無の魔法使いの弟子・7
「リスト? 師匠候補のリストのこと?」
マルクトは小さく首をかしげ、それがどうしたの、と真剣な顔で自分を見つめるカルナリスに尋ねた。
「さっき聞いたんです。師匠リストは4枚のはずだって」
「おやおや」
にこにこ笑いながら、マルクトはカルナリスの頭を少しだけ乱暴になでる。
「大丈夫だよ」
にこりとそう言って、マルクトはカルナリスには衝撃的すぎる言葉を続けた。
「チルナは、すっごく優秀な魔法使いだからね」
カルナリスは、マルクトが立ち去るのをぼんやりと見送った。
チルナは優秀な魔法具師で、ついでに、魔法使い? しかも優秀な? さらにすっごくとか言っていたけれど、マルクトはチルナびいきだから話半分に聞かなくては。でも、彼はチルナを魔法使いだと言った。
にわかには信じられなかった。
だったら何で、チルナは魔法具師なんかやっているのか。魔法使いと魔法具師は両立できるのか。それならもっと儲けが、いやいや、そうじゃなくて!
水の魔法使いの弟子、ミリィもクロイも、チルナが魔法具師だから、カルナリスが彼女の弟子になることに驚いていたのだ。
でも。
チルナの双子の姉で、やはり紋様作家という肩書きのマリサは、魔法を使った。
カルナリスが暴走させた魔法を、指を鳴らすだけで押さえてしまったのだ。もしかしたら、彼女は紋様作家兼魔法使いなのかも。
だから、チルナだって、魔法を使えても不思議がない。
カルナリスはぼんやりとしたまま、扶翼の塔の扉に手をかけた。
正直言って、まだチルナのところには戻りたくなかった。できれば、考える時間がほしかった。頭の中を整理したかった。
そして、ここは扶翼の塔。
カルナリスは、まだ扶翼の塔のなんたるかを理解していなかった。
彼女が扉を開けると、そこはやはり乱雑な部屋で。
だから彼女は、深く考えることもなく足を踏み入れた。
そこが、とんでもない場所だとは夢にも思わずに。
なんか変だな、と気づいたのは、そこが一部屋しかなく、カルナリスの部屋はおろか、チルナの工房もなかったからだ。
「ここ、ど」
こ、と呟く前に、第三者の声が割って入る。
「誰だ?」
いつの間に現れたのか、それとも、この乱雑な部屋のどこかに初めからいたのか、カルナリスと同じくらいの、灰色のローブを着た少女が立っていた。
「誰だ、お前?」
再度険しく問う少女を、カルナリスはじっと見つめる。
ふわふわのピンク頭。淡い桜色の瞳。はかなげな印象の、美少女だった。
「誰、あなた?」
ぽかんと見とれながらカルナリスも問いかけた。カルナリスは今まで、まるで妖精のような容貌の、水の魔法使いの弟子、ミリィより美しい少女はいないと思っていた。だが、目の前の少女は、その上をいっている。
大きく潤んだような瞳、いや、違う。
本当に潤んでいる。泣いているのだ。
「どうしたの? 何で泣いてるの?」
思わず聞くと、目の前の少女は盛大に顔をしかめた。
「えっと、あ、ごめん、言いたくないことってあるもんね」
慌てて言いつくろうカルナリスを、彼女は不可思議な物を見るように眺めてから、乱暴に涙の後をぬぐった。
「お前、どこからきたんだ? ここは私の部屋だ」
「へ?」
きょろきょろあたりを見渡すカルナリスを、彼女は盛大に眉根を寄せ、見つめる。
「あの、その、不法侵入する気はなかったんだけど、その、扉を開けたら、ここに来ていて……」
背後を見やれば、開けたはずの扉もない。
「え? え?」
「まさか、扶翼の塔を開けたのか? でも、何で?」
少女は探るようにカルナリスを見つめた。
「えっと、その、確かに扶翼の塔の扉を開けたんだけど、何で?」
カルナリスは困ったように首をかしげる。
「3年生か? 好奇心で来たのか? 魔女に会いに」
