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魔法使いの弟子  作者: りく
終章 弟子の選択
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弟子の選択・1

「アルザス・キーア・リンゼイというのは、飛び級でこの理の塔を卒業した、天才魔法使いだ」


 クロイの苦々しげな言葉に、兄妹弟子であるミリィは、ぽかんと口をあけた。

 カルナリスであれば恐らくバカっぽくしか見えないその仕草も、妖精のごとく可憐な美少女であるミリィがすれば、可愛らしいとしか言いようがない。


「えっと、それって、まさか、カルナリスが師匠とか呼んでいる人の話、ですの?」


 まさか、ですわよね?

 引きつった笑いを浮かべながら、ミリィは続けた。


「いや、そのまさかだ。

 確か特例で7歳の時に塔に入り、うちのディオス師匠と一緒に卒業している。12歳の時だ」

「そんなすごい人がいたんですの?」


 もはやミリィの顔に笑顔はない。

 そんな常識はずれの人間など、聞いたことがなかった。

 そもそも塔に入るのは10歳のとき。それから7年の間理の塔で学ぶことになっている。

 それが、7歳で入って、12歳で卒業?

 ありえない。


「卒業後の行方が不明だったんだ。だから、10年前の話でも、もはや伝説みたいになっていて、本当の話とは考えてもみなかった」

「何か、やっぱり間違いじゃありませんの?」

「師匠に確認したから本当だ」

 さらりとクロイが返す。

「全く、どうして今まで思い出せなかったんだ?」


 それは、男の話だからだろう、と内心でミリィは呟く。

 クロイは頭もいいし記憶力もいいが、基本、男には関心がない。よっぽど優秀な人間でなければ歯牙にもかけない。自分より劣る男については、全く記憶しない。記憶の片隅にも残しはしない。

 もし仮に、アルザス・キーア・リンゼイの話が、もっと現実味を帯びていたなら、男の話であっても、クロイはちゃんと思い出していただろう。その話が本当だとすれば、十分にクロイの関心の対象となる。だが、あまりにも現実離れしすぎている。


「それで、何でカルナリスの師匠、なんですの?」

「カルナリスが、4魔法を使えるからだろう」


 なんでもないことのようにさらりと答えるクロイに、ミリィは再びぽかんと口を開けた。


「まさか、あの、カルナリスが?」


 あの、学業さっぱりで下級生に混じって講義を受けているカルナリスが?

 水の魔法を暴走させ、あわあわしていたカルナリスが?


