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魔法使いの弟子  作者: りく
第4章 無の魔法使いの弟子
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無の魔法使いの弟子・9

「そうだ」

 あっさりと頷くチルナに、カルナリスは続ける言葉を失った。

「お前は、闇の魔法使いも、光の魔法使いの何たるかも知らないんだろう?」

 チルナは唇の端を微かに上げ、可笑しそうに笑う。

 こんな風にはっきりと感情を表すチルナを、カルナリスは初めて見た。ぽかんとチルナを見上げていると、さらに爆弾を落とされる。


「アルの弟子なのに」


 ピンクの髪の美少女が呟いた時には、誰のことだかわからなかったけれど。

「アルって、あの、えっと、師匠、じゃなくて、ア、アルザス・キーア・リンゼイ?」

 カルナリスはぎこちなく師匠のフルネームを口にした。

 水の魔法使いディオスに、風の魔法使いマルクト、そして、火の魔法使いニルスも、皆キーアの知り合いだった。

 そして、マルクトはチルナに惚れこんでいて、だから、キーアがチルナを知っていても不思議ではない。


「そうだ。

 本当に、随分過保護に育てられたんだな」

 笑いながらそう言って、チルナは少しだけ眩しそうにカルナリスを見下ろし、いつまでも蹲ったままでいた彼女の腕を引っ張り上げた。

「さあ、いい加減そんな所で蹲っていないで、部屋に戻るぞ。

 聞きたいことがあるのだろう?」






「全く、私の役目じゃないと思うんだがな」


 カルナリスの手を引いたチルナは、無造作に扶翼の塔の扉を開けた。扉は、今度こそ間違いなく今の彼女の部屋へと繋がっていた。

 散らかった彼女の部屋の椅子に座らされ、カルナリスはぐるりと部屋を見渡し、息を吐く。

 普段だったら、間違いなく片付けたい衝動に駆られるはずの散らかった部屋に、今は逆にひどく落ち着きを覚える。


「何が何だかさっぱりわかりません。

 あの、そもそも闇の魔法使いって何ですか?」

 カルナリスは、ごみごみしたテーブルを挟んで彼女の向かいに腰掛けたチルナに向かって、一気に問いかけると、大きく息を吸った。

「チルナさんは闇の魔女なんですか? いや、でも、この塔には、水に火、風、大地の、4つの塔しかないですよね? それに、さっきだってアルと同じとか何とか言って、師匠がどうしたんです? あっ、もしかして、師匠も闇の魔法使いとか? え、えぇっ?」

 次から次へと思いつく質問を、目の前のチルナに、矢継ぎ早にまくし立てていく。


「まあ、ちょっと落ち着け。

 さっきといったって、12年も前の話なんだ。細かい話なんて覚えちゃいない」

「あ」

 カルナリスは口を閉じて、じっとチルナを見つめた。


 カルナリスにとっては、あの可愛らしいピンクの少女に会ったのは、本当についさっきのことだった。そう、彼女はカルナリスと同じくらいの少女だった。


「扶翼の塔のことは、聞くな。私にだって良くわからんのだ。

 本当のことを言うと、アルがお前を引き取るまでは、半信半疑だったんだからな。

 未来から人がやってくるなんて」

「あの、えっと?」

 珍しく饒舌なチルナに、カルナリスは口を挟む間もない。


「お前は、チルナが未来で魔法具師をやっていて、自分はその弟子だと言っていた。

 信じられなかったよ。

 あの頃は、闇の魔法使いの未来しかないと思っていた」

 チルナはやはり面白そうにカルナリスを見つめている。カルナリスは、今一わけがわからずにぽかんとしていた。


「光の魔法使いは、地水火風、すべての魔力の上に立つ者であり、

 闇の魔法使いは、地水火風、4つの魔法を己のものとする者だ」


「は?」

「たとえば、闇の魔法使いなら、お前から全ての魔力を全部吸い取ってしまうことができる」

「へ?」

 口をあけたままのカルナリスを見て、チルナはにやりと笑った。

「魔法使いになりたくなければ、綺麗さっぱり魔力をもらってやろう。

 そうすれば、お前は魔法使いにならなくてすむぞ」


 チルナは右手にあごを乗せ、じっとカルナリスを見つめていた。

 つい一瞬前までの楽しげな笑みは、もう口元に浮かんでいない。


「あの、冗、段?」


 闇の魔法使いの何たるかを知らないから。

 だから、からかわれたのだと、カルナリスはそう思い込もうとした。


「12年前に、言わなかったか?

