火の魔法使いの弟子・2
扉を開けた先に、煌びやかな美貌の男性を認めて、出迎えたレイナはくらりと目眩を起こした。
「大丈夫ですか?」
美貌の男性は、声までも美しい。
レイナはよろけざまに彼の青いローブの裾をしっかとつかみ、か弱そうな微笑を向けた。
「ありがとうございますぅ、ディオス様。大丈夫ですわぁ」
「私をご存じでしたか。
貴方がマルクトの弟子のレイナさんですね」
「ディオス様に、私の名前を知っていただけるなんてぇ。感激ですぅ」
優しげな微笑に、レイナは手に握りしめたままのローブを口元まで持ち上げ、両手でぎゅっと握りしめながら、うっとりとディオスを見上げた。
ディオスは微笑を浮かべたまま、レイナの手から自分のローブを無理矢理引きはがすと、更に気合いを入れた微笑をレイナに向ける。彼女は力ずくで引き離されたローブを物欲しげに見つめてから、ディオスの微笑に魂が抜けられたようにほわんとなった。
「失礼させていただきますね」
「はい。もう、どうぞ失礼しちゃってくださぁい」
ほあんとしたままのレイナの横をすり抜け、ディオスはマルクトの部屋の中へ入っていった。レイナは置き去りである。
「やあ、ディオス。珍しいですね」
「久しぶりだな、マルクト」
にこにこと嬉しそうに笑って迎えたマルクトに、ディオスは憮然とした表情で答えた。
「あ、どうぞ、座ってください。今、お茶入れますから」
愛想も何もないディオスを気にした風もなく、マルクトはディオスに椅子を勧め、魔法で紅茶とお菓子を二人分用意すると、ディオスに差し出す。
「弟子の分はないのか?」
眉を寄せるディオスに、マルクトはにっこりと笑顔を向けた。
「温かいお茶の方が良いでしょう? どうせしばらく余韻に浸ってるだろうから」
「……そうか」
すっかり呆れたような吐息をこぼしてから、ディオスは紅茶を口にした。一口飲むと、ふっと口元をほころばせる。
じっとディオスを見つめていたマルクトは、その様子にほっと安堵の息を吐いた。
「良かった。
あ、こっちも食べてみてください。カルナリスには好評だったんですが」
「ふむ」
クッキーを一つ手に取り、口に入れる。
「ふむ」
と声を漏らし、やはり微かに口角をあげたディオスに、マルクトは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あ、あの、チルナも気に入ってくれると思います?」
「……」
ぽっと頬染めるマルクトから視線を逸らし、ディオスは無言を通した。
レイナの魂が彼女の体に戻ってきたのは、ディオスが一杯目の紅茶を飲み終えた頃だった。
中央の6角形の部屋に入ってきたレイナに、マルクトは紅茶とクッキーを与えてから、ディオスを自室に引き入れた。
「で、どうしたんですか? やっぱりアルの?」
ソーサーを左手に、ティーカップを右手に持って、壁に体を預けるように立ちながら、マルクトは不機嫌顔のディオスに尋ねた。
「……カルナリスのことだ」
「ああ、カルナリスね。うん」
で? と首を傾けるマルクトに、ディオスは更に不機嫌そうに溜息をつく。
「どうだった?」
「どうって。普通でしょう」
マルクトがあっさりと答えると、ディオスはますます顔を顰めた。
「普通ですよ。風の魔力だけなら、うちにいるレイナとどっこいかな? 平均的ですね」
「……ああ」
「勉強熱心というわけでもないけど、不真面目ではない。ごくごく普通だ」
違いますか? と続けるマルクトに、ディオスも頷く。
「そうだな。普通の少女だ」
「だから、心配なんですか? ディオスは優しいですね」
マルクトがにっこりと笑うと、ディオスはますますむっとしたような顔になる。
それを見て、マルクトは更に笑みを深めた。
「心配することありませんよ。アルがいるんだから」
「リンゼイなど信用できるか」
