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魔法使いの弟子  作者: りく
第1章 水の魔法使いの弟子
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水の魔法使いの弟子・6

 窓のない、六角形の形をした部屋に、ディオスとカルナリスは立っていた。

 どこから現れるのか、天井から壁を伝って水が床まで流れ落ち、どこかへ消えていく。外へと続く扉のある壁だけは、扉をよけるように水が流れていた。

 落ち着いた水色の壁に囲まれた、何とも不思議な部屋だった。

 その部屋の中央には、カルナリス一人くらい余裕で入ってしまいそうな、大きな水瓶が据えられている。

 少し短めの魔法の杖の先端を前に向け、ディオスから教えられた、長い長い詠唱を終えて、カルナリスは固唾をのんで目の前の大きな水瓶を見つめた。

 水面がゆっくりと波打ち、ぼこっと言って浮き上がると、やがて大きな水柱が垂直に高く立ちあがった。


「え、うそっ、一発合格?」

 そろっと右手を伸ばし、出来たばかりの水柱に触る。


 崩れない。


「ディ、ディオス先生?」

 声が震えた。

 術に成功した感動と興奮から、と言うよりは、目の前の信じられない現象に対する驚きと疑いからだった。


「これは何かのトリックですか? 幻を見せられてるんでしょうか? それとも新たないじめとか? ああ、他に何かある? とにかく、ディオス先生が何かしたんですよね? じゃなきゃこんなのまぐれか奇跡!」

「……いえ、カルナリス、私は何もしていませんよ」

 嘆息混じりにディオスが呟くのを聞いて、カルナリスは瞳を輝かせた。

「じゃあ、じゃあ、もしかして、もしかして? 成功しちゃったりなんかしたんでしょうか?」

「成功したんですね」

 未だ崩れない水柱を眺めながら、ディオスはのんびりと答える。

「す、すごい! どうしよう? これ、なんか記念に写真撮った方が良いかも! うわあ、どうしよう!」

「どうしようも何も、次は、この水柱を静かに元に戻して欲しいんですが」

 挙動不審に動き回るカルナリスの腕をつかみ、水瓶に向かい合わせると、ディオスは重々しく告げる。

「ひ、ひええ! ディオス先生、私にこれ以上を求めるんですか?

 魔法が成功したのは初めてなんですよ?

 無理ですよ無理! これだって奇跡に違いないのに。元に戻すなんて技、できっこないです! ディオス先生が水浸しになるのが落ちです!」


「それで、水も滴るいい男、ですませる気じゃありませんよね?」


 まあ、見たい気持ちも分かりますが、と冷たい微笑みを浮かべながら続けるディオスに、カルナリスは血の気を失う。


「うわあ! いや、まさか、そんな! そんな気はもちろんありましたがっ」

「カルナリス?」

 声を低くしてにこやかに笑いかけるディオスから、一歩後ずさろうとして、カルナリスは引き留められる。

 ディオスに捕まれた腕に、すごい圧力がかかっていた。


「あうあうあう。分かりました。死ぬ気でやります」 

 冷や汗を垂らしながら、カルナリスは水柱に向き直る。


 その様子を、ディオスは黙って見守る。

 魔法の杖を前に差し向け、目を閉じると、真っ暗な闇が広がった。

 神経が研ぎ澄まされ、周りの音が全て遮断されて、完全な静寂が訪れる。


 カルナリスは、ゆっくりと教えられた呪文を探る。

 不思議なことに、口頭で教えられた呪文が、目に焼き付けられた文字となって瞼の裏に浮かび上がってきた。

 カルナリスはゆっくりとその文字を追い、声にのせていく。それは静かな音楽のように優しく響く。

 やがて、闇の中に、呪文とは別に、遠くに青い水の柱がぼんやりと見えてきた。

 呪文を読み続けるに従い、その水柱は細くなっていく。


 カルナリスの額を、冷たい汗が伝い落ちた。唇まで下りてきて、塩辛い味がしみる。

 横で、ほう、と小さく息をのむ音が聞こえた。闇が段々薄くなり、ぼんやりと明るくなってくる。

 瞼の裏に見えた呪文が消える。

 と同時に、細くなった水柱も消えていた。


 カルナリスがゆっくりと目を開けると、水瓶に、ただの静かな水面が目に入った。






 パタンと扉が開いて、珍しく仏頂面のディオスが、カルナリスを抱きかかえて部屋から出てきた。


「ディオス師匠?」

 クロイが慌ててディオスに駆け寄り、彼の腕の中で平和そうに眠り込んでいるカルナリスの顔を見て、盛大に顔を顰めた。

「どうしたんですか、これ」

「寝ています」

「見れば分かります。

 何故、魔法の特訓を受けていたはずの彼女が寝ているのか、お聞きしてるんですが?」


 二人が出てきたのは、水の魔法を特訓するための「水の部屋」だった。水の魔法使いが、魔力のコントロールを覚えるために使う部屋だ。

 二人はそこで、魔法の特訓をしていたはずなのである。それなのに、カルナリスは幸せそうに眠りこけている。

「疲れたんでしょう。慣れない力のコントロールに、神経を使いすぎたんですよ」

 そう答えてから、ディオスはカルナリスを彼女の部屋へと運んでいった。

 その背を見送ってから、クロイは一人、難しい顔をしてソファに座り込む。


 水の部屋は、水の魔力しか使えない。水の魔法を、より効率よく操る技を覚えるために、余計な魔力に反応しないようになっているのだ。


 そして、この部屋では小さい魔力は反応しない。


 水の部屋は、大魔法使いが魔法の開発、特訓のためにも使用する。だから、大魔法を開発するためにも、魔力がある程度押さえ込まれるようになっているのだ。故に、小さな魔力では、この部屋では発動さえしない。


 カルナリスは、特に水の魔法を苦手とする落ちこぼれだと、クロイは聞いていた。事実、彼女の成績表を奪い取って見た限り、彼女が満足に水の魔法を使えるとは考えられなかった。

 水の部屋で、発現するだけの力を持っているとは思えなかったのだが。


 本来なら、彼女の成績で水の魔法使いの弟子入りなど論外なのだ。


「何、難しい顔してますの?」

 部屋に入ってきたミリィに声をかけられ、クロイは視線をゆっくりと彼女に移す。

「ああ、今さっき水の部屋からカルナリスと師匠が出てきたんだ」

「カルナリスが? 師匠の魔法でも見せてもらっていたんですか?」

 時間の無駄ですわね、と呆れた様子で続けるミリィに、クロイは頷く。


「そう思うよな、普通。でも、カルナリスの特訓をしていたそうなんだ」

「ええ? カルナリスのおばかさんがですの?」

 驚きに目を見張るミリィから視線を外し、クロイはカルナリスの部屋の扉をじっと見据える。


「おかしくないか? 落ちこぼれのはずのカルナリスが、何故、水の部屋で魔法を使えるんだ?」


 何故、ディオス師匠はカルナリスの弟子入りを許したのだろうか。

 カルナリスは、落ちこぼれではないのだろうか。


「アルザス・キーア・リンゼイ、か」


 ディオスの知人で、カルナリスの保護者。

 ディオスに、カルナリスの弟子入りを認めさせた人物。

 彼は、一体何者なのだろうか。


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