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魔法使いの弟子  作者: りく
第1章 水の魔法使いの弟子
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水の魔法使いの弟子・1

 金6,753,566ギール。


 これが、かつて10才の若さにしてカルナリスが抱えた借金の額である。どれくらいの金額かというと、王都の一等地に豪邸をぽんと1軒建てられるくらいの金額だ。

 孤児だったカルナリスが、魔法使いの塔である「理の塔」の塔長に拾われたのは、彼女が9才の時だった。彼女の前に突然開けた未来は、1年後には真っ暗な闇に覆われていた。


 繰り返すが、金6,753,566ギール。


 ごく一般的な職業について、慎ましやかに生活する一般市民には、とうてい払いきれない借金を彼女は負ってしまった。返すためには、「理の塔」一の大魔法使いになるしかない。

 そのために、彼女は塔で魔法使いを目指している。とうてい払いきれない借金を減らすべく、生活能力皆無のキーアという名の仮の師匠の面倒を見ながら。

 


「だ、だめだあ」

 まるで、世界の終わりだとでも言うかの如くに悲痛な叫び声が、部屋一杯に響き渡った。

 くたびれた木の扉を大きく開けて部屋の中に入ってきた途端、カルナリスは叫び声を上げ、大げさに頭を抱えてうずくまった。反動で大きな埃が宙を舞った。洗ったばかりの灰色のローブの裾が、埃にまみれる。

 突然の叫びに驚きを見せながらも、この部屋の主、キーアは黙ってカルナリスを見下ろしていた。

「どうしよう、もうだめ。私、塔を追い出されちゃいますっ!」

「え?」

「どうしよう、借金。いっそ体売るか? もうそれしかない? ああ、乙女の危機! って言うか、体売っても借金に足りるの? 相場はいくら位なんだろう? 私は平均未満の成長だけど、売れるのかな? う~ん、いっそ踏み倒してとんずらはかるとか?」

「ル、ルナ?」

「うん、それが良いかも知れない。莫大な借金にがんじがらめできゅうきゅうの生活するよりは、解放されて逃げるべき? 裏の畑で野菜を可能な限り持ってって、ついでに師匠のへそくりをちょっとばかし拝借して、逃亡資金に……」


 師匠の存在を忘れ去り、自分の世界の中に入り込んでしまった不肖の弟子を、キーアは戸惑ったように見守っていたが、へそくりを拝借の段になって顔色を変えた。おそらく。

 相変わらず、キーアの髪は前も後ろも長くてぼさぼさで、顔色さえはっきりしない。


「ルナッ!」

「うわわっ! し、師匠、いつからそこに!?」

 思わず飛び起きて、足下の書物に足を滑らせ、カルナリスは危うくゴミの山に体をつっこむところだった。

 飛んできた書物を、体を小さく右に傾けることでかわし、キーアは真後ろに倒れた弟子の腕をしっかりと掴み、彼女が危うく机の角に後頭部を強打することを回避した。


「おわわわっ。あ、ありがとうございます、師匠」

「うん」

「って、でも!

 師匠、何ですかっ!? この惨状は? 私はいつもの如く、きちんと片づけてから出かけたはずなんですが?」

「うん。で、いつもの如くこうなった」

腰を落とし、カルナリスのローブの裾をぽん、ぽん、と叩きながらキーアは答える。


 ぽたん、と冷たい滴がキーアの頭に落ちた。


「ル、ル、ルナ?」

 頭上を見上げ、ぎょっとしたように、キーアはカルナリスの名を呼んだ。

 ぽろぽろと、カルナリスの頬を涙がこぼれる。 

「どうした? どこかぶつけた?」

 ふるふると、力無く彼女は首を横に振る。

「もうだめなんです、師匠」

「うん?」

「塔、出て行かなきゃいけないんですううううぅ」

 うわーん、とカルナリスは号泣し、キーアはただおろおろしていた。






「落ち着いた?」

「ええ、もうすっきり完全に落ち着きました」

 自分で作った、ちょっと甘めのホットミルクを口に運んで、カルナリスは晴れやかな笑顔を浮かべた。但し、目は笑っていない。


 キーアは家事能力が一切ない。

 つい先ほども、泣き出したカルナリスをとりあえず落ち着かせようと、キーアは何か飲み物を、と考えたらしい。そこまでは良かった。

 ミルクパンを用意し、ミルクを注ごうとして、何故か盛大にミルクは床にこぼれた。

 慌てて床を拭こうとして、ミルクパンを放り投げた。それは見事に食器棚に衝突し、扉のガラスが砕け、更に慌てたキーアの腕が、テーブルクロスを引きずり下ろし、その上にあった書物が雪崩を起こした。

