火の魔法使いの弟子・5
「明日から来なくていい」
「へ?」
作業を終えて大きく伸びをしていたカルナリスは、唐突にかけられた声に、上げた手をそのままに背後を振り返った。
しかしカルナリスにその言葉をかけたはずのチルナは、作業台にあぐらをかいたまま彼女に背を向け、黙々と魔法具の修理を続けている。
「幻聴ですか?」
「何が?」
「明日から来なくてよいって聞こえました」
「確かに言ったな」
顔を上げずに、チルナはあっさりと答える。
彼女の呟く呪文に従い風が揺れ、淡いピンクの髪がふわりとなびいた。彼女の手にあった魔法具が反応して、淡い光を放つ。
過酷な作業の毎日に疲れ果てていたカルナリスは、しかし彼女のその答えを、すぐに喜んだりしなかった。
また出張かなんかで、しばらく来なくて良いという意味かもしれないからだ。ぬか喜びはごめんだ。
「明日から、いつまでこなくて良いんでしょうか?」
「いつまででも」
「へ?」
間抜けな声を上げたカルナリスを振り返り、チルナは鳥の巣のようなぼさぼさな髪をかき上げて、濃いピンクの瞳を真っ直ぐに彼女に向けた。
「用がなければ永遠に」
「そ、それって、無料奉仕活動が終わったってことですか?」
「ああ」
やったー! と、カルナリスは大きく万歳した。
辛かった。
とてつもなく大変だった。
初めの2週間くらいは、ほとんど雑用だけだった。魔法具を触らせてもらえるようになってからも、当初は触っただけで魔法具が爆発したりして、怪我が絶えなかった。それがなくなってからも、魔法具と相性の悪いらしいカルナリスは、魔法具の誤発動に悩まされた。
おかげで、余計な借金が増えた気がする。
もちろん、仕事は確かにハードだったが、面白い部分もあった。カルナリスにとって、何より堪えたのは、無料奉仕という事実だ。金を稼がなければならない立場にある人間が、よりにもよって無料奉仕! 時間の無駄も甚だしい。
確かに、2ヶ月を越す無料奉仕によって、覚えた技術という物もある。魔法具の触れ方とか使用方法とか、取扱上の注意点とか、裏技とか……。でも、それはほんのごく一部で、魔法具はまだまだ奥深いということがわかってしまった。
たった2ヶ月で何を身につけることが出来るというのか。
多額の借金を背負う身でさえなければ、もう少し勉強しても良いかなという気持ちもないではない。3食きっちり取れて、睡眠時間も確保されていれば、の話だったが。
チルナはあまりに生活が不規則すぎて、カルナリスにはほとんどついていくことが出来なかった。
「あ、じゃあ、クロイさんとミリィさんの借金は返せたわけですか?」
そもそもの発端は、クロイとミリィが師匠であるディオスの魔法具を壊したことにある。
「いや」
「え? じゃあ、何で終わりなんでしょう?」
首をかしげるカルナリスに、チルナは呆れたような視線を送る。
「壊れたディオスの魔法具は、あいつの水魔法を封じ込めた特殊な物だ。壊れたら、2度とは戻らん」
「は?」
「修繕不可能なんだ」
「えっと、あの?」
ぽかんと口を開けるカルナリスに、チルナは重い溜息をついた。
「頭の緩いガキだな」
「!!」
カルナリスは、呆然としてただただ口をぱくぱくさせていた。
頭が良いとは、お世辞にも誉めてもらえたことはないが、こうまではっきりと頭が悪いと言われたことがあっただろうか、いや、ない。
「新しい魔法具に、ディオス自身が水魔法を封じねばならない。
入れ物は何とか作れるが、こればっかりはいかんともしがたいな」
「あ、あの?」
魔法具の修理は不可能で、でも、確か自分は修理費用の肩代わりに来たんじゃなかったか?
