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偽善者たちの懺悔

 戦いからしばらく経ち、アヴリルは結婚の準備に追われていた。

「忙しいけれど、ハンターの仕事に比べればずっとましよ」

これがアヴリルの口癖だった。


 婚礼の宴を明日に控えた夜、アヴリルは隣に横たわる王に訪ねた。

「もう貴方とこうしていることは出来ないと思っていたわ。どうして弱っていたはずの貴方が生き返ったのかしら。奇跡だわ」

「奇跡、な」

 王は含み笑いし、アヴリルは首をかしげた。

「奇跡の種明かしなど野暮だが、特別に教えてやろう」

 そして王は語り始めた。

「エリザを失ったあの日から、私は自分の不甲斐なさを責めた。そして密かに期を伺っていたのだ。私は彼らの計画にのったふりをしてお前と契約し、叔父を油断させようとした。叔父の謀反はもう時間の問題だったからな。大体、こうも都合よくハーフのハンターが現れるなど、どうかしている」

 アヴリルは目を見開いた。

「最初から知っていたのね」

「ああ。あの日、叔父が私に手を出した所を押さえるはずだった。私がお前と二人きりになると、案の定叔父はつけてきた。叔父が私を狙った銃弾を心臓からわずかにそらすところまでは完璧だった」

 王はアヴリルを見つめた。

「しかし大きな誤算があったんだ。叔父がお前を手にかけようとしたとき、考えるより先に、体が動いて庇っていた。情に流されていたのは私の方だ。呪文の方は案外傷が深くてね。しばらく動けなくなってしまった」

 王の笑顔にはいつもの気弱そうな面影はなく、この陰謀渦巻く世界で生きぬいて来たものの風格があった。茶色の瞳には朱い光がゆらめき、アヴリルを試すように射ぬいている。アヴリルはこの美しく危険な吸血鬼から逃れられないことを悟った。

「どちらにせよ、血の匂いのする所に引き寄せられるのが宿命みたいね。教主様が吸血鬼に変わっただけ、というところかしら」

 アヴリルは王を見据えて口の端を釣り上げた。

「でも、いいわ。退屈しなさそうだもの」

 

 宴の日。即位の式と結婚の儀式は案外簡単な物だった。特別に仕立てられたドレスを身に纏い美しく装ったアヴリルに、センメルは声をかけた。

「アヴリル様、今日もお麗しい。遠くからでも思わず見惚れてしまいました。こんな堅物の兄上が嫌になったらすぐおっしゃってください。いつでも私はお待ちしております」

 王はセンメルを軽く睨むとアヴリルに言った。

「今日は見違えるほど美しいな。そのドレス、良く似合っている」

「いつもは動きやすさ重視の地味な格好だもの、仕方ないわよ」

 アヴリルは頬を膨らませ、センメルは、やれやれといった顔で首を振った。

「そうむくれるな。お前が美しくないなどと思ったことは、初めて会った時から一度もない」

 アヴリルは頬を赤らめた。


 驚いたことに、結婚の儀式は人間とほとんど変わらなかった。違うのは、愛を誓うのが神ではなくお互いの魂であることだけだ。

「それにしても、口付けとは不思議な儀式だな。吸血となんら代わりのないことをわざわざするとは初代王も物好きだ」

「人間の奥さまに合わせてあげたんだと思うわ。素敵じゃない。ロマンチストだったのね」

 そんな夢の欠片もない会話を密かに交わしていたアヴリルたちだったが、壇上に上りアヴリルに口付けた後、王は耳元でこうささやいた。

「一度しか言わない。私の本当の名前は、――だ」

 それは彼らにとって最上級の愛の言葉だ、とアヴリルは知っている。

「しっかり聞いたわ。銀の銃も毎日磨いてるのよ。もし浮気なんかしたら、すぐに始末してあげる」

 アヴリルは満面の笑みを浮かべた。


 格式高い式の最中も、センメルは女性と見るや声をかけていた。

「お前の献身のお陰で今の私がある。礼を言おう」

 王はセンメルに杯を掲げた。

「これからは狩りが大変だと思うけれど、頑張ってね」

「何だと?」

「『ハーフ』の血は魔力を高めるといってセンメルは時々私の血を吸っていたもの。さすがにこれからは良くないわよね、そういうのは」

「うわ、ちょっと奥方、そんなこと今言わなくてもいいでしょう!」

「センメル、いい度胸だな。後で私の部屋に来い」

「そんな、兄上。ほんの出来心です!」

 夜の世界の住人である彼らの宴は夜通し続く。


 

 大本院にある教主の書斎に、朝日が差し込んできた。

「もうこんな時間か」

 司祭服の男は忙しく本を捲っていた手を止めた。

「教主様、お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。入ってくれ。君にも徹夜につきあわせてしまって、すまないね」

 教主は礼服の男から飲み物を受け取ると、柔らかい笑みを浮かべた。

「教主様、奴等を滅ぼせず、この度は残念な結果になりましたな」

 従者は肩を落としたが、教主は励ますように言った。

「いや、最高の結果、という訳ではないが事態はそう悪くないよ」

「は、どういうことでしょうか」

 従者は眉をひそめた。

「危険分子を誘きだして始末できただろう?」

「ヘンリー卿が自滅してくれたのは、確かに大きな成果ですな」

 従者は頷いた。

「ああ。これで私もエリザにやっと顔向けが出来る」

 教主はほんの一瞬、悲哀とも諦めともつかないため息をついた。しかしちょうどその時上り始めた太陽を雲が遮り、従者にはその表情は見えなかった。

「そして今度の王は人間に甘い上、王妃は吸血鬼と人間のハーフ。先代王の弟を仕留めるほどの女傑だ」

 従者はまだ納得していないようだった。

「では、その女が脅威となりえますな」

 従者が息巻いて、教主はたしなめた。

「こういうものは焦っては事を仕損じる。よく覚えておきなさい」

「そんな悠長なことを言っていてよろしいのですか? ハーフと契約した王の力は増大しているのでしょう?」

「ああ、それは気にする必要はないよ。アヴリル君を殺さずに手元に置いてもらうために言ったまでの事。ハーフは珍しいからね。前例のないことは私には分からない。神のみぞ知る、だよ」

 そして教主は紅茶をすすり、目を細めた。

「エリザの面影をあの娘に重ねている限り、王は人間を手にかけることをしないだろう。ああ、愛は偉大なるかな」

 教主は慈悲深く微笑んでいたが、従者はその笑みに底知れぬものを感じ、背筋が寒くなった。


 小高い丘に建つ礼拝堂の鐘が鳴り響き、街はいつもと変わらない朝を迎えようとしていた。


 

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