酔いどれ傭兵リンダさん
ここは傭兵ギルドに併設された酒場。依頼の内合わせや達成時の打ち上げなんかにも使われる。
「あの…すいません。」
カウンターに突っ伏していた身体を、気怠げに起こす。酒が足りない。
私は傭兵。傭兵リンダ・チェン。
今は少なくなった、酔拳を行使する武闘家の、末席に連なる者だ。酔拳は地功拳の一種。大地を転がって大地を利用し、変則的な攻撃で相手の虚を突く。酔拳はそれに加え、酒精という精霊を味方に、化け物じみた身体強化を行う。だが、それゆえに上等なお酒が欠かせない。美味い酒であればある程、強力な酒精で身体強化が出来るのだ。
呼ばれた方を振り向くと、気の弱そうな青年が、此方を見ていた。
「依頼の…ルドーと言います。酒類を扱う、商人をしています。リンダさんで間違いないですよね?」
「さんはいらない。リンダでいいわ。」
「腕はいいとギルドより伺いました。今回の依頼では、よろしくお願いします。」
「…律儀に顔合わせ?お人好しなのね。」
「お噂の凄腕の傭兵というのを見たくて。はは、半分興味本位です。」
「そう。実際あってみて感想はどう?」
「ええと…。ソロなので取っ付き難い人かと思ったんですが、そうでもないな、と。あと…凄く美人でびっくりしました。」
「お世辞は貰っておくわ。それなりに愛想は良くないと、ソロだしね。噂を聞いているなら先に言っておくけど、扱っている武術の関係でお酒は欠かせないの。不謹慎だと思うなら、依頼は取り消していいわ。」
「いえ、大丈夫です。それに今回の依頼は、場所が場所なので問題にはならないです。」
「話を聞きましょう。」
依頼は護衛任務だった。カジノに併設されている、イベントホールで高級酒の品評会があり、其処に参加するという。武器は持ち込めない。パートナー兼護衛として、試飲などもあるため、私はうってつけだったと言うわけだ。
「話はわかったわ。服はどうすればいい?」
「ドレスはこちらで用意します。余り希望は聞けませんが…失礼だと思いますが、サイズをお伺いしても?」
向こうで準備してくれるなら、こちらも出費が少なくて済む。快くサイズを伝えた。
「では、よろしくお願いします。」
終始和やかで、依頼主とも良好な関係が気付けそうだ。それに美味しい仕事。少し心が躍った。
………なんて思ってた時期が私にもありました。
リンダ・チェンです。只今全裸で土下座中です。両手は後ろで、足輪に繋がれて拘束されています。どうしてこうなったかは……よく覚えていません。
品評会にでて、いいお酒を飲んで、いい気分で品評会が終わった後、オーナーの勧めで全員カジノに移動して、お酒を飲みながらカードをやって…其処から記憶がありません。気付いたら事務所みたいなところでマッチョでダーティな方々に囲まれてこの状況です。
私ともあろうものが、いくらダース単位で試飲したとはいえ、酒に酔ったぐらいで意識が飛ぶ訳はありませんので、何か入れられたか、それとも座った場所に魔道具でもあったか。それでも不覚は取りました。師匠に顔向け出来ません。
「手間かけさせやがって…美人で高く売れそうだから気分良くさせといたら、高え酒をかぱかぱ飲みやがって…。」
おや、拉致監禁に人身売買だったようです。最初から罠だったんでしょうか。気になって聞いてみます。
「はっ、うちは手広くやってんのよ。高い商品用意すりゃあ、見栄っ張りがいい女連れて集まってくるからな、美味しいとこだけ頂いて、あとは知らんぷりさ。」
ふーん。ルドー君がグルだったかどうかは、後で本人に聞いてみましょう。
「今の内なら首謀者だけ血祭りで許しますよ?」
「ひひ、武器も無いのに強がりやがって。お前みたいな女を心から屈服させるのが愉しみだぜ。」
うーん。ルドー君無罪っぽいなー。どうかなー。面倒臭い。どっちだとしても後で殴ることにしましょう。
