呪われた一族
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改稿で文章に大きく変更あります。
ある夜、アヴリルは退屈しのぎに城の中を散策していた。
(豪華なものね)
廊下にはいくつもの肖像画がかかり、シャンデリアの明かりにぼんやりと照らされている。年期が入り、色がくすんでいるものも多かった。その中に一つ新しい肖像画を見つけた。エリザ=ミカエリスと書かれている。近寄ったアヴリルは、驚いた。こちらを凛と見つめている女はアヴリルに瓜二つだったのだ。
その時、廊下の向こうから声が聞こえ、アヴリルは足を止めた。何やら言い争っているようだ。
「陛下。えらくあの小娘にご執心と聞きましたぞ」
黒髪でひげを蓄えた男が低い声で言った。やはり吸血鬼なのだろうか、人間ではあり得ないような白い肌が闇の中で浮かび上がる。
「お言葉ですがヘンリー叔父上。私は執心してなどおりません。獲物を見張るのは当然のことです」
「そのようなことは臣下の者にでも任せておけばよいのです。もうお忘れになったのですか? あの娘も半分は人間。いつ裏切るとも知れぬ者を手元に置くとはどういうご了見です」
「それは」
王が言い淀む。
「まあまあ、叔父上。陛下が女に興味を持たれるのは喜ばしいことです」
センメルはとりなした。
「それに、エリザを取り逃がしたことについては貴方にも責任の一端がある。まさかお忘れとは言わせませんよ」
「さて、何の事だか」
アヴリルは隠れるように自室へ戻った。コーヒーを飲みながら頭の中を整理してみる。王位争いをしている若き王は「ハーフ」と契約すると力が強まるという話を教主から偶然漏れ聞く。すると狩りの最中に偶然ハーフのアヴリルに出会い、捕えて連れ帰り契約を交わす。そのとたん、まるで待ち構えていたかのように魔物がアヴリルたちを襲う。果たして本当に全ては「偶然」なのだろうか。
(少し調べてみる価値はありそうね)
ハンターの戦いは先手必勝だ。すぐさまアヴリルは単身、ハンターの本拠地である大本院へと向かった。真夜中の本院に忍び込むのはおかしな気分だったが、間取りは完璧に頭に入っている。
「歓迎されない客であることは間違いないわね」
周囲に警戒しながら歩を進めて行く。しかし、あっけなく侵入は成功した。人気のない礼拝堂に入ると、パタン、とドアが閉まる。アヴリルは身構えた。
「アヴリル、久しぶりだね」
その男は悠々と現れた。礼服を身にまとい、底知れない笑顔を向ける男は、教主だった。
「教主様自らお出迎えとは、恐れ入ります」
アヴリルは身がまえた。
「いやいや、君には重要な任務を任せてしまっているからね、指示が遅くなってしまっって申し訳ない」
「任務、といいますと?」
「君のような『ハーフ』は珍しい。もしかしたらもう知っているかもしれないが、君が彼らに魂を渡す契約をすることで強くなる、という噂を流したのは私だ」
「私が彼らと契約するのも、全て教主様が仕組んだことだったのですか? 何故こんなことを」
「落ち着いて聞いてくれ、アヴリル。実際は逆だ。君と契約すると奴らの魔力は君に逆流する。王の力は弱まるはずだ」
「しかし、王自身が魔力の増大を実感しているようですが」
「狩りが好調だと言っていたかい? それはね、ただの偶然だよ、アヴリル」
そう言って教主は意味ありげに微笑んだ。
「大きな目的の前には、小さな犠牲はつきものだ」
アヴリルは血の気が引くのを感じた。
「先代の王を亡くしたばかりで、今の王はまだ若い。強硬派を抑えきれておらず、彼らの結束は弱まっている。これはまたとない好機だと思わないかね?」
教皇はアヴリルに笑いかけた。
