ヴァンパイア・コントラクト
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アヴリルは身構えた。
「ハーフの分際で私に勝てるはずがない。私を手こずらせた分、楽には殺してやらぬ」
ヘンリー卿はそう言い終えると、一瞬でアヴリルの間合いに入った。
(速い!)
防御結界を張るが、ヘンリー卿の猛攻は止まらなかった。
「お前の攻撃の仕方など数手先まで読めておる。結界を張らなければ呪文の準備すら出来ぬだろう。私が城に呼んだ魔物を姑息に倒すのを見ていたからな」
「やはりあなたが手引きしていたのね」
破れた結界から呪文の矢がアヴリルの肌を切り裂き、血が流れ落ちる。じわじわといたぶるような攻撃に、アヴリルは消耗し、防戦一方となった。とうとう壁際に追い詰められたアヴリルは、銃を懐から取り出した。
しかし、血を失いすぎたのか、目が霞んで手元が狂い取り落してしまった。ヘンリー卿は悠々とアヴリルに近寄ると、彼女の首に手をかけ、あざけるように口にした。
「お前の王は逃げたようだぞ?」
礼拝堂から教主の姿は消えていた。
「駒同士でつぶし合わせようという魂胆か。人間など信じてもろくなことは無い」
「ええ、そうみたいね」
アヴリルは気丈に笑みを見せた。ヘンリー卿はアヴリルの顎を持ち上げ、舐めるように見た。
「こうして見れば、中々悪くないな」
そして舌でアヴリルの血をすくいながら言った。
「教主はお前を見捨てた。もう戦う理由もあるまい。私の側につけ。甥を始末したら私と契約するのだ。そうすれば慰み者くらいにはしてやる」
アヴリルはヘンリー卿を睨みつけた。
「結構よ。」
「ほう、残念ながら頭の方はあまり良くないようだな。まあいい、私にハーフとの契約など必要ないな」
黒髪の吸血鬼は、アヴリルの首にかけた手に力をこめた。
「お前をゆっくりくびり殺した後、馬鹿な甥の元へ向かうとするか。お前の死体は手土産にちょうどよいだろう」
アヴリルの意識は遠のきそうになった。
(一瞬でいい、隙を作ることができれば)
「私が貴方を倒しても、貴方が私を倒しても、貴方に未来は無い。私の勝ちね」
「何だと?」
「私を殺せば、魔力の流失が止まり、王は復活する。それでも私を殺すというなら、どうぞご自由に」
「私をかどわかすか。小娘の分際で」
戦場では一瞬の迷いが命取りになる。アヴリルの言葉にヘンリー卿は一瞬戸惑い、アヴリルの首にかけた手がゆるんだ。その隙をアヴリルは見逃さなかった。手を振り払い、落ちていた銃を拾い上げる。鍛え上げたハンターが放った弾は、まっすぐに心臓を貫き、ヘンリー卿は倒れた。アヴリルが銃を構えたまま近寄ると、黒髪の吸血鬼は目を開けた。
「不満を持つ者は私だけではない。今私を倒しても、いつかまた誰かが謀反をおこすだろう。所詮お前に安息の日々など来ない」
「そうね、ハンターなんて因果な商売だけれど」
アヴリルはふっと息をついた。
「仕える王くらいは自分で選ぶことにするわ」
アヴリルは休む間もなく、痛む体に鞭打って城に馬を飛ばした。
(お願い、私が帰るまでどうにか持ちこたえて)
その頃、城の屋上にある王の寝室で、センメルは寝ずの番を続けていた。寝台の上の王が身動ぎし、センメルははっと起き上がった。すぐさま王のもとに駆け寄る。
「兄上! お目覚めになったのですね!」
「ああ。心配をかけたな」
そして王は辺りを見回した。
「アヴリルは? あの娘はどこに行った?」
センメルは事の顛末を王に報告した。王は起き上がる。
「いけません、兄上。何処へ行かれるのです」
「しかし」
その時、寝室の外が騒がしくなった。
「部屋に入れて」
「だめだ、誰も入れるなと言うご命令だ」
アヴリルの声だった。
「アヴリルか? 通せ」
王が命令すると、アヴリルが部屋に入ってきた。満身創痍のアヴリルを見て、センメルは驚いたようだった。
「良かった、間に合った」
アヴリルは王の元に近寄った。最後の仕事が残っている。
「ヘンリー卿を始末して来たわ。あとは貴方だけよ」
そういうと、王の心臓の真上に銃を突きつけた。
「やめろ、アヴリル、一体どういうつもりだ」
センメルが叫んだ。王は首を振ってセンメルを制した。
「吸血鬼って本当に危険だわ、私も危うく情に流されるところだったもの。ハンター失格ね。何か、言い残すことがあれば聞いてあげてもいいわよ」
そう言い終わると、ゆっくりと銃の撃鉄を起こし、引き金に指をかけたが、王は動じなかった。
「構わない。早く引き金を引け。ためらうのなら、私が手をかしてやる」
王はアヴリルの指に自ら手を添えて、引き金を引いた。
「兄上!」
しかし、何も起こらなかった。
「やはり弾は空か。お前も嘘が下手だな。どうしてこんなことを?」
アヴリルの手から銃が落ちた。事の顛末を話すと、王は言った。
「案ずるな、この程度の事で私は死なない」
「でも、私のせいであなたは……」
「そうか、それなら償いをしてもらわねば」
王は底知れない笑みを浮かべた。
「一生、私に仕えろ。いいな?」