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魔法使いの弟子  作者: りく
第1章 水の魔法使いの弟子
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水の魔法使いの弟子・7

 「理の塔」5年生は、臨時の師匠につくとはいえ、午前中は普通に塔での授業を受けている。

 6年生になれば、それぞれの師匠の元で、その属性の魔法のみを極めていくことになるのだが、5年生までの授業では、全ての属性について学ぶ。

 入学当初に属性についての適性を調べるのだが、ごく稀に、属性が変化したり、苦手だった属性が得意になったりということがあるためだ。そしてまた、魔法を使う上で、他の属性の魔法を知ることも重要だからでもある。


 カルナリスは、珍しくも地水火風全ての属性について適性があった。

 適性があるからと言って、得意というわけでもない。3度の塔破壊により莫大な借金をこさえた落ちこぼれのカルナリスは、実技だけでなく学科も当然の如く不得意だった。

 結果、彼女はだいたいの授業について、補習を余儀なくされている。

 彼女の一日は、午前中は塔の授業、昼食後、午後の初めは補習、それから水の魔法使いの塔へ戻り、ディオスから水魔法の特訓を受ける、といった流れになっていた。

 補習がない日や、休日は、彼女の保護者で元臨時師匠であるキーアの元へ行き、彼の世話をしたりもする。


 本日は、滅多にない補習のない日だった。


 キーアの元へは、この間の休日に行ったばかりだったので、午前中の授業を終えたカルナリスは、水の魔法使いの塔に戻り、この塔に来てからずっと進めていた作業にとりかかった。

 幸いにも、現仮師匠のディオスも、その弟子の二人もいなかった。


「まあ、貴女。そのマリサのクッション、一体どうしましたの? まさか、盗んできたんじゃありませんわよね?」

 ちくちくと針を進めるカルナリスの手元のクッションを見つめながら、いつの間に現れたのか、ミリィが彼女の耳元で叫んだ。


「うわわわっ!」


 作業に集中していたカルナリスは、突然耳元で話しかけられ、驚いて叫び声を上げる。

 カルナリスは、一番大きな共有部屋のソファに座っていたが、危うくそこからずり落ちそうになる。針で指を突き刺さなかったのは、かなり幸運といえよう。


「叫んで誤魔化そうとするんじゃありませんわ。どうしたんです、そのクッション。まさか、師匠のクッションを壊したんですの?」

 追及の手を緩めようとしないミリィの迫力に恐れをなして、カルナリスはただただ首を左右に振った。

「じゃあ、それは一体どうしたんですの? さあ、おっしゃってみなさいな!」


「ミリィ、首締めてちゃ話せないぞ?」


 クロイの声がかかり、ミリィは驚いたように、苦しそうに顔を歪めているカルナリスを見つめた。

 ミリィの手は、カルナリスの灰色のローブをしっかりと握りしめていた。彼女は、それと一緒に、下に着ていた服もつかんでいたらしい。ソファに座っていたカルナリスと、その横に立っていたミリィ。ローブを引き上げるように持っていたミリィによって、カルナリスの首は思いっきり締め上げられている。

 ぱっとミリィの手が離れてやっと、カルナリスは呼吸を再開した。


「苦しいなら苦しいと、早くおっしゃっいな」

「……」

 肩で息をしているカルナリスは、疲れたような視線をミリィに送る。


「で、それはどうしたんですか、カルナリス?」

「て、手作り、クッションです」

「「は?」」

「だから、手作りクッションです」

 やっとの事で息を整えたカルナリスがもう一度告げると、クロイは驚いたように片眉を上げ、ミリィは再びカルナリスのローブをつかんだ。

「え、だってそれは、マリサのクッションでしょう?」

「ぐ、ぐ、ぐるじ……」

「ミリィ……」

「あ、ありがとうございます、クロイさん」

 クロイの言葉で我に返ったミリィから距離を取りながら、カルナリスはクロイに礼を言う。心持ち、クロイに近づいた。


「で?」

 興味があるのか、クロイもカルナリスに先を促す。

「えっと、ですね。ま、ようはマリサのクッションの紛い物ですね。

 あんな立派な生地は使えませんから、簡単に手に入る素材で、お手軽価格にマリサのクッションを楽しもうと」


 へらりと笑うカルナリスに、クロイは呆れた溜息をつき、ミリィは目を輝かせた。

「塔に出回っている偽物は、君の作品ですか……」

「ええっ!? それ、私も持っていますわ! 確かに素材は落ちるんですけど、それなりに良いもの使っていますし、安いし、何より手製でしょう? 縫製が丁寧で……」

「って、ミリィ……」

 クロイの突っ込みに、はっとしたミリィは頬を真っ赤に染め上げた。

「えっと、じゃあ、これ、さっさか仕上げちゃいたいんで……」

 にこりと笑いながら、作りかけのクッションを抱えて自室へ退散しようとするカルナリスのローブのフードを、クロイが引っ張る。手加減しているのか、なんとか首は絞まっていない。


「学生相手に商売しているんですか?」

 クロイにすごまれて、カルナリスは顔を引きつらせる。

「いえいえ、そんな滅相もない! そうしたいのは山々なんですが、それだと後々面倒なので、ちゃんと店に卸してます。ここはもうネタの宝庫なんで、作る分にはありがたいんですけど、ただね、偽物前提だし、マージン取られるから意外に割に合わないんです。ま、こればっかりは仕方ないかと」   

「……」

「……」

 早口でまくし立て、肩を竦めるカルナリスを、二人は呆れたようにじっと見つめる。


「塔は、アルバイト許可制だったとはずですが」


「あ……」

 真っ青になって、カルナリスは視線を泳がせる。

 もちろん、彼女は許可など取っていない。


「黙っていてあげてもよろしくてよ?」

「ほ、本当ですか?」


「確か、ユアンの偽アクセサリーも出回っていましたよね」

 喜ぶカルナリスに、クロイは天使のような笑顔を向ける。

「私、ちょっと前に限定品で出ていた、テーブルクロスが欲しいですわね」

 負けじとミリィもにこやかに笑う。


 二人に挟まれたカルナリスは、逃げることが叶わなかった。


「え、えっと、あ、あの、特別提供価格ってことでよろしいですか?」

 ふっとクロイとミリィの笑顔が、暗い笑顔に変わる。

「確か生徒の生活指導担当は、マッティー先生でしたか、ミリィ?」

「ええ、そうね」

「うわあ、でも材料費は出して下さい! じゃなきゃ生活できないですっ! 貧乏なんです、困るんです!」


 泣きわめくカルナリスに哀れを感じた二人は、ようやく頷いたのだった。


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