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魔法使いの弟子  作者: りく
第1章 水の魔法使いの弟子
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水の魔法使いの弟子・2

「何、ここ?」


 カルナリスはある扉の前で、顔を引きつらせ呆然と立ちつくしていた。

 ここは魔法使い達の集う、「理の塔」。

 魔法使いの塔は4つの属性に分かれた塔があり、その中央に未来の大魔法使いを目指す学生達の学ぶ塔がある。

 カルナリスが今いるのは、4つの塔の1つ、水の魔法使いの塔だった。


「何、これ?」


 もう一度、カルナリスは呟いた。

 水の魔法使いの塔。そのうちの一室である、ディオス・カーンの部屋の前だった。

 魔法使いの部屋は、本来皆同じ仕様になっているはずで、当然扉も皆同じはずだった。しかし彼女の前にある扉は、他の扉とは明らかに違っている。

 まず大きさが違う。高さは同じだったが、横幅がとにかく広い。

 薄水色の扉の縁は濃い金色の装飾が施されていた。幾何学的な模様が描かれている。そして、扉全面に、淡い金色で絵が描かれていた。古代の神話をモチーフにしたような、変わった絵だった。神様のような綺麗な男性と、美少年な天使、美少女な侍女、だろうか? 湖の縁に座る3人の絵。描かれている人物も派手だったが、何より金色という色彩が派手だった。日の光を浴びてきらきらと反射し、眩しくて仕方がない。


 確かに美しい。しかし、この魔法使いの塔の中では、異常に浮きまくっている。

 カルナリスは恐る恐る扉に手を触れた。触れると、何かの呪いがかかりそうだった。


「金メッキ?」

「失礼ですね、純金ですよ」


 背後から声がかかって、カルナリスは飛び上がって驚いた。

 慌てて後ろを振り返り、更に驚いたカルナリスは、背中を痛いほど扉に叩き付けていた。


「な、な、な?」

「どうしました? あまりの美しさに言葉をなくしましたか?

 いや、それも当然ですね。貴女のようにごくごく平凡極まりない一般的な容姿の方にとって、私のように美麗な人間は目の毒でしょう」


 カルナリスは口をぱくぱくさせて、目の前に立つ青いローブを着た人物を呆然と見つめていた。

 確かに、彼は綺麗だった。

 流れるように真っ直ぐな金の髪。青にも緑にも見える、海色の瞳。その大きな瞳をふちどる、長い睫。すっきり通った鼻筋に、優しい笑みを湛えた唇。どこもかしこも文句の付けようのないくらい美しく整っている。


 そしてその顔は、扉に描かれた神様の顔と同じだった。






 ディオスに促されて入った彼の部屋は、貧乏生活に慣れきったカルナリスには、見たことも触ったこともない、まさしく王様の宮殿かといった豪勢な部屋だった。

 とても魔法使いの研究室という態ではない。

 そもそも、書物すらないのだ。

 何故だか高い天井に、広い部屋。天井からぶら下がる巨大なシャンデリア。凝った彫刻の施された窓枠の大きな窓、真っ赤で重量のあるカーテン。中央に置かれたテーブルは金の装飾が施された派手なもので、当然それにあわせて椅子もソファも豪華だった。

 部屋には埃一つなく、きんきらきんに輝いている。

 それでいて、この部屋が決して成金趣味に走っておらず、派手ながらも品良くまとまっているのは、主の趣味がよいのだろう。

 そうは、思う。

 だが、カルナリスはこの部屋に1日中いる気にはなれなかった。目がちかちかするし、落ち着かない。


「私に弟子入りしたいのですか? 貴女が?」


 うさんくさそうに、ディオスはカルナリスを上から下に、そしてもう一度上へと眺め渡した。

 肘掛け椅子に優雅に腰掛ける姿は、魔法使いというより王族といった感じだ。


「はあ、まあ、そうです」


 否定をしたいところだったが、彼女を受け入れてくれそうな師匠がいない今、贅沢は言っていられない。もっとも目の前の男は、能力云々よりも容姿でカルナリスを拒否しそうだった。


「う~ん、私の美意識とはかなりずれてるんですよね、君」

「はあ、そうでしょうねえ」


 頻繁に目を瞬かせながら答えるカルナリスをじっと見つめながら、ディオスはしばらく考え込むように押し黙った。


「……この部屋、どう思いますか?」

 ついつい彼女は、目の前のテーブルがいったいいくらで売れるのだろうか、とか、ディオスの腰に置かれたとても綺麗でふかふかのクッションはいくらだろうとか、換価計算を無意識で行ってしまう。


 弟子入りしたら、思わず借金返済のために市場へ走りそうな自分が怖い。

 きっとこの部屋の家具をすべて売り払えば、借金は半分くらい返せるだろう。


「魔道具を使っていないシャンデリアは珍しいですね。あれは全てロウソクでしょう? 綺麗に手入れされていますが、かなりの骨董品と見ました。このテーブルも、100年は前の物じゃないですか? ロルディック朝の物ですよね? 椅子とソファもそろっているなんて貴重です。

 そしてそのクッション! 今流行の紋様作家マリサのクッション! すごいです!」


 思わず出そうになったよだれを飲み込み、カルナリスは瞳を輝かせ、やや興奮気味に語った。

 彼女の趣味には合わないが、金の山であるには違いない。


「おや、なかなか鋭いですね。このクッション最新シリーズですよ? 彼女の作品にしては珍しく地味なのに、良く気付きましたね」

「もちろん、大ファンですから!」


 カルナリスはおさんどん生活が長いためか、手先が大変器用であった。流行物には敏感に目を配り、手芸品やらアクセサリやら、作れる物は何でも自分で作る。そして、売る。

 中でもマリサの商品はなかなか高価格で売れたので、特にチェックが厳しい。

 最新シリーズをいち早くキャッチし、模造品を作っては売り、彼女はお金を貯めている。

 借金返済にはほど遠いが、小金稼ぎにはちょうど良いのだ。


「それでは、これはいかがです?」

 そう言ってディオスは右手を差し出す。

「こ、これはっ!!」


 カルナリスは、がばっとディオスの白くて細い手のひらを握りしめた。

 右手首に飾られた2つのブレスレットは、やはり最近流行の宝飾職人ユアンのものだった。

 その細工は恐ろしく細やかなで、写真だけでは模造品が作れなかった代物だった。繊細な造りのブレスレットは、ディオスに非常に良くあっている。


「素敵すぎです。ディオス先生!」


 間近で見られれば模造品だって造り放題!

 きらきらと瞳を輝かせ、涙を潤ませるカルナリスを見て、ディオスは満足そうに笑みを浮かべた。


「うんうん。君の容姿自体は普通で面白みがないですけれど、目は良いようですね。

 良いでしょう。気に入りました。

 特別に弟子入りを許しましょう」

「きゃああっ!! ありがとうございます! どこまでもついていきます!!」


 喜びのあまり抱きついてくるカルナリスを受け止めながら、ディオスも嬉しそうに微笑んでいた。


 この時、お互い、魔法使いの弟子入りだという認識はかけらもなかった。

 カルナリスには幸運なことに、そして、ディオスには不幸なことに。


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