 姉の魔力を奪った魔女だと」


「でも、マリサさんは、魔法を使って……」


 無意識で、その場の硬くなった空気をほぐそうと、カルナリスはへらりと笑って、失敗した。頬が引きつる。

 チルナはどこまでも真面目だ。

 でも確かに、マリサは指一つ鳴らすことで、カルナリスの魔法の暴走を止めたのだ。


「あれは魔法と言えるほどのもんじゃない。ただのまやかしだ。

 マリサはね、塔髄一の才能を持った魔法使いの弟子だった。

 それこそ、アルと張る、ね」

「キーア、師匠が?」


 あの、みすぼらしくて薄汚いキーアが、塔随一の才能を持った魔法使いの弟子だった?

 それこそ、何の冗談なのか。


「二人は、次期塔長の候補だった。

 アルはあの通り、かなりものぐさで人としてどうかと思う所があるから、初めから面倒がっていたが、マリサは塔長を目指していた。あの日、あの時、魔力がなくなるまではね」

「だって、そんな……」


 目の前のチルナは、淡々と語っている。

 でも、それは、彼女が、姉の夢を潰したことに他ならない。


「マリサは、責めたりしなかった。あっさりと塔長を目指せない事実だけを受け止めて、塔を去り、魔法とは全然関係ない仕事に就いた」


 マリサは、紋様作家に。そして、チルナは。


「じゃあ、チルナさんは、だから、灰色のローブを着てるんですか?」


 魔法具師でありながら、灰色ローブを着ているチルナ。

 灰色のローブは、魔法使いのタマゴの証。正式な魔法使いじゃない、中途半端な存在。思い返せば、キーアも、灰色のローブだ。

 マリサは、鮮やかな真紅のドレスを着ていた。

 そして彼女は、魔法使いじゃない。


「そう、いまだ自分の力を認められない。後ろめたい。

 それでいて、魔法使いであることを止められない。

 そうだろう。チルナ?」


 カルナリスの目の前にいる、チルナであるはずの魔法使いは、意地悪げな笑みを浮かべ、カルナリスの背後の扉に視線を向けた。


「悪趣味だな」


 チルナと、そっくり同じ声が背後から返ってくる。

 カルナリスは、恐る恐る振り返った。

 濃い灰色のローブ、不健康にやせ細った首、顔。鮮やかな桜色の瞳。ピンクの鳥の巣頭。


「チルナ、さん?」

 不機嫌全開のチルナが立っていた。


 彼女がもう少し太って、身綺麗にしたら、きっとマリサとそっくりだ。

 その姿も、声も。

 今やっと、その事実を理解する。


「誰が、後ろめたいって?

 あんただろう。それは」


 射るような眼差しで、カルナリスの後ろで悠然と座っている、自分そっくりの、そして全然似ていない、姉を詰る。


「そうよ。私は後ろめたいの。

 魔力を失って、むしろほっとしたのは私。塔長を目指さなくても良くなって、アルに勝たなくても良くなって、喜んだのも私。

 でも、あんたは自分の力を責めて、呪って、こんなところで燻ってる。

 もう、いい加減止めて欲しいのよ。あんたも、アルも、うっとうしいの」


 イライラした声音で、チルナは、いや、マリサは吐き捨てるように言った。


「それで、だから、何だ?」

「もういい加減、終わりにしましょう。

 あんたはちゃんと闇の魔法使いになるべきだ。そしてアルも、選ばなきゃならない。

 いつまで、塔長に甘えるの? それとも、この子に押し付ける?

 もう、わかってるはずよ? 私は、今の私を呪っちゃいない。あんたを恨んでもいない。

 私は、もう私の道を進んでいるのよ。それなのにあんたたちは、いつまでそこに留まっている気?」


 チルナの姿を模していたマリサは、立ち上がるとゆらりとその姿を崩し、あの、派手で華やかで、それでいてどこか寂しそうな彼女の本来の姿に変わっていた。

 手には、彼女を手製のショールを持っている。細かな紋様を織り込んだ、見事なまでに美しい純白のショール。


「まやかしの種明かしは、簡単。

 これに、魔法陣を織り込んでるのよ?」


 カルナリスを見やって、誇らしげににやりと笑うマリサ。呆れたように息を吐くチルナ。

 カルナリスは、ただただ呆然と双子の姉妹を見つめているしかなかった。  

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