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魔法使いの弟子  作者: りく
序章 さえない魔法使いの弟子
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さえない魔法使いの弟子・2

「ひどすぎます、師匠。なんかひどくなってないですか?」


 部屋の汚さはもちろんのこと、カルナリスには、彼のその汚し方が日々グレードアップしている気がして恐怖を感じた。

「そっか?」

 彼女に特に何かを教えるわけでもないのに、「師匠」と呼ばせ悦に入っている(カルナリス主観)キーアは、真っ赤になって怒っている弟子を困ったように眺めた。

「ご飯食べましたか?」

「ああ? 朝ご飯?」

「朝も昼もです! 今何時だと思ってんですか? ちゃんと用意していたでしょう?」

 うおお、と獣のような唸り声を上げ、頭をかきむしって、カルナリスはぐるぐるとその場を回った。キーアに突っかかろうにも、そこまでの道が出来ていなかったのだ。


「どうしよう、この人だめだ。何で今まで生きてこれたの?

 片づけは出来ない、ご飯も作れない、食べない。気を抜けばお風呂にも入ってくれないし、汚いし。あ、歯は磨いているのかな? トイレ行った後は手を洗ってるよね? 当たり前だよね? でも心配だ。え? じゃあこの人もしかしなくてもばい菌だらけ? やだ。どうしよう。だめだ。ホント、だめ人間だ」

「ルーナ。本人前にしてひどい言いようだな」

手は洗ってる。

 溜息混じりの師匠の声も、もはや妄想の領域に入っているカルナリスには届かない。


「やっぱりこの人放っておけない。

 なんか誰も気が付かないうちにミイラになっちゃってたりして。

 うわあ、やだ! ホント、ありそうだよ、どうしよう?」

「いや、それはないから」

「やばいよやばい、私いなくなっちゃったら生きていけんのかな?」

 その台詞に、キーアは思いっきり顔を顰めた。たぶんおそらく。

 何しろ、伸び放題に伸びた髪の毛は、後ろ髪だけではなく前髪もだったので、無精ひげと相まって、彼の顔ははっきり見えないのだ。

「ルーナ?」

キーアは辺りの書物を蹴飛ばして、何とかカルナリスに近づいた。

「あ、師匠?」

 短いが果てしなく遠いトリップから戻ったカルナリスが、きょとんと師匠を見上げる。

 決して栄養状態がよいとは思えないキーアは、しかし全ての栄養分を身長につぎ込んだんではないかと思われるほどに背が高い。通常のカルナリスの視線は、ちょうど彼の腹の位置ほどである。


「ここから出ていく予定があるのか?」

「……師匠」

 心底呆れた、と言うようにカルナリスは呟いた。

「私は今いくつですか?」

「14才」

「今何年生だか分かりますか?」

「4年生?」

「ええ。来年は5年生。つまり来月からですが」

 真剣な様子で続けるカルナリスに、キーアは小さく首をかしげる。彼女の質問の意図が分かっていないのだ。

「6年生からは正規の師匠について実践的な魔法の勉強をします。そのために、5年生からは試験期間として色々な師匠につくことが出来るんですが、もちろんご存じですよね?」

「ああ」

 そこでカルナリスは、にっこりと意地悪く笑う。


「師匠の名前はリストに載っていません」


 リストとは、来年度弟子をとる師匠の一覧である。正式に弟子をとることが許される魔法使いは限られていて、そのリストに載っている魔法使いしか弟子をとることは許されない。

 地水火風の4属性ごとに塔の魔法使いの名前が載ったそのリストを見て、来年5年生になる魔法使いのタマゴ達は師匠を選ぶ。

 1年の間、最短3ヶ月間で、最高4人までの師匠につくことが出来る。もちろん、1年間一人の師匠につくことも可能だ。

 1年間色々な師匠の元で学び、生涯の師匠を決める。それには当然、弟子が一方的に選べるわけではなく、師匠にも認められなければならないのだが。

「ああ、そうだな」

 ようやくカルナリスの意図がわかったように、キーアはほっとしたように笑った。たぶんおそらく。口の端が僅かに上がったように見えたので、間違いないだろう。

 しかし、カルナリスにとって、ここは安堵するようなところではない。

「ですから私は、誰か師匠を捜さなければならないわけです」

 落ちこぼれだろうと借金持ちだろうと、塔に所属する以上、師匠について正規の魔法使いを目指さなければならない。キーアはあくまでも仮の師匠で、正式な師匠はリストに載っている魔法使いでなければならない。最も、仮の師匠と言っても、彼が師匠らしくカルナリスを指導したことなどなかったけれど。


 ここでのカルナリスの仕事は、主に小屋裏にある畑仕事含む家事がメインで、それ以外は師匠に命じられた資料集めやら魔道具の整備などで、術を教えてもらったことは皆無だ。それでも「師匠」と呼んでいるのは、そう呼ばないとキーアが不機嫌になるためだった。変なところが子供っぽい人なのである。 

「うん」

「師匠につくと、当然その師匠の部屋に移動しなければならないんです。ここには住めません」

「そうだったな」


「大丈夫でしょうか?」


「え、何が?」

カルナリスは心底心配だった。

 彼女がここを出て、キーアが生きていけるとは思えなかった。生活力の無さが、カルナリスが世話をするようになって更に増した気がする。甘やかしすぎたのだろうか。


「ああ。だめだ。やっぱ心配。

 1年間、嫌、違うよ。正規に師匠についたら、それからもずっとだよ?

 私いなくてこの人やっていけるんだろうか?

 代わりの人頼むにしたって、私みたいに借金の形に売られたんならともかく、こんな人面倒見てあげるそんな慈悲深い善意の固まり、天使みたいな人がいるとは思えないし」

「ルナ、その独り言言う癖、気を付けた方が良い」

 溜息混じりにキーアはぼやく。

 研究に明け暮れて終わるキーアが口数が少ないのとは対照的に、カルナリスはおしゃべりだ。と言うより、キーアに相手にしてもらえない反動か、独り言が多くなってしまった。

「師匠。何で師匠は弟子とらないんですか?

 師匠が弟子とってくれれば、何の問題もないのに」

 そうすれば、このまま正式に弟子に収まって、今までどおりに彼の面倒をみればいいのだ。 

 困ったちゃんの、どうしようもない師匠とも呼べない師匠ではあったが、カルナリスはキーアが嫌いではなかった。家族のいない彼女にとって、塔長の他に、唯一人家族と呼べる存在だった。だから、なんだかんだ言っても放っておけない。


「まあ、俺は問題ない。

 ルーナも、違った師匠につくのも勉強だろう」 

「そりゃあ、ちゃんと実践的な術も勉強したいですけど」

歯切れの悪いカルナリスの頭を、キーアは乱暴にぐしゃぐしゃっとなで回した。

「大丈夫」

 この師匠は、乙女の頭をなんだと思っているんだろうか。

 手櫛で自分の頭を整えながら、師匠を見上げて、カルナリスは大きな溜息をついた。

 彼女には彼のその言葉こそが信じられないのだが、仕方ない。確かに、いつまでも彼女が彼の面倒を見られるわけでもない。彼女には巨額の借金が待っているのだから。


「分かりました。後1月あります。

 それまでに、何とか生きていけるだけの能力を身につけてもらいますから」



 カルナリス・ティアル 14才。

 借金返済の為の大魔術師への道は、まだまだ始まったばかりである。


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