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魔法使いの弟子  作者: りく
第3章 火の魔法使いの弟子
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火の魔法使いの弟子・2

 扉を開けた先に、煌びやかな美貌の男性を認めて、出迎えたレイナはくらりと目眩を起こした。


「大丈夫ですか?」

 美貌の男性は、声までも美しい。

 レイナはよろけざまに彼の青いローブの裾をしっかとつかみ、か弱そうな微笑を向けた。


「ありがとうございますぅ、ディオス様。大丈夫ですわぁ」

「私をご存じでしたか。

 貴方がマルクトの弟子のレイナさんですね」

「ディオス様に、私の名前を知っていただけるなんてぇ。感激ですぅ」


 優しげな微笑に、レイナは手に握りしめたままのローブを口元まで持ち上げ、両手でぎゅっと握りしめながら、うっとりとディオスを見上げた。

 ディオスは微笑を浮かべたまま、レイナの手から自分のローブを無理矢理引きはがすと、更に気合いを入れた微笑をレイナに向ける。彼女は力ずくで引き離されたローブを物欲しげに見つめてから、ディオスの微笑に魂が抜けられたようにほわんとなった。


「失礼させていただきますね」

「はい。もう、どうぞ失礼しちゃってくださぁい」

 ほあんとしたままのレイナの横をすり抜け、ディオスはマルクトの部屋の中へ入っていった。レイナは置き去りである。

「やあ、ディオス。珍しいですね」

「久しぶりだな、マルクト」

 にこにこと嬉しそうに笑って迎えたマルクトに、ディオスは憮然とした表情で答えた。

「あ、どうぞ、座ってください。今、お茶入れますから」

 愛想も何もないディオスを気にした風もなく、マルクトはディオスに椅子を勧め、魔法で紅茶とお菓子を二人分用意すると、ディオスに差し出す。

「弟子の分はないのか?」

 眉を寄せるディオスに、マルクトはにっこりと笑顔を向けた。

「温かいお茶の方が良いでしょう? どうせしばらく余韻に浸ってるだろうから」

「……そうか」

 すっかり呆れたような吐息をこぼしてから、ディオスは紅茶を口にした。一口飲むと、ふっと口元をほころばせる。

 じっとディオスを見つめていたマルクトは、その様子にほっと安堵の息を吐いた。

「良かった。

 あ、こっちも食べてみてください。カルナリスには好評だったんですが」

「ふむ」

 クッキーを一つ手に取り、口に入れる。

「ふむ」

 と声を漏らし、やはり微かに口角をあげたディオスに、マルクトは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「あ、あの、チルナも気に入ってくれると思います?」

「……」

 ぽっと頬染めるマルクトから視線を逸らし、ディオスは無言を通した。






 レイナの魂が彼女の体に戻ってきたのは、ディオスが一杯目の紅茶を飲み終えた頃だった。

 中央の6角形の部屋に入ってきたレイナに、マルクトは紅茶とクッキーを与えてから、ディオスを自室に引き入れた。


「で、どうしたんですか? やっぱりアルの?」

 ソーサーを左手に、ティーカップを右手に持って、壁に体を預けるように立ちながら、マルクトは不機嫌顔のディオスに尋ねた。

「……カルナリスのことだ」

「ああ、カルナリスね。うん」

 で? と首を傾けるマルクトに、ディオスは更に不機嫌そうに溜息をつく。

「どうだった?」

「どうって。普通でしょう」

 マルクトがあっさりと答えると、ディオスはますます顔を顰めた。

「普通ですよ。風の魔力だけなら、うちにいるレイナとどっこいかな? 平均的ですね」

「……ああ」

「勉強熱心というわけでもないけど、不真面目ではない。ごくごく普通だ」

 違いますか? と続けるマルクトに、ディオスも頷く。

「そうだな。普通の少女だ」


「だから、心配なんですか? ディオスは優しいですね」

 マルクトがにっこりと笑うと、ディオスはますますむっとしたような顔になる。

 それを見て、マルクトは更に笑みを深めた。


「心配することありませんよ。アルがいるんだから」

「リンゼイなど信用できるか」

 苛立ちの混じる響きに、マルクトは苦笑を返した。


 ディオスは昔からキーアが苦手なのだ。学生時代から、魔法学や実技はもちろん、先生や同級生との付き合いまで、何でもそつなくこなしていたディオスにとって、キーアだけはどうにもならなかった。

