第二章~増殖~ 第二節:再戦
BABYMETALの三人を主人公に据えた伝奇アクション、三人娘が、「鬼」と再び激突します!
第二節:再戦
「他に、犬塚町で3人、合計8人」萌が言った。
「やっぱりみんな、川沿いで襲われてる」優が言った。
「『鬼』は一度に8個の『卵』を産む、と聞いた」イブキが言った。「これ以上、『繭』は必要ない。あと、出てくるとすれば、自分の餌を取りにくるか、」
「目をつぶされた仕返しか?」萌が言った。
「だからって、こんなんで本当に出てくるの?」菫が言った。同じセリフを10回以上言った気がするが、言わずにはいられない。
「分からない」優が言った。「でも、ただ闇雲に探すよりは、効率がいい。」
「このスカート暑いよね」萌が言った。
「調達したのは萌でしょうが」菫が言った。
3人が歩いているのは、禊川の土手だ。百坂山の八櫛の滝からさらに下ってきた水流が流れ込み、ゆったりとした流れと広い土手を作っている。
その土手に作られた遊歩道を、優を先頭にして、菫と萌が並んで後を追う、三角形を作って歩いている。
遊歩道を走っているジョギングのおじさんたちが、ほぼ全員例外なく、三人をまじまじと眺めながら走り去っていく。
そりゃ注目浴びるよな、と、菫はため息をつく。
「この恰好じゃないとだめなの?」菫は言った。このセリフも、10回以上は言っている。
銀糸が入ってちょっとメタリックに光る黒のタンクトップに、真っ赤なセミロングのスカート、赤い靴、頭には大きな赤いリボン。
「だって、赤がいいんでしょう?」萌が言った。
「赤がいい」優が言った。
「赤って言ったって、色んな赤があるでしょうが」菫が言った。「こんな派手な赤じゃなくてもさ。」
「この赤はいい」イブキが言った。「『鬼』が大好きな色だ。」
「女の子の赤いスカート。サッカーチームのユニフォームの赤。赤い屋根の家。あいつは赤に反応している」優が言った。「この服を着て、この川べりを歩いていれば、あいつが近寄ってくる可能性が上がる」
「赤い靴は危険だよ」萌が歌うように言った。「オニが来るからね」
優が目覚めて、「鬼」の繁殖の可能性を口にした時、千曳が淵の出来事から既に一週間が経過していた。
その間に、「鬼」が起こしたと思われる事件の情報は、萌が集めた。
事件が起こった場所や、事件発生時の状況を聞いた優が、計画を立てた。
百坂山から奥の山中、平坂山系のどこかに、あいつの隠れ家がある。
でも、それを探索するのは時間がかかりすぎる。こちらからおとりになっておびき出す方が早い。
事件は禊川沿いに集中している。現れた「鬼」が水に濡れていた、という証言もある。
多分、やつは、川沿いに移動している。理由はよく分からないが。
土地勘のないこちらの世界で移動するには、川沿いが分かりやすいからだろうか。
被害者に共通する、赤の色について指摘したのも優だった。
菫が萌に、「優ってこんなに頭よかったっけ?」と聞いた時、マドカが、
「それがトンビの『技』だ。」と言った。
トンビの「技」。「眼」。
遠くを見通す能力。
ただ単に、遠くにあるものを見つける力だけではなく、さまざまな出来事から、その裏に起こっていることを瞬時に見抜く能力。
「色んな『技』があるんだなぁ」と菫が感心すると、イブキが、
「『技』自体も変化していくんだ」と言った。
「私の『技』は『声』。『声』でものを切り裂く。でも、まだ小さかった頃は、狙ったものだけを正確に断ち切ることができなかった。『声』の塊をモノにぶつけて、潰すくらいしかできなかった。だんだん上手に、狙ったものをきれいに切断できるようになった。」
「人間にだって『技』はある」マドカが言った。「萌が聞いたら、警察の人が何でもべらべら喋ってくれた。あれも大した『技』だ。」
「大人ってちょろいよね」と萌が言った。「この服も、パパにおねだりしたらすぐ揃えてくれたし。」