「ありえませんわ」

「あいつが魔力を制御できないのは、相反する魔力を抑えられないからだろう。

 水魔法を使うのに、火魔法を抑えられない。風魔法を使うのに、大地の魔法を押さえられない。逆も同じだ。

 まあ、学力が伴っていないのは、単なるバカだからだろうけどな」

「じゃあ、そんな、あの子が光の魔法使いにでもなって、いずれ塔長になるとでも?」

「あのバカがか? それこそありえないだろう」

 呆然と呟くミリィに、クロイが呆れたように返す。

「えっと? でも、4魔法を使えるんでしょう?」

「魔力を持っているのと、魔法を使えるのは別の話だ。

 仮に使えるようになったとしても、果たして、塔長を務め上げられるほどの魔力を引き出せるかは疑問だな。

 今の塔長が、単なる大地の魔法使いにもかかわらず塔長としてあるのは、あの凄まじいまでの魔力があってこそだ。

 光の魔法使いだからといって、乏しい魔力では塔長なんて務まらん」

「それは、まあ、よくわかりますけど。じゃあ、えっと、結局どういうことですの?」

 困惑の表情で、ミリィはクロイに問いかけた。


 クロイが、カルナリスの師匠を気にかけていたのは知っていたし、それがとんでもない人物だったのもわかった、と思う。ちょっと信じられない話だったけれど。

 でも、だから結局、クロイは何を言いたいのか。


「魔力が操れないから、アルザス・キーア・リンゼイがあのおバカの師匠なんだろう。

 うちの師匠が水の部屋以外で魔法を使わせなかったのも、火の魔力を制御できない状況で、危なくって魔法を使わせられなかったからだな」

「ああ、確かに、そうですわね」

「最初っから、アルザス・キーア・リンゼイは、あと、塔長もだな。

 あいつを水の魔法使いにする気はなかった、ってことだ」

「ああ」

 苦々しげに呟くクロイを見て、そこでやっとミリィはクロイの心情に気づく。


「カルナリスが妹弟子にならないのが、がっかりだったんですのね」

「そ、そんなんじゃないっ!!」


 真っ赤になる兄妹弟子を見て、ミリィは得心がいったようににんまりと笑った。


「まあ、私も残念ですのよ。

 この環境でやっていける弟子なんて、他にいませんでしたのにね」


 ディオスにしろクロイにしろミリィにしろ、この「理の塔」では文句なしの美形ぞろいだ。3人に囲まれて全うに修行できる神経を持っているカルナリスは、実は貴重な存在だった。実際、何人かの勇気ある存在がディオスの部屋にやっては来たものの、この煌びやか過ぎる環境ゆえに、1日と持ったものはいなかった。

 ディオスは、本当に優秀な魔法使いだというのに。


「でもクロイは、他の意味で残念なんですのよね。ま、頑張ってくださいまし?」






「チルナが黒のローブを選んだよ」


 妙にウキウキした顔でキーアの小屋の扉を開けたマルクトは、小屋の中の重い空気に気づき、動きを止めた。

「それは良かったな、だが、チルナには相手にもされなかっただろう?」

 まるで、主のように部屋の中央にふんぞり返っているニルスのいつもの皮肉にも、マルクトは反応を示せず、一人この部屋の空気を重くしている存在を見つめていた。


「えっと、どうしたんですか、アルは?」

 キーアから視線を外さないまま、マルクトは窓のすぐ傍に立っているディオスに尋ねた。


 キーアは、というと、部屋の隅で一人ひざを抱えて縮こまっている。何だか落ち込んでいるようだ。


「ここ最近、カルナリスが顔を出さないみたいですね」

「ああ、チルナのところの修行に一生懸命なんですね」

 ぱあっと顔を明るくするマルクトに、ニルスが小さく舌打ちする。ディオスも微かに息を吐いた。

 気のせいか、部屋の空気がさらに重くなったようでもある。

「えっと、まずいこと、言った?」 

「カルナリスに構ってもらえなくて、落ち込んでるんだよ。バカだろ、こいつ。

 まあチルナもあれだが、こいつよりはマシかもな、師匠としては」

「チルナもあれって何ですか?」

 むっとして、さらに言い募ろうとするマルクトを、突然ガバリと立ち上がったキーアが遮った。


「お前ら、何でここに集まってるんだよ。うるさい」

「いや、チルナがちゃんと魔法使いになったのが嬉しくって」

「落ち込んでるお前を笑いに来た」

「……なんとなく?」


 三人三様の答えに、キーアは一瞬大きく口をあけ、けれどすぐに脱力したようにしゃがみこんだ。


「……ルナが、もう1ヶ月も会いに来てくれない」

「――会いに行ったらいかがです?」

 溜息混じりのディオスの言葉に、キーアはただただ溜息をつく。

「まあ、選択権を持っているのはカルナリスだ」

 意地悪げにそう言って、ニルスは立ち上がる。

「お前には選択権はない、そうだったよな?」

「ニルス!」

 マルクトの咎める声を無視し、ニルスはひらひらと手を振って小屋を出て行った。

「選ぼうにも、君がそんなでは、カルナリスは何も選べばせんよ、わかっているんでしょう?」

 呆れたようにそう言いながら、ディオスも小屋を出て行く。

「ディオス」

「マルクト、いいんだ。本当のことだからな」

 はあ、と息を吐き、キーアは億劫そうに顔を上げた。


「本当はもう、俺だって決めている」


 こんな中途半端ではいけないと。

 塔で学んでいた時には、はっきりと甘えがあった。まだ若い自分でなくとも、マリサが塔長になるのだから、と。誰がそんな面倒を引き受けられるか、と。

 でも。

 カルナリスの師匠であり続けるなら、選ばなければいけない。受け入れなければダメなのだ。


 光の魔法使いである自分を。

 次期塔長としての未来を。


「ただ、塔長の思惑に完全に乗るのが気に食わなかっただけで」

 嬉しそうに笑う塔長の顔を思い浮かべ、キーアは思いっきり顔をしかめた。

「しょうがないよ、アル。

 塔長は、塔長なんだから」

 小さく肩をすくめ、マルクトは宥めるように言う。


「誰もあの人に勝てるはずないんだって」


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