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第二章~増殖~ 第四節:解明

「鬼」の孵化が始まった!そして、三人娘は、「裂け目」をふさぐ方法の糸口を見つける。

第四節:解明


 「あいつはどうして、加藤さんの家に現れたんだろう」菫が言った。

 「『鬼』が乗っ取るのは『人』の身体だけじゃない」イブキが言った。「『人』の記憶も吸収する。美香さんの記憶をたどって、偵察に来たんだろう。」

 「何のために?」萌が言った。

 「次の襲撃のために」マドカが言った。「餌にする人を狩るために。」

 「あそこで殺した方がよかったんだろうか」菫が呟いた。

 「雄一郎さんがいたんだよ」萌が言った。「そんな残酷なこと、できないでしょう。」

 「あいつが何を見上げたのか分かった」優が、図書館のPCのキーボードをたたきながら言った。「電線だよ。」

 「電線?」萌が聞き返す。

 「土手沿いに電柱が並んでて、電線が張ってあるでしょう?あれを見上げたんだよ」優が言った。

 「それであいつ、川沿いに移動するのか」菫が言った。「川の上には電線はないからね。」

 「絶対に近づけない、というわけじゃないと思う。嫌いだ、というだけで」優が言った。「高圧電線が通っている橋の上で菫を襲ったりしているし。ただ、電線が通っている近くにわざわざ隠れ家は選ばない。」

 「それが、隠れ家を見つける手掛かりになるの?」萌が聞いた。

 「高圧電線そのもの、というより、電線が出している電磁波が嫌いなんじゃないか、と思うんだ」優が、PCのキーボードをたたきながら言う。「サッカーチームの男の子が一人、襲われなかったのは、あの子が一人だけ黒いユニフォームを着ていたのと、あと、自動販売機の近くにいたからじゃないかな。自動販売機が出している電磁波に近寄りたくなかったんだ。それなら、携帯電話の基地局とか、電波を出すもの全般が嫌いなんじゃないかと思う。そういう電磁波が届かない場所、となると、山の中でも結構場所が限られてくる。」

 優が操っているPCの画面上に、百坂山を中心とした地図が表示されている。そこに、別の地図が重なった。赤や黄色や緑で色分けされた地図。

 「何これ?」菫が言った。

 「携帯電話の電波強度を示している地図だよ。携帯会社のサイトに出てる。これに、電線鉄塔の位置を重ねてやると」優がまた別の地図を出してきて、地図が重なる。

 「ここに電波の空白地帯がある」優が、地図のあるポイントを指差した。

 「ずいぶん山奥だねぇ」萌がため息をついた。「何着て行けばいいかな。」

 「地名とか、目印になるものとかあるの?」菫が言った。

 「この場所にも名前がついているみたい」優が言った。「鬼のまな板。」

 菫と萌が、顔を見合わせた。

 「まな板みたいな形の大きな岩があるので、この地名がついたって」萌が携帯サイトで調べながら言った。「偶然かな?」

 「これだけじゃない」優が言った。「鬼のまな板、鬼の遠見岩、鬼舞台・・・」

 「知らなかった」菫が言った。「百坂山の近くに、こんな地名があるなんて。」

 「地名」優が言った。声の色が変わっている。「地名だ。なんでそれに気が付かなかったの。」

 優がPCの画面から振り向いて、菫を見た。「前に話したよね。昔、『裂け目』を通って、『狐』と『鬼』が、こちらの世界に来たのなら、今回と同じような事件があったはずだって。何か、記録が残ってないかなって。」

 「新聞記事とか」菫が言った。

 「新聞があるような時代の話じゃないんだ。もっともっと古い時代の話だったんだ」優が言った。声が興奮して、上ずり始めている。「文字もなかったような古い時代の出来事。ただ、人々の記憶と、口伝えだけで残っていく。場所に結びついた記憶は、地名になって残る。口伝えの記録は、昔話や、神話に変わっていく。『鬼』が出てくる昔話と言えば?」優が萌を見た。

 「桃太郎?」萌が言った。

 「そう、桃太郎」優が頷いた。「そしてこの山の名前は?」

 「百坂山」菫が茫然と答えた。「でも、坂が多い山だからついた名前だって、聞いたことあるよ。」

 「昔の出来事の記憶が薄れて、言葉だけが残ると、後の時代の人が、別の意味や別の漢字をあてたりするんだよ」優が言いながら、キーボードをたたいた。画面に、丸い方位板が現れる。漢字が書かれた、古い方位板。

 「鬼は、鬼門と言われる方向から現れる。丑寅の方向、つまり東北。鬼のまな板、鬼の遠見岩、鬼舞台、この地名はみんな、百坂山の東北に固まっている。偶然じゃない、昔からこの近辺が、鬼にとって居心地のいい、巣を作りやすい場所だったんだ。」