「それって、色々問題あるんじゃないかな」菫があきれて言った。
「今日はもう日が暮れる」優が言った。「続きは明日にして、今日はそろそろ帰ろう。あいつの活動時間は夕方に限られている。人目につく昼間は山に隠れて、夕方人を襲って、夜は『繭』の世話をしているんだろう。」
「結構、頭いいんだね、オニさん」萌が言った。
「明日もこの恰好で来るの?」菫がうんざりした声で言った。
「夕方の運動だと思えばいいじゃん」優が言った。
「オニさんこちら、手の鳴る方へ」萌が歌うように言った。
「何か引っかかっているんだ」自転車を押しながら、優が言った。「何か見落としている気がする。」
「トンビにも見えないの?」菫が言った。
「私には何も見えないよ」トンビが言った。「私は優に『技』を与えるだけ。見るのは優自身。」
「イブキが言ったよね」優が言った。「ナギ婆の言葉。『裂け目』を閉じる方法を見つけろ、って。」
「言われたけど」イブキが言った。「方法は知らないって。」
「丸投げですか」萌が言った。
「私たちで見つけるしかない」優が言った。言いながら、左手で、ほっぺたを、ぷにぷにとつねる。考え事をする時の優の癖だ。「ずっと考えているんだけど、どうしても見えない。頭の中で、なんで見えないんだって、誰かに言われている気がする。こんなにはっきり、目の前にあるのに、なんでお前には見えないんだって。」
「逆に言えばさ、答えが目の前にあるんだよね」萌が言った。「何か方法があるってことだね?『裂け目』をふさぐ方法が?」
「まだよく分からないんだけど」ほっぺたをつねりながら、優が言った。「ナギ婆が言ってたんだよね。大昔、『裂け目』を通って、こっちの世界に来た、『狐』と『鬼』がいたって。だったら、こちらの世界で、きっとその二つの生き物が戦ったはずだよね。その記録とか、残ってないかな。」
「そんな派手な事件があったなら、新聞記事とかにもなってるはずだよね」菫が言った。
「図書館に行って、調べてみようかな」優が呟いた。
禊川を渡る阿木橋のたもとで、萌と優にさよならを言って、菫は自転車にまたがった。あんまり遅くなると、ママが心配する。あんなことがあった後だし、今日の外出にだって、いい顔はしなかった。萌と優に会う、と言ったら、それなりに安心した様子だったけど。
「お前たち3人って、不思議と無敵な感じがするんだよな」と、パパが言ったことがある。「1人だけだと、どうも心配なんだけど。」
なんとなく分かる気もした。あの病院で、菫が萌と優に出会ったのは、偶然じゃない、と、パパが言ったことがある。あれは、光姉ちゃんが引き合わせてくれたんだ。自分がいなくなった後でも、菫が一人にならないように、最強の友達を見つけてくれたんだ。
でもな、と、パパは言った。自分たちの力を過信するな。菫たちは強いかもしれないけど、世の中には、人の力ではどうやっても勝てないものがある。そういうものと正面から戦っても、無駄なことだ。
そういう相手と戦わなきゃいけなくなったら、どうすりゃいいの?と菫が聞くと、パパは笑って言った。「なんとかして味方につけるか、逃げるか、あとは、相手を上手にだますかだな。」
「菫!」
イブキの叫び声が頭の中に響く前に、身体が動いていた。走る自転車のサドルを踏み台にして、跳んだ。水に濡れた湿った巨大な手が、自転車を橋の欄干まで吹き飛ばして、ぺしゃんこに叩き潰した。
空中で回転し、欄干に着地しながら、「声」を3発放った。橋の道路に2つ穴が開き、一発は川に当たって巨大な水柱を上げた。敵にダメージを与えた手ごたえはない。だが、敵も簡単には近づけなくなったはずだ。欄干の上に立って、あたりを見渡す。どこにいる?
川沿いの街灯の明かりが水面に映っている。夕暮れ時とはいえ、街中は明るい。あの巨大な化け物が、身を隠すような場所はないはずだ。どこに消えた?
