馬鹿、調子に乗って、一人で戦うなんて。」

 「雄一郎さんは?」萌が言った。

 「無事だよ」優が言った。「早く、病院に行かないと。」

 「私の血、こんなにいっぱい」萌がか細い声で繰り返した。「人からもらった血なのに。大事な血なのに。こんなに無駄に流しちゃった。」

 「無駄なもんか」菫が泣き声で喚いた。「萌の馬鹿、しっかりしろ!」

 「馬鹿って言う方が、馬鹿なんだぞ」萌が、手を伸ばして、菫の頬に触れた。「菫、強くなったね。あの『技』、すごいね。正義のヒーローみたいだね。」

 萌の手がそのまま、地面に落ちた。

 「萌!」菫が絶叫した。


 私の病名が知らされた時、ママは泣いた。パパも泣いた。

 みんな泣いた。

 萌は、泣かなかった。

 泣かないって、決めた。

 周りのみんなが泣いているのに、私も泣いてしまったら、ママはどうしたらいい?

 パパはどうしたらいい?

 私は泣かない。

 萌は笑う。

 何があっても、笑う。


 それでも、病室で一人でいると、時々、泣きたくなった。

 寂しくて、自分の体の中から、何かがどんどん失われている感覚が怖くて。

 持ってきたぬいぐるみとか、色んなものに話しかけたり、歌いかけたりして、一生懸命、笑った。

 友達がいないとつまらないから、色んなものを、人間に見立てて話しかけた。

 猿のぬいぐるみのモンちゃんは、いっぱい冗談を言うのが上手な、一番の友達。

 ベッドは、ちょっと低い声が渋いおじさんで、萌の言うことを、ただ黙って聞いてくれる。

 枕は、優しいお姉さん。菫の、光姉ちゃんみたいな。

 無菌室のビニールのカーテンは、いつもごめんねばっかりいうお兄さん。


 だからね、菫。

 あなたが、病室のドアを、そおっと開けて、入ってきた時、私は本当に嬉しかった。

 私を、孤独から、救ってくれたのは、菫。

 私の、正義のヒーロー。

 菫は、いつでも、私を守ってくれる。

 だから、私も、何があっても、菫を守る。


 菫と一緒に戦えた。

 菫のために戦えた。

 菫に会えて、本当によかった。


 「宿り主」を守るのが、「狐」の役目。

 私は、萌を、守れなかった。

 モイナのことも、最後まで見守ることができなかった。

 私は「狐」なのに。

 「人」を守るために、生まれてきたのに。


 萌のために、何かできることはないのか?

 「狐」の力で、何かできることはないのか?

 こうして、萌の心の声を聞きながら、ただ一緒に死んでいくしかないのか?

 「狐」は単体だと、何の力もない。人に「技」を与えることができても、自分には何一つできることがない。

 萌に、死んでほしくない。

 私はどうなってもいい。萌には、死んでほしくない。

 私にできることは、何かないのか?


 萌の傷口から、激しく流れ出していた血が、止まった。

 傷口の断面から、白い光るものがしみだしてきて、傷口をふさぐ。

 白いものは、空気に触れて、急速に色あせていく。


 「マドカ、駄目だ!」イブキが叫んだ。「こっちへ、菫の体の中においで!」

 「私の体で、傷口を塞ぐ」マドカが言った。「その間に、病院へ」

 傷口にしみだしてきた白いマドカの体の表面が、粉を吹いたようにかさかさになって、枯れ葉のように剥がれて落ちていく。

 「マドカが死んじゃうよ」トンビが叫んだ。

 「私はいいから」マドカが言った。「萌を、助けて。」


 菫が、萌の体を横抱きにして、立ち上がった。

 跳躍しようとした瞬間だった。

 境内の上の空を見上げて、菫は固まった。


 「空の色が」優が言った。「濃くなってる。」

 「本堂が」雄一郎が言った。


 猿久保稲荷の本堂全体が、濃い青い色に光っている。その光が無数の筋になり、空に向かって昇っていく。絡み合い、もつれ合い、巨大な丸みを帯びた形を作りながら、ゆっくりと回転を始める。

 「勾玉まがたまの形をしている」優がつぶやいた。「『力』を『剣』に。『慈悲』を、『玉』に。」


 巨大な青い光の勾玉は、猿久保稲荷の上空を覆うように成長し、ゆっくりと回転しながら、凝り固まり始めた。小さく固まるにしたがって、光が濃くなる。色が濃くなる。真っ青な光の塊が、静かに回転しながら、菫の腕の中の萌に向かって降りてくる。


 光の塊が、萌の胸の傷の中に消えた。


 「菫?」萌が薄く目を開けて、つぶやいた。傷口が跡形もなく消えていた。

 「萌」菫はへたりこんで、萌を抱きしめた。そして大声で泣き出した。

古代の「技」、「力」「慈悲」「智慧」を、何に宿らせようか、と考えて、割とありがちですが、「やっぱり三種の神器がいいよね」と、「剣」「玉」「鏡」という組み合わせにしてみました。ところが、それを決めた後でよくよく調べてみると、三種の神器の「剣」「玉」「鏡」というのは、それぞれ、「勇」「仁(思いやり)」「智」という徳を表すのだそうです。偶然の一致なのですが・・・ちょっと驚きました。

次回は、その「智慧」の「鏡」を求めて、優(YUI-METAL)が奮闘します。お話の後半になるにつれて、優ちゃんの苦悩、葛藤が、お話の大きな推進力になってきました。そして次回も、優ちゃんを大きな苦難が襲います。優はどうやってそれを乗り越えるのか?お楽しみに。

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