 「川の上流から桃が流れてきて、桃太郎が生まれた」菫が呟くように言った。「川から現れた『狐』が、私たちに憑依して、『鬼』と戦う力を手に入れた。」

 「桃太郎は『狐憑き』の戦士だった」優が言った。「そして、桃太郎の家来は?」

 「犬と、猿と、キジ」萌が言った。

 「犬塚町。猿久保。鳥居町」優が言った。「この地名は、裏鬼門、つまり東北の反対側の、西南側に、全て位置している。」

 萌の携帯が鳴った。図書館にいた人の視線が集まって、萌が慌てて外に飛び出していく。

 「この土地全体が、桃太郎伝説の舞台だったっていうの?」菫が言った。

 「偶然じゃないでしょう」優が言った。そして、ほっぺたを、猛烈な勢いで、ぷにぷにつねりだした。「この三つの地名に、何か意味がある。何か。」

 萌が戻ってきた。顔色が変わっている。「美香がまた現れた。」

 「こんな時間に?」菫が言った。もう20時を過ぎている。「『鬼』は夕方にしか出ないんじゃないの?」

 「夜、親は、『繭』を守っている」イブキが言った。「でも、幼体は、勝手に動くのかも。」

 「動くとしたら、餌を探してるんだ」優が言った。

 「急いで」萌が切迫した声で言った。「雄一郎さんが、後を追ったみたい。下手をすると、雄一郎さんが危ない。」


 美香。

 大事な妹。子供の頃から、ずっと俺が守っていた、たった一人の妹。

 守れなかった。

 あいつは、美香の姿を奪った、化け物だ。

 俺の手で、仇を討つ。

 俺が殺す。


 パトカーのサイレンが近づいてきた時に、また、あいつが現れた、と直感した。萌ちゃんに電話を入れてすぐ、コロンに声をかけて、買ったばかりの武器を詰め込んだカバンをひっかけて、家を飛び出した。後ろから、母さんが止める声がしたけど、振り返らなかった。

 サイレンの音に重なって、パン、パン、と、乾いた音がした。銃声だ、と気づいて、血の気が引いた。

 コロンが、リードがちぎれそうな勢いで走る。コロンに引きずられるようにして、走った。

 禊川の土手を駆けのぼると、川岸で、数人の警察官が、銃を構えているのが見えた。その先に、あいつがいた。


 また、パン、パン、と音がして、警察官の手元で花火のように光が散った。土手の側に、数人の野次馬が駆け上がってくるのが見えた。

 あいつが、吠えた。コロンが、ものすごい勢いで吠え返し、土手の後ろの住宅街から、一斉に、無数の犬の吠え声が沸き起こった。

 あいつが、跳んだ。警察官の一人が、突然、だらん、と手をおろした、と思ったら、首がなかった。首から血を噴出させながら、棒のように倒れた。

 他の警察官が、銃を乱射しながら後退する。銃がまるで役に立っていない。鞄から、震える手で、スタンガンと、発煙筒を出した。あいつがまた跳躍して、警察官が一人、ぐしゃ、という音と共に跳ね飛ばされた。

 発煙筒に火をつけて、振った。あいつが、こっちに気づいた。

 じりっと、こちらににじり寄ってくる。

 俺の目の前に、水たまりがある。

 水たまりとの距離を、測りながら、手にしたスタンガンのスイッチを入れた。

 あいつが、跳躍した。

 俺の目の前の水たまりに着地するタイミングで、スタンガンを水たまりに放り込んだ。

 着地と同時に、あいつは絶叫した。こちらに顔を向けた。その顔は、美香の顔だった。

 美香が、吠えていた。獣になって、吠えていた。

 気が付いたら、俺も叫んでいた。何か意味のないことを叫んでいた。

 頬に熱いものが流れた。

 涙だった。


 あいつは硬直したまま、どう、と倒れた。

 スタンガンでは感電するだけだ。とどめを刺さないと。

 鞄から、買ったばかりのサバイバルナイフを取り出そうと、身をかがめた。


 「だめ!」女の子の声がした。

 途端に、あいつが跳ね上がった。

 一回り膨れ上がったような巨大な肉の塊が、近寄ってきた警察官たちをなぎ倒して、俺に向かってきた。

 怒り狂った表情の美香が、俺に向かって突進してきた。


 殺して。美香の声がした。

 お兄ちゃん。お願い。私をちゃんと殺して。


 サバイバルナイフを無茶苦茶に振り回しながら、必死に横に跳んだ。

 ナイフにかすかな手ごたえがあった、と思ったが、すぐに跳ね飛ばされた。

 あいつが、こちらを振り返って、とどめの跳躍のために身構えるのが見えた。

 茶色い塊が、俺の側から跳んで、あいつの顔に跳びかかった。

 あいつは悲鳴を上げて、その塊を振り払った。

 コロンだった。

 地面にたたきつけられて、キャン、と短い悲鳴を上げて、そのまま動かなくなった。


 あいつの顔面に、血が流れた。耳を噛みきられたらしい。

 よろめきながら、それでも殺意をみなぎらせながら、俺に向かって近づいてくる。

 肩の筋肉がぐっと盛り上がって、俺の頭を叩き潰そうと拳を振り上げた。


 その瞬間、キン、と、耳の奥が痛くなるような音がした。

 あいつの動きが止まった。

 あいつの肩から斜めに、血の線がすうっと浮かんだ、と思ったら、その線に沿って、上半身だけがこちらに向かって、ゆっくり倒れ込んできた。

 熱い、悪臭のする血しぶきが、俺の上に降り注いだ。

 血のあとに、切断面から、白い靄のような、糸の塊のようなものが、流れ出してきた。

 空気に触れると縮こまり、急速にしぼみ、カサカサに乾いて砕けていく。

 それと同時に、切断された身体が、小さくしぼんでいく。

 赤黒い鉄のようだった肌が、人の肌の色に戻り、盛り上がっていた筋肉が、小さな少女の身体のそれに戻っていく。


 切断された上半身が、俺の前に横たわっていた。

 人間の上半身が。

 美香の上半身が。

 目をかっと開けて、茫然と、自分に何が起こったのか、全く理解できていない表情を、俺の方に向けていた。


 その顔に触れた。

 温かかった。

 震えながら、その開いた目を、閉じた。


 さよなら。美香。

 俺はそのまま、気を失った。

次回から新たな章、「第三章~遡及~」が始まります。「裂け目」をふさぎ、「釣り合い」を取り戻すために、三人娘が見つけ出した過去の鍵とは?今回大活躍だった優(YUI-METAL)の「眼」の力を借りて、菫(SU-METAL)の「声」が、新たな進化を遂げます。お楽しみに。

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