無の魔法使いの弟子・8
カルナリスは扶翼の塔の扉を開け、視界に入ったものから逃れる為に、すぐにそのままくるっと回れ右をした。
しかし、既にそこには、先ほど開けたはずの扉はなく、代わりにどこかで見たような赤い塔が立っていた。
「あれ、カルナリス」
「火の塔に戻ってきたんだね!」
唖然と、扉の代わりに出現した火の塔を見上げていた彼女は、不覚にも逃げ遅れた。
扉を開けて真っ先に目に入ったしまった変態双子は、結構離れた距離にいたはずなのに、今はすぐ隣でカルナリスを挟むように立っている。
「いや、別に、戻ってきたわけじゃないんだけど」
弁解するカルナリスの腕を、それぞれがつかむ。
「今ちょうど引っ越しの最中だったんだよ」
「よかったよかった」
引っ越しの後だったら、僕らがどこにいるかわからないもんね、と続ける双子を、カルナリスは代わる代わる見つめた。
「引っ越し?」
「そうそう、ニルス師匠がとうとうやったんだ」
「めでたく破壊記録を伸ばしたんだよ」
きらきらと目を輝かせる双子を、カルナリスは両腕を拘束されているのも忘れ、不思議そうに眺めた。
「破壊記録って?」
「あれ、知らなかった?」
「カルナリスがいた時だって、壊そうとしてただろう?」
今度は双子の方が、逆に不思議そうにカルナリスを見つめた。
「何を?」
「「だから、部屋」」
双子が両脇から声をそろえて答える。
カルナリスは、双子の背後を見つめた。
テーブルや椅子、ベッドやらが2セットずつ転がっている。
「あれ、何?」
「とりあえず新しい部屋を整えるからって、僕らの荷物は放り出されたんだよ。今やっと、運び込むところなんだ」
「カルナリスも見に来るかい?」
嬉々として迫る双子を、カルナリスは交互に見やった。
「えっと、もしかして、ニルス先生が、部屋を壊した、の?」
口にしながらも、カルナリスはよく理解できないでいた。
先生が、部屋を壊す? 先生が? 何故?
そんなことをする理由がわからない。
「そうだよ、なかなか壊れなかったんだけど、やっとね」
「そうそう、学生の寮と違って、さすがに研究室は頑丈に出来てるからね」
自慢する双子に、カルナリスはどうやら本当に、ニルスは部屋を壊したらしいと悟った。確かに、ニルスの講義は、破壊的だったような気がする。命の危険を感じることも、あった。
だがしかし、それら全てが部屋を壊す為だったとは。
「……何で?」
意味がわからなかった。
何だって好き好んで借金を背負おうとするのか。
「何でって、大きくて丈夫な部屋がいいからだよ」
「師匠一年目って、やっぱ下っ端だから良い部屋もらえないんだって」
「そ、だから実力行使」
「徹底的に壊しちゃったんだよ、さすが師匠だよね」
あははっ、と笑う双子。呆然と二人を見つめるカルナリス。
「徹底的にって、じゃあ、修繕費が莫大じゃあ」
カルナリスは小さく震えていた。
恐ろしくて聞きたくない気持ちもあったが、怖いもの聞きたさで好奇心が勝った。
「修繕費? そんなのかからないよ」
「は?」
「やだなあ、カルナリス。何だって修繕費が必要なの?」
「え、だって、部屋を壊したんでしょう?」
だって私は、そのせいで莫大な借金を負ったんだ、とは、さすがに恥ずかしくて言えない。
「何言ってんのさ、カルナリス。
ここは、魔法使いたちが集まる塔なんだよ? それなのに魔法で壊れるようじゃ、全然だめじゃん」
「そ、それは、そうかも」
まだ良くわかっていない様子のカルナリスを、双子は出来の悪い妹でも見るように見つめ、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「ここは魔法使いの塔。
世界の全ての魔法使いが集う場所。魔法使いの象徴。
