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魔法使いの弟子  作者: りく
第4章 無の魔法使いの弟子
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無の魔法使いの弟子・2

 カルナリスが、扶翼の塔にたった一つ存在する扉を開けると、そこには彼女に馴染みのある景色が広がっていた。

 一瞬、何故キーアの小屋が? と訝ったカルナリスは、しかしすぐにそこが彼女のよく知る自称師匠の小屋でないことに気付いた。

 乱雑さは変わらない。怪しげな本が山と積まれているのも同じだ。

 しかし、目の前の部屋は、キーアの小屋とは比べるまでもなく広かった。その分、更に散らかっていると言っても過言ではない。実際、ここにはキーアの小屋では見ることのない、怪しげな装置や器具が多く転がっている。


「えっと、ここ、どこ?」

 カルナリスは現実逃避を試みた。


 彼女は、1年間のお試し修行期間のうち9ヶ月を終え、残りの3ヶ月間、チルナの元で修行するために、通い慣れた魔法具修理の工場へ赴いたはずだった。しかしここは、チルナの工場ではない。やけに大きいが、単なる物置小屋にしか見えなかった。

 ソファらしき物が、まるで彫像のように壁に縦に置かれている。うず高く積まれた本の山の下に、テーブルが僅かにのぞける。大小様々な大きさの器具があちこちに乱雑に転がっている。


 これはアートか? いや、そんなわけない。

 これは明らかに物置小屋だろう。


 それが、何故カルナリスの前に現れたのか。

 扶翼の塔は、それを必要とする者のために姿を現し、その者が求める場所の扉を開く。

 チルナの工場に繋がらなかったと言うことは、カルナリスが彼女に弟子入りしなくても良いということか。改めて、別の魔法使いに弟子入りできるということだろうか。

 往生際の悪いことに、カルナリスは一瞬そのことに喜んだ。


「でも、なんで?」 

「ああ、遅かったな」

 ゴミの、ではなく、書物の山の陰から、ピンクの鳥の巣頭が姿を現した。黒に近い灰色のローブから、骨と皮だけではと疑う程に細く、病的に白い腕が伸びて、書物の山にぶつかり、見事に雪崩が起きた。


「あああっ!」

 カルナリスは反射的に部屋の中に飛び込み、大きく腕を伸ばし、崩れ落ちた本を受け取ろうとした。1,2冊を受け取ったところで、どどどどっと落ちてきた数冊の本が彼女の腕、頭、背中を打ち付けた。おまけに、お腹の下に、転がっていた本の角が当たる。


「いででっ……」

 かなり痛かった。間違いなく、いくつもの青あざが出来上がっただろう。

「無事か?」

 呆れ声のチルナに、乾いた笑いを返す。

「……何とか生きてます」

「そうか、じゃあ、こっちに来い」

 そう言うと、彼女は床に倒れ、体の上になだれ落ちた本を乗せているカルナリスを助けようともせずに、奥の扉の中へ消えた。

「あ~、はいぃ……」

 カルナリスはずりずりと這い出ると、こぼれ落ちた本の山を綺麗に揃え、一瞬途方に暮れた。

 机の上には、本を置く場所がない。一体どこにあったかも定かではない。


「カルナリス?」

 名を呼ばれ、カルナリスは仕方なく本の山を床の上の、なるべく邪魔にならなそうなところに重ねた。

「今行きます!」

 そう叫んで、カルナリスは慌てて奥の扉を開けた。






「こっちがお前の部屋で、あれが私の部屋」

 先ほど物置部屋と思ったのは間違いだった。

 案内されたカルナリスの部屋は、こぢんまりとした、これぞまさしく物置部屋だった。

 何が入っているか不明の箱の山。やはりここにも本の山。歪な機材の山。ベッドや椅子もあるが、それは縦に立てかけてあったり、逆さまになっていたりで、およそ人の住む空間ではない。


