第二章~増殖~ 第一節:拡大
BABYMETALの三人を主人公に据えた伝奇アクション、第二話です。ここからは、章単位ではなく、節単位で連載していきます。
第二章~増殖~
第一節:拡大
<猿久保3丁目、加藤雄一郎(21歳)>
美香は、4つ下の妹です。
僕は東京の大学に通ってます。今は、夏休みで帰省中でした。
熊のニュース?知りませんでした。
知ってたら、二人で出かけなかったかな。
そんなことないと思う。
あんなことが起こるなんて、誰が想像できますか?
久しぶりの帰省だったし、美香が、親には相談できないこと、色々話したいっていうから、二人して、犬の散歩に出たんです。
大学進学のことです。美香が東京に出てしまったら、両親二人だけになってしまうし・・・そういう心配ごとです。
そうですね。仲のいい兄妹でした。結構なんでも話ができて。
僕、過去形で言ってますね。
百坂山を背に、禊川を下っていく方向に歩いてました。夕焼けが正面に見えたから。
いつもの、犬の散歩ルートです。
犬は、僕が連れていました。ミニチュアダックスフンド。
僕が先に立って、土手を下りて、街に戻ろうとしたんです。
美香はまだ土手の上に立って、ちょっと夕焼けを見ていた。
きれいな夕焼けでした。
犬が狂ったように吠えはじめた、と思ったら、大きな地響きと、水音がした。
川の上流の方からでした。いえ、遠くから近づいてくるような音じゃない。
近くまで音を立てずに忍び寄ってきて、突然跳びかかってきたんだと思います。
土手の上の美香の姿が、一瞬で消えました。
悲鳴を上げる暇もなかった。
美香の立っていたところに、あいつが立ってました。
犬はぎゃんぎゃん吠えていました。
あいつは、美香を腕に抱えたまま、ちょっと上を見上げて、僕の犬を見て、歯をむき出して唸った。
そして、一瞬で姿を消した。
美香は、気を失っていたようでした。
いえ、血を流したりしてません。
まだ生きていたと思います。
服装ですか?
黒のタンクトップに、赤いセミロングのスカート、靴も赤かったと思います。
お巡りさん。
あいつは、なんで、僕を襲わなかったんですか?
なんであいつは、美香を選んだんですか?
一緒に並んで、川べり歩いてたんですよ?
食い物にするんなら、僕の方が大きいじゃないですか?
なにも、ちっこい美香の方を選ぶことないじゃないですか?
美香は、ちっこくて、泣き虫で、臆病で、いつも僕の後ろについてきた。
僕と一緒だと安心だからって。
あの時だって、お兄ちゃん、一緒に行こうって、子供の時みたいに、無邪気に。
僕は、何もできなかった。
美香を守ってやれなかった。
<鳥居町2丁目、春日文恵(45歳)>
山で人が熊に襲われたっていうニュースは聞いてました。
聞いてたけど、あの日、あの音を聞いた時、頭の中で、熊の話とは全然結びつかなかった。
あの音を聞いて、熊と結びつける人はいないと思います。
熊じゃない。あんな熊がいるわけないじゃないですか。
最初、ガス爆発かな、と思いました。
夕方の食事時でしたから、どこかの家で、ガスコンロが爆発したのかな、と。
そんなことじゃない、もっと大変なことらしい、と思って、何かが落ちてきたのか、と思ったんです。
飛行機の部品とか、隕石とか。
とにかく、ばりばりばりって、ものすごい音でした。
うちの家が振動するくらいの凄まじい音。
実際、あれは、屋根を突き破って侵入してきたんですよね。翌朝、壊れた屋根を見ましたから。
赤い屋根に、車が飛び込んだくらいの大きな穴があいてた。
あまりすごい音だったから、ちょっと腰が抜けてね。
身動き取れないでいたら、隣の家から、悲鳴が聞こえたんです。
奥さんの悲鳴、旦那さんの叫び声。
お隣には、息子さんが二人いらっしゃったんです。
上が大学生で、下が高校生だったと思います。
4人とも、ご在宅だったと思います。息子さんたちの叫び声もしましたから。
人の声にかぶさって、何か大きなものが暴れている音がしたんです。
色んなものが壊れる音。
割れる音や、大きな家具が倒れたり、扉が壊れたりするような。
外に出る勇気は出なかったです。家の中で震えてるしかありませんでした。
夫もまだ帰宅していないし、子供も塾で、私一人しか、家にいなかったし。
怖くて・・・ただ怖くて。
恐ろしいことが起こっていたのに、私は本当に、何の役にも立たなかった。
叫び声というか、何か獣じみた音がして、ちょっと静かになったんです。
怖かったけど、何が起こったのか、確かめないと、という気持ちが勝って。
隣の家が見える窓のカーテンを少しだけ開いて、外を窺ってみました。
全身ががくがく震えていたのに、好奇心って、恐怖を上回るんですね。
お隣の家の、リビングの窓が見えました。
灯りがついていたけど、カーテンが閉まっていたので、中の様子は分かりませんでした。
カーテンに、変な模様がついている、と思いました。
見慣れたカーテンと違っている、と、まず、そう思いました。
それが、カーテン全体を覆うような、大量の血を浴びた痕だ、と気が付いて、全身の震えが止まらなくなって。
立っていられなくなって、その場に座り込みそうになった時です。
窓が、窓枠ごと内側から吹き飛んで、巨大な影が家の中から飛び出してきました。
人の形をしていました。でも、人じゃない。
動物園で見た、象くらいの大きさのように見えました。
腕の中に、2人の人を抱えていました。
いえ、動いていませんでした。生きているか死んでいるか、分かりません。
本当に一瞬のことでしたから。
そしてそのまま、夕闇の中に消えていきました。
旦那さんと奥さんは、家の中で見つかったんでしょう?