「乙女を全裸に剥くなんて、ゲスの極みですね。」
「それは自分で脱いだんだろう!カジノで睡眠薬いりの酒を浴びる程飲んで、いい気分で歌い出して、ポールガールの乳を揉みながら一緒に踊った挙句、野球拳でポールガールもディーラーも招待客もパンイチにして最後は自分で脱いだだろう!覚えてねえのか!」
……記憶に…ないです。うん、ないですね。
「覚えてないからって、合意をでっち上げようとするなんて、往生際が悪いですよ?」
「でっち上げてねえ!宴会芸は我が流派の奥伝に通じるとか言って、ノリノリだったしゃねえか!最後には暴れ出してカジノ半壊させかけたから、死ぬ気で拘束したんだぞ!?元が取れなきゃ大損だ!」
そんなの知らないし。踊り娘のお姉さんはとってもとっても柔らかかったとしても、覚えてないからノーギルティ。
さて、いろいろ事情も聞けた事ですし、そろそろ証拠隠滅しましょう。
パキン
「なっ」
これ位の拘束で、我が拳を止められると思われてるのが心外です。容赦無くぶっ潰しましょう。
酔拳は地功拳です。土下座の姿勢なんて、拳を構えて攻撃態勢をとっているようなもの。地を利用し、地に触れている限り、最強の破壊力を持ちます。
膝立ちで右の坊主頭の足元へ転がり、左足で膝をへし折りながら後ろへ廻り、腰の位置から背骨へ練り上げた勁をぶち込みます。強化された勁は文字通り、坊主頭の上半身を爆発させ、周囲に血と臓物を撒き散らし、目くらましをつくりました。オーナーは目を見張って驚いていますが、この馬鹿げた破壊力が、酒精で強化された酔拳の真髄です。けして、宴会芸などではありません。坊主頭の陰から、左に回り込み、私を見失っている片目の男と髭面の首を、後ろからへし折りました。
部屋の反対側から、剣を翳して飛んでくる一本眉毛。なかなかいい反応ですが、酔拳の敵ではないです。踏み込もうとした足元を床ごと落とすと、大きく体勢を崩したので首を蹴り飛ばしました。飛んでいった首をもろに受けて、白シャツが崩れ落ちます。
残ったのは手練れの様です。近づく愚を犯さずに、ナイフと魔法を構えます。
おそい。
床を踏込み易い様に変形させます。踏み込む足に合わせて、角度を調整し、発射台の様に後ろから押し上げます。床の飛び出る勢いプラス、踏み込みで、弾丸のように間合いを詰めました。魔法使いの顎を喉ごと横から吹き飛ばし、回した腕の勢いで身体を回して、未だにナイフを持って固まっている半パンの懐に飛び込みます。短打で肩から鳩尾に向けて、勁を叩きこんだら、吹っ飛んで壁に血の花が咲きました。
これで半分。
二刀使いが背後から襲ってきます。こちらの体勢が低いと太刀筋を見切るのも簡単です。膝より下のものを切るのは、太刀筋が限定されてしまうからです。下から掬い上げる様に振った曲刀を、飛び上がって避けました。二刀使いがにやりと笑ってもう片方の曲刀を振ろうとします。
空中なら避けられないとでも思ったんでしょうか?
振り抜こうとした曲刀は、死角にいつの間にか出来た壁に阻まれます。私はその壁を蹴って、二刀使いの喉に手刀を叩き込みました。
地がなければ作ればいい。
地に触れている限り、酔拳は最強の破壊力を持ちます。
残りも手早く片付けました。オーナーは血塗れで全裸で立つ私を、化け物を見るかのようでした。全壊したカジノの下敷きにして置いたので、本望でしょう。
依頼料は全額出ました。あの後ルドー君を捕まえて事の顛末を説明したら、顔を引き攣らせながら、依頼料を払って謝ってきたので赦しました。また、同じ様な依頼をくれるといいなと思います。
あと、悪党どもは余罪も多く、いい稼ぎになりました。儲かったので、美味しいワインでも買おう。樽で。
今日もギルドの酒場で突っ伏します。いい男どっかにいないかな。