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魔法使いの弟子  作者: りく
第2章 風の魔法使いの弟子
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風の魔法使いの弟子・8

 マルクトからの個人講義を終え、風の部屋からふらふら出てきたカルナリスを見て、レイナは慌てて彼女に駆け寄ってきた。

「どうしたんですのぉ? 師匠さんに意地悪されたんですかぁ?」

 相変わらずのんびりした声だったが、カルナリスを真剣に心配しているらしい。微かに眉間にしわが寄っている。

 あの二人の先輩を前にすると、カルナリスの存在を忘れがちな彼女であるが、普段であれば、決して悪い人間ではない。


「なわけないじゃん。マルクト先生は優しいよ」

「まあ、それはそうですねぇ。優しいって言うより、甘ちゃんって言うかぁ?」

 ちょうど部屋の片づけを終えて現れたマルクトが、情けない顔をしてレイナを見やってから、諦めたように弱く息を吐いた。気を取り直したようにカルナリスに向けられた顔は、うっすらと赤くなっている。


「今日もチルナの所に行くのかい?」

 頬を染めるマルクトの様子が、非常に怪しい。しかしカルナリスは、あえてそれに気付かないふりを通した。横にいるレイナは、目をきらきらさせてマルクトを見つめている。


 カルナリスがチルナの元に通うようになってから、マルクトは挙動不審な行動を取るようになった。

 レイナ曰く、チルナが好きなんだろうと言うことだったが、チルナを知っているカルナリスには、それは大いに疑問だ。チルナのだらしなさというか身だしなみに対する無頓着さは、女版キーアとも言えよう。


 容姿は普通だが、性格が良くて優しいマルクトが、あんな鳥の巣頭でやせ細って乱暴な言葉使いのチルナを好きだったら、それはもう世の中間違っているとしか言いようがない。


「ええ。まあ。ディオス先生の魔法具は、どうも高価なものだったみたいで、1か月やそこらの労働じゃ、とても見合わないようです」

 遠い目をしながらカルナリスは呟いた。

 午前中の講義に、午後のマルクトの個人指導。その後のチルナの所での無料奉仕は、かなりハードだ。これが毎日続くと、さすがに体力自慢のカルナリスでもくたびれる。


「そうなんだ。あ、でもね、カルナリス疲れてるし。その、良かったら僕が変わりにチルナの所に行こうか?」


 目がきょろきょろと落ち着き無く動き、頬はもうバラ色に染まって。恋する乙女、ではなく恋する少年?

 ああ。世の中間違っている、とカルナリスは深く溜息をつく。


「大丈夫です。行ってきます」

 ふらふらと部屋を出て行くカルナリスを、マルクトは残念そうに見送り、レイナはそんなマルクトを、興味深そうに眺めていた。






 相変わらず狭くて小汚いキーアの小屋で、カルナリスは珍しく文句も言わずに大人しくしていた。


「……随分疲れてるな」

「……死にそうです」

 テーブルの上に突っ伏して、カルナリスは弱々しく呟いた。

 扶翼の塔での修行――といってよいかは不明だが――は、泣きそうになるくらい大変だった。

 チルナは宣言通り、カルナリスをこき使ってくれる。これでもかこれでもかという風である。しかも、彼女の時間の感覚は狂っているらしく、カルナリスはしばしば扶翼の塔で朝を迎えていた。

 今日は幸いなことに、チルナが出張修理に出向いて留守だった。意外なことに、彼女はかなり優秀な技師らしく、工房での作業は多忙を極めている。もちろん出張も多い。

 今回は急な出張だったらしく、気合いを入れて扶翼の塔にやってきたカルナリスは、工房の扉に張られた「出張」と書かれた紙を見て半ば呆然とした。扉は固く閉ざされていて、中に入ることすら適わない。今日の修行は当然中止だ。

 そこでカルナリスは、思わぬ休暇がもらえたと喜ぶことにした。

 たまのお休み、久しぶりに、キーアの小屋を片づけようとやって来たは良いが、結局彼女はこうして休んでいる。

 見るも無惨なほどに散らかっているキーアの小屋を前に、彼女は文句を言うだけの気力もなかった。


「で、ディオスの魔法具の修理代を、何でまたカルナリスが払ってるわけ?」

「さあ、何故でしょう?」


 遠い目をしながら、カルナリスは呟く。恐らくミリィとクロイは、二人が壊してしまった魔法具を、師匠に内緒で直してもらおうとしたのだろう。

 これは完全なる無料奉仕だ。おかげで彼女の借金返済計画は遅々として進まない。チルナの所で新しい技術を身につけろとか言われて誤魔化されたが、とんでもない。彼女の身の回りの世話に加え、方々へ届け物をさせられたり、修理に使う材料を買いに行かされたりであちこちへ飛び回り、目が回りそうに忙しい間に、彼女はいつの間にか魔法具を修理していて、技術を盗むどころではないのだ。