 さんさんたる有様だった。

 カルナリスはぴたりと泣きやみ、真っ赤に泣きはらした目でキーアを睨み据えていた。

 とりあえず、彼女を泣き止ませることには成功した。代わりに彼女の怒りを買ったけれども。


「こ、こっの、バカ師匠っ!!」

 手早くカルナリスは片づけを初め、かろうじて残っていたミルクを温めて、怒りを静めるためにちょっと砂糖を入れてホットミルクを作った。

 師匠であるキーアは甘いものがあまり得意でないため、カルナリスも普段は砂糖を入れない。

 ほのかに甘いホットミルクは、徐々にカルナリスの高ぶった気持ちを落ち着かせていった。


「で?」

「で、何ですか、師匠?」

 カルナリスは冷たい目で、目の前に座る師匠を一瞥した。びくん、とキーアは小さく身をすくませる。

「えっと、だから、さっきの話」

「ああ、私が塔を追い出される、ってやつですか?」

 こくん、とキーアは頷いた。

「そうなんです。もう、ここにいられないんです」

 はあ、とカルナリスは大きく溜息をつく。ホットミルクを見つめ、次の瞬間にはごくごくっと、あおるように飲み干し、右手で勢いよく口をぬぐう。

「もうだめなんです」

 再び涙目になって、カルナリスは真っ直ぐにキーアを見つめた。

 キーアは小さく首をかしげ、カルナリスの言葉を待っている。

「師匠が見つからないんです」

「え?」

「私のレベルだと、迎えてくれる師匠がいないんです。師匠がいないって事は、進級できないって事で、そうすると、もうここにいられないんです」 

「ああ」

 ぽん、っと合点がいったように両手を叩いて、キーアは頷いた。


 来月から塔の5年生となるカルナリスは、1年間塔の魔法使いに弟子入りすることになる。

 弟子入りは、地水火風の属性、成績に応じて、選べる師匠が決められており、成績の良い生徒から師匠を決めていく。本人の意向、能力、そして受け入れる側の師匠の意向があえば、弟子入りは決定する。

 属性の点では、カルナリスは何の問題もない。何とも珍しいことに、彼女はとりあえず4属性全ての魔法の能力があった。しかしいかんせん成績が悪すぎた。

 落ちこぼれのカルナリスは、当然選べる師匠は限られ、そして師匠の側でもあまり受け入れたくはなかったのだろう。

 塔に名を連ね、弟子をとることを許される80名の魔法使いの中で、彼女のリストに名前が載っているのは、わずか14名。

 そして、カルナリスは11名の魔法使いに断られている。

 既に同級生の9割方は師匠を見つけているにもかかわらず。

「ちょっと、リスト見せて」

「はい?」

 ぐずぐずと鼻をすすりながら、カルナリスは懐から師匠リストを取り出した。

 5枚中、1枚白紙のリストを、キーアはしげしげと見つめ、唇の端を僅かに上げる。


「なんだ、いるじゃないか」

「はい?」

「大丈夫、彼なら受け入れてくれるよ」

 そう言ってカルナリスの前にリストを戻し、一人の魔法使いの名前を指さした。

 その名を見て、カルナリスは思いっきり不審そうに眉を寄せる。


 ディオス・カーン

 水の魔法使い。


「あの、水属性ですが?」

 4属性全てを扱えるとは言っても、もちろん得手不得手はあって。

 得意と胸を張って言える属性があるわけでもないカルナリスにとって、それでも水属性は1番苦手な部類にはいる。だからカルナリスは、水属性の魔法使いにはあたっていなかったのだ。

「大丈夫、面白いから」

「はあ?」

「大丈夫、塔を追い出されたりしない」

 ぐしゃぐしゃっと、乱暴にキーアはカルナリスの頭をなでた。

 正直あまり納得がいっていない。面白いから、って、訳が分からない。


 でも。


 頭をなでるキーアの手が温かくて、何だかごまかされてるような気はしたのだけれど。


「分かりました。とりあえず明日この方のところに行ってみます」


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