第1章 プロローグ
宇宙では二つの勢力が戦争中であった。
戦争をしている勢力は、現在発見されている中で最大規模を誇る『宇宙連邦』という国を中心とした『世界連合』。
そしてもう一つの勢力は、3年前にとある事件を機に"復活"した破壊と混沌を目的とし、世界全てを乗っ取ろうとする特殊な生命体『ヴァルカ』が率いる『ヴァルカ軍』。
宇宙ではこの二大勢力の戦いで真っ最中であった。
今回はその戦争…通称『第二次ヴァルカ大戦』の一つの戦場となった一つの惑星。『ヴァルカ軍支配惑星No.833』での調査及び戦闘の話である。
ヴァルカ軍支配惑星No.833上空。
宇宙連邦軍第三艦隊所属の小型ステルス宇宙船が一隻惑星のとある島国の上空を飛行していた。
「マスラ准将。時間です」
と、一人の宇宙連邦軍人の中尉が椅子に座っている黒いローブ姿の男に声をかけた。
「ん?ほほぅ、ようやくですかぁ~」
と、なんとも気の抜けた感じで答えたそのローブ姿の男。"マスラ"と呼ばれた人物は椅子から立ち上がる。
マスラは黒いローブという怪しさ満点の格好だ。だが、よく見るとそのローブには宇宙連邦軍人と分かる階級やロゴが付いている。驚いたことに怪しさ満点のそのローブは制服の一つとして宇宙連邦軍に認められているものであった。
「それでは、行ってきますねぇ~」
マスラはそのまま宇宙船の扉をガラッと開けた。
かなりの高度を飛んでいたが、気圧などが下がり船内に影響は出なかった。船には環境維持のシールドが施されていたからだ。
「では、お気を付けて」
中尉がそう言って敬礼をすると、
「は~い」
と、マスラは敬礼を返したまま船から飛び降りてしまった。
それを見送った中尉はポツリと、
「Sランクの戦闘員…マスラ准将か…」
と、呟き、宇宙船の扉を閉めたのであった。
特殊な部隊に所属するは悪名高き存在として宇宙連邦軍内に知れ渡っているマスラ准将。
中尉はこの惑星833に起こる悲劇を想像しながら哀れみの表情で下を見下ろしていた。
数日後。
―ヤマタイ共和国フソウ県。マルカワ軍需品研究所―
「貴方が新しい所長さん?」
そう言って元気良く所長室の扉を開けた少女は、目に入った見知らぬ人物を早速ターゲットにして突撃をした。
「ん?君は…」
本棚の所で本を立ち読みしていたまだ20台後半と思わしき白衣を着て眼鏡をかけた青年は少女の方を振り向き不思議そうな顔をする。
青年は一目見ると好青年という感じであった。
頭も良さそうに見える。
「初めまして!私『モチダ・マミ』17歳。高校生です!貴方は?」
と、目の前の少女マミは、元気良く自己紹介をした。
マミは綺麗な栗毛色の長い髪をポニーテールにまとめている。
「モチダ…。すると貴方は?」
青年にはこの名前に聞き覚えがあった。
確かこの研究所の技術を高く買ってくれるこの国の軍の大佐の苗字と一緒だ。
モチダ大佐はこの研究所の研究成果を買ってくれる責任者だ。
「はい。モチダ大佐は私の父です!」
「(やっぱり)」
青年は予想が当たり、入り口に控えている若い女性スタッフに視線で合図を送る。
女性スタッフは頭を下げて入り口から離れていった。
「ねぇねぇ、貴方のお名前は?」
少女はしつこく聞いてくる。
それに対し青年は、
「私の名前は『マスラ・フラッグ』と申します」
と、自身の名前を答えた。
「え?海外の人なの??」
マミはマスラの名前に驚く。
「ハーフですよ。母がアメランス王国人なんです」
「へ~…」
マミはマスラの言葉に納得したようだった。
マミやこの国ヤマタイ共和国の人種の殆どは黄色人種で髪は黒く瞳も黒い。
しかし、マスラは髪は黒いが瞳は青い。骨格はヤマタイ人っぽいが、肌の色は室内で働く研究者と考えたとしても、異常な程白かった。
マスラの肌が異常に白いのは、白人種が多く住む国アメランス王国人のハーフだからであるとマミは考えた。
「それで…モチダ様のお嬢様が、本日はどのようなご用件で?あぁ、どうぞお座り下さい。丁度お茶が入ったようですし」