苛立ちの混じる響きに、マルクトは苦笑を返した。
ディオスは昔からキーアが苦手なのだ。学生時代から、魔法学や実技はもちろん、先生や同級生との付き合いまで、何でもそつなくこなしていたディオスにとって、キーアだけはどうにもならなかった。
朝は起きない、講義中は寝る、さぼる。テストでさえ平気でさぼっていた。
いまだかつて、あんなに不真面目な学生はいなかっただろう。
面倒見の良いディオスが、どれだけ苦労したことか。
二人の人となりをよく知るマルクトには、噂でしか聞いていない昔が、当たり前のように想像できる。
「そう言わないで。アルは良い奴ですよ」
「そんなことを言うお人好しはお前だけだ。
カルナリスは普通の娘なんだぞ? リンゼイについて行けるはずがないじゃないか。
――あれは特別なんだから」
ディオスの苦々しげな言葉を、マルクトは否定せず、静かに頷いた。
「それはそうですけど。
カルナリスはアルをすっごく慕っているし。体力だけは負けていないから、何とかなりますよ」
「……そう言う問題か」
呆れたような物言いに、マルクトは困ったように笑った。
「アルだって、彼女を可愛がっているでしょう? じゃなきゃ、あんなに慕われない」
はあっと、大きく溜息をつくと、ディオスは少し冷めてしまった紅茶を飲みほした。
時間が出来れば、キーアの様子を見に行っていたカルナリス。ディオスには納得も理解も出来ないだろうが、彼女がキーアを慕っているのは間違いようもない。
「それよりも、僕はニルスの方が心配ですよ」
ディオスに新しい紅茶を入れ、重い口調でそう言うと、マルクトは深い溜息をついた。
「……次は火か」
「何でよりによってニルスなんでしょう? アルだってよく知ってるはずなのに。
ディオスだってご存じでしょう、彼のことは」
彼らの学生時代、何と言っても有名だったのはキーアだ。
当時からずば抜けた美貌を誇っていたディオスと、やはり昔から副業を持っていたチルナ姉妹がそれに続く。そして、その後にニルスの名が上がるのだ。
学年が違ってはいても、ディオスもニルスの噂は聞いていたはずだった。かなりの問題児として。
ディオスがかつてキーアに振り回されたように、マルクトは学生時代の7年間、そして今に至るまで、ニルスに振り回され続けている。
マルクトは、彼の一番の被害者だ。普段穏和な彼は、最愛のチルナのことで乙女と化し、腐れ縁のニルスのことでぶちぎれる。
「リンゼイとは、一番気があっていたじゃないか」
「……」
マルクトが眉を寄せて、冷めた紅茶を口にする。
キーアとニルスは、学舎の塔時代のさぼり仲間だった。最も、さぼる目的には違いがあったけれども。
「才能もある。
今のカルナリスは、水の魔力が随分上がっている。面倒だろう? 引き受けるお人好しなんてそうはいない」
「……そうかもしれませんね」
ソーサーの上で、空になったカップをくるくる回しながら、マルクトは苦々しげに答えた。
「まあ、性格に難有りなのは否めないが」
「そうなんですよ! 本当に、そうなんです。
あいつ、チルナにもちょっかい出してたんですよ。マリサだけじゃなくって!
ああ、カルナリスにも手を出したりするかもしれません。だ、大丈夫でしょうか!?」
「いや、さすがにそれは犯罪だし」
かちゃかちゃ音を立てるマルクトの手元のカップに、ちらりと心配そうな視線をやりながら、ディオスは冷静に否定する。
「あいつにそんな倫理が通用しますか? いいえ、そんなわけありません。あれに倫理や道徳なんて言葉はないんですよ。
でも、良い機会ですね。カルナリスに手を出せば良いんです。そして痛い目に遭えばいい。きっと痛い目に遭うでしょう」
「……だからそれは犯罪だって」
普段の様子をかなぐり捨てて、もはや人の話を聞く余裕のないマルクトを横目に、ディオスは深く溜息をついた。




