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魔法使いの弟子  作者: りく
第3章 火の魔法使いの弟子
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火の魔法使いの弟子・7

「何で、水、風、火なんだ?」

「まだ言ってるんですの」


 クロイの呟きに、呆れたようにミリィが溜息をついた。

 カルナリスと話して以来、クロイは、思い出したように何度か同じ言葉を繰り返している。

 5年生の仮の弟子入り期間は、最高で4人の師匠を選ぶことが出来る。しかし、実際に4人の師匠につく生徒は滅多にいないし、カルナリスのように属性を変える者などもっと稀少だった。

 クロイが疑問に思うのも当たり前だ。

 魔法で入れたお茶をクロイに渡しながら、ミリィは彼の向かい側のソファに腰を下ろした。


「アルザス・キーア・リンゼイ。何か覚えがあるんだよなあ」

「私は聞いたことありませんわ。師匠からも聞いたことありませんし」

「そう、そうなんだよな、聞いたんじゃなくて……、見た?」

 更に難しい顔で、クロイは考え込む。


「全く、そんなにカルナリスが気になりますの?」

 ミリィが呆れたように問うと、クロイは黙ったまま顔を顰めた。

「カルナリスを妹弟子に迎え入れたいんなら、はっきり言わないと伝わりませんわよ?」

「はあ?」

 クロイが綺麗な顔を歪めてミリィを見やると、彼女は小さく首を振った。

「火の双子も、カルナリスにご執心のようですしね」

「何言ってるんだ? 何でそこで双子の話が出てくる」

 クロイの言葉に、ミリィはかわいそうな子供を見るような顔になる。クロイはむっと表情を強ばらせた。


「俺が気になっているのは、あの落ちこぼれじゃなくて、アルザス……」

 言いかけて、クロイは突然押し黙った。

「クロイ?」

 半ば呆然として考え込むクロイを、ミリィは訝しげに覗き込む。

「まさか、でも……」

「クロイ?」

「だから、水、風、火なのか? まさか。だって、あいつは落ちこぼれで、魔力だってそんなたいしたもんじゃ……」

 呆然と呟くクロイの耳には、ミリィの呼びかけは聞こえなかった。






「またたんこぶつくったんだって?」

 どこか面白がるような口調で問う師匠に、カルナリスは渋面を見せた。

 チルナの所での、修行というかバイトが無くなったため、カルナリスは空いた時間を見つけては、自称師匠のキーアのところへ通っていた。部屋の掃除と、他に相談もあったからである。

 相変わらずキーアの小屋は汚い。カルナリスがせっせと片づけをする横で、キーアは、彼女が働く様子を楽しそうに眺めていた。


「またとはなんですか、またとは」

「だって、まただろう?」

 ぶすっと返すと、キーアは明らかにからかいの口調で言った。

「まあ、そうですけどね……」


 先日の火の部屋での修行で、カルナリスは見事なコブをつくった。何だか今年はよく頭にコブをつくる気がするが、残念ながらそれは気のせいではない。


「でもあれは、ニルス先生がひどい気がするんですけど……」


 ニルスが3つの巨大火の玉を、カルナリスにけしかけたのだ。どう考えても能力的に処理できない火の玉。まあ、だからこそ火事場の何とかで押さえることが出来たのだろうが、それでも、カルナリスが消せたのは火の玉一つ分。双子が手を貸さなければ、カルナリスはたんこぶどころではない大怪我を負ったことだろう。


