無の魔法使いの弟子・10
ガタンッ
微妙な雰囲気の漂う二人からそっと離れようとして、カルナリスは思いっきり失敗した。
椅子からひっくり返った状態で、二人の視線を一身に受けてしまった彼女は、取り繕うような笑顔を浮かべる。
「あの、私、失礼したほうが?」
いったい、どこからどこまでが本当なんだろう。
どこからどこまでが、まやかしだったのか。
「カルナリス」
チルナが苦い声で名を呼ぶ。
「ちゃんと、説明しよう。座りなさい」
疲れた声でチルナは続け、ちらりとマリサに視線を移す。カルナリスもつられたようにマリサへ視線を動かす。
マリサはいつものように、艶やかに笑っている。
「お前には、闇の魔法使いにも、光の魔法使いにもなれる能力がある」
「は?」
チルナの発言に、カルナリスはバカみたいに口を大きく開けた。
「お前は身の内に均等に4つの魔力を持っている。それは、光と闇の魔法使いになるための最低かつ絶対条件だ。
もちろん、水や火、風に大地の魔法使いになる選択肢は、……まあ、あるにはあるが、それは塔長が望まないだろうな」
「へ?」
塔長が、望まない。
何かが、引っかかった。
そうだ、ついさっき、変態双子に会ってニルス先生に借金がないと知った時も、思ったじゃないか。
違うって。
「……あっ」
不意に、思い出した。
何故、自分は魔法使いの塔にいるのか。何故、そもそも魔法使いを目指したのか。
借金返済なんかのためなんかじゃない。
そう。
だって、そもそも魔法使いを目指して塔に入ったから、だから借金を作る羽目に、いや、実際は借金なんて発生しなかったみたいけど。
とにかく、そう。順番が逆なのだ。
借金があるから、魔法使いを目指したんじゃない。
魔法使いを目指して、借金ができた、――と思い込んだのだ。
「なん、で」
「塔長が、どうしてもカルナリスちゃんを光か、闇の魔法使いにしたくて、まあ色々情報を操作したんでしょううね」
カルナリスの疑問を正確に読んだかのように、マリサが淡々と応える。
「チルナもアルも、こんな状態だったから、焦るのもわかるけど、ねえ」
マリサがちらりとチルナに視線をやると、彼女はあからさまに視線を避けた。
「なん、で?」
そんなこと、しなくたって、カルナリスはちゃんと魔法使いを目指したのに。
塔長の為に、頑張ったのに。
貧しい孤児院で、どうやって生きていけばいいかわからなかったカルナリスを拾ってくれたのは、塔長だ。
彼がいなければ、幼いカルナリスは、きっと遠からずのたれ死んでいた。それほど、あの孤児院は貧しく、荒んでいた。
だから、塔長の為なら、何だってできて。
塔長に頼まれたから、キーアの面倒だって見ていて。その、つもりだったけれど。
「なん、で?」
「塔長は本来、光か闇の魔法使いでないとなれないの。
でも、今の塔長は、大地の魔法使い。つまり、正規の塔長じゃないのよ」
優しく、まるで諭すように、マリサが言う。
「本来塔長に納まるはずの二人が、こんなんじゃね。彼としても、なんとしても貴重な人材を確保したくもなるでしょう?」
「……すまない」
チルナが、カルナリスに頭を下げていた。
それを、カルナリスはぼんやりと見やる。
「私にも、アルにも、迷いがあったのだ。
あの時まで、私がマリサの魔力を吸い取るまでは、当然マリサが次期塔長に納まるものと考えていた。私らだけじゃない。あの当時塔にいたものは、みながそう思っていた。
それが、私の、……過ちでダメになって、――どうしても、受け入れられなかった。
闇の魔法使いである自分を。まして、マリサの代わりに塔長になる自分なんて。
もともと、闇の魔法使いが塔長になる例はほとんどないしな。
だが、その迷いが、お前まで巻き込んでしまった」
「アルにはアルの迷いがあった。
それゆえに、あいつはあんな辺鄙なところで、ちゃんとした魔法使いにならないまま、ふらふらしてるの。
塔の平安を守るためにも、塔長には、どうしてもちゃんとした光か、闇の魔法使いを塔長をその座に着かせたかった。
だから、あなたを利用したんだわ。二人に、ちゃんと選ばせるために」
マリサの言葉は、理解できなかった。
何を、利用しようというのだろう。
塔長が望むなら、そりゃあ、成績は悪かったけれど、ちゃんと魔法使いを目指したのに。
もしも。
もし、魔法使いになるなと言われたなら、魔力を全部差し出せと言われても、きっと、そうしたのに。
カルナリスはぎゅっと自身のローブを掴んだ。
「すまない」
もう一度そう言って、チルナはまた深く、頭を下げた。
「お前を、傷つけるつもりはなかった。
私も、アルも。
もちろん、塔長も、そんなことは望んじゃいない」
「私、傷ついてなんか、いません」
何で、傷つくのだ。そんな理由が、どこにもないじゃないか。
「バカね」
マリサが呆れたように呟いて、綺麗な紋様の刺繍されたハンカチを、カルナリスの頬に当てた。
湿るハンカチに、カルナリスは呆然と自分の頬に触れた。
指に触れる、生暖かい液体。
「あ、れ?」
「怒っていいのよ?