「ほら」
小さな袋が放り投げられて、カルナリスは反射的にそれを受け取った。
ちゃりんという音、ずしりとした重み。軽やかな音は、馴染んだ銅貨の音とは少し違っている。
「え? え?」
「今までのバイト料だ」
「へ?」
「じゃ、またな」
ぽーん、と、カルナリスは部屋から放り出された。
「きゃっ」
「うひゃっ」
「あれ、大丈夫かい、カルナリス?」
扶翼の塔を追い出されたカルナリスは、聞き覚えのある声の少年と思いっきりぶつかり、そのまま諸共倒れ込んだ。
「いててっ」
下敷きにした少年の声が耳元で聞こえた。彼のおかげで、幸いにもカルナリスはどこも痛くない。
「はい」
下敷きにした少年と同じ声が正面から聞こえ、カルナリスに手がさしのべられた。
「ありがと、その1」
カルナリスが自力で立ち上がろうとすると、オレンジ頭のロッドは、にっと笑って彼女の腕を掴み、軽々と引っ張り上げた。立ち上がったカルナリスは、ぱっとロッドから離れて距離を取る。
「ありがとは俺に言ってよ」
少し不満そうに呟いてから、下敷きにされていたアリオンが立ち上がり、カルナリスはアリオンを振り返る。
「助かった。怪我はない?」
そう言いながらも、カルナリスは更に双子から距離を取った。
双子はお互いの顔を見返し、そろってにっと笑う。
あっと思ったカルナリスが、逃げようとしたがもう遅い。
左右からがっしりと両腕を捕まれ、身動きがとれなくなっていた。
「「つれないなあ、カルナリス。同じ弟子仲間じゃないか、仲良くしようよ?」」
左右から同時に声をかけられ、カルナリスはばたばたと手足をばたつかせるが、二人の腕はびくともしない。
「は~な~せ~っ!」
「そんなに嫌わないでよ」
「そうだよ、泣いちゃうよ?」
「じゃあ泣け」
突然割って入った底冷えするほど冷たい声に、カルナリスはひっと肩を竦めた。
びくともしないはずの肩が動いたのだ。気がつくと、いつの間にか左右の拘束がなくなっている。
「「い、いててっ……」」
頭を抱えて地に蹲る双子。カルナリスは嫌な予感に背中に悪寒が走った。
「カルナリス、バイトはどうしたんです?」
先ほど聞こえたのとは打って変わってバカ丁寧な言葉。しかし、声音は凍えるほど冷たい。
カルナリスが恐る恐る振り返ると、満面笑顔の水の魔法使いの弟子、クロイが立っていた。相変わらず天使のような姿なのに、悪魔の申し子に見えるのは何故だろうか。
「え、あ、ははっ、クロイ先輩こんにちは。今日は大変良い日和ですね。いや、お元気そうで何よりです」
そう言いながら、じりじりと後ずさるカルナリスの足を、双子の腕が掴んで止めた。
「ぎゃあっ!」
「君たち、その手を放しなさい」
「「ふげっ」」
バシャーッンという派手な水音が響き、ずぶ濡れになった双子が深く地に沈んだ。はずみで、カルナリスを掴んでいた手が同時に離れる。
ものすごい大きさの水球が、双子の頭上に落ちたのだ。すぐ傍にいたカルナリスにも、その被害は及んだが、同じく傍にいたはずのクロイは全く濡れていない。
「さあカルナリス、向こうでゆっくり話を聞こうか」
にっこりと笑った顔は甘く優しく、しかしカルナリスを掴んだ手は、決して逃がしはしないと物語っていた。
カルナリスは、久しぶりに水の塔のディオスの部屋に来てていた。
相変わらず、煌びやかで派手派手しい部屋に、カルナリスは何度も目をしばたいた。
「バイトはどうしたんですの、カルナリス?」
まるで水の精霊のようなミリィが、やはりにこやかに笑いかけ、カルナリスの左隣に座った。
「今日はチルナがいないのか?」
カルナリスの右横に座りながら、クロイが威圧的な声をかけてくる。
「えっと、もう来なくて良いと言われまして……」
決して狭くはないソファの上、カルナリスはこれ以上ないくらい縮こまって答えた。
「どういうことですの?」
「あの、そもそも。ディオス先生の魔法具は直せないって……」
左右からの重圧に耐えながら、カルナリスは小さく答える。
「直せないって? チルナが言ったのか?」
「そんなはずありませんでしょう?」
剣呑な声で二人に迫られ、カルナリスは更に小さくなった。
「その、あの魔法具は、ディオス先生の魔法が封じられているものなので、最終的にはディオス先生の手を借りなければどうにもならないと」
「「あ」」
二人が声を揃えて呟き、顔を俯かせた。
どうやらそのことはすっかり頭から抜けていたらしい。
「……仕方ないか」
「……そうですわね」
「あ、あの……?」
落胆の溜息をつく二人を、カルナリスは交互に見やった。
「カルナリス、ご苦労様でしたわ。魔法具の件はもう気にしなくて良いですわよ」
勢いよく頭を上げて、ミリィはにこやかに笑った。
「そうだな、そっちはもう良い」
重い溜息をついてから、クロイも頷く。
「そうですか、良かったです」
ほっと胸をなで下ろすカルナリスに、クロイは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「で、さっきの双子は何なんだ?」
「へ?」
「双子って何の話ですの?」
不思議そうに問いかけてくるミリィを見やり、カルナリスはクロイに視線を戻した。
「えっと?」
「あの、カルナリスにちょっかい出してた物好きな双子は何なんだ?」
にっこりと、それこそ天使のような微笑を浮かべながら、それでいて声は凍りつくほどに冷たく、カルナリスは思わずミリィの方へ後ずさっていた。