「まあ、ニルスはねえ……、ちょっと意地悪なところがあるから」

「へ?」

「あれ、気づいてなかった?」

 片づけの手を止めて、カルナリスはキーアをじっと見つめた。何だかすっとぼけた様子に見える。いや、長い前髪のせいで、表情は相変わらず読めないのだが。


「私、意地悪されてたわけですか?」

 はっきり言ってカルナリスに心当たりはない。というか、双子が強烈すぎて、ニルス先生は至極まともな師匠だと思っていた。


「いや、意地悪って言うか、楽しんでた? まあ、結果オーライってやつだな」

「あの火の玉を、私には消すことが出来ないとわかっていたわけですか?」

「う~ん?」

 じりじりと詰め寄ってくるカルナリスに、微かに腰が引けるキーア。

「あの変態双子がいなきゃ、大怪我してた、っていうか、むしろ死んでたでしょう!?」

「いや、その前に助けてたよ、きっと、……多分?」

「そこは断定してください!」

 完全に腰が引けているキーアに、カルナリスは涙ながらに訴えた。

「まあ、ニルスだから」

「それ理由になってませんから!」

 「あー、もうっ!」と続けて、カルナリスは勢いよく蹲った。その拍子に腕を机の角にぶつけ、さらには机の上から落ちてきた分厚い本が2冊、彼女の頭の上に落ちる。


「……」

 キーアが恐る恐るカルナリスに近づいて、彼女の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃありません」

「ルーナ……」

 当然の答えに、キーアはかける言葉を失った。カルナリスも、もとよりキーアからの慰めの言葉など期待していない。


「相談したいことがあったんです」

 ばっと立ち上がって、カルナリスは話を変えた。

「え? 相談? 何々?」

 嬉々としてキーアはそれに乗った。カルナリスはとりあえず片づけを諦めて、手近にあった椅子から本をどかしてそこに座る。

「チルナさんから10,000ギールも頂いちゃったんです。どうしたらいいでしょう?」

「良かったじゃないか」

「10,000ギールですよ! 1,000じゃないんです。たった2ヶ月半しか働いてないんですよ? しかも、修理中の魔法具壊したりして、チルナさんの邪魔したことだってあるんです。無料奉仕は嫌だったけど、だからって、10,000はないですよ、ありえません」


 そう、チルナから解雇を言い渡されたあの日、彼女から受け取った袋には、10,000ギールもの大金が入っていた。袋の中に入っていたのは、彼女のよく知る銅色の銅貨ではなく、初めて手にする銀貨だったのだ。袋を広げてみたカルナリスは、我が目を疑い何度も何度も目をこすった。

 しかし、彼女の目にあるのは、眩いばかりの銀色の硬貨。

 カルナリスが以前ディオスのところで3ヶ月間内職して得た金額が1,985ギール。

 それだって、内職で得たにしてはかなりの金額だった。それが、いきなり5倍だ。10,000ギールもあれば、あの紋様作家マリサ特製の鞄が2つは買えるし、ディオスが身につけているような宝飾職人ユアンの銀細工だって買えるだろう。

 大金だ。間違いなく、大金だ。少なくとも、あの放課後お手軽アルバイトで手に入れられるような金額ではない。


「まあいいじゃん、くれたんだから」

「大金過ぎます! それなのに、返そうと思っても、もう扶翼の塔が現れてくれないんです」

 そう、初めて目にした大金に、カルナリスは喜んだりしなかった。あり得ない金額に、即座に返そうと扶翼の塔に向かったにもかかわらず、扶翼の塔は彼女の前に姿を現さなかった。


「私が、本当は返したくないと思ってるってことでしょうか?」

 扶翼の塔は、必要とするものの前にのみ姿を現すという。カルナリスの前に姿を現さないのは、彼女が扶翼の塔を必要としていないと言うことで、つまりはチルナに会いたくないと言うことになるのか。

「違うだろう、返す必要がないから現れないのさ」

 平然としているキーアに、カルナリスは疑いの眼差しを向ける。

「でも、大金過ぎます」

「ルナには多すぎると思うかも知れないが、チルナの稼ぎからすれば雀の涙だぞ、それ」

「へ?」


 ぐちゃぐちゃの作業場。鳥の巣頭、灰色のローブのチルナ。あの彼女が、とても大金に縁があるように見えない。


「知らなかったのか? チルナはこの塔一の稼ぎ手だ。彼女ほどの技師はいないから」

「と、塔長よりも?」

 何の冗談だろうと思いながら、カルナリスは尋ねた。

「だろうな」

「は?」

「だから、ルナが気にすることはない」


 それは、とてもではないが信じられなかった。


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