私たちがバカだったばかりに、カルナリスちゃんはとばちっりを食らったんだから。
大丈夫。ちゃんと、もう、決めるから。
私たちが、結論を出すから、あなたは、あなたの望んだ通りにしていいのよ?」
優しく笑いかけながら、静かに、マリサは言う。
「私……」
「あのね、塔長は、そりゃあ貴女を利用しようとしたけど、ちゃんと、貴女のこと義娘として大事にしてるのよ? それは、信じてあげて?」
マリサはカルナリスの頭を優しく撫でる。
「お前が望むなら、たとえば、水の魔法使いになりたいなら、お前の火の魔力を吸い取ってやろう。火の魔法使いになりたいなら、水の魔力を、風の魔法使いになりたいなら、大地の魔力を」
「私、大地の魔法なんて、使えませんよ?」
カルナリスはきょとんとした顔で、心配そうな顔で自分を覗き込んでいるチルナに問いかけた。
「ああ、そうか、気づいてなかったんだな」
カルナリスの不思議そうな視線を受けて、チルナは苦く笑う。
「大地の魔法は、アルが時間をかけて、自然に身につくようにしていたんだよ。
だから、あんたは大地の魔法が一番安定している」
「……は?」
「アルがお前に大地の魔法を教えなければ、塔長が嬉々としてお前に大地の魔法を教えていただろう」
「嫌だったのね、アル。変なところで塔長に対抗意識を燃やしてるから」
姉妹が妙に訳知り顔で頷きあう。
「えっと、どこがどうしたら、そんな話に?」
カルナリスはキーアに、魔法を教えてもらったことなどない。
それに、キーアと塔長は仲良しではなかったのか?
「学者の塔にいたお前が、何故部屋を壊しまくっていたんだと思う?
それは、お前に制御できない4つの魔力があって、塔の魔法使いや魔石やらに刺激されて、魔力を暴走させたからだ。
でも、アルのところに行ってから、そんなことはなかったはずだよな?」
チルナの指摘に、カルナリスはただただ頷く。
「キーアは日常生活を通して、お前に最低限魔力を抑える方法を身につけさせた。ついでに、大地の魔法も自然に身につけさせたんだろう。
お前、畑仕事が得意だそうだな? つまりは、そういうことだ」
「カルナリスちゃんがチルナの所に来たのは、もともと今までの修行を通して活性化した魔力を、完璧に抑えられるようにする為なのよ?
別に、魔法具師になってもいいんだけどね。ああもちろん、カルナリスちゃんなら良い紋様作家になれてよ?」
「へ?」
何もかも初耳で。
カルナリスは混乱の極みに達した。
「どうする、カルナリスちゃん。
すべて、止めちゃう? 今の貴女は、何だって選べるのよ?」
魔法使いになるのを、止める?
何もかも、投げ出す?
カルナリスは、はっきりと首を横に振った。
だってきっと、塔長はそれを望まないから。
「このまま、ここで、修行します」