「君の力で王を討伐するんだ。私は君の力を高く買っているし、契約したことで君の仕事がしやすくなるよう取り計らったつもりだよ。この任務が成功すれば、君の魂は契約から解放される。そして、我々も君の自由を保障する。ハンターの仕事から離れてもらって構わない」
城に帰ってもアヴリルの心は晴れなかった。こんなにいい条件は他にないとは分かっているのに、何故か気が重い。いつものように王が現れた。
「どうした、お前がそんな顔をしているなんて珍しい」
「私にだって悩みくらいあるわ」
王は窓から外を眺め、言った。
「今日は月が美しい。少し散歩をしよう。外に出れば気も晴れるだろう」
アヴリルを気遣ってか、王は従者を下がらせた。二人は城の庭園に出た。美しい花々が咲き乱れ、アヴリルは歓声を上げた。
「ここにはチューリップに薔薇、向こうには向日葵にスミレ、これだけの四季折々の花が一斉に咲いているなんて」
「人間の一生は短い。好きな時に好きな花を見せてやるために特別に作った花園だ。人間の女は皆、花が好きだな」
アヴリルは尋ねた。
「人間がここに暮らしていたことがあるの?」
「ああ。そんなに長い間ではないが。ある日突然失踪してしまったからな」
「それは、エリザ=ミカエリスかしら?」
アヴリルが何気なく口にした名前に、王は動揺した。
「何故知っている?」
「廊下の肖像画に一つだけ新しいものがあったの。何となく気になったから覚えていただけよ」
月明かりに王の横顔は柔らかい曲線を描いている。
「エリザは花が好きだった。城に来てからは暗い顔をしていることが多くてな。ここで花を見ながら二人で日が上るまで語り合ったものだ」
「そうだったの」
エリザのことを話す王の目は優しい光を帯びていた。
(そういうこと、か)
愛した女の面影を重ねられて、アヴリルの胸は僅かに痛んだ。つとめて明るく言う。
「何よ、口説くのは充分上手じゃない。危うくほだされるところだったわ。私がハンターで無かったら、エリザの思い出が書き換えられるくらいに愛してあげたくなったでしょうね」
「アヴリル、私はそんなつもりで……」
「良いものを見せてもらったわ、ありがとう。おやすみなさい」
(やっぱり、私には撃てない)
アヴリルは隠し持っていた銀の銃を懐にしまおうとした。その時、低い声がした。
「銃を置いて手を上げろ。足元に置いてこちらに蹴るんだ」
黒髪の吸血鬼がアヴリルに叫んだ。二人を相手にしては勝ち目がない。アヴリルが従うと、彼は冷たい一瞥を投げた。
「ようやく尻尾を現わしたな、女狐が。しかし、こちらにとっては好都合だ」
それは一瞬のことだった。銀の銃を拾い上げた黒髪の男は、王に向けて躊躇なく引き金を引いた。王がくずおれる。アヴリルは予想外の出来事に立ちすくんだ。
「ハーフのお前に王は油断しておられた。そしてお前はそれに乗じてこの銃で陛下を撃った。そこに私が駆け付けて、その場にいたお前を倒した。どうだ? 完璧だろう」
そして黒髪の吸血鬼はアヴリルに向け死の呪文を唱えた。しかし、予想した衝撃は来なかった。冷たい腕がアヴリルを抱え込む。
「はは、これは、少々応えたな。私も焼きが回ったか」
王はアヴリルを後から抱きかかえるように庇ったのだ。赤い血が床を濡らしていく。
「どうして、私を助けたの」
「被契約者の命は私の物だ。守るのは当たり前だろう。そう暗い顔をするな。私が死ねば、お前の魂は自由になるというのに」
そういうと王は目を閉じた。アヴリルは顔を近づけた。大丈夫だ、息はある。
「陛下! ああ、どうしてこんなことに」
足音がして、アヴリルが振り返ると、センメルだった。黒髪の吸血鬼は言った。
「センメル、その女が陛下を撃った」
そして頭を振り、哀しげな表情を作った。
「ああ、人間好きが災いとなってしまった。もっと早く御忠告申し上げていたら」
センメルはアヴリルの方を見もせずに言った。
「女を牢に入れろ。私が直々に尋問する。それまで誰も入れるな」