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魔法使いの弟子  作者: りく
第4章 無の魔法使いの弟子
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無の魔法使いの弟子・1

 キーアの小屋は、相変わらず汚い。

 不潔にしているわけではないが、常にゴミゴミしている。

 テーブルの上は乱雑で、しかし長い付き合いのマルクトは、平然とした面持ちでざっかざっかとテーブルの上を片づけると、持参した手製のお菓子を広げた。 


「カルナリスのリスト、ちゃんと5枚目が現れていたよ」

 テーブルを整えたマルクトは、嬉しそうにそう言ってキーアを振り返った。

「当然だ、この俺が見てやったんだ」

 そう偉そうに答えたのは、マルクトのすぐ右隣で、この部屋の中で唯一まともに座れる椅子を独占していたニルスだった。マルクトが声をかけた相手は、彼の視線の先、入口の扉にもたれかかるようにして静かに立っている。

「君だけの功績じゃありませんよ」

 マルクトから見て左側、開け放たれた窓の側に立ち、口元を純白のハンカチで押さえたディオスが、盛大に眉を顰めながらニルスを窘めた。彼の手にしているハンカチには、銀の糸で精密な刺繍が施されている。もちろん、人気の紋様作家マリサの作品だ。

「そうですよ、ニルス」

 勝ち誇ったようにディオスに迎合するマルクトをちらりと横目に見て、ニルスは部屋の主を振り返った。

「機嫌悪そうだな。まだ不満でもあるのか」

「不満?」

 憮然とした声に、ニルスは小さく肩を竦め、マルクトは目を見開き、ディオスは僅かに眉を顰めた。

「別に、あんた達に不満なわけじゃない」

 一斉に視線が集まり、キーアは嘆息混じりに付け加える。

「じゃあ、カルナリスに不満なわけですか?」

「……いや、そう言うわけじゃない。ルナは何も知らないんだ」

 マルクトの言葉に、キーアは首を振った。

「つまり、塔長に不満なわけだ」

 楽しげに呟いたニルスの言葉に、マルクトは反射的に彼を睨み付けた。ディオスもまた、難しい顔でニルスを見やってから、キーアを真っ直ぐに見据える。

「リンゼイ、お前はどうしたいんだ?

 カルナリスの幸せを願ってる。

 以前、お前はそう言っていたな。お前が彼女を大事にしているのは知っている。だが、塔長に不満を覚える前に、お前こそ、何をやっているんだ?

