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魔法使いの弟子  作者: りく
第3章 火の魔法使いの弟子
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火の魔法使いの弟子・8

 よく観察すると、ニルスはかなり大雑把で気分屋で、たいそう面倒くさがりの師匠だった。下手をすれば、キーアよりも手がかかる師匠である。


 まず、お茶を入れるとか掃除などは絶対にしない。本来弟子の仕事だから当たり前といえば当たり前だが、それが徹底している。

 真夜中だろうが何だろうが、お茶を飲みたいがために双子をたたき起こす。

 それくらいなら自分で入れた方が楽だろうに、絶対にやらない。カルナリスは起こされたことがなかったが、どうも「女の子には優しく」がモットーで、それがために犠牲が双子だけだったらしい。たまたま早起きしたカルナリスは、半分寝ぼけたアリオンが、トレイにのったお茶をひっくり返しそうな瞬間に遭遇し、その事情を知ったのだった。

 講義の内容も、どうも行き当たりばったり、その時の思いつきらしいと気付いたのは、3ヶ月のお試し期間を、残すところ5日を切った辺りだった。

 講義前の恒例となった、杖を持たずに火の玉を維持させている間に、ニルスはこれから何をやるか考えるらしい。カルナリスが遅まきながらもそれに気付いたのは、彼女にようやっと余裕が出来たからだった。今のカルナリスは、双子と同じくらいの大きさの火の玉をつくることが出来る。

 大雑把で気分屋だが、ニルスは確かに腕の良い師匠だ。

 双子もカルナリスも、間違いなく火の魔法は上達している。

 ただ、時たま命に関わるような危険な魔法を使ってくるのは、どうか気のせいだと思っていたい。火の部屋を破壊し、もっと丈夫な部屋に移りたいと思っているなんて、あまり知りたくなかった。

 まともな師匠だと思っていたが、彼もかなりおかしい。


 双子は、変態だが結構優しかった。

 出来れば認めたくないことだったが、実は親切だ。変態だけど。セクハラ大魔王だし、間違いようが無く変態だったけど。でも、優しい。

 それは決して、カルナリスの宿題を手伝ってくれたからとか、居残り勉強に付き合ってくれたからとか、差し入れをくれたとか、そう言う理由だけから言っているのではない。ランチでジュースをおごってくれたとか、掃除当番を代わってくれたとか、そう言う理由だけではない、多分。まあ、それも理由の一つではあるけれど。


 非常に不本意なことに、彼らの変態さ加減にも慣れてしまった。それでも、カルナリスはまだ彼らを名前で呼んでいない。別に名前で呼んでも良いような気がしないでもなかったが、慣れとは恐ろしい。「その1」、「その2」の方がぴったり来るのだ。双子も、最近ではあまり名前で呼んでと言わなくなった。双子も慣れたのだろう。

 カルナリスが、さて次の3ヶ月はどうしようと遅まきながらに思ったとき、先の臨時師匠であるマルクトはやって来た。


「やあカルナリス、良かった、あの火の変人はいないよね、カルナリス一人だよね、うん、良かった。いや、それは予めリサーチしといたんだけど、知ってなきゃ来られないし。あのいかれ魔法使いには会いたくないからね」


 赤い扉を開けてマルクトを出迎えたカルナリスは、満面の笑顔で息継ぎする間もなく話し出したマルクトを、半ば呆然と見上げていた。


「カルナリス、大丈夫だったかい? 無事なら何より。あいつは手が早いって言うか、いやいや、まさかロリリリリ……じゃなくて、あーホントに何でもないんだ。うん、本当に無事で良かった」

 カルナリスが口を挟む間もなく、マルクトは早口でまくし立てていく。

「3ヶ月って意外に長いよね。あの最低魔法使いと3ヶ月も一緒だったなんて、苦労しただろう。大変だったね。ホント、カルナリスは偉いよ。うん、可哀想に」

 そう言うと、マルクトははらはらと涙を流した。


「マ、マルクト先生?」

 やっと口を開いたカルナリスは、いつの間に戻ってきたのか、マルクトの背後に立つ真っ赤なローブのニルスを見て、再び口を閉じた。


 ガコンと音がして、後頭部を思いっきり殴られたマルクトが地に沈む。


「こんな奴は放っておけばいいんだ、カルナリス。あまり近づいたらアホ菌が移る。危ないぞ」

「ニ、ニルス……」


 地の底から響くような低い声は、カルナリスが聞いたことのない声だった。とても、あの穏やかにいつも笑みを湛えていて、どこかお人好しで何故かチルナを好きだという物好きなマルクトの声とは思えない。