だったら、あれは二人の息子さんですね。
大人はすぐに殺して、若い子だけ、さらっていったんですね。
熊のやることだと思いますか?
熊が、大人と若者を見分けますか?
あれは熊じゃない。もっと、もっと、凶暴で、もっと、もっと・・・
人に近いものです。
<犬塚町1丁目、橋本慶(17歳)>
部活の帰り道でした。
僕ら5人は、家が同じ方向なんで、いつも一緒に帰るんです。
多少だべったりするけど、時間が時間なので、腹減ってるから、あんまり寄り道とかしないで、真っ直ぐ帰ります。
19時ちょっと前だったと思います。夕焼けが綺麗だったの覚えてる。
夏休みの部活なんで、みんなユニフォーム姿でした。
うちの高校のチームのユニフォーム。赤いユニフォームです。
僕はゴールキーパーなんで、黒なんだけど。
みんなで自転車こいでて、僕がちょっと自販機でジュース買おうって、自転車止めて。
ついでにみんなの分も買ってやるよって話をして、みんなで自転車止めて。
みんなは、川べりにいました。
何の話してたか覚えてません。
覚えてられないような無駄話だったと思います。
自販機にお金入れて、ジュースがガタンって出てきて、それを取り出そうとしゃがみこんだ時に、生暖かい風がびゅんって吹いてきた。
ぎゃー、とか、わー、とか、声がしたと思います。
よく覚えていない。
自転車が倒れるガシャンって音がして、全部、一瞬でした。
振り返ったら、あれがいたんです。
口から、サッカーシューズ履いた足が二本突き出てました。
ごふ、って音がして、その足が、口の中に消えた。
両腕に、二人、抱えてた。背番号で分かりました。健介と、武志。
二人とも動きませんでした。生きてるか死んでるか、分かりません。
あいつの足元に、和樹が倒れてた。
身体が変な風にねじれてて、口から血を噴いて。
一目で、死んでるって分かった。
あいつは、僕の方を見て、一瞬止まった。
近寄ろうかどうしようか、殺そうかどうしようか、一瞬迷ったみたいだった。
その時、車のヘッドライトが、あいつを照らした。
あいつは、跳んだ。
一瞬で見えなくなりました。
バッタか何かが、一瞬で視界から消えるみたいに。
青光りする、学校で習った青銅器みたいな肌の色をしていました。
全身が水に濡れて、ヘッドライトの光の中で、てらてら光っていました。
大きさは・・・大型のトラックとか、ブルドーザーくらいに見えた。
何に似てるって言われれば・・・
一番似てるのは・・・
「鬼」です。
子供の頃読んだ、桃太郎の絵本に出てきた。鬼が島の「鬼」です。
「鬼」が、和樹を殺して、光男を食った。
健介と武志をさらった。
どこに連れて行ったんでしょう?
健介と武志は、生きてるんでしょうか?
僕はなんであの時、自転車を止めたんでしょう?
ジュースなんか買わないで、そのまま家に帰ってれば、みんな襲われないですんだんでしょうか?
みんな生きてたんでしょうか?
あそこで、みんなで自転車とめて、ぐだぐだくっちゃべってなかったら。
僕が、ジュースを買おうって言ったから。
僕のせいで、みんな死んだ。
お巡りさん。
健介と、武志を見つけてください。
二人を助けてください。
お願いします。
今回、三人娘は出てきませんでしたが、次回からは三人娘がフル活躍します。乞うご期待!