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魔法使いの弟子  作者: りく
第4章 無の魔法使いの弟子
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無の魔法使いの弟子・5

「やあ、チルナ。カルナリスの様子を見に来たんだけど、元気かな?」

 そう言いながら、緑のローブを着た風の魔法使いは、チルナに豪華な花束を差し出した。

 しかし、彼女は作業に没頭しているのか、マルクトを振り返る様子もない。


「チルナ」

 マルクトは、彼に背を向けたままの魔法具師に歩み寄った。背を向けたまま、彼女は差し出された花束を手で追いやる。

「邪魔」

 短い答えが聞こえたのかどうか、マルクトは花束をどこかへと消すと、次にはいそいそとローブの中から籠を取り出していた。

「差し入れ。結構上手く焼けたんだよ、このパン」

 ずずいっと彼女の目の前にこんがり焼けたパン差し出すと、チルナは諦めたように小さく息を吐き、目の前にあるパンにかぶりつく。

「美味しいでしょう?」

 もぐもぐと口を動かし、咀嚼しているチルナを、嬉しそうに眺めながらマルクトが尋ねた。が、やはり答えはない。

「チルナ、また顔色悪いけど、ちゃんと寝た? 仕事熱心なのは良いけど、ちゃんと休まないと」


「やあね、マルちゃんってば、邪魔する貴方がいるから、余計にチルナが忙しくなるんじゃない?」

 割って入った声に、マルクトはカキーンと見事に固まった。

 ぎぎぎぎっという音が聞こえるくらいにぎこちない動作で、マルクトは首を回転させる。


「マ、マ、マリサ、さ」

「そうよ、久しぶりね、マルちゃん。カルナリスちゃんの様子を見に来たんでしょう?

 チルナの邪魔しちゃダメじゃない。こっちにいらっしゃい?」

 にっこりと満面の笑顔のマリサに、マルクトはやはりぎこちない動作で頷いた。顔を、冷や汗がたらりと流れ落ちている。

「丁度いいところに来たわ、マルちゃん。私もちょっと聞きたいことがあったの。

 ところでもちろん、その美味しそうなパン、私にもご馳走してくれるわよね?」






 カルナリスは、キーアの小屋の前で行きつ戻りつしていた。

 いつもなら、何の躊躇もなく扉を開け、中の惨状に悲鳴を上げている。それからキーアをたたき出し、掃除をしているはずだった。

 けれどもそれは、「理の塔」での講義を受け、修行を終えて、やることをやった後だったから出来たことである。

 カルナリスは、落ちこぼれではあったが、今まで真面目に講義を受けてきた。例え、講義中に居眠りするようなことがあっても、さぼったことはない。


 今日、生まれて初めて講義をさぼった。


 昨日のマリサの訪問で、精神的にくたびれきってしまったから。いや、そうじゃない。

 水、風、火と9ヶ月の修行を終え、僅かながらにもうまれていた自信が、粉みじんに消え去ったからだ。


 魔法使いじゃない、紋様作家のマリサが、いとも簡単に魔法を使った。


 カルナリスは、相変わらず魔法が暴走する。しかも、何だか暴走規模が拡大していた。

 そもそもどうして、魔法使いではないチルナの弟子なんかをやっているんだろう。


 どうしたらいいかわからなくなった。

 もう、本当に魔法使いになれないのかもしれない。


 そう思うと、講義に全く身が入らなかった。講義中に居眠りすることも出来なかった。

 そんなわけで、講義をさぼり、何となく足が向いてしまったキーアの小屋の前にいるのだが、扉を開けることは出来なかった。

 扉の前で行ったり来たりを繰り返し、もうどれだけ経ったのか。

 丁度カルナリスが扉の前で立ち止まった時、勢いよく扉が開いた。


「ルナ、いつまで……」

 がっこん、と扉がカルナリスの顔に正面衝突していた。

 いつもだったら、ここで可愛いらしく倒れる、なんてことはなかっただろう。

 しかし今日は、何だか頭をたくさん使ったせいで、精神的に疲労困憊していた。


「うわあ、ルーナ!」

 カルナリスはばったり倒れ、完全に意識を失っていた。






「……とうに、……の……使いにさせる気があるの?」

 ぼんやりと女性の声が聞こえた。

「マリサ」

 妙に真剣な声。師匠の声だ。

 マリサ? マリサって。

「まさか、嫌になったなんていわないわよね?」

「俺は……」

「そうね。自分のことだって決めかねているのに、ましてこの子のことなんて決められないわよね?」


 責めてるみたいだった。

 いや、本当に責めているのだろう。


「……」

「甘やかすだけ甘やかして、可愛いがるだけ。そんなに嫌われたくない?」

「その通りだよ」


 吐き捨てるように答える師匠。

 とても、苦しそうだ。

 何の話をしてるんだろう。

 マリサさんは、何で師匠を責めてるの?


「後、3ヶ月よ?」

 静かな声は、まるでカルナリス自身に迫ってくるようだった。


 後3ヶ月。

 3ヶ月経ったら、チルナさんのところの修行が終わって、4年生が終わる。

 私は、進級できるんだろうか?

 魔法使いになれるんだろうか?

 3ヶ月経ったら、どうなってるんだろう?


 ああ、でも。


 魔法使いにならなかったら、塔長の傍にも、師匠の傍にもいられなくなるんだろうか。






「ルナ、でっかいこぶになってるぞ」

 ぽたぽたと水の滴るタオルを持ったキーアが、ソファに寄りかかるカルナリスを心配そうに、しかしちょっとだけ笑いを堪えている顔で言った。

 ドアにぶつかって気を失ったカルナリスを、キーアがソファに横たえてくれたらしかった。

 それは良いのだが、おそらくソファに山と積まれていたらしい本やら何かが、カルナリスの足下にごたごたとひっくり返されている。


「師匠、まさかそれを私の頭に置いていたんですか?」

 キーアの手の中にあるタオルが、彼の足下に丸い染みを作っている。そこから目を離さずに、カルナリスはそう問いながらも、答えを確信していた。

 そうに違いない。何しろ、カルナリスの髪もローブも、ひんやりと冷たい。ソファにもきっと、うっすらと水が染みこんでいるはずだ。


「もう大丈夫か?」

 いや、それはそれは勢いよくぶっ倒れたから、後頭部の方がやばいんじゃないかな、と続けるキーアを、カルナリスはうんざりと見やる。

「それなら仰向けに寝かせるもんじゃありません」

「え? あ、そっか。悪い悪い」

 ちっとも悪びれないキーアに、カルナリスは溜息を漏らす。

「まあでも、平気そうだな」

「そうですね」

 答えて、カルナリスはもう一度溜息をついた。


 小屋の中のあまりの惨状に、声も出ない。

 そう言えば、チルナの所に行って以来、ここに顔を出すのは初めてだった。


「どうかしたのか、ルナ?」

 少しだけ心配そうにキーアが尋ねた。 

 カルナリスは、じっと、長い前髪に隠れたキーアの顔を見つめた。


 借金は返さないといけない。

 でも、魔法使いにならなくても、借金を返せる方法はあって。

 自分には、多分間違いなく才能がなくて、魔法使いになれても、あんな大きな借金を返す方法がない。


 ここに来て、どうしようとしたんだろう?

 相談する事なんてできない。


 魔法使いになるのを、諦めた方が良いんでしょうか、なんて。


「何でもありません」

 散らかったままのキーアの小屋を、カルナリスはそのままに出ていった。


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