だから、そんじょそこらの魔法で、簡単に壊れるようじゃいけないんだよ。
壊れたら、それ以上の保護の魔法をかける。そうやって、塔を強化していくんだ。壊れるのは塔が悪いんであって、壊した人間は悪くないの。わかる?」
よって、弁償する必要なんてないわけ。
にこやかに断言する双子に、カルナリスは完全に言葉を失っていた。
カルナリスは、扶翼の塔の前で蹲っていた。
ひざの上に顔を乗せた状態で、ぼんやりと前を見つめている。視界の端を、講義を終えた灰色のローブを着た魔法使いのたまごたちがぞろぞろと歩いていく。
何で、皆、まじめに講義を受けているんだろう。
もちろん、魔法使いになる為だ。カルナリスだって、昨日までは真面目に勉強していた。成績は悪かったけれど。
魔法使いになろうと思っていた。そのために頑張っていた。
ずっと、借金返済のため、魔法使いにならなきゃと思っていた。
でも。
双子は、ニルスが破壊記録を伸ばしたと言っていた。つまり、前にも彼は部屋を魔法で壊したことがあるのだ。
ニルスが弟子取りを始めたのは今年からで、それ以前は正規の魔法使いといっても下っ端で、その時に魔法で部屋を壊したに違いなかった。そして、もしかしたらカルナリスと同じ学生の時にも、壊したことがあったのかもしれない。
それでも、彼は借金持ちではない。
双子が言っていたことはすんなり納得できる。壊れるのは塔が悪いんで、壊した人のせいじゃない。なるほど、そういう理屈もある。
でも、それなら。
何で自分は借金持ちなのか。
魔石を壊したから?
確かに、そうかもしれない。魔石は高価だから。だから借金を負ったのかも。
でも、塔長はそうは言っていなかった。部屋を壊しちゃったから、魔石の代金を含め、その修理代金が、6,753,566ギールだと言われていた。塔長の養い子だからと言って、優遇できないからと。
そんな借金返せるはずがないから、だから魔法使いに……。
あれ?
そうだった?
カルナリスは、勢いよく立ち上がっていた。
ちがう。そうじゃない。
私は、……。
「いつまでそんな所にいるつもりだ?」
上から、少し呆れたような、どこかで聞いたことのある声が降ってきた。
反射的に振り仰いだ先には、ピンクの鳥の巣頭、桜色の瞳のチルナが立っていた。
カルナリスは唖然と濃い灰色のローブを着たチルナを見つめていた。
聞いたことがあるのは当たり前だ。カルナリスは今、彼女の元にいるのだから。
チルナはさほどしゃべる方ではなかったけれど、彼女の声を聞き分けることくらいできる。
「え? あれ?」
驚いたのは、その声がチルナだったからではなかった。
聞いたことがある、と思ったのは、つい先程、ここじゃない別の場所で、彼女の声とよく似た声を聞いたからだ。
ピンクのふわふわの髪、桜色の瞳の、美少女。
「チルナ、さん?」
双子の姉の、マリサは、彼女とは違って、派手系の美女で。
きっと、あの美少女が成長したら、マリサにそっくりの美人になったに違いない。
あの少女は、なんと言った?
「私は魔女だよ。闇の魔女。
姉の魔力を吸い取った、闇の魔法使いさ」
チルナは妹で、マリサが姉。
まさか、と思う。
でも、カルナリスが開けたのは、扶翼の塔の扉。
扶翼の塔は、それを必要とする者のために姿を現し、その者が求める、必要とする場所の扉を開く。
たった一つの扉が、いかに多くの場所に繋がるのか。
カルナリスはやっと、扶翼の塔の不思議に思い至った。
ただ、顔を合わせづらいと思っていた。
それだけだと思っていたけど、違ったのか。
「チルナさんが、……闇の、魔女?」
きっと、こんなこともあるに違いない。
あの美少女は、チルナの過去の姿なんだ。