「さっきのは、えっと、応接間だったか?」

 あれのどこをどう見たら、応接間だというのだろう。

 そう言えば、彼女は一体あそこで何をしていたのか。

 物置部屋を見つめながら、カルナリスは思考を巡らしていた。

「適当に片づけたら、後で何か軽く作って」

「はあ」

「そっちがキッチン」

呆然とするカルナリスに、チルナはそう告げて、自室の扉を開けた。

「今から寝る。4時間は起こさないで」

 カルナリスは呆然と部屋を見据えたまま、とりあえず頷いた。声が出なかった。


 とてもじゃないが、4時間で片づけられるとは思えない。無理だ、絶対無理。

 巨大ゴミの山。埃で山が出来ている。


 カルナリスは、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れた。

 もわっと立ちこめる埃に、思わず咳き込む。


「これは、今日は寝られないかも……」

 乾いた笑いを浮かべて、カルナリスはとりあえず部屋を片づけることにした。






 4時間かけて、何とかカルナリスは寝床を確保した。

 が、まだ部屋は片づいたとは言えない。寝る場所だけ確保して、どうにもわからない箱や器具等は、部屋の隅に押し込めた。後でチルナに確認しなければならない。

 ふらふらになりながら、埃を一杯浴びた手と顔を洗う。

 がらがらとうがいして、何とか一息ついた。しかし、灰色のローブは、埃にまみれてますます濃いねずみ色になってしまって、みっともない。カルナリスは、持ってきたずだ袋の中から替えのローブを取りだして着替えた。

 やっと、気持ちが落ち着く。そうすると、途端に眠くなってきた。かなり疲れているようだ。力仕事を山ほどしたのだ、無理もない。


「えっと、軽く何か作るんだっけ」

 パシーンと両頬を叩き、よしっと気合いを入れる。

 チルナに教えてもらった台所の扉を開け、カルナリスはがっくりと肩を落とした。


 アルバイトで通っていた工場は、ぐちゃぐちゃだった。先ほどの応接間だという部屋も、彼女にあてがわれた部屋も、ゴミの山だった。だから、ある程度は予測してしかるべきだった。

 キーアと同じで、彼女は掃除をしない。はっきりきっぱり、彼らは生活無能力者だ。


 台所は、決して散らかってはいなかった。整然とした、まともな台所だ。つまり、全く使っていないのだろう。アルバイトできていた時も、風の魔法使いのマルクトの差し入れを食べていた。チルナは、一切料理をしないのかも知れない。他の物を口にしていたところを見たことがない。

 しかし、そんな彼女に不似合いなほど、調理器具が充実していた。最も、どれもこれも、見事に真っ白い埃を被っている。一体何年使っていないのかわからない。下を見れば、床一面、うっすら白い。どうやら、足を踏み入れてさえいないらしい。

 口元を押さえながら、カルナリスはキッチンを物色した。戸棚や引き出しの中は、どこを開けても見事に食材がひとっつもなかった。


 これで何を作れと言うのか。


「えっと、どうする?」

 まずは台所の片づけか。しかし既にカルナリスは片づけする気力がない。

 もう十分やった。誰も誉めちゃくれないが、頑張った。よくやった、自分。

 心の中で自分を誉める。

 今日はちょっと片づけたくない。この大量にある調理器具やら食器やらを、全部洗う気力はない。

 出来合いを買ってくるか。

 仕方ない。幸いにも、チルナからもらった大金がある。キーアは遠慮なくもらっておけと言っていた。あれから時間も経っていて、正直返しづらかったのでちょうど良い。

 カルナリスは重い足を動かしながら、外へ出るべく台所の扉を開けた。


「え?」


 ぽかんと口を開けていた。

 廊下があって、その左側がチルナの部屋、右側がカルナリスの部屋で、正面が応接間のはずだった。


 しかし、カルナリスの前には、大きな空間が広がっている。


 そこは、先ほどまでいたチルナの工房ではなく、食料品売り場に変わっていた。 


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