「橋の裏だ!」イブキが叫ぶのと同時に、欄干から跳んだ。菫が立っていた欄干を、橋の裏から延びてきた青光りする腕が一閃し、コンクリートの破片が飛び散る。その腕に向かって、「声」を放ったが、「鬼」が避ける方が早かった。欄干の頭がすっぱり切り取られて、川面に落ちていく。反対側の欄干を踏み台に、そのまま、川の中州に向かって跳ぶ。視界の端で、「鬼」が橋から飛び降りるのが見えた。激しい水しぶきが上がった。中州に立って、振り返る。
橋を背にして、「鬼」が立っていた。太ももあたりまで川の流れが洗っている。こいつの全身を見るのは初めてだな、と、菫は冷めた頭で考えた。でかいな。でかすぎる。
「繁殖期で巨大化している」イブキが張りつめた声で言った。「『ご聖所』にいた他の『鬼』たちの倍はある。」
血走った片目で、じっと菫を見据えている。戦士の目だ。菫の体中の血が熱くなった。お互いに必殺の一撃の間合いを測っている。次の瞬間、どちらかの命が、この世から消えてなくなる。
「鬼」の上半身の筋肉が、ぐっと緊張した。跳躍の気配を感じると同時に、裂帛の気合いで、「声」を、「鬼」の首筋に向かって放った。勝った、と思った。一瞬、こちらの間合いが早かった、と見えた。
「鬼」は、跳ばなかった。「声」を避けようともしなかった。ただ、満身の力で、両腕を水面にたたきつけた。「鬼」の前で水が爆発したように見えた。分厚い水しぶきのカーテンが、菫の「声」の波動を呑み込むのが見えた。水の盾で、「声」が完璧に封じられた。やられた、と思った瞬間、水の壁をぶち破って、巨大な青い拳が襲ってきた。負けた。こいつ、この短期間に、「声」への防御策を考えていたんだ。闘う場所に川を選んだのも、このためだったのか。こいつはただの獣じゃない。知恵も経験もはるかにイブキを凌駕している。本物の戦士だ。
全てがスローモーションのようにくっきり見えた。視界を覆い尽くすような巨大な拳。片目を潰された怒りが、指の一つ一つの筋肉の隅々にまでみなぎっている。この拳に殴られたら、私なんかボロ雑巾みたいにぐしゃぐしゃになるだろうな。パパ、こいつを味方にすることなんか不可能なんだから、私は逃げるべきだったのかな。他に何か方法があったのかな。
横殴りの衝撃がきて、気が遠くなった。ふわり、と体が高く高く飛んで、「鬼」の拳が、自分の足元をかすめていくのが見えた。周りに水しぶきがあがって、自分が川に着地した、と分かった。
「オニさんこちら、手の鳴る方へ、ってね!」橋の上から、萌の雄叫びがした。
「菫、大丈夫?」耳元で優の声がする。それに答えるより先に、すかさず立ち上がって、「声」を放った。「鬼」がかろうじてその波動を避けた。橋の上の萌の手元から、何か光るものが、きら、きら、と飛んで、「鬼」の腕から血しぶきがあがった。「鬼」が吠える。再度「声」を放ったが、ぎりぎりで躱された。低いうなり声をあげて、「鬼」が跳躍した。そのまま、川の上流に向かって、姿を消した。
「菫、かっこよかった!」萌が橋から跳んできて、菫に抱きついた。「正義のヒーローの決闘シーンみたいだった!」
「あんたたち、私をおとりにしたね?」菫は言った。
「あ、ばれた?」萌が舌を出した。
「ごめん」優が言った。「私たちをつけてくる気配が見えた。すぐに襲ってこなかったから、一人ずつ襲うつもりだと分かった。」
「強い相手と戦うには、逃げるか、だますか」菫は呟いた。「だからって、私までだますことはないでしょうが。」
「菫は正直だから、あいつにばれると思って」優が言った。
「正しいな」少し考えて、菫は言った。「あいつは隙がない。多分気づかれてただろう。」
「あいつ、強いね」萌が目をキラキラさせながら言った。
「菫に集中してた癖に、私たちの攻撃を間一髪で躱した。手練れだ。」マドカが言った。
「そういえば、何を投げたの?」菫が言った。
「菫の自転車のスポーク」萌が言った。「首筋の急所狙ったんだけど。」
「あ、自転車壊れちゃったんだ」菫が言った。「ママになんて言おう。」
「盗まれた、と言えばいい」優が言った。「送っていってあげるよ。」
「強い相手は、味方にするか、だますか」イブキが呟いた。「菫のママも強いからなぁ。」
「第二章 第三節:孵化」に続きます。「鬼」の増殖が進む中、三人娘はどんな戦いを見せるのか、お楽しみに!