 いったい何のためにこんなことをしているのか。


「で、マルクトの方はどうしてる?」

「この間、小さな竜巻作ったんです。面白かったですよ? マルクト先生は教え方が丁寧だし、もう3ヶ月近く経ちますしね。うん、順調にいってるような気がします」

 カルナリスが楽しそうに答えると、キーアは変な顔をした、と思う。長い前髪に隠れたキーアの表情は、見ることは出来ないが長い付き合いで何となくわかる。

 一瞬で、カルナリスはうんざりしたような諦めたような複雑な表情に変わった。


「あーっと、もしかして、その、チルナさんとマルクト先生のことですか?」


 認めがたいことだが、やはりどうにも、マルクトはチルナが好きらしい。

 カルナリスがチルナの所に行く度に、何故か豪勢な差し入れの籠が渡されるのだ。チルナはそれを、特にありがたがるわけでもなくぺろりとたいあげる。

 それは良い。たとえまともに噛んだ様子が無くても、ちっとも味わって無くても、良いのだ。食べるだけまだ良い。作業に熱中している時は、彼女は全く見向きもしない。

 何だかマルクトが哀れに見える。


「相変わらず?」

「相変わらずって言うのがどんなだか分かりませんけど、マルクト先生は恋する乙女のように可愛らしく、時にうざく、チルナさんは無関心ですね」

「なるほど」

 口の端を軽く上げて、キーアは苦笑する。

「相変わらずだ」

 その言葉に、カルナリスは思わずげっそりとした。


 3ヶ月の修行期間。残り僅かのうちに、彼らの間に何かしらの進展が望めるとは思えない。

 人の良いマルクとの顔を思い浮かべ、カルナリスは深く溜息をついた。






 浮遊術というのは、端的に言えば空飛ぶ魔法である。

 本来、自分の身一つあれば使える魔法だが、それを怖がる初心者は、箒にまたがって浮遊術の練習をする。

 ひどく天井が高くなった風の部屋では、箒にまたがったレイナがふらふらと空を飛んでいる。


「大分上達しましたね」

 嬉しそうに笑うマルクトの横で、カルナリスは空飛ぶレイナを羨ましげに見上げていた。

 あっちにふらふら、こっちにふらふら。

 お世辞にも上手とは言えなかったが、3ヶ月前と比べると格段に上達している。

 レイナも楽しそうだ。


「いいなあ」

「カルナリスも、直に飛べるようになりますよ」

「……まだここにいても良いんですか?」

 カルナリスはレイナからマルクトに視線を移し、困ったように問いかけた。

「あ、そうか。もう3ヶ月ですか」

 はっとしたようにマルクトはそう言って、眉間にしわを寄せながら、うーんと唸る。

「とりあえずは、次に行くんでしょうね。すごく残念ですけど」

 やっぱりと、カルナリスは俯く。

 ここは非常に居心地の良い場所だった。出来るなら、これからもここで過ごしたかった。

 しかし、ダメなのだ。

 ここではお金が貯まらない。


「私はぁ、これからもここに残りますわよぉ」

 いつの間にか箒に逆さまに乗っていたレイナが、上から大きな声で叫ぶ。

「え? 残ってくれるの?」

 驚いたように顔を上げたマルクトは、嬉しそうに顔を輝かせた。

「だってぇ、師匠さん面白いですしぃ」

 そこで箒は垂直に伸び、レイナは宙づりになる。 

「うわ、危ないよレイナ!」

「一番弟子って、格好良いでしょう?」

 ずりっと、レイナは箒から落ちた。

「うわああああ」

 真っ逆さまに落ちるレイナを見て、両手で顔を挟んで叫ぶカルナリス。


「カルナリス、小さい竜巻ね」

「は? はい?」

 落ち着いた声で呟かれて、カルナリスはわけの分からぬままに小さな竜巻を出した。

 咄嗟のことなのに、良くできたと思う。

 小さな竜巻はレイナを受け止め、更に小さく上空へ持ち上げ、レイナはくるりと回転して地面に降り立った。


「これからもよろしくお願いしますね、師匠さん」

「うん、こちらこそよろしく、レイナ。

 カルナリスも、もし万が一師事する師匠が見つからなかったら、いつでもここに戻って来て良いんだからね」

 照れたように笑ったマルクトが、レイナとカルナリスの頭を優しく撫でた。

 それが何だか嬉しくて、少し恥ずかしくて。


 そして、乱暴に頭をかき混ぜるキーアを、ひどく恋しく思った。


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