 朝は起きない、講義中は寝る、さぼる。テストでさえ平気でさぼっていた。

 いまだかつて、あんなに不真面目な学生はいなかっただろう。

 面倒見の良いディオスが、どれだけ苦労したことか。

 二人の人となりをよく知るマルクトには、噂でしか聞いていない昔が、当たり前のように想像できる。


「そう言わないで。アルは良い奴ですよ」

「そんなことを言うお人好しはお前だけだ。

 カルナリスは普通の娘なんだぞ? リンゼイについて行けるはずがないじゃないか。

 ――あれは特別なんだから」

 ディオスの苦々しげな言葉を、マルクトは否定せず、静かに頷いた。

「それはそうですけど。

 カルナリスはアルをすっごく慕っているし。体力だけは負けていないから、何とかなりますよ」

「……そう言う問題か」

 呆れたような物言いに、マルクトは困ったように笑った。

「アルだって、彼女を可愛がっているでしょう? じゃなきゃ、あんなに慕われない」

 はあっと、大きく溜息をつくと、ディオスは少し冷めてしまった紅茶を飲みほした。

 時間が出来れば、キーアの様子を見に行っていたカルナリス。ディオスには納得も理解も出来ないだろうが、彼女がキーアを慕っているのは間違いようもない。


「それよりも、僕はニルスの方が心配ですよ」

 ディオスに新しい紅茶を入れ、重い口調でそう言うと、マルクトは深い溜息をついた。

「……次は火か」

「何でよりによってニルスなんでしょう? アルだってよく知ってるはずなのに。

 ディオスだってご存じでしょう、彼のことは」


 彼らの学生時代、何と言っても有名だったのはキーアだ。

 当時からずば抜けた美貌を誇っていたディオスと、やはり昔から副業を持っていたチルナ姉妹がそれに続く。そして、その後にニルスの名が上がるのだ。

 学年が違ってはいても、ディオスもニルスの噂は聞いていたはずだった。かなりの問題児として。

 ディオスがかつてキーアに振り回されたように、マルクトは学生時代の7年間、そして今に至るまで、ニルスに振り回され続けている。

 マルクトは、彼の一番の被害者だ。普段穏和な彼は、最愛のチルナのことで乙女と化し、腐れ縁のニルスのことでぶちぎれる。


「リンゼイとは、一番気があっていたじゃないか」

「……」

 マルクトが眉を寄せて、冷めた紅茶を口にする。

 キーアとニルスは、学舎の塔時代のさぼり仲間だった。最も、さぼる目的には違いがあったけれども。

「才能もある。

 今のカルナリスは、水の魔力が随分上がっている。面倒だろう? 引き受けるお人好しなんてそうはいない」

「……そうかもしれませんね」

 ソーサーの上で、空になったカップをくるくる回しながら、マルクトは苦々しげに答えた。


「まあ、性格に難有りなのは否めないが」

「そうなんですよ! 本当に、そうなんです。

 あいつ、チルナにもちょっかい出してたんですよ。マリサだけじゃなくって! 

 ああ、カルナリスにも手を出したりするかもしれません。だ、大丈夫でしょうか!?」

「いや、さすがにそれは犯罪だし」

 かちゃかちゃ音を立てるマルクトの手元のカップに、ちらりと心配そうな視線をやりながら、ディオスは冷静に否定する。


「あいつにそんな倫理が通用しますか? いいえ、そんなわけありません。あれに倫理や道徳なんて言葉はないんですよ。 

 でも、良い機会ですね。カルナリスに手を出せば良いんです。そして痛い目に遭えばいい。きっと痛い目に遭うでしょう」

「……だからそれは犯罪だって」

 普段の様子をかなぐり捨てて、もはや人の話を聞く余裕のないマルクトを横目に、ディオスは深く溜息をついた。


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