 そもそもお前は、彼女を弟子にする気はあるのか?」

「チルナの所で学べば、あの子は無理して魔法使いになる必要はなくなる」

 ディオスの問いに答えず、キーアはぼそりと呟いた。

「それに、あのリストはまだ完全じゃない。それまで、俺には選択権はないさ」






 水の魔法使いディオスの部屋に入ったミリィは、豪華な6角形の談話室の奥、水の部屋へと続く扉をそっと開いた。

 壁を伝う水のカーテン。ひんやりとした空気。流れ落ちる水の音に、濃密な水の匂い。

 その中に、彼女の兄妹弟子であるクロイが立っていた。

 彼の周りを、透明な物体がふわりふわりと漂っている。彼が水でつくった竜だった。

 天使のような美少年に戯れる水の竜。

 それは、ひどく幻想的な場面だったが、美しい物に常に囲まれているミリィに、何の感慨も与えるものではなかった。

「クロイ」

 ミリィの呼びかけに、ぱしゃんと水がはじけ、竜が姿を崩した。

「何だ、ミリィ?」

「カルナリスがどこに行ったか聞いてきましたわ」

 興味があると思って、と続けるミリィに、クロイは思いっきり眉根を寄せる。

「とりあえず、土の塔ではありませんでしたわ」

 どこか釈然としない様子で、ミリィはそう言って、言葉を切る。

「そうか」

 ほっとした様子のクロイに、今度はミリィが顔を顰めた。


 クロイは、カルナリスの師匠が、彼女を4属性全てを扱える魔法使いにさせようとしているのではと疑っていた。確かに、彼女は4属性の魔力を持っている。

 水、風、火ときたのだ。流れとしては、土であってもおかしくない。ただし、そんな例は現実ではほとんど無い。ましてやカルナリスであればなおのことだ。

 そもそも、塔には現在4属性全てを教えられる魔法使いが存在しない。理の塔のトップに立つ塔長でさえ、土と火の魔法しか扱わない。

 4属性を扱う魔法使いなんて、過去にも現在にも、片手で数えるほどしか存在しないのだ。

 それほど、稀少だった。

 まず、全ての属性の魔力を持っていなければならないし、反発する魔力を押さえ込み、自在に扱う技術が必要だ。水魔法でさえ暴発させるカルナリスに出来るはずもない。


「で、どこに行ったんだ?」

 黙ったままのミリィに、クロイは単についでに聞いてやっているんだ、という風を装って尋ねた。ミリィは一瞬躊躇うように硬く口を結び、それからやはり戸惑った様子で応じた。


「それが、チルナの所なんです」

「……は?」


 一拍遅れて反応したクロイに、ミリィはただ小さく首を振って、それ以上問うなと示した。

 チルナは、魔法使いの塔に所属する、「魔法具師」だ。「魔法使い」ではない。

 本来なら、4枚の魔法使いリストに名前が載るはずもない。


「一体、どういうことだ?」

「私にもわかりません」

 クロイの呟きに、ミリィはもう一度首を振るしかなかった。






 カルナリスは、扶翼の塔の前で呆然と立っていた。

扶翼の塔は、魔法使いの集まるここ、「理の塔」での生活を補助するための施設である。

 この中には、衣食住にかかる施設はもちろん、魔法使い達が使う魔石や魔法具などを作る工場や、郵便施設等々があり、この扶翼の塔で揃えられないものなど無い。

 しかしこの塔、ここを必要としない者の前には現れない。

 以前、高額すぎるバイト料をチルナに返そうと、何度もやってきた時には現れなかった扶翼の塔が、今は彼女の目の前にある。

 彼女の背には、お泊まりセットが入ったずだ袋があった。ここにいるチルナの元で、これから3ヶ月間彼女が弟子入りするためだ。だから、扶翼の塔は彼女の前に姿を現したのだろう。

 つまり、チルナへの弟子入りは決定事項と言うことである。

 カルナリスは大きく溜息をついた。

 マルクトに、次の師匠だと5枚目のリストを見せられた時、彼女は何かの間違いだと思った。

 今まで白紙だったリストに、名前が現れている。

 それは、まあいい。

 だが、そこに現れた名前が問題だった。


 チルナ・ノーラ・カノン


 彼女は、扶翼の塔隋一の魔法具師だ。

 つい最近まで、彼女の元で無料奉仕だと思っていたバイトをしていた彼女は、もちろんそのことをよく知っていた。

 彼女は優秀な魔法具師で、--魔法使いではない。


『何でお前、魔法使いになるんだ?』


 クロイの声が耳に蘇る。

あの時、彼の問いに答えられなかった。

 何故、魔法使いになるのか。

 その答えは単純明快だ。借金返済のため。他に道はないと思っていた。


 金6,753,566ギール。


 王都の一等地に、豪邸を1軒ぽんと建てられる金額。

 こんな大金、そんじょそこらで返せるはずもない。だから、魔法使いになろうと思った。

 それでも、そう答えられなかったのは、クロイが、ミリィが、そして、レイナにあの双子でさえも、魔法使いになるために真剣に頑張っていることを知ったからだ。


『お前、本当に水の魔法使いになる気があるのか?』


 答えられなかった。

 そんな気は全然無かったから。

 だから、だろうか。

 カルナリスがいい加減な気持ちでやっていたから、だから、5枚目のリストに魔法使いでない人物の名前が現れたのだろうか。


『知らなかったのか? チルナはこの塔一の稼ぎ手だ。彼女ほどの技師はいないから』


 キーアが言っていた言葉。

 魔法使いのトップである塔長よりも稼いでいるという、魔法具師のチルナ。

 つまり、魔法使いにならなくても、魔法具師になれば借金返済が出来るかも知れないということで。

 魔法使いになりたいと思っていたわけじゃない。なるしかないと思っていただけだった。

 でも。


 もう、魔法使いになれないのかも知れない。


 それは、ひどくカルナリスを憂鬱にさせた。


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