「調べが十分じゃなかったようだな。やはりお前は抜け作だ」

「ニルス、僕はカルナリスに用があるんです」

 マルクトはむくりと起きあがると、やはりかなり低い声で、ニルスに言った。

「ああ?」

 カルナリスを前に、マルクトとニルスは彼女を無視して話を進めていく。

「貴方には関係ないことです」

「今の師匠は俺だ」

「後3日のことじゃないですか」

「今は俺だ」


 部屋の前での火花散る戦いに、カルナリスは僅かに後ずさった。


「カルナリス、扉閉めちゃったら?」

「二人で盛り上がってるんだから、世界を切り離してあげた方がいいよ」


 いつ、どこから見ていたのか、双子の珍しく的確な指摘に、カルナリスは従った。






「えっと、す、すみませんでした」

「……」

 しょぼんと階段を下りていくマルクトを横目に見上げ、カルナリスは謝った。


 先ほど、マルクトとニルスを閉め出してしばらく経ってから、ひどく上機嫌のニルスが扉を開け、鼻歌を歌うその背後に、今にも泣きそうなマルクトが佇んでいた。

 その姿はもう、この上なく哀れな感じだった。双子に唆され、二人を残したことを、カルナリスは少しだけ後悔した。戸口に立って一人佇むマルクトを見守ったまま、何と声をかけていいかわからずに、カルナリスはマルクトが口を開くのを待っていた。

 やがて何とか正気を取り戻した感じのマルクトに連れられ、こうして火の塔の螺旋階段を下りているわけだが、彼女は行き先すらも問えずにいる。

 何しろマルクトは、未だ完全に立ち直ってはいないのだ。


「本当にすみませんでした。あの、決して悪気があったわけじゃなくて、その、お二人とも熱中してたから……」


 二人の間で、どういうやりとりがあったかは不明だ。そして、それに触れては行けない。


「カルナリスが謝ることはないよ」

 そう言う声が弱い。やはりマルクトはまだ復活していないようだ。

「ちょっとね、古い付き合いだけど、ニルスとは馬が合わないんだ。心配かけて悪かった」

 心配そうなカルナリスを気にしてか、マルクトはそう言うと儚げな微笑を浮かべた。

「いえ、そんなことはいいんですけど……」

 カルナリスがそう答えた時、やっとのことで長い螺旋階段が終了した。


「ああ、そうだ。まだ行き先を言っていなかったよね」 

「はいっ」

 話題が変わったことにほっとして、カルナリスは元気よく返事した。

「えっと、今リストを持ってる?」

「リスト? って、師匠リストですか?」

 彼女は首をかしげ、頷くマルクトを見てローブの懐を探った。

 丸まった5枚の師匠リスト。そのまま差し出すと、マルクトはリストを広げてぱらっと4枚をめくる。5枚目の、白紙のはずのリストを見て、彼はほっとしたように笑った。


「良かった。ちゃんとのっている」

「へ?」

 驚いたカルナリスは、思いっきり背伸びしてマルクトの手にあるリストを覗き込もうとした。しかし二人の身長差が、それを許さない。マルクトはすぐにカルナリスが見える位置にリストを下げようとして、ふと何か思いついたように楽しげな笑みを浮かべた。


「カルナリス、見たいのなら風の魔法を使ってごらん」

「えええ?」


 ぴょんぴょん跳びはねるカルナリスから逃れるように、マルクトは手を上げた。


「せ、先生、そんな殺生な……」

「大丈夫やってみて」


 簡単だよ、とふわりと笑うマルクトを見て、カルナリスはとりあえず飛び跳ねるのを止めた。

「いや、でも、風の部屋の外で魔法使ったこと無いし……」


 水の部屋の外で魔法を使い、暴走して以来、彼女は決して魔法の部屋の外で魔法を使っていなかった。

 マルクトは黙ったまま微笑んでいる。彼は、こう見えて頑固だ。

 てこでも引かない様子のマルクトに、カルナリスは諦めて覚悟を決めた。


 大丈夫、出来る、大丈夫。


 繰り返し心の中で言い聞かせ、えいっと勢いで呪文を唱えた。

 ぶわりと強い風が起こり、マルクトの手からリストが飛んでいく。


「うわあっ!」

「ほら、慌てないで」

 わたわたと手を動かして、届かないリストに必死で手を伸ばすカルナリスに、マルクトが諭すよう言う。

「えっと、あっと、あーっ」


 風を抑えようと、カルナリスは気持ちを落ち着けるようぎゅっと目を閉じた。

 勢いよく吹き荒れた風が、次第に収まり、小さな小さな竜巻となる。遙か上空を舞っていたリストが、ひらりひらりと落下し、カルナリスの手の中に落ちていった。


「その人が次の師匠だよ」


 白紙のはずの5枚目のリストに、一人の人物の名前が記されていた。

 カルナリスは呆然とその名を見つめる。


 そこにあったのは、チルナ・ノーラ・カノン

 つい先日までカルナリスが無償奉仕ならぬバイトをしていた、扶翼の塔、魔法具技師の名前だった。


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