マスラは読んでいた本を閉じて本棚へとしまい、マミを客人用の黒皮の椅子へと案内する。
お茶は先ほどマスラが目で合図を送った女性スタッフが準備をしたようだ。
女性スタッフはお茶を並び終えると再び部屋から出ていた。
「あ。ありがとう!」
マミはお茶よりも一緒に置かれている超高級菓子に目が行ったようだ。
物凄い勢いで座ってお茶を始めている。
マスラはマミの正面へと座り、お茶を一口飲む。マミがお菓子を口の中から胃の中に入れた事を確認した後、
「それで、ご用件は?」
と、聞いた。
「うんうん。実は前の所長さんの『エンドウ』さんにお願いしてあったものだったんだけど、指紋を取るための道具とパソコンで使える解析ソフトを貰いたいの!」
そう言ってきた。
明らかに備品の横流しである。いや、その前に何故そんなものがこの研究所にあるという事実がマスラにとっては驚きだ。
だが、この施設の運営に関してモチダ家のご令嬢のご機嫌取りのためには必要な事なのだろう。
「あぁ…あの件ね…。本当だったんだ…」
と、マスラは驚いている。その後、
「うん。前所長さんからは話は聞いているし、準備はしてあるけど…。いったい何をする気なんですか?」
マスラは興味本位で聞いてみる。
「ん?あ、うん。実は私が通っている学校の女子ロッカーで盗難事件が多発しているの。それで犯人を捜そうとして指紋を調べるセットを貰おうと思っているんだ!」
と、マミは説明を始めた。
「ちょっと待って下さい。え?指紋を取るって…。確かに女子のロッカーの指紋を採取する事は可能かもしれませんが、その後どうやって犯人の指紋を採取していく予定なのですか!?」
そう驚いた表情でマスラは言った。
「え?…まずは教室の指紋を取って、当てはまった場合はその教室の生徒達の指紋を…」
「いったい何十人…いや何百人分調べる予定なんですか?効率悪すぎません?時間がかかりすぎて学業に支障をきたしそうなんですが…」
マミの返答にあきれた表情をするマスラ。
「だって!それ以外の調べ方なんてわかんないもん!」
「そういうのは警察の役目だと思うのですが…」
「学校が大事にしたくないって警察を呼ばないの!だから私達でやるしかないじゃん!」
どうやらマミが所属する学校は自身の身を守ることが優先らしい。
だからといってとてつもなく効率が悪い調べ方である。
別に自分達研究所の所員がやるわけではないので問題はないが…。
マスラが迷っていると、
「なにか他にいい方法があるんですか!?」
と、マミが聞いてきた。
「いい方法…ですか?」
「だって、この方法は時間がかかるんでしょ?」
マミはそう言って睨んできた。
マスラは少し焦る。
まずい。機嫌を損ねた?と。
軍との取引にどの程度影響があるかは分からないが、少なくともいい影響は出ないだろう。そう判断したマスラは、
「では、ビデオカメラをセットしてみてはいかがでしょう?」
と、言い出した。
「えぇぇ!?そ、それは…犯罪じゃないの!?」
今度はマミが驚く番であった。
「確かに犯罪ですね。ただし、"たまたま携帯のビデオ撮影"が起動していただけ。というのであれば問題にはならないのでは?」
「いや、問題でしょう!?」
マスラの回答を素早く否定するマミ。
「ですが、いちいち指紋を採取して回るよりこちらの方が手っ取り早いと思いますよ?」
「う、う~ん」
マミはしかめっ面をして悩んでいる。
「まぁ、どちらにするのかはご自由にどうぞ。ただし、ビデオ撮影をしていたのが見つかったからと言って私のせいにはしないで下さいね?」
マスラはそう言ってにこやかに笑った。
「うぅぅ…。今度の所長さんは性格が悪い!」
そう言ってマミは部屋を出て行ってしまった。
「(おや?怒らせてしまったかな?)」
マスラは彼女のご機嫌取りに行った行動が結果として悪い方向にいってしまったことを不思議に感じ、失敗してしまった事を残念に思った。