「は?」
苦々しげに呟いた少女を、カルナリスはぽかんと眺めた。
「魔女、ですか? えっと、若そうに見えるんだけど、魔女?」
魔女というのは、ちゃんとした魔法使いのはずで、それなら「理の塔」の生徒ではないはずだ。しかし、カルナリスの目の前に立つ少女は、灰色のローブを着ている。つまり、まだ正式に師匠についていない、4年生以下のはずだ。つまり、カルナリスと同じ年か、年下。
「知らないのか?」
「何を?」
きょとんと聞き返すカルナリスを、少女は穴が開くほどに見つめる。
「闇の魔女だよ」
「闇の魔女?」
カルナリスは聞き慣れぬ言葉に、オウム返しに彼女の言葉を繰り返した。
「まさかお前、闇の魔法使いも、光の魔法使いも知らないってことはないよな?」
「闇の魔法使い? 光の魔法使い?」
きょとんと繰り返すカルナリスを、少女は呆れたように見やった。
「――何でここに来た?」
「いや、チルナさんに会いたくないなあ、って思って開けたらここに……」
「は?」
唖然としたような彼女に、カルナリスはさらに慌てた。
「えっと、今その、チルナさんのところに弟子入りしてて、ちょっと気まずいことがあったもんだから、顔合わせづらいなっていうか、考えを整理したいって言うか、はは……」
乾いた笑いを浮かべて彼女を見れば、少女はまじまじとカルナリスを見つめたままだ。
「えっとその、私はわけあって魔法具師のチルナさんのところの弟子をしてるんだけど、これでも一応4年生で、魔法使いを目指してるわけで。魔法具師の弟子なんて、ちょっとどうかと思ったんだけど、マルクト先生がチルナさんは魔法使いだって言うし、なんかよくわからなくなって」
「マルクトって、風の魔法使いか?」
押し黙っていた少女が、考えるように問いかけた。
「え、そう。今年先生になったばかり何だけど、優しくて良い先生だよ」
「あんたは、チルナって言う魔法具師の弟子だけど魔法使いの卵で、チルナは魔法具師だけど魔法使いだっていったんだな?」
「え、う、うん、そう」
大きく頷いたカルナリスを、少女はじっと探るように見つめる。
淡い桜色の瞳が、濃くなったような気がした。
「なるほど、あんたはアルと同じか」
小さい呟きを聞き漏らしたカルナリスは、思わず聞き返そうとして、綺麗に無視された。
「とにかく、扶翼の塔に行ってもう一度扉を開けなければ、元には戻れないみたいだな」
「ついて来い」と続けて、少女は部屋を出て行った。慌てて、カルナリスも後を追う。
少女の後を追いながら、カルナリスは周りを確認した。
灰色の扉の並ぶ、ここは魔法使いの卵達の寮だった。師匠が決まる間では、皆この寮に住む。少女が灰色のローブの学生なのだから、それは当たり前のことだった。
寮を出て、早足で扶翼の塔に向かう彼女の後を、必死で追いかける。
外に出て、彼女の背しか見ていなったカルナリスは、だから見なかった。いや、気づかなかった。
寮はこの「理の塔」の一番端にあり、その反対側の端っこに、目指す「扶翼の塔」がある。つまり二人は、端っこから端っこまで走っていたわけだ。
だから、視界の隅にでも目にはいるはずだった。キーアの住む小屋が。
しかし、あるべき場所に、それはなかった。
扶翼の塔につくと、少女はカルナリスを振り返った。
「さあ、帰りな。あんたはここにいるべき人間じゃない」
少女に言われて、カルナリスはずきんと胸が痛んだ。
「あなた、誰? なんていうの?」
何で、そんなこと言うの、とは続けず、カルナリスはじっと少女を見つめる。
「私は魔女だよ。闇の魔女。
姉の魔力を吸い取った、闇の魔法使いさ」
ぽかんと自分を見つめるカルナリスの横を通り過ぎながら、苦い顔で少女は続けた。
「早く自分の時間に戻りな」




